ハイドラの狂人14
形態を移行したマタブマの皮膚は、年季の入った金属のように鈍く光っている。
シーアナンジン(1000年虫)によって供給されたアルマダイが、マタブマの身体をより大きな生きた金属の塊に変える。
マタブマは待っている。
バールクゥァンが形態を上げるのを。
しかし、バールクゥァンが形態を変える気配は無い。
マタブマは咆哮を上げた。
...グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー......グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
自分より下の形態で戦おうとしている。
格下のダルカンが。
自分に恐れることもなく。
マタブマは怒り狂った。
アンティカにとって、これ以上の屈辱は無い。
マタブマは突進する。
バールクゥァンは飛び一瞬でマタブマの頭上数メートルに到達する。
マタブマは落ちてくるバールクゥァンを熊の大爪で攻撃する。
速度の落ちた熊の型の必殺技はバールクゥァンに掠ることすらない。
バールクゥァンが龍の大爪での応酬。
マタブマの首を直撃する。
普通であればバールの勝ちだ。
しかし形態を移行したアンティカには全く効かない。
マタブマがバールクゥァンを掴もうとしている。
バールクゥァンは翻り前転した。
そして、全体重をかけて両足をマタブマの頭上に叩き落とした。
「龍の体落とし...。」
隣の席の男が呻く。
龍の型の必殺技。
マタブマの頭上に炸裂する。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
衝撃でまた地面がクレーターのように深く沈む。
...ゴ...
マタブマは慌てて両腕を交差させる。
「熊櫓だ!。」
「あぁ...。」
観衆は口々に叫んだ。
マタブマは熊の型の必殺技を繰り出す。
反射で両腕を開き反撃に出る。
カウンターの熊櫓は速度が速く破壊力は超絶。
しかしマタブマは反射動作ができない。
龍の体落としのダメージが大き過ぎた。
マタブマがよろめきながら膝を着く。
闘技場がどよめく。
バールクゥァンのこの強さを誰も予想しなかった。
このままいけば、次の大闘技ではバールクゥァンは、マタブマに取って変わり八方アンティカに繰り上がる。
バールクゥァンは形態が上のアンティカと互角以上に渡り合っている。
形態移行した兵曹にとって膝を地面に落とした体勢は死に直結する危険な体勢。
シーアナンジンがアルマダイを噴き出す圧力が心臓を圧迫するからだ。
またこれ以上無い屈辱。
マタブマは立ち上がれない。
マタブマは追い詰められた。
早くも。
マタブマは片膝をついたまま右手を横に差し出す。
鈍い金色の武器が飛来する。
三又の槍を引き寄せた。
赤碧の18使徒の持つトライデントに似ている。
マタブマは三叉槍で身体を支え何とか立ち上がった。
「うゎあーあわわ!。」
突然子供の声が。
サンザの声だ。
な、何をやっているのだ...。
この子達は。
折角マジアアンティカの計らいで大闘技を視察できるというのに。
カメで遊んでいる。
しかも観客席の床に2人で寝そべって...。
私としたことが...。
このような事がマジアに知れたらこの子達はまた橋の下に逆戻りだ。
「こら!。お前たち。何をやっている!。」
この年の子に遊ぶなというのは酷な話。
トラフィンとサンザも争い事が嫌いなとても心の優しい子らだ。
「も、申し訳ございませぬ...。」
トラフィンは、亀をそっと後ろに隠した。
マジウがこの子達を育てようとするのは分かる。
しかしなぜあの厳しいマジアが...。
子達にとっては戻るも進むも地獄かもしれない。
だから私がせめてヒドゥイーン戦士の勇敢さ優しさ素晴らしさを教えてやりたい。
そんな顔をしないでくれ。
私はおまえ達のためにこの命を捧げるつもりだ。
何だって教えてやる。
体得した奥義でも楽しい遊びでも。
でもマジアのことだ。
どこかで見ているに違いない。
ここは心を鬼にせねば...。
「トラフィン。亀を貸しなさい。」
「これだけは...。これだけは...。お許しください...。これはサンザの...。」
トラフィンは怖がりなサンザの気を逸らすために亀で遊んでやっている。
分かっている。
しかしマジアはそれが通じる相手ではない。
「なぜサンザからヤマダさんまで取り上げるのです。」
トラフィンは、怒っている。
小さな顔を真っ赤にしている。
トラフィン。
おまえ達は今マジアの力でここにいる。
そしてマジアはとても厳しい。
自分にも他者にも。
!?
