ハイドラの狂人15
「ねぇ、ケンドゥ。あれ見て。」
エノアは、同じサイドの4階を指差している。
エノアの指の方角は遥か上の方。
え?。何だろう...。
この大闘技場は、巨大な蓮の花に似た建造物だ。
ヒルマ殿の中にある。
ヒルマ殿の大闘技場は、ハイドラで最も大きなコロシアムだ。
12万人の観客を収容できる。
綺麗に整備されたレンガ色の地面を楕円状に観客席が並ぶ。
観客席は6階まである。
大闘技場の四方の巨大な柱の頂上には、鳳凰、熊、虎、龍の大きな彫刻がある。
睨み合っている。
1階には特に大きな部族が。
東西南北には大きな入場口。
四隅には施設を制御する大きな場所がある。
巨大な木製の歯車が設置されている。
ここで行われるのは年に一度行われる大闘技だけではない。
ハイドラの独立記念式典や、平和の式典、など国家的な行事も行われる。
「どこ?。」
「ほら!。あそこ。熊の石像の近く!。」
「え?。どこ?。何が?。」
「ほーら!。あそこ!。あの子達。」
「あの子達...。」
「笑。やだ、さっきまで、どうしてるのかなって...。」
「...ん?。195号か!。どこ?。」
「そうよ!。ほら!。」
「どこ?...。」
「ほら、あの大きな人に抱っこされてる。2人とも...。」
「あっ!。ああ!。」
「ちょ。や、やだ、何してんの?。汗」
「おーーーい!。おーーーい!。」
「おい!。静かにしろ!。バカ野郎!。何椅子の上に立ってやがる!。」
「試合中だぞ!。コラ!。つまみ出されてぇのかこの野郎!。」
「本当よ。全く!。あなた1人で見てる訳じゃないのよ!。」
観客席から口々に怒号が飛ぶ。
興奮してしまった。
僕としたことが...。
「あ...。申し訳ない...。つい。」
間違いなくあの子達だ。
あの子達は遠すぎてこっちに気がつかない。
「...もう。なにやってんの...。」
エノアが、小声で言う。
マタブマが形態を上げている。
バールクゥァンは静かに待ってやっている。
完全に格下に対する扱いだ。
バールクゥァンがここまで強いとは。
やはりいくら研究したと言っても僕は素人だ。
評判や過去のデータ。
前回の試合。
前々回の試合の映像を見た。
バールクゥァンは別人だ。
15際も年下のアンティカ マジウに見出されてからのこの3年。
まるで新進気鋭の若手のような成長ぶりだ。
マジウはオルフェに天才と言われているそうだ。
しかし、兄デフィンに全く敵わない。
指導の天才なのだ。
きっと。
バールクゥァンの今年のこの風格。
まるで、全盛期のオルテガのようだ。
オルテガ...。
丁度3年前のこの日オルテガはマタブマに戦士生命絶たれた。
三種の魔器の1つトリダルタンによって。
魔器も神器も大闘技での使用は禁止だ。
戦士の生命そのものを簡単に奪ってしまう。
ダブルドラゴン、アスバードドラゴン、シュピーゲルドラゴンが、三種の神器と言われるのに対し、トリダルタン、ピオネール、バッカスは、三種の魔器と言われる。
神器はアマトが作り魔器はソラトが作ったと言われる。
神器には現代の科学では解明出来ない技術が使われている。
魔器も然り。
その構造すら分からない。
魔器の攻撃は神器にしか防げず、逆も然り。
だが、アマトを滅ぼすために放たれた魔獣や魔器は、ハイドラの絶対的守護者には通じない。
恐らく、古の書に出て来る、アマトの最終兵器とはこの星の戦闘神ナジマのことだ。
ナジマに力を与えられているからハイドゥクはソラトの兵器を無効化できる。
アマトはソラトから逃れこの惑星トリスタンに降りた。
そしてトリスタンの生物に紛れ込んだ。
だからソラトはこの星の全ての生物を滅ぼすことにした。
悪神アジャイロを送り込み。
今から13000年前にサンクテリアで見つかった古い書物。
元素年代測定の結果、それは1億3000万年前のものだ。
書かれていることは突拍子もなく現実だとは思えない。
古の書は、初歩的な文法的な間違いが多く大半の意味が分からない。
誰が書いたものか分からない。
人類1300万年の歴史の中アジャイロやナジマを実際に見た者はいない。
ハイドゥクもただの大男。
子供騙しの形態移行でこの星を揺るがすほどの勇者になるとは到底思えない。
魔器?。
きっと、デスマ社か、ガスター社の作った兵器だ。
「あの子達、今どこにいるのかしら。」
「えっ?。何?。」
「えぇ?。やだ...。もう他のこと考えてたの?。」
マタブマの形態移行が終わった。
歓声が高まり始めた。
大観衆が喝采を始めた。
喝采は地鳴りとなりうねり始めた。
バールクゥァンの形態移行を待っているのだ。
大観衆は圧倒的に強い正義の戦士が形態を移行して、一気にマタブマを倒すことを求めている。
