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心を制す

「出身アルトヴェリア! 名を、シグ=レイ! セントルシア流棒術!」


 身の丈より少し長い棍をぐるぐると振り回し、シグは演舞する。

 対する俺は、帯をぎゅっと締めて声を張った。


「出身地球! 大山田伊吹! 柔道5段!!」


『ワァァァァァァァァァァァ!!!』


 ヴァルハラに歓声は絶えない。こうして戦う男が常にフィールドの上に立っている限りは決して止むことはないだろう。


 俺はシグと名乗った男を睨んだ。

 服を着ている相手はやりやすいが、相手は得物持ち。

 棒術。相手が使うのは棍だが、達人がそれを薙げば刃物のような切れ味を発揮するし、突けば鍛えられた肉体もたやすく貫通する。

 この世界において、得物持ちとはそういう相手だ。


 俺は棍をびゅんびゅんと振り回しながらゆっくりと間合いを詰めてくるシグから、一度大きくバックステップして距離をとった。

 そしてすり足で横へズレていく。


 ピタリと、シグの棍が止まった。

 俺は思わず棒の先端に視線を移してしまい、それを悟ったのかシグは一気に踏み込んできた。

 ズン、と。血が滲んだ土を踏み、シグと俺との距離はおよそ2m。

 しかし、ここから腕の長さと棍の長さを足したリーチを考えると、俺は十分に奴の間合いだ。


 シグは棍を横薙ぎにした。

 突きが放たれるとばかり考えていた俺は、ぎりぎりしゃがんでそれを回避する。

 しゃがむという行為。柔道という"スポーツ"ではおおよそ考えられないが、ヴァルハラでの戦いは"競技"ではない。

 ここでは本気で死合った時、己と相手、生き残るのはどちらかを決める戦うをするのだ。


 横薙ぎした棍を地に突き刺し、そのままシグは回転二段蹴りを俺に放った。

 一度目の蹴りを受けてから、俺は横に転がって蹴りを躱す。

 できれば一度目の蹴りを掴みたかったが、鋭い二度目が見えている以上それは敵わなかった。


 俺は立ち上がって再び間合いを取る。


 相手は基本的に組ませてくれない。

 組めばこちらのものだが、相手は棒術の使い手だ。懐に入らせてくれるわけがない。

 やはりあの棒を一度受け止めるしか方法はないか。


 そう考えて俺は構え直す。

 シグはまた棍をぐるぐると回しながら間合いを詰めてきた。

 俺は深く呼吸して、集中する。よく見ろ。

 捉えきれない速度ではないはずだ。


 そしてすり足でこちらからも間合いを詰めていった。


 奴の間合いに入った瞬間。

 回転する棍の残像から一気に突きが放たれた。目を見開き、俺は柔道の帯を紐解く。

 そして横に少し回避して、回転しながら放たれた棍に黒帯を巻きつけ、深く絞った。


「捕まえたぞ」


 俺は棍をぐっと握り、シグを引き寄せる。

 が、次の瞬間。シグは掴まれた棍を膝蹴りで叩き割り、折れた棍を掴んで俺に飛びかかってきた。


「なっ!」


「ハア!」


 意表を突かれた俺は反応できず、そのまま喉に棍を受けてしまった

 折れたことによって鋭くなった棍は俺の喉をたやすく突き破った。

 ゴボっと口から血反吐を吐き、短い棍が突き刺さったまま俺はフィールドに沈んだ。


「セントルシア流棒術こそ最強なり!!」


『ウォォオオオオオォォォ!! セントルシア! セントルシア!』


 そんな歓声を聞きながら俺は意識を手放した。



ーーー



 目を覚ますと、俺は真っ先に首元をさすった。


「ああ、こんなところに目立つなぁ」


 新たに増えた傷を嘆いて俺は溜息をつく。

 そして"蘇生の高台"からヴァルハラのフィールドを見下ろした。


 ヴァルハラには無数にフィールドが存在する。フィールドは大体柔道の試合場と同じくらい。そしてそのフィールドの周りをそれぞれ数多の戦士達が囲んでいる。


 俺がここに来てから七年の月日がすでに経っていた。


 ここでは体は成長せず、やってきたままの歳が維持されるが、鍛えれば強くなるし、よりよい筋肉の質を追求したりできる。


 そして、ヴァルハラでは人が死ぬことがない。

