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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
PR
92/382

ハイドラの狂人5

シャトルは、銀色の蛇のように、車体をくゆらせて、自分の進路につながる分岐点を探した。


空中には分岐点と呼ばれる複数の施設が浮いていて、そこからドームと言われるいくつもの巨大な透明なパイプが、行き先別に分かれている。


ハイデラバードの空は、無数のエルカーやフライヤーが秩序正しく飛んでいる。


その間を、幾つものドームが、様々な方向の空に向かっている。


ウルサハイディーンに向かうシャトルが、すれ違い様にライトをパッシングをする。


...フォゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


そして警笛....。


同じ会社のシャトルのようだ。


トラフィンとサンザそして、多くの乗客を乗せたシャトル195号と。


すれ違ったシャトルは、水流に流されるウミヘビのように弧を描き、ウルサハイディーン駅へと降下して行く。


「フォゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!。」


周りの大人がびっくりして飛び上がる。


サンザは、警笛の音を真似た。


本物そっくりに。


大きな声だ。


アテンドと言われる客室乗務員の女性が、トラフィンに替わりにみんなに謝ってくれた。


サンザは苦しそうだ。


亀のヤマダさんを掴みながら、脂汗をかいている。


サンザの障害は、軽くは無いが、昔からなぜかトラフィンの言うことだけは良く理解する。


そして我慢強い。


シャトル195号は、分岐点目指しぐんぐん高度を上げて行く。


ウルサハイディーンから、それぞれの分岐点までの空間は、フライヤーも、エルカーも飛んでいない。駅に向かうフライヤーやエルカー達は、逆に透明なドームに入り、順番に進む。


シャトルは、分岐点に到達した。


...ドン...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


車体の横の溝に、分岐点の分厚い金属製のフロアボードをはめ込む仕組み。


シャトルは滑るように分岐点の中に入った。


分岐点は、同時に18のシャトルが並列できる大きく長い施設だ。


トラフィン達のシャトルの他に、2つのシャトルが停止している。


唸りを上げていた高圧炉や反重力板は、急激に音量が下がり全く音がしなくなった。


『...停車します。...』


...ドン...


ふわっと10センチほど落ち、不快な振動がする。


シートからは安全バーが降りて来る。


身体に触らない距離だ。


「うああああ!。」


サンザは耐えきれず奇声を上げ、亀のヤマダさんを放り投げそうになった。


「サンザ、大丈夫じゃ。母さま棒じゃ。」


「うう。」


サンザは、大人しくなった。


サンザは脂汗をポタポタと垂らしている。


本出発を控えたシャトルには、ある種の緊張感が走っている。


『......安全確認が出来ました。発車致します。......』


....ブウウーーーーーーーーーーーーン...


...ウォーーーーーーン...


...ドーーーーーーーーーーーーン...


