赤碧の帝王10
赤碧の大軍は、まさに、神帝カーの第一神殿 メルエン•ラ•カーに到達しようとしている。
赤碧軍の空の艦隊12万は、ヒステシャム、パイロメニア、スキゾフェニアに先導され、それぞれの方向に移動を始めた。
その、三つの戦闘空母の放った長距離迫撃砲の方角へ。
四条は一条に匹敵する巨大な道。
四条だけが、斜めに交差する道を持つ。
赤碧と18使徒、そして、上位の装甲騎兵や兵曹約10000を残し、赤碧軍6230万は、四条から北東、東、南東に別れ、続々と帰途についた。
この日、いくつもの軍事衛星ソランが、メンファーから大陸の各方角へ、血液のように、赤、青、黄色の何かが広がって行くのを撮影をした。
黄色は、エイジン大陸の西域に向かうエルマー軍。
赤は東域の赤碧東軍。
青は南域の赤碧南軍だ。
起点のメルエン•ラ•カーは、二つの太陽の光を浴び、巨大な宝石のように輝く。
巨大浮遊基地リバベシャムは、黒い太陽のように真っ黒な影を地上に落とす。
リバベシャムは、その数十キロに渡る巨大な船体を浮遊させ宙に留まっている。
まるで、ブラックホールのように。
リバベシャムの放つ異様な光は、黄泉の国のイルミネーションのように、夕暮れの空に色を添えている。
地上に落とす大きな黒い影の上を、出遅れた白い軍団が津波のように通り過ぎて行く。
秩序無く雑多に。
やがて、メンファーには、少しずつ夜のとばりが落ちはじめた。
神帝カーの第一神殿の、外壁門が開かれる。
高さ500m幅5kmに及ぶ、その豪華で重厚な門は、間接光を浴びながら、ゆっくりと開いて行く。
直径20mのジニリウムの鎖が何本もぶつかるけたたましい音とともに。
エンダル石で出来た、神々の彫刻が施されたその壁面は、ため息が出るほど美しい。
外壁門が開ききり、青く輝くメルエン•ラ•カーの大外郭庭が現れる。
青いシカム石が敷き詰められていて、辺りの光度が下がるほどに青い光を放つ。
数十キロ四方に渡りびっしりと。
昼間浴びた二つの太陽の光を、闇が深まるに従い青く放出して行く。
赤碧軍1万は、豪華なシムキャストに乗った赤碧を先頭に、メルエン•ラ•カーの第一ゲート前にたどり着く。
第一ゲートは、1日に2回しか開かない。
二度目の開門までの数時間赤碧軍はゲート前で整列している。
メルエン•ラ•カーの中は広く、建物の作り自体が大きいため、祭事用の乗り物に乗らなけらば移動が出来ない。
外壁門から第一ゲートまではそれほど遠い。
18使徒の中の巨大な黒鬼がシムキャストを降り、後方へ歩いて行く。
黒い兵曹は、後列の子供の乗っているシムキャストを踏み付ける。
そして容赦なく子供を睨み言った。
「貴様。何故ここにいる?。」
シムキャストの上には、フードを被った少年が乗っている。
少年は兵曹ではない。
不自然だ。
「答えろ。」
18使徒の両脇を固めている兵曹達は、凍りついた。
黒い兵曹は、シムキャストの最下段を足で踏み潰そうとした。
兵曹は子供のシムキャストとほぼ同じ大きさだ。
5mはある。
少年の後ろにいる使徒達はにやけている。
「やめぬか。ザビル。」
前列の使徒アモンが声を上げる。
ダイダレスは視線を逸らしている。
「なんだと?。」
ザビルはアモンを睨みつけた。
上位者のアモンですら、それ以上何も言えない。
ザビルは、足を踏み下ろした。
少年のシムキャストの最下段と、右の球型のキャタピラはひしゃげた。
シムキャストはジニリウムでできた戦車だ。
少年はシムキャストの頂上から落ちそうになった。
下を向き黙っていたデュアニソスだが、耐えきれず戦車から降りた。
...ゴゴゴーーーーーーーーーー...