僕だってエノアだってそうだ。
マタブマは、余裕が無さ過ぎて繰り出す手、繰り出す技が卑怯すぎる。
しかし、バールクゥァンが形態を変える気配は無い。
バールクゥァンが戦闘体勢を解き立ち上がる。
大歓声は少しづつ鳴り止んで行く。
一体どうしたバールクゥァン?。
バールクゥァンは片手を上げ大歓声を制する。
形態移行をしない気なのか?。
正気か?。
龍の構えだ!。
そのまま戦う気だ!。
...グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー......グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
マタブマが叫んでいる。
獣のように吠えている。
バールクゥァンは、形態を移行済ませた自分の倍以上あるアンティカに手招きをした。
本当に形態を移行しないつもりだ?。
バカな。
いくらなんでも。
少なく見積もっても、アンティカはダルカンの力の9倍以上...。
1段階の兵曹の差は13倍以上だ。
9×13...9の13倍...。
...グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー......グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
怪獣の雄叫びが大気を震わせている。
怒り狂い猛り狂っている。
マタブマは突進し始めた。
地面が揺れる。
バールクゥァンに飛びかかった。
あっ...!。
マタブマは両腕でバールクゥァンを挟み込んだ。
マタブマの両腕の中には何もいない。
マタブマは、辺りを見回した。
どこだ?。
頭上から巨体が落下してくる。
バールクゥァンだ。
黒い影にマタブマは、気づいた。
マタブマは両腕を突き出した。
熊の大爪。
凄まじい迫力だ。
バールクゥァンは光を帯びている。
大きくなり動きが鈍化したマタブマの大爪はバールクゥァンにかすることすらない。
腕の間を抜いバールクゥァンの両方の手刀がマタブマの首に炸裂した。龍の大爪。
...ドウーーーーーーーーーーーーーーン...
振動が客席まで伝わる。
マタブマがバールクゥァンを掴もうとした。
バールクゥァンは予想していた。
マタブマの腕の反動で身を翻した。
バールクゥァンの手や足が少しづつ体裁を整えていく。
あ、あれは、あの形は、龍の体落とし。
龍の型の奥義。
眩しい。
バールクゥァンの全身から光が。
マタブマの頭上で、龍の体落としが炸裂する。
...
...
...ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
闘技場の地面が直径100メートルに渡り陥没する。
地響きが鳴り止まない。
決まった...。
しかし、マタブマが、いつの間にか、腕を閉じている。
こ、これは何かの構え...。
まさか...。
熊櫓だ!。
マタブマはわざとバールクゥァンに龍の体落としを撃たせた。
エネルギー格差があれば龍の体落としを受けても全く効かないはずだ。
この僅かな間に。
マタブマも流石だ。
流石アンティカ。
マタブマは熊櫓を撃つ機会をずっと待っていた。
龍の体落としは直後に大きな隙ができる。
威力は強大だがその分反撃をされた場合には防御も回避も出来ない。
...キャーー...キャアアァァァー...うわぁーーー...キャーーーー...おおぉ...ヒイィ...キャーーー...ギャァァァァァ...うおーーー...うわぁぁ...ギャァァァ...キャーーー...
観衆から、悲鳴が上がる。
バールクゥァンは終わりだ。
バールクゥァンは粉々になるだろう。
死んだとしても形態を上げなかった自己責任を問われる。
!?
...
...
バールクゥァンが堂々と着地する。
何事も無かったかのように。
マタブマは、熊櫓の体勢のままよろめき後ずさった。
おぉ...
観衆が呻いている。
マタブマは櫓を解放し地に片膝をついた。
マタブマは苦しそうだ。
膝をついた兵曹が再び戦えることは稀だ。
形態を移行していない格下のダルカンに負けたアンティカ。
前代未聞だ。
マタブマは終わった。
マタブマに限らずセティ一族も武闘界からの誹りを免れられない。
バールクゥァンは強い。
強過ぎる。
バールクゥァンはオルテガの仇を取る気だ。
でなければこんな危険を冒してまで実力を見せつける必要があっただろうか?。
いや、これが、軍規正しき北方の復讐の仕方なのだ。
マタブマは立ち上がれない。
...ギュイーーーーーーイィィィィーーーーーー...