シャトルは大きく揺れ、高圧炉を起動させた。


....キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


音が高まり車体はふわっと浮く。


「!...。」


声を出しそうになる大人も多い。


シャトルの窓には視界を良くする目的で透明なジニリウムが使われている。ジニリウム本鋼で、ボディの要所を支えている。


丸い大きな接着板を持った牽引車が、シャトルの天井の透明ジニリウム越しに追い越して行った。


『...牽引車と接続します。...』


「サンザ、ぶつかるぞ。構え!。」


トラフィンは言った。


「うああうぅ!。」


サンザは遊びだと思った。


...ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


「ハァーーーー。」


サンザはが悲鳴を上げる。


牽引車の引くGが強くかかる。


牽引車は乱暴に分岐点内の反重力アドバタイズレール上シャトルを引いた。


サンザは良く我慢している。


「うぅ...うぅ...。」


「サンザ?。サンザがんばろうの。」


『...業務連絡、業務連絡、HTF7653牽引車離脱...』


重い発電機の音が遠ざかり、シャトルは浮いたまま透明なドームに吸い込まれて行く。


全く音がしなくなった。


シャトルは、ハイデラバードの高層ビル群を遥か下に見下ろし快適に進んで行く。


まるで雲に乗っているように。


揺れもしない。


しかし、透明なドームと微かに映るシャトルを見ると、シャトルが物凄い速度で進んでいるのが分かる。


『...シャトル195号車は間も無く、ハイデラバードを離脱します。...』


透明な巨大のパイプのようなドームから、色とりどりのエルカーや、エルタンカーが飛び出して、秩序正しく飛行している。


下を見るとハイデラバードの高層ビル群が小さい粒になっている。


シャトルはそのまま、30分飛行した。


車内からため息が漏れる。


圧巻の眺望...。


サンザは寝てしまった。


疲れたのだろう。


トラフィンは、ヤマダさんに水をかけ小さな木箱に入れた。


タンジア特有のこの亀は、ほとんど移動しない。


小さいがおじさんのような顔をしている。


いつも欠伸をしていて、身動きが中年男性を思わせるため、ベッコー(のんきなオヤジ)亀と呼ばれている。


「お勤めご苦労であるぞ。いつもすまぬな。今日は、またおぬしの力が必要となるぞ。その時まで、身体をしかと休めるが良い...。」


トラフィンは、亀のヤマダさんに言った。


まるで王様のように。


隣の席の男は、笑っている。


腹を抱えて。


トラフィンに気づかれて傷つけないように。


声にも表情にも出さないように最大限の注意を払いながら。


どんなに頑張っても椅子が揺れてしまう。


「はて、炉の振動かの?...。」


トラフィンは、窓の外を見た。


ハイデラバードの街の端に来て、少しずつロコウに似た山々が見え始める。


「坊や?笑。ふふ。飴食べるかい?。ふはははっ!。」


隣の男はトラフィンに飴を勧めてきた。


なぜだかずっと笑っている。


トラフィンは一瞬驚いたが素直に貰った。


「で、では、お言葉に甘えまして、お、お一つだけ...。」


男はずっと笑っている。


どうしたのかとも思ったが、そういう人なのだなとトラフィンは思った。


とても美味しい飴だ。


男は笑いながら、5、6個飴をトラフィンの前のカウンターに置いた。


「坊や名前は?。俺はケンドゥ。駆け出しのジャーナリストだよ。」


「は、じゃーないの人...。は、はぁ。」


「笑。ジャーナリストだよ。信実を世に伝える仕事だ。そして、こちらが僕のフィアンセ。エノアだよ。なかなかの美人だろ?。笑。ツアーコンダクターをしてる。」


「あ、あの、わたくしは、トラフィンと申します。この人は、わたくしの双子の弟、サンザです。」


「ははは。そんなにかしこまらなくて良いよ。」


「よろしくね。」


笑いながら、エノアが言った。


変な人だけど、親切な人かもしれない。


『...管理航行区間を離脱します。間も無く当シャトルは、単独飛行に切り替わります。揺れますので、ランプが消えるまで席を立たないよう、お願い申し上げます。...』


...ウィィーーーーーーーン...

...ウィィーーーーーーーン...

...ウィィーーーーーーーン...

...ウィィーーーーーーーン...

...ウィィーーーーーーーン...


シャトルの下から羽が広がり始める。


反重力板だ。


シャトルは、飛行虫ギリムや、ギリノアの生態を真似て設計されている。


シャトルは、巨大な節足昆虫やギリムのように各車輌ごとに一対の反重力板を持っている。


空を飛ぶ蛇の様に身体をくゆらせながら飛行する。


シャトルの一輌は、列車のそれの半分くらいの長さだ。


...ドゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


シャトルのアフロダイ高圧炉が回転を始める。


車輌が揺れる。


ゆっさゆっさと。


かなりの高度で揺れている。


安全だと知っていてもやはり怖い。


高圧炉の回転音は大きく高くなって行く。


他に何の音も聞こえないくらいに...。


そして、もう一度破裂音と振動が起きる。


...ドゥーーーーーーーーーーーーン...


直後に全く音がしなくなった。


シャトルは振動している。


アフロダイ高圧炉が巡行回転に到達したようだ。


シャトルは、揺れながら加速し始めた。


もの凄いGだ。


『...ソニックブーム来ます。...』


...ドンッ...


...


...


