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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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ハイドラの狂人4

トラフィンとサンザは初めてシャトルという乗り物に乗る。


サンザはすごぶるご機嫌だ。


予想外だ。


怖がりなはずなのに。


2人は、ウルサハイディーン駅にいる。


ウルサハイディーンは、ハノイ州の首都ハイデラバードで最も大きな駅だ。


オブジェのような無数の柱に支えられた銀色の天井は山のように高く、駅の端は遠過ぎて見えない。


バイキール湖の近くや、野や山の近くに住んでいたトラフィン達にとって、チリ1つ無い、人工的なデザインのウルサハイディーン駅は、未知の世界だ。


綺麗な服を着た上品な人ばかりがゲートを通り過ぎていく。


付き添いも無く、またサンザと二人ぼっち。


でも、もう前のような怖さはない。


モル兄様がくれた《ぼうけんの書》が、護ってくれるような気がしたから。


モル兄様がくれた手紙は《ぼうけんの書》と書いていて革でできている。


ゲームに出てくる本物の《ぼうけんの書》みたいだ。


楽しい。


絵がとても。母様が生きていらしたころ教えてくれた字も沢山あるし。


「こーの...きっぷを...かーーくとき。こわのしるしの...とこにならぶ。このてがみのしたぁのしょうまいをみせて、コホンとせきをすること。それから...しょうまいとは何かのぅ。サンザ...。」


サンザは、興奮している。


「チケットをあらかじめお出しになって...はい!あちらのホームになりま...バハヌノア方面のシャトルをご利用のお客様。4番搭乗ゲートE7に...タラララルルラー...ゴーーーーーーーーーーーーーーー...。」


嬉しいらしく、聞こえる音を全部口にしている。


サンザは、目に見たものも、耳で聴いたものもほぼ同じに再現する。


サンザが書く絵は写真ようだし、楽器を拭いても、歌を歌ってもまるで本物だ。


「サンザ。こっちじゃ。」


トラフィンは、サンザの手を引き、モルフィンからもらった《ぼうけんの書》に書いてある、乗り物の入り口を探した。



「プルプルプルプル。ギー。ウィーン。32時58分発ハイデラバード行きへお乗り換えのお客様は...。」


サンザはますます大きな声を出している。


ゲートが高くて《ぼうけんの書》に書いてある印が見えない。


トラフィンは、何度もゲートから離れたり、近づいたりしながら、《ぼうけんの書》に書いてある印とゲートの上の透明なガラスに書いてある印を見比べた。


「あっ。これじゃ!。」


やっと見つけた。


「お願いいたします。」


トラフィンは、ゲートに頭を下げた。


何の反応もない。


「お願いいたします。」


また、ゲートの前でトラフィンは、頭を下げた。


「あれ?。あ、そうじゃった...コホン!。」


「...あれ?。コホン!。」


トラフィンは、慌ててまたゲートから離れて、ゲートの上の印を確認した。


小走りで戻り、また、頭を下げた。


「お願いいたします!。コホン!。」


また、返事がない。


トラフィンは、動揺し真っ赤になった。


...カッ...カツ...カツ...