前列の先頭のシムキャストが回頭する。
デュアニソスの横を通り過ぎザビルの元へ向かって行く。
「デスパイネ様。」
デュアニソスは頂上にいる兵曹に声をかけた。
アモンと、ダイダレスも慌て続いた。
デスパイネは、それを片手で制しシムキャストの操舵手に止めるように合図を送った。
「ザビル。」
デスパイネは、自分の元に来るよう手招きをした。
「何だと?。」
ザビルはあからさまに不機嫌になった。
再び辺りは凍てつく。
「これは...赤碧様にお知らせせねば...。」
ハデスは、自分のシムキャストを前進させようとした。
が、イオが制した。
「待て。外様の私達は出てはならなぬ。赤碧様に恥をかかせることになる。リューイ様のお立場に触る。」
「しかし...。」
ザビルはデスパイネを睨みつける。
「この偽善者めが。」
デスパイネだけは全く動じる様子が無い。
自分の力に自信があるのだ。
「ザビル。おまえは、赤碧様のお決めになった軍規に背く気か?。」
「おまえだと?。貴様如きが。」
相変わらず、最後列の使徒の末席達は、にやけている。
「ザビル。おまえは今赤碧様に逆らい、誇り高き我が軍を侮辱している。それを分かっているのか?。」
「何だと...?。」
ザビルは怯んだ。
「その少年が、帝の許可なく、この神聖な隊列に加わっていると思うか?。」
「何?。」
ザビルは、ただデスパイネを睨みつけた。
「おまえは、赤碧様がお許しになったその少年の参列を間違いだと言うのか?。」
「貴様!。」
ザビルは声を荒げた。しかし、既に殺気は消えている。
「隊の順位は赤碧様がお決めになったこと。上位者の命は赤碧様の命。来てひざまずけ。」
「何に!?。」
ザビルは、再び鬼神のような殺気を纏い始めた。
「ほう。おまえごときが、私に刃向かうか?。」
「イオよ。例え外様だとして。放置しても良いものか?。」
イクシデンは言う。
「如何にも。奴は我らの内、誰かが止めるしかあるまいて。赤碧様にご許可を得る。」
「いや、待て。ご指示があるまで待て。赤碧様がお気づきにならんはずがない。」
イオが最前列ではリーダー格のようだ。
クロノスは我関せずと言うように、顔を背けた。
ザビルは、少年の乗るシムキャストを更に踏んだ。
少年は、傾いたシムキャストの豪華な手すりに必死でしがみついている。
ザビルは、より殺気を高め、デスパイネの方を睨みつけている。
一触即発だ。
デスパイネの顔からも、笑が消え、ザビルを凝視した。
全ての者が硬直している。
「い、いかん。」
ハデスは巨大を翻し軽々と地に飛び降りた。
ハデスの重いその身体は、音も無く着地した。
「早まるなハデス。」
「しかし。」
「見よ。」
イオは、デスパイネのシムキャストの陰から大きな影が出てくるのを見た。
...。
赤碧だ。
デスパイネは慌てた。
次の瞬間、転げ落ちるように、地に降りひれ伏した。
巨大なマントをシムキャストに絡ませながら。
「この場がどこか分からぬそなたではあるまい。」
赤碧は穏やかに諭した。
全ての兵曹、装甲騎兵達も、一斉に地面にひれ伏す。
ザビルも例外では無かった。
少年だけ、身体が小さ過ぎてシムキャストを降りることが出来ない。
少年は、意を決して飛び降りようとした。
10,000とは言え、その数が一斉にひれ伏す振動が、外郭門を揺さぶる。
デュアニソスが慌てて、飛び降りようとする少年の元に走り寄った。
「良い。」
赤碧は、少年を手で制した。
少年は、傾いたシムキャストの頂上で額を床に擦り付けた。
デュアニソスはホッとした面持ちで止まった。
恐らく、デュアニソスは少年の世話係だ。
「シャムよ。お前の真の名を申せ。帝はそのためにわざわざ御輿から降りられた。」
デュアニソスは叫んだ。
少年はためらいながらフードを外す。
「私は...。」
少年はまだ8-10歳といったところだ。
「貴様...。」
ザビルはひれ伏したまま、唸るように声を出す。
少年が怯える。
「止めぬか!。」
デュアニソスはザビルに言った。
赤碧は、少年を穏やかに見ていた。
「私の名前は...コウ...コウソンライで、ございます。」
