ララ13
ララは、外環道をセンヌジーナンに向かって降りて行った。
センヌジーナンは畑を除き、殆どがセメタムやセクトルまで繋がる深い樹海だ。
トラフィンはララの後ろをずっと追いかけ続ける。
「ララ。待ってくれ。」
トラフィンは外環道から崖の下を歩くララを見下ろし必死に声をかける。
トラフィンの足をもってしてもララに追いつくことができない。
ララは足を早め、軽々とゲートのジャイナ杉を伝い越えて、センヌの樹海に入って行った。
「ララよ。樹海に入ってはいけない!。」
トラフィンは、崖を掴み降りる。
そして、走ってゲートまで行き、よじ登り、樹海に入った。
タラントスのツタが絡んでいる。
ツタの僅かな隙間からララは樹海の深くに入って行った。
ツタの隙間はどれも、トラフィンには小さ過ぎる。
「ララ!。ララーー!。奥に行ってはならん!。」
トラフィンは、叫んだ。
タラントスは攻撃をする者を絡め取ろうとする。
そのまま進むためには、タラントスを焼き払わなくてはならない。
「何ということ。早くも見失ってしまった。」
樹海に入ったものは、様々な獣に命を狙われる。
そして、樹海が方向や人の感覚全てを狂わせる。
生きて出てきた者などいない。
「ワシとしたことが...。何というヘタを。一体ワシは何のために着いて来たのじゃ。」
トラフィンは、型体の移行はしない。
トラフィンは樹海のツタですら傷つけたく無いのだ。
そして、樹海は自分を脅かす存在には凶暴だ。
樹海はグラディアの光を纏った者すなわちハイドゥクにしか従わない。
トラフィンは、タラントスのツタの切れ間を探した。
しかし、数キロに渡りトラフィンが入れる隙は無かった。
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ララは、タラントスのツタを逃れ、樹海を走った。
樹海は無数の生物がいることを忘れてしまうほど静寂だ。
微かに虫の鳴く声が聞こえる。
ララは泣いている。
ララは、思い出していた。
みんなと過ごした日々を。
周りも前も見ずに走った。
スサの厳しいけど愛情に満ちた笑顔。
大きくて温かい手。
カルラ。本当の母親のようだった。
優しくて、でも、よく叱られた。
サビオ。そしてネフィ。本当の姉のように慕ってくれた。
時には喧嘩もしたけど、いつも一緒にいた。
いろいろな出来事があったけど、みんな良い思い出ばかり。
そして、メルテ。
思い出すと笑ってしまう。
とても可愛い弟。1番の仲良し。
ワガママな所が前の私にそっくり。笑
みんなと離れたくない。
これが家族?。
みんな愛してる。
心が痛い。
心が壊れそう。
ララは、落ちている木に引っかかり倒れた。
顔を覆って泣いた。
涙が止まらない。
でも、サビオの自分を見る目。
驚いた顔。
本当に怖い思いをさせてしまった。
可哀想に。
大切な弟。
私の弟。
大好き。
でも、仕方無かった。
そうするしか無かった。
そうしなければ、サビオはクロカゲに。
ララ、気を振り絞り立ち上がる。
気を強く持とうと。
あの人が私を探している。
私を呼んでいる。
トラフィン。
トラフィンあなたは本当に温かい人。
本当に心の優しい人。
そして、私にとって素敵な美しい人。
誰よりも愛している。
やっと出逢えたあなた。
でも、もう私のことを追わないで。
あなたのために。
やはり涙が止まらない。
樹海のここはどこ?。
迷い込んだ。
ここは、木に遮られ星も見えない。
怖いほど。
このまま闇に吸い込まれてしまいそう。
そして、永遠に彷徨う。
何?。
何なの?。
声が聞こえる。
〔...貴様は悪魔の化身...〕
〔...トラフィンを殺せ...〕
「はっ!。誰...?。」
ララは辺りを見回した。
辺りには誰も見えない。
星の草原をただ涼しい風が揺らすだけ。
〔...悪魔の申し子が愛だと?笑わせる...〕
〔...貴様は宿命から逃れられぬ...〕
「だ、誰なの!?。悪魔...。申し子...。」
〔...ハイドラの民をみな殺しにしろ...〕
〔...アンティカ共みな殺せ...〕
〔...マジトゥアンティカこそ悪の根幹...〕
ララは耳を押さえた。
声は収まらない。
〔...悪しき畑を断て奴らは悪の源...〕
〔...キドーの者をみな殺しにせよ...〕
「な、なんてことを...。」
声はララの脳の中から響いてくる。
〔...これは貴様の心の声!...〕
〔...貴様は殺戮者...〕
〔...貴様は悪魔の化身...〕
〔...殺せ殺せ殺せ...〕
〔... キドー一門を滅せ! ...〕
「嫌よ!絶対に!。」
ララは暗闇の中で叫び悶える。
〔... トラフィンを殺せ!悪魔の申し子 ...〕
〔... 貴様は逃れられぬ ...〕
〔... トラフィンを抹殺しろ! ...〕
「そんなこと。そんなこと。絶対にしない!。」
〔... 貴様は殺戮者 ...〕
〔... 貴様は悪魔の申し子 ...〕
〔... 貴様は宿命から逃れられない ...〕
「いや!いやよ!。」
ララは泣き叫けぶ。
(私は誰?誰なの?)