赤いジャケットに白いスカートをはいた女が歩いて来る。


「あら、坊やどうしたの。チケットは持っているの?あら。いいの持ってるわね?ゲームの...。」


女が声をかけてきた。


女の人は、トラフィンの《ぼうけんの書》を見て、笑った。


トラフィンは、俯いて、《ぼうけんの書》を隠した。


大人は大きくて怖い。


「ちょっと見せてみて?。」


「こ、これは...。」


トラフィンは《ぼうけんの書》を後ろに隠した。


女はゲートの端にあるデスクに声をかけた。


「ねぇ。小さなお客さまが、何回も声をかけてるわ?。」


女は、トラフィン達を指差している。


「え?。お客様?。」


カウンターの駅員は、モニターから目を離して見下ろした。


「ほら、小さな坊や達が。」


「え?。そうなんですか?。」


上の方で話をしている。


カウンターからはトラフィン達は小さ過ぎて見えない。


「そうよ。もう。さっきから何回もよろしくお願いしますって...。坊や達、行き先はどこかしら?。」


女がまたトラフィンを見下ろして話しかけてきた。


「ベ、ベ、ハーバーで...。島の...島の。」


「あぁ、バハヌノアね。笑。天空の島が沢山ある所ね?。笑」


少し怖いが優しいかもしれない。


「お客様。バハヌノアは次のを逃すと明後日までありませんよ?。」


カウンターの上から男の声がする。


駅員はモニターを覗き込んでいるみたいだ。


トラフィンは、また慌てた。


「あらら...。可哀想に...。お手紙ちょっと見せてみて?笑。大丈夫よ。取らないから。素敵ね。《ぼうけんの書》って書いてあるわ?。でも、ちょっとだけ見せて?。」


トラフィンはモルフィンからの手紙を見せた。


「あら?。このイグニションコード前のシステムのだわ...。ねぇ!。駅員さん。この子たちのイグニションコード前のみたいなの!。どうしたら良い?。」


「あ、ちょっと見せてください。こちらで見えますから。あれ!?。その子たち...。」


「え?。何か?...坊や。ちょっとだけ借りても良いかしら?。もうあまり時間が無いみたいなの。」


トラフィンは頷いて、大切な手紙を渡した。


「どれどれ、あ、はいはい。確かにリザーブされてます。今発券しますよ。ここでも出来るので...。えーと...えぇっ!。」


「良かったわね。坊やたち。」


「良かったわね。坊やたち...。ピーーーッ。」


サンザが真似をした。


「え?。」


「こ、これ!サンザ。お姉様に失礼ではないか!。」


「こ、これ!サンザ。お姉様に失礼ではないか!ウーーンウーーンググウー。のお客様のお荷物は、5番ロータリー...。」


「も、申し訳ありません。弟は...。」


「大丈夫。笑。私の姉も同じ。偉いわね。」


「こ、こ、これは...!。ちょっと!。」


「発券できました?。間に合うわよね?。」


「......。」


「え?!。乗れないのこの子たち!?。」


「いや...行けます...。このチケットは、195号は、あと15分で発車ですよ...。ロの43番ホームです。二階上です。このゲートの中央に自動通路があります...。」


〔...シャトル195号 最終搭乗時刻5分前になります。ご利用のお客様は...〕


「あら...大変。シャトル195号。ちょっと急いで、駅員さん!。私が連れて行くわ!。私の入場券も出して!。後でお金は払うわ。」


「それは、良いんですけど...。」


「あの、急いで頂けない!?。あと5分じゃ、この子たちの足では厳しいかも!?。」


「...臨時シャトル出しましょう。」


「え?。」


「これ、マジゥアンティカの勅命チケットです。シャトル195はヒルマ殿の責任運行...。この子たちを探してました。良かった...間に合わなかったら臨時シャトルを飛ばすことになってます。ちょっと待ってて下さい...汗」


「あ、あなたたち、あ、アンティカのご親戚?。マジゥアンティカといえば、確かハイドゥクの直系...。マジアアンティカの弟...。それなのに、警護の人もいないなんて...。」


駅員のバンドルから、小さな映像が映し出されている。初老の女性だ。制服を着ている。


「そうです。はい。そうです。2人。はい。確かに、1人はそのようです。間違いないと思います。はい。はい。分かりました。直ぐにそのように...。」


「どうなりました!?。」


駅員は、ちょっと待ってという身振りをした。駅員は、バンドルを触り空中で指を動かしている。


「えーと、シャトル195便を...。」


〔えーと、シャトル195便をご利用のお客様にお知らせします。シャトル195便バハヌノア行きは、車輌点検のために20分ほど当駅で停車を致します、恐れ入りますが...〕


男性の声が女性の声に変換され、構内放送が流れる。


ワイナ語、ヌビア語、テユワイ語、ハクア語、他 8ヶ国語に変換された。


少しずつ人が集まってきた。


「どしたの?。この子たち。」


「あら。2人だけでお出かけ?。お爺ちゃまとお婆ちゃまのところかな?。」


「はい。すいません。ちょっと失礼します。」


駅員は、手に持っている二枚のキラキラしたステッカーをゲートにかざした。


...ピーーーーーーーーーーーーーン...