観衆が騒いでいる。
何があった?。
皆立ち上がっていて見えない。
「貸しなさい。」
サンザがトラフィンの前に。
な!?。
何と!?。
もう一度...。
いつの間に!?。
さ、サンザ、いつの間におまえは...。
これは...。
これは...。
く、熊櫓。
もう一度!。
何と!。
いったいこの子は。
こ、この熊の型の奥義はそこらの戦士が簡単に体得できる技ではない...。
選ばれし戦士でも、5年、10年して、やっと身につく技。
熊の型の達人マタブマにすら劣らない。
何ということだ...。
「サンザ!。そ、それは!?。」
何ということだ!。
「サンザ!。オルテガ兄様に謝ろう。それは、攻撃の構えじゃ。兄様にそのようなことを...。」
トラフィンは慌ててサンザの手を下ろそうとした。
「あ、危ない!。」
私はトラフィンを引き寄せた。
トラフィンが粉々になってしまう。
!?
い、いつの間にか注目を...。
「な、何だって?!。子供が...。汗。おぉい見ろ、熊櫓だ...。」
「な、何だ、あの子は...。」
「お、おい!。見ろオルテガだ!。」
「えぇ!。」
「トラフィン...。き、おまえも出来るのか?...。」
「な、何をですか?...。」
「熊櫓だ。サンザを見てごらん!。」
「く、くまやらわ...。」
トラフィンは見よう見真似で型を真似る。
こちらはただの子供のものまね...。
いや違う!。
何と!。
サンザがゆっくりとトラフィンに型を見せている。
「こ、こうか?。サンザ?。」
「あ...。ううー。」
「こうか?。こ...こう?。中々難しいの...。」
トラフィンの型が見る間に進化して行く...。
何ということだ。
何ということだ。
な、何ということだ!。
マジアはこれを、これを知っていたのか!?。
トラフィンの型はほぼ固まった。
独自の型に、進化している。
何と、この小さな子供は歩きながら熊櫓の体勢を備えている。
何だ...。
この子らは...。汗。
「私は、サンザのようには、真似できないので...。いつも、いつも、歌も、鳥の鳴き声も、絵も、サンザに教えて貰っているもので...。何とも...。」
違う。
私は納得してないのではないのだ。
どうこの喜びを表現して良いのか分からないだけだ。
「おまえ達。おいで。」
私は2人を抱きしめた。
「おぉ、オルテガが...。」
「オルテガ殿ーっ!。お子さんは双子かー?。」
「可愛い坊やたちね!。オルテガさん。」
いつの間にか、こんなに注目を浴びている。
「オルテガー!。サインくれー!。」
いやそんなことはどうでも良い。
良かったな。おまえ達。本当に。
「サンザ!。良くやった!。トラフィン!。」
これで、あの厳しいマジアも絶対にこの子達に去れとは言うまい。
「どうしたのです?。オルテガ兄様?。」
トラフィンは怪訝そうな顔だ。
彼は自分達の未来がどれだけ明るいのか気づいていない。
「良かったなぁ。サンザ。」
「うーわぁ...。」
「兄様ワシャワシャはおやめ下さい...。」
「あうーー。」
「おーサンザ。偉いぞ。」
私はいつの間にか頰ずりをしている。
「もふもふもはおやめ下さい...。」
「おっと。すまんすまん。笑。しかし、凄いことだ。」
背後から大きな人影が。
で、デフィン様が...。
い、いや、もう、そんなに怯えることはない。
この子達はもう。
「オルテガ!。久しぶりよのう?。」
黒いフードを被った巨人が立っている。
ノリエガ...。殿。
な、何でここに。
「ノリエガ殿...。どうされました?。」
「オルテガ。おまえが場の北にいるとは珍しい。いろいろ思い出すのでは無かったのか?。わっはっはっ。しかもこのような幼子を連れて来るとは。わっはっはっは。」
トラフィンもサンザもノリエガを見上げている。
大きいだろう?。
押しも押されもせぬ四方アンティカ マドワだ。
カルタゴとノリエガは体格も雰囲気も似ている。
二人とも人柄が良い。
西の白に身を固めている口髭だらけの方がカルタゴ。
一見怖そうで、シュールな冗談ばかり言う。
東の黒ずくめの方がノリエガだ。
二人は仲が良いのか悪いのか分からない。
良く喧嘩をしている。
「ノリエガ殿。ここは場の北ではありません。馬の東。」
「ん?。馬の東?。何を!。」
そして、とんでもない方向音痴。
「何を...とおっしゃられましても...。」
「おお。確かにでかい石の熊が上におったわ。わっはっはっは。」
「...。」