〔...悪魔の申し子が愛だと?笑わせる...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
「イヤーーー!。」
ララは闇雲に走り出す。
(みんなを傷つけるくらいなら)
(トラフィンに手をかけるくらいなら)
(いっそいっそのこと...)
〔...貴様は死ぬことすらできぬ...〕
(私は誰?)
〔...悪魔の申し子が愛だと?笑わせる...〕
「嫌ぁーーー!。」
ララは、ひたすら走った、木にぶつかり、倒れそれでも走り続けた。
ララは樹海を抜けた。
開けた場所に出た。真っ暗な闇に。
夜空には怖いほど、無限の星空が広がっていた。
ララは、黙々と歩いた。あの声から逃れるように。
しかし、声はどこまでも追って来る。
星たちが全て悪魔に見える。
〔...悪魔の申し子が愛だと?笑わせる...〕
〔... トラフィンを殺せ!悪魔の申し子 ...〕
〔... キドー一門を滅せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔... ハッハッハッハッ ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔... ハッハッハッハッ ...〕
〔... 貴様は逃れられぬ ...〕
〔... ハッハッハッハッ ...〕
〔... 貴様は逃れられぬ ...〕
〔... トラフィンを殺せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
声から逃れられない、声から...。
声が声が...頭の中から...。
声が、た、助けて!。
ララは、頭を抱えて倒れる。
涙が溢れた。
声は収まらない。
苦しい。
苦しい。
頭が割れそうに痛い。
息が出来ない。
怖い。
寂しい。
私はたった1人。
そして、壊れていく。
狂っていく。
助けて、嫌!。
絶対に!。
私は、私は...みんなを愛してる...。
助けて!。
〔... 貴様は逃れられぬ ...〕
〔... トラフィンを殺せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
い、いや、誰か、助けて...誰か、誰か私を殺して...。
助けて...たすけ、て、トラフィン。
トラフィン...助けて...みんなを助けて!。
私は誰なの...。
「ララーっ!。」
男の大きな太い声が闇を切り裂く。
「ララーーっ!。」
頭の中の声は止まない。
〔... トラフィンを殺せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
ララは、立ち上がり走り始めた。
真っ暗な草原の坂を登り、必死に走った。
(トラフィン来ては駄目...私は一体誰、何者なの!?。助けて...だ、誰か助けて...)
「ララーーっ!。ワシじゃー!。トラフィンじゃーー!。」
〔... トラフィンを殺せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
(トラフィン!来ないで!私、私!)
急に視界が開ける。
タンジアの海が、街の明かりが、見える。美しい夜の明かりが。
〔... トラフィンを殺せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
ララは崖の方に向かって走った。
(さよなら。みんな。さよならトラフィン!愛してる!誰よりも。)
ララの脳裏に光景がフラッシュバックする。
リューイ。
巨大な魚。
私が飛び込んだ。
バイキールに。
分からない。
何もかも。
何もかも。
ララは、崖の上から飛んだ。
!?