ゲートの縁が光り、空中にピンク色のワイナ文字が浮かぶ。


...ガタン...


銀色のゲートが開く。


ホームの中は、ガラスのような透明な板ばかりだ。


駅員は、黄色や緑に輝くステッカーをシールのようにトラフィンの手紙に貼った。


トラフィンはステッカーを見るなり顔を輝かせて喜んでいる。


「おい。変わってくれ、俺が行ってくる。」


「あ、はい。」


白髪の身なりのきっちりした駅員が交代でデスクに入って行く。


「あ、お嬢さんもどうぞ。一緒に行きましょう。」


女の人の顔は少しほころんだ。


透明な厚いガラスの通路。下の階のホームが良く見える。


通路部分だけ、ベージュの木目だ。


透明なガラスの床や壁には、黒や、赤、緑の様々な国の文字のサインが出る。


「あーーー!。あぁーーー!。」


サンザは怯え突然走り出した。


「サンザ!。サンザ!。」


トラフィンは追いかけた。


「あっ!。危ないっ!。」


「おいおいおい!。」


大人達が慌てて追いかけて来る。


サンザは、ホームの角に耳を押さえしゃがみこんだ。


シャトルはホームの透明なフロアボードに、溝を合わせ上半分を乗り上げて停車する。


陸に乗り上げる鯨のように。


サンザは、そのシャトルの飛び込んでくる場所にしゃがんでいる。


「そ、そこは危ないのよっ!。坊やっ!。」


「シャトルが来たら大変だ!。ちょ、ちょ、ちょっと連絡を...。」


トラフィンは、サンザの前に座った。


サンザは、トラフィンを突き飛ばした。


サンザは下に降りようとしている。


「キャー!。危ない!。」


トラフィンは、起き上がりながら、懐ろに隠していたものを取り出した。


「サンザ。亀さんじゃ。亀のヤマダさんじゃ。笑」


トラフィンがニコニコして言う。


ヤマダさん?。


「アーーオーーアーワ。」


「そうじゃ、サンザのヤマダさんじゃ...。」


サンザは一瞬の内に、平静を取り戻した。


サンザは、亀のヤマダさんをそっと持ち、立ち上がった。


「さ。行こう。モル兄様の所へ。」


サンザは嬉しそうな顔をした。


しかし、空中に浮かんでいるように見える文字を見てまた不安そうな顔をした。


「感覚の鋭いサンザには辛いのぅ。サンザは、ヤマダさんだけを見ておれ。そしたら、ワシが手を引いてやる。」


トラフィンは、サンザの手を引いた。


「よ、良かったわ...。ホームに落ちたら、骨折どころじゃ済まないわ...。」


「何とか、行けそうだ。移動通路に乗ろう。その方が早い...。」


「ごめんなさい。サンザが怖がりますので...。」


「そうですか...これ以上は遅れられないが...。」


「目をつむってなら走れます。多分。」


「この光、この子には刺激が強すぎる。痛いほどだわ。きっと。うちの姉も同じだった。私のお帽子かぶれると良いんだけど。」


そう言うと、女の人は被っていたピンク色の帽子を脱いだ。


「これを深くかぶれば、光は見えないわ。」


サンザは不思議と嫌がらなかった。


女の人は、サンザにそっと帽子を被せた。


サンザは亀のヤマダさんを手に包み、トラフィンは、その手を両手で包み走りだした。


女性はサンザの背中にそっと両手を当てた。


「あ...。」


トラフィンは、慌てた。


しかし、今度も、サンザは怖がらなかった。


駅員は、人混みをかき分け、先導し、おかしな4人組はひたすら走って行く。


ひたすらひたすら輝く透明な道を走って行く。


「お嬢さん...。フゥ...フゥ...ハァど、どうして...ハァ...フゥ...こ...この子達にこうまでしてやるんです...?。」


駅員は、息が乱れていた。


「わ...私の姉も...この帽子の子と同じ、同じ...あ、あなた...あなたこそ、ハァフゥ...フゥ...駅長さん...。」