...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


激しい振動が...。


「きゃーーー!。」


思わず女性客が声を上げる。


サンザは熟睡している。


『...音速を超えました。...』


やっと強烈なGはおさまった。


『...巡行運転に変わります。...』


...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


再び、高圧炉は激しい回転音を上げた。


おさまると同時に全く揺れがなくなった。


いつの間にか、シャトルの上下の透明な窓は、閉じ、窓の外側にもう一枚の透明なジニリウムがせり上がって来た。


反重力板は、高速飛行用にかなり閉じている。


『...ご案内いたします。この電車は、トランスエクスプレス195号、ゴード島 ブリフェン行きです。途中の停車駅はございません。ヒルマ殿責任運行電車。終点までの直通運転となります。自由席は、1号車、2号車、3号車です。この電車は、全席、禁煙となっております。お煙草を吸われるお客様は、喫煙ルームをご利用ください。普通車の喫煙ルームは、3号車、7号車、15号車、グリーン車の喫煙ルームは、10号車にございます。...』


時折、右や左にGがかかる以外は、全く快適だ。


スルスルと押されるようでいながら、シャトルは猛烈なスピードで飛行している。


高度が低い分、景色の移り変わりが早く飽きない。


『...こんにちは皆さま。本日はマルトワ トランスエクスプレス195号にご搭乗くださいまして、誠にありがとうございます。チーフパーサのメケナ•アンドルドです。当機は、機長ナダル•エンゲルス、副機長ルカ•パーシー、そしてクルー18名で、皆さまに快適な空の旅のお供をさせて頂きます。現在、34月118日。外気温は-7度、当シャトルの現在の高度は3000ディグリーです。当シャトルは陽電子界面システムにより空気抵抗が低く、低い高度を飛ぶことができます。飛行艇に比べ強い推進力を必要とせず、揚力が高いため、航行速度を自由に変えることができます。それでは、どなた様も、マルト トランスエクスプレスが誇る、空の景色とスピード感を心ゆくまでお楽しみ下さいませ。...』


緑の整備された区画が延々と続く。


ハノイの辺りでは、ヒダや、クワンなどの穀物を食べる。


この区画された畑は、ヒダやクワンの畑だ。


もう一時間近く飛んでいるのに、地平線の端まで畑が続いている。


畑の切れ間が見えてきた。


川だ。


大きな川。


ボルガ大河のように大きな川。


『...ラワンタム大河を通過致します。...』


シャトルは、また加速する。


水面を川鯨の群れが移動している。


...フォーーーーーーーーーーーーーーーン...


川上の方向を、同じ中距離シャトルがハイデラバードの方向に飛んでいる。


反重力板を縮め矢のように一直線に飛んでいる。


太陽や水面の光に、窓が反射して、キラキラ光っている。


川の中域には、巨大な赤いとんがり帽子のようなものが浮いている。


ひらひらと...。


近くを客船が、通り過ぎる。


赤いとんがり帽子は客船の5倍の大きさだ。


「何と大きなとんがり帽じゃ...。」


トラフィンは呟いた。


「シーワガイだ!。大イカだっ!。」


「えぇっ!。どれどれ!。」


片側に人がどっと押し寄せた。


シャトル195号は少し右側に傾いた。


『...お客様にお願い申し上げます。シャトルはやむを得ず急激な減速、加速、停止をする場合がございます。誠に恐れ入りますが、高速走行中は席を立たないようお願い申し上げます。...』


「で、でっけぇー!。あれ、100m近くあるぜ!。でっけぇー!。でっけぇー!。」


「おぉーー!。」


「お大きい...。」


「あ、あれ?。」


「きゃー!。」


シーワガイの触手が客船に伸びた。


客船はスラスタを点火し急発進する。


「あれ、間に合わない...。」


巨大イカもロートから水流を吐き客船に向かい猛スピードて進んで行く。


「川鯨とまちがえてるな...ありゃ、完全に...。」


シーワガイの主食は、30m近い大きさの川鯨だ。


シーワガイの触手が客船を掴む。


「キャーー!。」


客船の後部から火花がいくつも散り、黒煙が上がる。


シーワガイの触手が切れて客船の反対側の海に落ちた。


水柱が上がっている。


「な、な、何だ。何だ?。」


...パパン...パン...パパン...


音が遅れて届き反響する。


再び、客船から火花がいくつも上がる。


...パパン...パン...パパン...パパン...


「砲撃だぜ、ありゃ...。」


シーワガイは方向を変え、ロートから水を激しく吹き、逃げた。


足を何本も失った割に、物凄い速度だ。


「おーー!。」


...パチ...パチ...パチ...パチ...