デュアニソスは、あんぐりと口を開け、周りにいた者はどよめいた。
ザビルは、立ち上がり、一瞬のうちにサーベルを少年の首に突きつけた。
小さな子供を脅すには、大袈裟な武器だ。
「やはりコウ一族の者。貴様、帝を謀るつもりか?。」
「引け。」
赤碧が言った。
「ハハッ!。」
ザビルは、サーベルを引き、跪いた。
「父はサンか?。」
「父はコウソンサンにございます。」
「母はビョウか?。」
「母親はコウソンビョウにございます。」
「ほお...。義父コウソンポウに殺された、サンの子か...。」
緊迫する空気の中、ハデスが、呟いた。
「そなたの目的は何か。」
「赤碧様のお役に立つためにございます。」
「貴様ごときが赤碧様の役に立つだと?貴様の祖父は、カンディラで何をした?。ノアロークと結託し、何をしたのだ!。」
ザビルは、怒号をあげる。
「ザビル。黙らぬか!。帝の御前ぞ。」
デュアニソスは制した。
ザビルはサーベルを再び振り上げ、少年の喉元につきつける。
アブドーラは、ザビルに向き穏やかに言った。
「ザビルよ。敵を倒すことのみが戦ではない。現に、余は然るべき場にいる。」
「ハッ!。」
「我が軍は、コウソンポウや、デューンのシシィドールにこの10年いかに翻弄されて来たことか。」
アモンは言う。
「容易に目的を遂げられるとは。ワシの目はまちがっていなかった。」
デュアニソスも口を開いた。
「コウ一族の者。帝から軍規を預かる者として問う。おまえの真の目的は何か?。もう一度熟慮して答えよ。答えによってはここで死んで貰う。」
デスパイネが言う。
「私は...。私は...。父と兄を祖父に殺されました。母は気が触れました。そして祖父は私にベアドゥ出征を命じました。」
「ベアドゥ出征?。自らの孫を?。」
「死より残された道はない...。まずメディアに辿り着けまい。笑」
「囚人や政治犯とともに。」
デスパイネが言う。
「寧ろ生易しい。ここにいる者の中では。」
デスパイネは、少年の上に手をかざした。
少年はあられもないほど涙をボロボロとこぼした。
デュアニソスは慌てた
「デスパイネ様!。お待ちください。今少し!。今少し!。」
アブドーラは、身動きせず、表情すら変えなかった。
「...父は、父さんは...父さんの策は、無駄がなく、秩序があった。勝つためではなく、いつもみなを助けるものだった...。お祖父様は、お祖父様...ただ妬んだ。」
「綺麗事に過ぎない。それが理由で、祖父を、自軍を寝返ったののであれば。浅い...。浅はかと言わざるを得ない。」
「私は、祖父を、祖父コウソンポウを滅ぼします。絶対に。」
「好きにしろ。来世での成就を祈れ。」
デスパイネは腕を振り上げた。
アブドーラは身を翻し歩き始めた。
少年は、手を組み何かを祈った。
デスパイネの腕は少年の上に振り下ろされた。
「待て。」
アブドーラは振り返らず足を止めた。
デスパイネは、腕を止め、その鋼鉄の大木のような腕は、コウソンライの頭上で止まった。
「ヨウとは?。」
アブドーラは振り向かず問った。
「シャムよ!。赤碧様がおまえに問うてくださっておる!。」
デュアニソスは慌てて大声で叫んだ。
「わ、我が兄にございます。」
「そうか。」
赤碧はそのまま歩き始めようとした。
「兄に誓いました。」
少年は俯いたまま言った。
「何をじゃ?。」
デスパイネが聞く。
「生きたまま焼かれた兄に。祖父を倒し父の父コウソンサンの遺志を継ぐと。」
「死んだ者にか。」
デスパイネが問う。
「兄は焼けてしまっていて、雨に流され、その灰は、兄なのかただの灰なのか分かりませんでした...。」
少年は俯いて呟いた。
デスパイネは、初めて赤碧の方を向いた。
「デスよ。コウソンライの位置を決めよ。使徒の中に。」
赤碧はそう言うと隊の先頭へ歩き去った。
元よりメルエン•ラ•カーに入れる使徒は18と決まっている。
デスパイネは、最後列の5使徒の元へ歩いていった。
ギレンの前に止まり言った。
「消えろ。」
デスパイネは腕を振り下ろし、ギレンの首は血を吹きながら宙を舞った。