マタブマのシーアナンジンが異音を発している。
不安定な音だ。
マタブマは苦しそうだ。
立ち上がれない。
必死に立ち上がろうとしている。
立ち上がれない。
マタブマは終わりだ。
マタブマは...。
もう終わりだ。
...グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー......グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
マタブマが吠える。
苦しそうだ。
右の手を開き斜め前にかざす。
鈍い黄金の巨大な槍がマタブマ目掛け飛んで来た。
マタブマは掴むとその3つに刃先が分かれた槍の柄を地面に突き刺す。
三叉槍トライデントだ。
マタブマは、トライデントの柄を両方の腕で地面に突き刺し何とか立ち上がった。
おぉ...。
観客がどよめく。
パラパラと拍手が起きた。
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
マタブマのシーアナンジンが轟く。
ジェット機が飛び立つような音。
マタブマは完全には回復していない。
トライデントを構えよろめきながらバールクゥァンに向かって行く。
マタブマはハイドラ屈指の三叉槍の遣い手だ。
マタブマは決して弱いアンティカではない。
今の四方アンティカが出でくる10年前。
マタブマは100連勝をし、最強のアンティカとも言われていた。
そして、史上最強の三叉槍の名手として国家至宝を拝受した。
セティ一族とマタブマにとって今は最悪の時期だ。
マジア、マジウ、マトゥバ、マドワは突然現れた。
かつて最強と言われたマタブマ今の四方には一度も勝ったことが無い。
そしてマタブマ以降セティからはアンティカが出ていない。
「見て。バールクゥァンはまだ形態を上げないわ。」
バールクゥァンは武器を持ったマタブマに対しても、形態を上げない。
まるで、マタブマを挑発するかのように名手マタブマのトライデントを簡単に交わす。
「危ない!。バール!。」
どこかから、叫び後が響く。
マタブマは流石の槍さばきだ。
しかしバールクゥァンに掠ることも無い。
バールクゥァンは全く危なげなくトライデントを交わす。
「逃げろ!。」
誰だろう。
何が危ないというのだ。
無礼にも程がある。
バールクゥァンは軽やかに交わし飛び上がりトライデントを交わし...。
再び龍の体落としだ!。
これで、終わりだ。
勝負はついた。
マタブマはもう2度と立ち上がれないだろう。
!?
マタブマが龍の体落としをかわした。
ダメージを受け動きの遅いはずのマタブマが。
「バール!。逃げろ!。」
一体誰が...。
バールクゥァンはまだ3形態も残して優勢じゃないか。
バールクゥァンは着地し再び龍の構えを...。
バールクゥァンはよろけ躓いた。
!?
どうした!?
「バール!逃げろーーーーーっ!。」
この鋭い声は...。
北ゲートが騒がしい。青い戦闘服の男...。
マジウだ!。
マジウ アンティカが北ゲートに現れた。
これは、禁じ手を取られかねない。
総大将が作戦の指示するなど。
「どうしたのかしら...。」
エノアが訝る。
「マジウがなぜまた...。」
「それより、バールクゥァンよ。バールクゥァン見て!。」
「え?。」
バールクゥァンがよろけている。
足が完全にもつれている。
マタブマはトライデント巧みに回転させ大きく踏み出しバールクゥァンを突く。
あ、危ない!。
バールクゥァンは辛うじて避けた。
どうした!?。
バールクゥァン!。
全く動きにキレが無くなっている。
バールクゥァンは左手をかざし大刺股を呼び寄せた。
...ガギンッッ...
バールクゥァンは飛来した大刺股を掴み応戦する。
火花が飛び散る。
...ガギンッ...
...ゴ...
...ガギ...
...ガギンッッ...
「バール!。逃げろ!。禁じ手に立ち向かってはならない!。」
マジウだ。
これはマジウの声だ。
こんなに離れているのに良く聞こえる。
「見て。北方のアンティカが、暴れているわ...。一体どうしたのかしら...。汗。」
マジウは、周りの者達に必死に制止されている。
行司だけではない北方のラキティカ達やダルカンも。
...バギィッッ...
...ゴーーーーーーーン...
...バスンッ...