車内から歓声が上がる。


シャトルは、更に速度を上げる。


遠くから鳥が3羽近づいて来る。


以外に大きい...。


いや、かなり大きい。


相当な大きさ。


白い鳥。


軍艦鷲だ。


数メートルある。


「うわっ。」


「キャーー!。」


「あんなのに激突されたら、墜落するぞ!。」


ケンドゥが言った。


「墜落はしないわょ。笑。反重力板があるんだもの。」


エノアは、笑った。


余裕がある。


シャトルは、巧みにかわす。


速度を増し、大鷲をぐんぐん引き離す。


大鷲は、シャトルの速度に全く追いつけない。


『...高度を上げます。...』


シャトルは再び3000近くまで、高度を上げた。


「危ねぇなぁ。」


「平気よ。このシャトルも2号車が戦闘車輌だし。動物保護の観点で撃たないだけだから。」


と、エノア。


「へぇ、知らんかった。俺、中距離シャトル乗るの初めてだから...でも、中距離シャトルが1番危ねぇよな...。」


トラフィンはうとうとし始めた。


飴をくれたケンドゥという男。


隣のエノアという女性と話している。


恋人だろうか。


毛布をかけてくれた。


シャトルや、駅にいた人たち。


今まで、見てきた大人達と違い、優しく親切だ。


とても上品。


うとうとしながら聞こえる2人の会話は、懐かしいような安心するような感じがしてとても心地よい。


こういう人たちばかりなら良いのに。


「確かに...。長距離シャトルは高度高いからね。でも、1番事故が少ないのは中距離シャトルなんですって。」


「へぇ。意外だな。」


「長距離は、自然現象が事故を引き起こすし、普通のシャトルはエルカーとかの事故があるしね...。」


「おまえ詳しいなぁ...。」


「そりゃそうよ。ツアーコンダクターだもの。笑」


「あ、そっかそっか。」


「前は、全部大鷲とか撃ち落としてたみたいだけどね。」


「全部?。それはそれで、また問題が...。」


「みて、ラワンタムを超える。」


ラワンタム大河の対岸が見えて来た。


シャトルは減速し、高度を1000まで下げた。


緑の区画が再び現れる。


のどかな風景だ。


シャトルはそのまま1時間ほど飛行した。


鮮やかな緑の区画が斜面になり、水の張られた棚田が続く。


棚田の畦道を人々が耕運機に乗って移動している。


棚田はアミ族の主食ウワの原料になるサマランの実だ。


...フォーーーーーーーーーン...


左後ろからまた別のシャトルが。


トラフィン達のシャトルの上を通過して行く。


土地が少しずつ高くなっていく。


シャトルは、ゆっくり大きな弧を描きながら上昇し始める。


シャトルの急な傾きを避けるためだ。


斜面を越えると、遥か下に、赤土がむき出しの荒野が広がっている。


ところどころ、黒い大きな岩が転がっている。


『...アスワン荒地です。...』


シャトルは、荒地をひたすら飛んで行く。


砂埃が上空まで舞い上がり、あまり景色も見えなくなった。


流石、超音速だ。


シャトル内の明かりがつき、乗客達は、それぞれ談笑を始めたり、バンドルをいじったり、映像や本を読んだりし始めた。


外は見えないが、シャトルの中は快適だ。


「よほど疲れたのね...。完全に寝てるわ。」


「気持ち良さそうだな。」


ケンドゥは、そっと2人窓のサッシを閉めてやった。


「偉いわね、2人だけで。」


「どこに行くんだろうな。この子達。」


「ヒルマ殿だったりして...。」


「まさか...笑。こんな小さな子達が。笑」


「そうね。笑。そんなはずないかぁー。笑。それにしても、気持ち良さそう。私も寝たいわ。」


「寝ればいいじゃないか。別に起きてなきゃいけないわけじゃないんだから。」


「でも、シャトルだと安心して寝られないのよね。寝心地もそんなに良くないし。」


「確かに...。」


トラフィンは、心地よく眠りに落ちている。


こんなに安心して寝られるのも久しぶりだ。


トラフィンは、懐かしい夢を見た。


父様と、母様と、サンザと、4人でカリビアで魚を捕まえた。


2つの太陽の温かい日差し。


透明な水。


どごまでも続く遠浅のカリビア。


色とりどりの魚や、貝や、ひとで。


綺麗な緑色の海水樹デメロネアが生い茂っている。


大きくて、力持ちで、勇敢で、男らしくて、優しくて、良く笑う父様。


いろんなことを教えてくれた。


父様が怒ると怖かった。


でも、本当に家族のことを大切にしてくれた。


冗談が好きで、いつも笑わせてくれた。


優しくて、温かい母様。


男漁師に負けず男まさりに働いて、いつも父様を助けていた。


けして美人ではないけど、料理が上手で、正直で、誰よりもサンザと自分を大切にしてくれた。


悪いことをした時には厳しく叱るけど、いつも最後には許してくれて抱きしめてくれた。


泣きながら。笑。


誰にも気にされなかったけど、4人身を寄せ合って、ひっそり生きていた。


それぞれ厳しい毎日だったけど、一人一人がかけがえのない宝物だった。


裕福ではないけれど、とてもとても幸せだった。


いつまでも、この幸せが続くと思っていた。


...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...


