ハイドラの狂人17
大闘技場は静寂に包まれている。
誰もがあっけにとられ身動きすらしない。
「医者は!。医師達はどうした!。」
マジウが叫んでいる。
ただ1人大闘技場の中で。
2人の戦士が大闘技場に飛び降りた。
ゲイボルグとジーターだ。
「我らが連れて来ます!。逆らえば力尽くでも!。」
南と西のゲートを飛び出して行った。
医師が一人も来ないのは明らかにおかしい。
この事態はハイドゥクはどう考えているのか。
首長会の長シーアハーンは。
影で首長会の力が働いている。
強く色濃く...。
バールは必死に何かを囁いている。
マジウが必死に聞き取ろうとしている。
「父様!。父様!。」
腕の中のリクがうなされたように叫ぶ。
バールはまだ生きている。
しかしあまりにも無残な姿。
2階席のバールクゥアンの妻アルエンティは、2人の幼い双子を抱いたまま失神して倒れてしまった。
2人の戦士が2階席に飛び上がる。
マジウの覇気で吹き飛ばされたダルカンのデューザとラキティカなジーンだ。
「....下ろして。下ろしてください!。父の所へ、父の元へ行きたいのです。」
リクが言う。
「ジーン!。デューザ!。アルエンティと子供達をここへ!。バールには時間が無い!。」
マジゥが叫ぶ。
「ハッ!。」
「ハッ!。」
2階席でジーンとデューザはアリエンティの傍にいる。
観客席から痩せた若い男が降りて来る。
北ゲートから闘技場に入ろうとしている。
妙な動き...。
怪しい男だ。
「リクはどこにいる!。」
マジウが叫ぶ。
「ここにおります。マジゥよ。」
私は答えた。
「バールにリクを!。」
妙な男は大男に止められている。
!!
キドーのスサだ。
「離せ!。」
「貴様何者だ?。怪しい動き。」
「私は医者!。」
「医者だと?。おまえが?。見たことが無い。」
「あなたにはあれが見えないのか?!。」
男はバールを指差す。
リクが真っ赤に泣きはらした目で遠くの父を見ている。
子供の目では無い。
全てを覚悟した戦士の目だ。
リクは私の腕から飛び降りようとする。
私はリクを下ろしてやった。
私は3階建ての建物と同じ背丈がある。
リクは全力で走って行く。
どうしても涙が止まらないリクは、泣きながら自分の顔を何度も殴る。
私はリクの後を追う。
「このクソジジイ!。離せ!。」
「医師なら北方の者が連れて来る。おまえが誰か分からぬ限り通しはせぬ。」
リクは揉めている2人の間を走り抜ける。
一心不乱に瀕死の父の元に。
「私の名はキヨタ!。ハイドラ1の医者と言う人もいる。あの毒はネスク!。私なら、いや私にしか毒を遅らせることも痛みを和らげることも出来ない!。」
あの男もしや..オルテガの...。
「放せ!。クソジジィ!。闘技場の医者には何も出来ない!。このままでは、あの人は数分以内に激痛の中死んでしまう!。絶望の中で!。私を行かせろ!。使命を果たさせろ!。」
見かけに反して勇ましい男だ。
2mを超える大男に対して全く物怖じをしない。
スサは私に気づいた。
こっちを見る。
オルテガを診た医者なら...。
「そこの男!。おまえはオルテガを知っているか?。」
リクは間も無く父の元に。
「そうだ!。私がオルテガを診た医者!。」
スサは慌てて手を放した。
私たちの前を戦士が走り抜けて行く。
デューザ。
鳳凰の型の名手。
デューザはアルエンティを抱き抱えている。
!?
アルエンティを下ろすと同時にデューザが倒れる。
...ズザザザァーーーーーーーーーーーー...
背中に何かが刺さっている。
毒矢だ!。
リクを狙っていた。
マジウが片腕を上げ掴んだ。
バールクゥアンを狙った矢...。
...ビュゥ...
私は反射的に動いた。
これは、キヨタを狙ったもの。
何者が?。
...ピィーーーーーーーーーーーーーーーー...
デューザが指笛を聞き、北方の戦士が一斉に闘技場に飛び降りて来る。
私も指笛を吹いた。
キヨタと並走しながら。
...ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーィ...
我が西方の戦士がいるはずだ。
...ピィービュゥーーーーーーーーーーーーーーゥ...
バールがまだ尚 狙われている。
観客席のあちこちで西方の戦士が立ち上がる。
大闘技場に降りた北方の戦士達がバールクゥアン、リク、アルエンティを中心に壁を作る。
キヨタはバールクゥアンの元へたどり着いた。
ピンクの鞄から手際よく道具を出し次々と処置を施して行く。
端末と何らかの装置。
電極をバールに刺している。
プログラム?を打ち込んでいる?。
なぜかは分からない。
確実にバールの容態は持ち直している。
ただの医者ではない。
バールクゥアンは深く息をしてリクとアルエンティを見上げる。
!?
目が見えている!。
バールクゥアンは笑った。
奇跡だ!。
この医者...。
アルエンティは自分の真っ白なシャツを脱ぎ下着姿になった。
バールクゥアンの血と土だらけの顔をシャツでそっと拭ってやっている。
「あなた...あなた...。し、しっかりして...。あなた。だ、誰かお、お水を...。お水を!。」
震えるアルエンティの声は悲鳴のようだ。
「リク..ア...アル...こ...ち..らへおい..で...。」
何と!。
...バールクゥアンが喋った。
マジウも驚きを隠せない。
バールクゥアンは右腕を動かせるようになった。
痛かろう。
しかし、このまま治るのなら...。
素晴らしい医者だ!。
一体どのような処置を...。
「お...ま..え達..最後に、だ、だ、だか...。」
バールクゥアンは苦しそうだ。
いや、助かるかもしれない。
アルエンティはリクを抱きバールクゥアンにしがみついた。
「す...まぬ...。」
2人は首を横に振る。
泣きながらバールに抱きついている。
!
バールが必死に向きを変えようとする。
マジゥの方向へ。
「わかっている。安心しろ。おまえの案じているようなことはしない。約束する。おまえは立派に戦った。おまえこそ我が誇り。今は心配せず家族を気遣ってやれ。」
マジゥが応える。
バールはまだ何かを言いたそうだ。
謝罪をしたいのだ。
マジゥは分かっている。
この私も。
おまえの気持ちは。
その無念さも...。
!!
や...やはり...。
キヨタが離れた。
キヨタは手を尽くした。
我が戦士達が何者かを捉えている。
何十分生きながらえることが出来ただろうか。
あの医者の力で。
空が曇る。
雨が降り始めた。
ポツリポツリと。
...フゥーーーーーーーーーーーーッ...
バールクゥアンの深い深い吐息が聞こえる。
「あなたーーー!。」
「父様ぁーーーーっ!。」
二人の悲痛な叫びが大闘技場をこだまする。
バールは微笑んでいる。
皆で見送ってやれたのが唯一の救い...。
この日からマジゥは変わってしまった。