なぜかこの人の元には強い戦士が集まる。
初めはマジウもマジアもこの人の東方だった...。
そして私も。
「しておまえ。良い弟子を見つけたな?。見ておったぞ。熊櫓。」
「ど、どちらで見ていたのです?。」
「まぁ良いではないか。マジア様のおっしゃっていた双子だな?。」
「はい。」
「うむ。オルテガよ。これはおまえにとって千載一遇の機会。恐らくおまえの全てを伝える唯一無二の機会。良かったな?。」
「は、はい。余命どの位あるか分かりませんが、この子達に私の持てるもの全てを伝えたいと思います。」
「して、ハノイの医者はどうだったのじゃ?。」
「それが...。会ってみたらキヨタとかいう若いなよっとした男で...。」
「ほう。若い医者なのか?。何かの間違いではないのか?。」
「いえ。ハノイ大学の教授も同行してくれたので間違いは無いはずですが...。」
「して、何と?。」
「説明も何やら...はぁ?っという感じで...。ネスクの毒は他の毒素とは明らかに違うと。成分はただの糖だと言うのです。昔からある伝説や言い伝えの呪いと説明するのが的確だろうなどと...。」
「うーむ......。それはおかしいのぅ。」
「えぇ。ただの糖分でもネスクの花の蜜は特殊な波動?振動を持ち、何やら素粒子の結合を無効にしてしまうとか...。一連の不規則な波動と放射で素粒子レベルで粉々に。そもそも物質は全て呪文のような物だと訳の分からないことを言い出す始末...。全ての物質は言語で書かれているなどど...。そして、ネスクは一度体内に吸収されると存在が無くなり、それに触れた組織は2度と素粒子としての機能を果たさなくなるとか...。数式のように分解されてしまうと...。じわじわと身体を蝕むと。この種の毒素や生物は、ソラトの作り出したものだとも言っておりました。解決するためには、ペルセアが1万個必要だとか...。」
「確かに...はぁーん?。じゃな。」
「浴びても効かない個体もあるとか...。アルマダイが強く関係していると...。アルマダイの更なる解析が解決の鍵を握る...。とか。」
「ほぅ...。」
他のアンティカは、科学の知識に長けている。
強くなるためには、生物、物理や数学。
場合によっては化学も必要だ。
しかし、ノリエガは違う。
全て勘だ。
適当だ。
なのに強い。
ノリエガに科学が少しでもあれば、勝てる者はいなくなると言われている。
そして、この類の話はあまり得意ではない。
煙たそうな顔だ。
「またな。オルテガ!。」
勘弁してくれというような身振りをすると、通路の階段を降りて行った。
手を上げて、身をかがめながら、通路を降りて行く。
幅5mの通路。コロシアムの通路としては破格の広さだ。
それでもノリエガには狭すぎる。
ただ、何も無いのにノリエガはこんな所に来ない。
きっと何かが...。
!?
観客が騒いでいる。皆立ち上がっている。
ジュール族がいる。
ここは4階だぞ?。
前が見えない。
危ないじゃないか!。
タントとジュールは1階に行くのが暗黙のルールのはず。
ここには子供が大勢いる。
!?
しまった!。
俺としたことが...。
しまった!。
北ゲート側から悲鳴が...。
北ゲート付近の観客の声が酷い。
な、何だ!。
何があった!?。
バールクゥァンは?。
マタブマは?。
「トラフィン!。サンザ!。おいで!。こっちへ!。」
ジュールの大人達に踏み潰されてしまう。
なぜこんなに、皆んな暴れている?。
何があった。
「座ってくれ。見えない。」
「おぉ、オルテガさん...。」
「オルテガ...。」
ジュール達はみな座った。
周りの人々にも落ち着く様に伝えている。
なぜ、皆んな暴れている!?。
北ゲート、観客の悲鳴が凄い。
マジウ!が。
マジウが叫んでいる!。
北方の戦士が総出でマジウを抑えている。
マジウが怒り狂っている。
北ゲートは大変な騒ぎに。
こうなっては誰にも止められない。
大きな身体のダルカンやラキティカ達が、小さなマジウに引きずられている。
反則になってしまう。
北方の勝利が無効に。
どうしたのだ...。
マジゥ。
一体、一体...。
あなたがこんなに取り乱すとは...。
正面のタント達も座った。
大闘技場。
は....。
ば、ば、バールが...。
バールクゥァンが血だらけだ。
バールクゥァンが...。
マタブマに踏みつけられている。
一体、一体。
この僅かな間に、何が、何があった!?。