不規則にシャトルが振動し始める。


トラフィンは、目が覚めてしまった。


何時間経ったのだろうか...。


サンザはまだぐっすり寝ている。


亀のヤマダさんは...。


元気だ。


ヤマダさんも寝ている。


砂埃は、いつの間にか深い霧に変わっていた。


相変わらず外は見えない。


時折、霧の中から深い緑が見える。


シャトルは、上に大分傾いている。


トラフィンは周りを見回した。


半分くらいの乗客が寝ている。


車内サービスで貰った飲み物を飲んだ。


なんて美味しい飲み物なんだろうか。


トラフィンは、モル兄様の手紙を最初から読み返した。


「こんにちも、トーラ...フィン。げーんきにしたーますな...わーらすは...。」


迷惑にならないように、声はできるだけ出さないように読んだ。


また、隣のケンドゥが、笑ってる。


「クッキー食べるかい?。笑」


なんで、いつも笑うのかの。


このひとは。


...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...ドン...


シャトルがさっきより激しく強く揺れる。


今度はシャトルは、横に揺れている。どんどん高度を上げているようだ。


少しひんやりして来た。


車内の空調が効いてきて、暖かくなって来る。


車内の壁面全てに真夏のタンジアのような景色が映し出され夏の薫りがする。


霧が一瞬で途切れ、広大な雲海が広がる。


どごまでも、どこまでも。


第一太陽グラディアに照らされた、雲が銀色やべっこう色の輝きを放っている。


彼方で塔のような形の山がいくつも雲から突き出ている。


何時間シャトルに乗っても、どこにも着かないように感じる。


突然、通路を歩いていた女の人が話しかけてきた。


「あら、可愛い坊や達。笑。あら、キュービーのジュース好き?。」


「...?。」


トラフィンは、まごまごしていた。


「好きみたいですよ。笑。ね?。笑。そのジュースは、キュービーの果実のジュースよ。トラフィン。」


と、エノア。


ケンドゥは、笑っている。


「可愛いわね。どうぞ。」


女の人は、キュービーのジュースを3つエノアに渡した。


「良かったわね?。頂けるって。笑」


「弟さん?。ですか?。」


「笑。まさか。この位の子供がいてもおかしくないけどね。」


「あ、ごめんなさい。とても親しそうに見えたから...。」


「いえ。笑。平気よ。あなたお腹に赤ちゃんが?。」


「えぇ。もう直ぐ8ヶ月。」


「あら。素敵!。おめでとうございます。」


「ありがとう!。私はニンフ。あなたは?。」


「私は、エノア。」


「僕はケンドゥだょ。この子は。ねぇ、お姉さんにお名前教えてあげたら?。ジュースくれたから。」


3人は握手をした。


「と、トラフィンです!こ、こちらの人は...汗」


シャトルは、高度を下げ、雲海に近づいた。


なだらかに見えた雲海は、切れ間もあり、畝り立体的だ。


その盛り上がりは、様々なエンダル石の巨大な彫刻に見える。


太陽の光に照らされたそれは、まるで天国の景色のようだ。


頑丈なシャトルがとても小さく頼りない思える。


シャトルは減速し始めた、ぐんぐん減速している。


心細く感じる。こんな所で減速するなんて。アナウンスは何もない。


とうとう、シャトルは完全に停車した。


...タン...タン...タン...タン...


車体の軋む僅かな音が聞こえる。


殆どの乗客は寝てしまい、車内は静寂だ。


『...ここで暫く停車いたします。...』


「ん?。」


端末を読んでいた男が顔を上げて不思議そうな顔をした。


強い風が吹きシャトルが揺れる。


...カタ..カタ...カタ..カタ...