 厳密には死ぬが、すぐに傷が治った状態で生き返るのだ。ただ、戦いによって受けた傷は、傷跡として残ってしまう。

 俺ももうすでに傷跡だらけで、ここに長いこといる人なんてそれはもうすごいことになってる。


 俺が今いるこの"蘇生の高台"がいわゆる復帰ポイントだで蘇る。

 戦いによって死んでしまうと、いつもこの場所で目覚めるのだが、俺はもう何度目だろうか。

 敗者は目覚めると、高台からフィールドを見下ろすことになる。自分を負かした相手が喜ぶ姿を見下ろすのはなんとも屈辱的だ。


 このシステムは、死という恐怖を捨てて戦うことを望んだ武神オーディーンの計らいだそうだ。


「悔しいか、伊吹」


 ふと声をかけられ、俺は隣に視線を移した。


「嘉納治五郎先生……」


 "柔道の父"と呼ばれた嘉納治五郎もまた、この世界に来ていた。彼が死んでからもう90年程になる。


「やはり敗北というものは、慣れませんね」


 柔道というスポーツにおいて言えば、俺は生前殆ど負けたことはなかったが、この世界に来てからやはり世界の広さを知った。

 地球だけじゃない。ヴァルハラには別の星や、異世界からも戦士達がやってくるのだ。


 そんな中、俺の柔道は弱い。俺がやって来た、相手を転ばせることに特化した柔道は所詮スポーツだったのだ。


「自信を失っているのか、伊吹」


「ええ」


「案ずるな。柔道は最強だ。歴史を積んで、お前の時代の柔道はより強化されている」


「なら、なぜ勝てないんでしょう」


「数をこなせば勝てるようになる」


「……」


 嘉納治五郎先生は、老いたままこの世界にやってきてしまった。

 柔よく剛を制すなどと言うが、若さは制すことができない。

 剛を制するためにはやはりある程度の力が必要なのだ。嘉納治五郎という一人の漢は、かつてこの世界にやってきて涙したという。

 武神を恨んだとまで聞いた。なぜ老いた自分をここに呼んだのかと。なぜ全盛期の自分ではないのかと。

 今では、彼はこのヴァルハラを"蘇生の高台"から見下ろすばかりだ。


「僕、行きます。柔道こそ最強だと、僕が証明してみせます。何百年かかってもいい」


 嘉納治五郎先生は深く頷くと、またヴァルハラを見下ろした。

 そんな先生から視線を離して、俺は階段を下りながら考える。


 男はなぜ戦うのか。なぜ、自分こそが最強であると証明したがるのか。


 強さを求めた漢はどうしても考えてしまう。

 一番強くなりたい、と。

 これほど単純明快な思考もあるだろうか。だから漢は戦う。戦い続ける。


「ふう」


 この世界における欲望はただひとつ。

 "勝ちたい"。それのみ。

 性欲も食欲も睡眠欲も全てこそぎ落とされて、勝利に飢えた男達の集まり。

 故に、楽園。


 しかしここでは、年に一度最強の男が決まる。

 一年間戦い続けて、一番勝利した者がその年の最強に選ばれるのだ。


 最強を決める際に、宮殿から武神オーディーンが降りてくる。

 オーディーンは一人の男に最強を言い渡すと、その男の欲望を解放する。

 そしてその時、男は何でも一つ願いを言っていいのだ。するとオーディーンはその願いを叶えてくれる。


 これまで俺は七回その"最強"を見てきたが、その男達はもうこの楽園にはいない。

 みんな、新しい人生へと旅立ったのだ。

 そう、転生した。

 戦いのことなど何一つ忘れて、赤子から人生をやり直すのだ。

 殆どの最強がそうなのだ。別の願いを言ってこの世界に残る者も稀にいるらしいが、その男が再び最強になると、その時は転生を望んで消えてしまう。


 男達はそれを知っていても、問わずにはいられない。

 己が最強になって頂点に立った時、それ以上に何を望むのか、と。


 この世界に来てから1000年が経てば、転生権が与えられるらしい。

 しかし勝ちたいという欲望のみが与えられた男達は、例え何万年経とうが戦い続ける。


 戦いとは一種の麻薬だ。


 そして大山田伊吹。

 俺もまた、その魅力に囚われつつあった。



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