バールクゥァンの大刺股が粉々に砕ける。
破片は大闘技場の壁に突き刺さる。
「えっ?。シバールェが砕けるなんて...。」
「何て?。シバールェ?。」
「あの大刺股よ。見てあの紋章。バハヌノアの刀鍛冶の紋章よ。ジニリウムでも最高強度のもの。」
「えぇ...。君良く知ってるなぁ...。」
「お客様に良く包丁を勧めるの。シバールェを砕くなんて...あり得ない。」
「でも相手はアンティカだからさ。笑」
「何よ。もう。感じ悪い。」
バールクゥァンが慌てて構える。
「おい、バールクゥァンが形態を上げるぞ!。」
「バールクゥァンがいよいよ形態を上げる!。」
大観衆は大声を上げ始めた。
「バール!。ダメだ!。逃げろ!。」
流石のマジウの声も掻き消され始めた。
大歓声は爆音となり響き渡る。
バールクゥァンの耳にもはや総大将の声は届いていない。
「バール!。逃げろ。構わぬ!逃げろーーーーーーっ!。」
再び、マジウの声が...。
バールクゥァンには届かない。
「それは魔器だ!。トリダルタンから逃げろ!。」
マジウの叫びが大闘技場に響く。
遂にその声はバールクゥァンにも届いた。
トリダルタン!?。
3種の魔器。
トリダルタン!?。
動揺が波の様に大観衆の間に広がって行く。
「トリダルタンだと?。ま、まさか...。」
「ひ、卑怯な...。」
「禁じ手だ!。殺す気なのか!。」
「と、トリダルタン...。俺たちも危ない...。」
バールクゥァンの顔色が変わる。
必死に交わしている。
だが、既にバールクゥァンの動きは鈍い。
「見ろ、バールクゥァンが...。」
「くそっ、マタブマの野郎...。卑怯な...。」
「トリダルタン?。何かの間違いだろ?。」
「バールクゥァンが足を引きずってる...。」
「どうした、バールクゥァン...。」
「おかしいぞ...一体何が...。」
「頑張れーー!。バールクゥァン!。」
「負けるな!。バールクゥァン!。」
「バール!頑張れ!。」
「バール!バール!バール!。」
大観衆は、足を踏み鳴らし、大合唱を始めた。
...バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!バール!...
バールが右の太ももに槍を受けた。
「バー...!逃...!。」
皮肉にもバールクゥァンを応援する大歓声がマジウの声をかき消す。
マジウアンティカは収まらない。
ゲート近くまで自分よりも大きな弟子達を引きずり近づいて来る。
小さな総大将を大きな戦士達は全く止められない。
バールクゥァンは逃げるのをやめた。
三叉槍を腕で弾き形態を上げ始めた。
遅過ぎた。
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
光を放ちバールクゥァンのシーアナンジンは回転を高めて行く。
地鳴りと共に、バールクゥァンは巨大化し始めた。
バールクアンは何か覚悟を決めたようだ。
「キャアーー!。」
「うわぁーー!。」
大歓声は悲鳴に変わった。
バールクゥァンの胸から体液が噴き出す。
バールクゥァンの左胸には、鈍い黄金の槍が突き抜けていた。
マタブマは、形態を上げ始めたバールクゥァンの左胸を突いたのだ。
「卑怯だぞーーー!。マタブマ!。」
「汚いぞ!。それでもハイドラの戦士か!。」
反則ではない。
形態を変えなかったバールの自己責任だ。
マタブマの槍は形態移行をしているバールクゥァンのシーアナンジンを左胸のシーアナンジンを貫いた。
バールクゥァンのシーアナンジンは不安定な音を発した。
バールクゥアンが膝を落とした...。
再び観客から悲鳴が。
マタブマは三又の槍を引き抜きバールクゥアンを何度も串刺しにしている。
何度も、何度も。
大量の体液が噴き出している。
おかしい...。
鋼鉄の身体を貫く武器...。
兵曹の鋼鉄の身体を貫くもの。
この世にいくつも無い。
悲鳴はやがて悲しみと静寂に変わった。
バールは大闘技場に倒れた。
もはや噴き出す体液は残っていない。
形態の移行に失敗した。
逃げ切れなかった。
私は見た。
空に赤、青、黄色の大きなイプシロン(ナジマの波紋)が回転しているのを。
取り分け大きなイプシロン。
赤いイプシロンは青いイプシロンと逆の方向に回転し青いイプシロンをかき消してしまった。
イプシロンからの雷爆は一撃で、ヒルマ殿を消し去ってしまう。
良くも悪くも今ハイドラには3人のハイドゥクがいるのだ。
この悲惨な試合の中、一体、何人の人が、イプシロンに気づいただろう。
マタブマは動けなくなったバールクゥァンを執拗に踏み続ける。
何回も何回も。
憎しみを込めて踏み潰した。
大闘技場にはバールクゥァンの骨が砕ける音が響く。
悪夢だ...。
悪夢が再び...。