ヤマダさんの入った木箱が揺れる。


シャトルが、反重力板のアドバタイズで揺れる。


シャトルは30分以上停車している。


...フォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


下の雲から、大きめな砲塔を搭載した車輌が牽引車に引かれ、ゆっくりと上昇してきた。


起きている乗客は、一斉に首を伸ばしてキョロキョロし始めた。


どうしたんだろう?。


といった顔。


『...砲撃車を連結します。...』


車内はざわついた。二輌先の窓に、乗客達が張り付いて外を見ている。シャトルが湾曲して停車しているため、良く見える。


『...先週よりのガルマン大気流により、運行阻害要因が多数発生しています。本シャトルは、ハイドラ軍の巡洋艦3隻の到着を待ちバハヌノア地区に入ります。...』


「巡洋艦って言った?。」


車内はざわつく。


「え?。運行阻害要因って何?。」


「何ではっきり言わないのかしら。」


「旅行会社でも始めて?。」


「無いわね。こんなの始めて。こんな場所に停車するなんて、コンドラでもいたら一貫の終わりなのに。」


「え!。コンドラ?。飛竜がここにもいるの?!。」


「いやいや、例えばの話よ。」


寝ている人たちも起き、車内は一気に騒然とした。


「もっと情報欲しいなぁ。」


「何だ?。阻害要因って。」


「虫かもなぁ。」


「虫?シンワート大量発生とか?。」


「あぁ、前あったよな?。」


「シンワートで巡洋艦来ないでしょう...。」


『...お客様にお伝え致します。当シャトルは、ただいま、バハヌノア地区手前のチャカバノア上空6000mに緊急停止しています。...』


「だから、何で止まってるの?...。」


「シャトル会社に連絡してみる?。」


「そうね。」


『...移動します。...』


...グン...


シャトルは一瞬加速した。


「うわぁ!。」

「キャァ!。」


...ケーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


獣の叫び声が聞こえた。


「見ろ。軍艦鷲だ。今度のは大きいぞ!。」


...ズズン...


...ズズン...


...ズン...ズン...ズン...


シャトルから閃光が走り、軍艦鷲を直撃した。


血しぶきが空中に飛散し軍艦鷲は逃げ出した。


...ズズン...


...ズン...ズン...ズン...


また砲撃が。


普通の倍はある軍艦鷲が、片方の羽根を吹き飛ばされ落下した。


「ひ、酷い。」


「逃げてるのに、殺さなくても...。」


「いや、そうしなければ、飛行虫が集まって来るかもしれないし...。」


「かもしれないし?。何?。」


「見て!。バハヌノア方面全面運行停止。コンタクトまで25分待ちになってる!。」


『...お客様にお伝え致します。現在、ハイドラ軍とシャトル運営連盟の間で、協議を行っております。ご報告までもう少々お待ちください...』


「何の協議?。」


『...ハイドラ軍巡洋艦カブト、アギト、リガヤ、合流致します。...』


...パアァーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...パン...パアァーーーーン...


...パアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


シャトルが揺れるほどの警笛が鳴る。


サンザは目を覚まさない。


サンザは一度眠ると外的な要因では絶対に起きない。


雲の下から大きな巡洋艦が現れた。


一隻は、シャトルの真ん前に、2隻はシャトルの後方に停止した。


...パアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...パンパアァーーーーーーーーーーン...


...パアァーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...パンパアァーーーーーーーーーーン...


...パアァーーーーン...


...パンパアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


3隻は、お互いの意志の疎通を図るかのように警笛を鳴らしている。


シャトルの乗客達は皆耳を塞いでいる。


もの凄い音だ。


『...現在バハヌノアでは、先月より数頭ギリノアが確認されております。スーパージェット気流ガルマンの影響によるものと断定しました。...』


「ギリノア?。何だろ?。」


「もしかして、ギアナ大渓谷にいる虫じゃないか?。」


「虫...大群なのか?。」


『...お客様にお伝えします。シャトル運営連盟とハイドラ軍空軍ハノイ支部との協議により、ハバノーアへの退避ではなく...』


「ハバノーア?いつの間にそんな。笑。500キロ以上離れてるじゃねぇか。笑」


『...予定通りバハヌノアに向かいます。...』


「当たり前じゃん。なぁ?笑。」


また、巡洋艦が汽笛を鳴らす。


...パアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...パンパアァーーーーーーーーーーン...


...パアァーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...パンパアァーーーーーーーーーーン...


...パアァーーーーン...


...パンパアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


「う、うるさーい!。」


「もぅ。」


...フォーーーーーーーーーーーーーーーン...