女もまた、汗だくだ。


「ハァ...ハァ...フゥ...し...知ってたん...ですか?...あ...アンティカのい...依頼が...。」


「うぅ...フゥフゥ...ハッ..ハッ..そ...それ..だ...け?!ハッ...ハッ。坊や達...大丈夫?。ハァっ...ハッ。」


「お..お..オルレアンの..お..お...お嬢様こ...こそ...ハァ...フ...ハァ...フゥ...か...可愛いってだけじゃ...この子。」


「えっ?!...ハッ...ハァ..ハッ....フゥ...なぜ、知ってる...の...ハッ」


「ハァ...ハァ...ハァ...この辺りで...あな...たのような...ハァハァ...美人しら...ない人いま...せん!ハッ...ハァ...ゼィ...ゼェ...ハッ...運動...不足だな...こりゃ...君達っ...もう少しっ!。ハッ...。」


「まぁ...ハッ...ハッ...ハァ...フゥ...ヒィ...う...上手い、こと...言うわ...ね...何か...な...何か...この子達...どうしても...どう...ハッ...ハッ...どうしても...送り...送り届けなくては...ハッ...ハッ...いけない気がし...たの...。」


4人は、二回目の階段を駆け上がった。殆ど全て自動通路で階段はごく狭い。


「ハァ...ハァ...ハァ...わ...私も...です...上手くは、言え、ハァハァ...ないけど...我々...に...とって...かけがえの無い...かけがえの無い...子達の...ような...気がし...ハァハァ...ハッ...。」


〔間も無く、シャトル195号。バハヌノア行き、ドアが閉まります、ドアのお近くのお客様は...〕


「え?!駅長さん...ハッ...ハァ...も?...私...ナジマと...ナジマ様の光を感じ...たの...この...子達に...ハッ...ハァァ。」


...トウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


低く穏やかだが耳に残る重い音が聞こえる。


シャトルの発車音だ。


「ここよ!。16号車...ゼィ...ゼィ...後は...2人で頑張って!。ちょちょちょうだい...ハァ...ハァ...ハァ...。」


「ハァ...ハァ...ハァ...坊や達...大人の人に、ハァ...ゼィ、ハァ...ハッ...席...教えて貰って!。ハッ...ハァ...ハァ...。」


...プシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


シャトルの分厚いドアは、ゆっくりと滑るように閉まって行く。


滑り込みセーフだ。


サンザは、シャトルのドアの大きなガラスをドンドン叩く。


女こピンクの帽子を被ったまま。


トラフィンは、深々とガラス越しにお辞儀をした。


「負けるな...絶対に!。ナジマの子達...。」


2人の呟きがユニゾンした。


ハッとして目が合った。


!?


あぁ!。


お互い見つめ合っている。


2人は周囲を全く意識しなくなった。


穏やかで深い発車ベルが終わり、シャトルが走り出す。


懐かしさと親密さを込めて、2人は距離を縮めて行く。


そして、サンザとトラフィンに手を振った。


トラフィンは、まだ、頭を下げている。サンザは窓を叩き2人に何かを言っている。


シャトル195号は、助走を終え、ゆっくりと浮上し始めた。


2人は泣きながら抱きしめ合った。


その日、ハノイの上空には、とてつもなく大きなマントラが浮かび上がった。


多角形の光のマントラ。


ナジマの波紋。


イプシロンが。

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