強い力。
抱きとめる。
強い力。
大木のように太い腕。
涙で見えない。
ララはハッとして振り返る。
そこには、大男の顔があった。
懐かしく、温かい。
優しいあの大男の顔。
トラフィンだ。
身体で呼吸をし、目を見開いている。
トラフィンの汗がララをも濡らす。
〔... トラフィンを殺せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
「トラフィン、私...。」
ララは、身体を捩り飛び降りようとする。
しかし、トラフィンの腕は山のように重く硬かない。
「ララよ。帰ろう。家へ。共に帰ろうワシらの家へ。」
〔... トラフィンを殺せ! ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
〔...殺せ殺せ殺せ!...〕
「トラフィン...私...。」
「何も言わなくても良い。ワシは誰にも殺されぬ。」
「えっ!?。」
トラフィンには聞こえるの?。
あの声が...。
「そして、誰も殺させはせぬ!。ハイドラの誰をも!。」
「トラフィン!?。」
「じゃから、じゃから、ララ。何も言わなくても良い。ワシと帰ろう。」
〔... トラフィンを殺せ ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ...〕
〔...殺せ殺せ殺せ...〕
「でも...。」
「ララは、心配せずとも良い。」
〔... トラフィンを......〕
〔...殺、せ...〕
〔...殺...せ...〕
「わ、私...。」
ララは目を見開いた。涙がとめどもなく流れる。
タンジアの光で微かにトラフィンの顔が見える。
でも、涙でぼやけて...。
...ドスン...
...ドスン...
トラフィンは、タンジアの街の見える崖に背を向け、ゆっくりと歩き始めた。
トラフィンの腕の中は温かく、柔らかい。
そして、山のように重く岩のように動かない。
頭の中の声は聞こえなくなった。
不思議と。
ララが言う。
「トラフィン...あなたは一体...。」
懐かしい温もり。トラフィンの匂い。
「ララよ。」
トラフィンは言う。
ララは、トラフィンの方を見た。
タンジアの明かりから離れ、もう暗闇でトラフィンの輪郭しか見えない。
「ララが耳に着けていた石。あれはヒモン石じゃ。」
「ヒモン石。」
「そうじゃ。ヒモン石。純度の高いアルマタイトの一種じゃ。一粒で一つの国が買えるほど高価な石じゃ。」
「アルマタイト。」
「ワシの長兄、デフィンのシーアナンジン(1000年虫 高圧炉)が主石としている石じゃ。」
「なぜ、私が...。」
「全ては分からん...。が、ヒモン石は、ワシやモル兄様のように、違う主石を持つ者の、記憶や、聴覚ばかりか、力をも奪う凄まじい力を秘めておる。」
「私...あまり覚えていなくて。本当なの...。」
「ララ、一つだけ辛いことを言わねばならぬ。」
「な、何?。」
ララは目を見開いた。
「それは...それは...リューイの背の傷は、ララ。おまえがつけたものじゃ...。」
「やっぱり、私...。」
ララは、トラフィンから離れようとして身を捩った。
しかし、トラフィンの腕は山のように動かない。
「ララ。ワシを信じろ。」
ララは、自分の力ではトラフィンから逃れることができないことを知った。
「トラフィン...。」
ララはトラフィンに強く抱きしめられた。
「ララのヒモン石は、リューイの身体の中にあった物じゃ。アルマダイは、生き物を大きく育てる。多くのヒドゥイーンやハルのように。そして、純度の高いヒモン石が体内にあるなら、なおさらじゃ。リューイが巨大なのはそのせいじゃ。アーロンは共喰いをする性質がある。数百年に一度、弱ったリューイのヒモン石を食ったレッドアイが、巨大化し、次の長となる。それが、バイキールの主の正体じゃ。」
「私はなぜリューイのリューイのヒモン石を...。」
「ララは、記憶を無くし、言葉を消す必要があったのじゃ。記憶はもう戻ることはないかもしれん。もう、分からぬかもしれん。」