シャトルは進み始めた。


そんなに危険な生物なのか。


巡洋艦3隻とは、過剰過ぎる防御だ。


...ブウウゥーーーン...


音とともに、シャトルが揺れる。


先頭の巡洋艦が防御シールドを展開した。


雲の中の雷と爆風に備えるためだ。


雲に潜り始めた。


シャトルは陽電子界面シールドを展開している。


『...本シャトルは巡洋艦アギト、リガヤの護衛の元、最短ルートにてバハヌノアに進行致します。これにより到着時間は、予定通り29時8分となります。...』


後方の2隻の巡洋艦は、シャトルの横にぴったりとつき、防御シールドを展開してくれた。


シャトルは、2隻の防御シールドに包まれ、同時に雲の中に潜って行く。


緑色の光の中、両脇には巡洋艦の巨大な船体が見える。激しい稲光りが見える。


...バリバリバリバリ...


...バリバリバリバリ...


「雷、巡洋艦に直撃しまくってるよ!。」


「平気よ。全然」


「ぜ、全然?。」


『...雲を抜けます。バハヌノアです。...』


突然開けたその場所は、無数の山が浮いている。


いや、山というより、島だ。


岩のようなものから、巨大な島のようなものまで。


緑の樹木が茂り、太いツタで、浮遊している島同士もつながっている。


島からは、太いツタを伝い、滝のように水が流れ落ちている。


延々と浮遊している島々は続く。


シャトルが通過した島は島ごと大きな湖になっている。


『...ご覧ください。こちらが、我が国では、タンジアのカリビアに続き世界遺産となったバハヌノアです。バハヌノアとはワイナ語で、天空の島々という意味です。...』


知ってるよ。


母国語なんだから...。


ゆっくりと、天井と床のジニリウムが、開き、また、透明ジニリウム張りで、全面見渡せるようになった。


「ひゃーー。」


悲鳴を上げる人も多い。


乗客達は、窓にかじりつき、景色を見回した。


シャトルの車内は、外の景色が一面に映し出された。


乗客で、ため息を漏らさないものはない。


『...この島々は、千年苔の莫大な浮力により浮いています。千年苔は、3種のアルマダイの成分を吸収した微生物ビルムスを体内に取り入れることで、浮力を得ています。また、それにより効率的に自分達の種子を放出します。夏期はビルムスの活動が活発になるため島の高さは通常より14%近く高くなります。稀に岩は成層圏にまで達しますが、ビルムスの活動低下や、死滅とともに落下します。...』


「お母さん、かきって何?。」


「夏ってことよ。みんな聞いてるから静かにしましょうね?。」


乗客達は感心しながら風景に見入っている。


『...バハヌノアには、様々な昆虫達がいます。シンワートのようにビルムスから浮力を得ているものが多いことも、バハヌノア地区の特徴と言えるでしょう。...』


...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


「キャッ!。」


シャトルの窓に何かがぶつかった。


肉食ハチのホーネルだ。体長は子供くらいある。


....ダダダダダン...


ホーネルは粉々に弾け散った。


シャトルが機関砲を撃った。


『...有害要因を処分いたしました。ホーネルです。さて、ご覧ください。左前方に見える岩を歩いているのが、巨大蜘蛛クロンラプトンの一種です。千種類以上の巨大蜘蛛クロンラプトンが生息していることもバハヌノアの特徴です。今右下に見えるのはボルバラです。...』


車内映し出されている風景は、ボルバラをクローズアップした。


「ひっ!。」


中年の婦人が悲鳴を上げた。


虫嫌いなようだ。


『...ボルバラは10m近い体高さがあり、毛むくじゃらの黒い身体、真っ赤な口、黄色い長い爪が特徴です。クロンラプトンの中では、肉食で獰猛なためホーネルと同じく危険時の殺処分が許可されています。しばらくこの、不思議な景色をお楽しみ......』


...ドドーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


閃光が走り、シャトルが激しく揺れた。


「お、おい!汗。巡洋艦が砲撃したぞ...。」


...ドドーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


眩い閃光と同時にシャトルが激しく揺れる。



....ギュギューーーーーーーーーーーッ...ッ..ッ...


何かの鳴き声だ。


浮島に反響している。


「み、見ろ!。」


上空の大きな島の上から、巨大な帯のようなものが旋回して降りて来る。


途轍もなく大きい。


「た、た、大変...。ぎ、ギリムだわ...。」


エノアの顔が蒼白になる。

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