「私の頭の中の声が、あなたを殺せと言うの。私、自分が怖い。何者なのか。」
「ララよ。その声は、恐らくおまえの頭の中の声ではない。何者かが行っていることじゃ。騙されてはいけない。その確かな答えはをワシが見つける。少し時間をくれるかの。」
「一体誰が私を?。何のために?。」
「ララ。今は良いではないか。これからはワシがおまえの耳飾りの代わりじゃ。ワシのシーアナンジンは、メロウ石を主石としている。ワシは強力じゃぞ!。2度と怖い声は聞こえぬ。はっはっはっは!。」
「でも、私が何者で何のためにここに来たのかわからないと、みんなに迷惑をかけてしまう。」
「ララ、安心せい。ララの波紋は、モルフィン兄様と同じシカム石。ワシのメロウ石は、ヒモン石とは違い記憶の全てを奪うことは無い。聴覚も。ララはゆっくりと思い出し、本当に生きたい様に生きれば良い。そして、出来るなら、ワシやみんなと共に生きる道を選んで欲しい。」
「トラフィン...私...。」
「ララよ。ワシを信じよ!。ワシはアンティカじゃ。そして、ワシがこの3年。ララに間違ったことを伝えたことがあったか?。」
ララは首を振った。
「そうじゃ。ワシとララの間には、嘘もごまかしも無い。ワシはこれからもララとはそう向き合って行きたい。そしてこの言葉に二言は無い。」
ララは、トラフィンに抱きつき泣いた。
「ララよ。いささか傲慢かもしれんが、聞いてくれ。ワシを倒せる者は、この世界にはいない。アマルのアブドーラや、アトラのアダムですら、難しかろう。もし、ララがそれ以上の女傑だとしても、おまえに殺されるのならワシは本望じゃ。もし、ワシはより勇者になったなら、その時はワシに変わりおまえがみなを護ってやってくれ。」
ララは震えて泣いていた。
再び辺りは明るくなった。
ララはふとトラフィンの胸から顔を上げ辺りを見回した。
再びタンジアの海が見渡せる場所にいた。
今度は逆の方角の。
満天の星空が広がっている。
星はこんなに無数に輝いている。
星はこんなに美しい。
宇宙の彼方まで広がっている。
知らなかった。
海の方から潮の香りのする、涼しい風が吹いている。
トラフィンは、赤ん坊を抱く様にララを大切に抱きしめている。
「ララよ、見せたいものがある。良いか?。」
ララは頷く。
トラフィンは、地面を強く踏みしめた。
...ドッスーーーーーーーーーーーーン...
地面が激しく大きく揺れる。
真っ暗だった草原は、色とりどりの光に眩く輝き始める。
目も眩むほど美しさだ。
虹のように、薄いブルーやピンク、グリーン、モスグリーン、オレンジ、赤や、パープルの淡い光の洪水が。
ジーナンの果てまで続いて行く。
「ララよ。これがロコウの夜光華じゃ。夜光華の草原じゃ。危険を犯してここまで来ないと見られぬ。恐らく本当に見た者は、ララとワシだけじゃ。」
宇宙の無限のドラマを思わせる満天の星空。
どこまでも続いている。遠くまで広がる夜光華の草原。
遥か遠くに見えるタンジアの街の灯。
この景色に魂が震える。
私は一生忘れることは無いだろう。
「ララ、歩こう。」
ララは頷く。
トラフィンは、そっとララを草原に下ろし、手をつないで歩き出した。
「うわぁー。綺麗。」
ララは景色を見て、笑顔になった。
ララはその少しハスキーな声で歓声を上げる。
ララは、先ほどまでの苦悩が嘘のように、いつものララに戻っている。
草原の中に入るほど、美しさは荘厳になり眩さは増して行く。
ララは、トラフィンを見上げ言った。
「トラフィン。愛してる。」
トラフィンはララに手を繋いだまま片膝をついた。
トラフィンは、懐から、小さな白い花の冠をララの頭に付けてやった。
トラフィンは、ララを探している中でも、ララを思い作っていた。
トラフィンは言った。
「ララ。おまえを愛している。ワシの嫁さんになって下さい。」
ララが微笑んで頷く。
「はい。」
そして、2人は口づけを交わした。
星空と夜光華の光は、いつまでも若い二人を照らし祝福し続けた。




