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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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デュランダル・レビン2

薄いピンク色の作業服を来た中年の女と、手を引かれたくすんだモスグリーンの服を着た男の子が、市場通りを歩いている。


あれから30分近くは歩いたか。


装甲をつけた軽トラック並みに大きな白い犬 ロデムが、後ろからついてくる。


ロデムを見た人達は、驚いて道を避ける。


この辺りは治安が良いらしく、軍用犬はとても目立つ。


しかし、市場通りを一回曲がると、ロデムに声をかける人達も増えて来た。


「ジーナ!。」


右側の果物屋の露店から、赤い手のひら大の果物が飛んで来た。


男の子は、びっくりしてジーナにしがみつく。


男の子に押されたジーナは、うまくキャッチ出来ず、果物は顔に当たって地面に落ちた。


軍用犬ロデムは、安全なことが分かるらしく、まるで動く剥製のように大人しい。


「おや、ごめんよ。どうしたんだい、そんなにぼうっとして...。おお、またでっかいワンコも一緒か。ほりや!。」


店主は、干し肉のようなものを投げた。


ロデムはそれを上手く口を開けキャッチした。


店頭には、投げられたのと同じ赤い果実、ピンク色の実が。


模様のある大きな木の樽に、色とりどりの果物が入っている。


奥の方には、大きな棘のある丸いものや、緑色の長細い束ねられたものも。


とてもカラフルだ。


露店のゴンドラの裏には小型のエルカーがついている。


「あぁ、ニック、ごめんよ。ちょいと考えごとしてて...。」


「その子、また孤児かい?。坊や!。ほらいくぞ?。」


店主は赤い果実をまた投げようとした。


しかし、子供は再びジーナにしがみついた。


「大丈夫だよ。坊や。笑」


ジーナは、笑いながら落ちた果実を拾い、ピンクの作業服で拭き、かじってみせた。


ジーナの顔からはけんが取れている。


今のジーナは柔和だ。


ずっとにこにこしている。


男の子は急にジーナから離れなくなった。


さっきまでは、手も振りほどいていたのに。


ジーナから手を離さず、ぴったりとくっついたままだ。


果実はジューシーで、柔らかい。


「ん。甘ーい!。美味しい。美味しいよ。」


ジーナは、男の子に見せるように、食べた。


「ジーナ、ほらよ!。」


ジーナは受け取り、腹の辺りで拭き、子供に差し出した。


子供はジーナに抱きつくばかりで受け取らない。


「ありがとう!。ニック。笑。」


「坊や。ジーナが好きか?笑。そうだな。このお姉さんは、もっの凄く良い人だぞ。笑。...!?。あ、あれっ!?。おまえ、ケガしてるじゃないか!。」


「大丈夫だよ。これくらい。」


「大変だなぁあんたも。そうだ!。旦那が帰って来たぞ!。」


「そうだってね。今から旦那のとこに行くんだよ。」


「じゃ、また後でな!。ボチャン先生んとこも今日やってるぞ。土曜日だから、後で看てもらいな。」


「あぁ、ついてる...。ありがと!。ニック!。」


ニックは、客に言われた紫色の果実を二つ把みながら、ジーナに手だけ振った。


「ねぇ、ジーナ!。あんたに頼まれたの、直しといたよ!。」


頭にとんがったニットの帽子を被った女が声をかけて来る。


この露店のワゴンは、カラフルなカバンや洋服が、迷路のように吊り下げられている。


「ありがとね。パド!。後で取りに来るよ、金も払わなきゃね。」


「金なんていいんだよ!。この前の礼だよ。ってかあんた、酷い傷!。」


「旦那のとこ寄った後、ボチャン先生に看てもらってくるよ!。笑。」


パドは、親指を立てて了解の合図を送った。


突然、大きな獣の顔が現れた。


バイスフォルにそっくりな顔だ。


子供は、ぎょっとしてまた、固まった。


「ははは。大丈夫だよ!。ここは、肉屋さんさ。これは、ハムだよ。」


ジーナは男の子の頭を撫でた。


男の子は、さっきまで払いのけていた手を頬っぺたにくっつけて抱きしめている。


「あぁ...。甘えんぼさんだ。笑」


ジーナは男の子の頭を優しく撫でてやった。


まるで本当の孫のようだ。


男の子は指をくわえて全然違う方を見てる。


露店のワゴンから冷気が流れて来る。


大きな獣は、燻製のようで、少しずつ切り取られ売られている。


台と目盛りだけ金色の秤は、新しいらしく、朝日を反射し、輝いている。


奥には、鶏やら、いろんな肉が吊り下げられている。


中から、両肘を抱えたエプロン姿の若者が震えながら出て来る。


「うぅ。寒い。やぁジーナ。」


「あら、ニコ。父ちゃんは。」


「風邪で寝込んでる。だから俺が代役。ちょー安くしとくぜ。おお、ロデム。うちの肉食べちゃダメだぞ。笑」


「あら、あんた…またヤンに怒られるよ。笑。」


「いいんだよ!。とーちゃんはケチすぎんだ!。」


「あはは。客のあたしでも、安くし過ぎだと思うけど。笑。」


「いいんだよ!。全部7割引だっ!。」


「えぇぇ!。また、お父ちゃん、寝込むね...。汗」


「ってか、ジーナ。そんな鼻だったっけか?。」


「ダウンタウンでやられてさ。」


「あぁ、路地裏のスラムは、ちょーガラ悪いからな。笑。ボチャン先生んとこ、今日暇だから閉めるって言ってたぜ、早く行かないと。」


「えぇ!?。汗。ホントかい?。」


「俺が連絡してやんよ。あ、お客さん。それ、8割引!。」


「え?。汗」


ニコは微笑みながら、バンドル(通信端末)を耳に挟んで話し始めた。


ニコは手を上げて挨拶し、ジーナも手を上げた。


男の子は、大分緊張が溶け、キョロキョロとし始めた。


でも、ジーナの手だけはしっかりと掴んでいる。


「坊や。ここの人達は、みんないい人だろ?。だから、もう心配しなくて大丈夫だよ。」


ジーナは反対の手でまた頭を撫でてやった。


ジーナは本当に子供が大好きだ。


ロデムは誰も存在に気づかないほど、大人しくなっている。


「ようジーナ!。」


様々なカラフルな瓶が並び、ゆっくり回転する液体が入ったいくつもの透明なタンクが。


「ロージャー!。久しぶり。」


「いい酒があるぞ。飲んでけ。」


「勤務中よ。」


「バカ!。仕事は酒飲んでするもんだぞ!。」


「笑。ばーか言ってんじゃないよー。笑。またクビになっちゃうよー。」


「わはははは!。」


「後でね、ロージャー。」


「おう!。後で寄ってくれ!。酔って待ってるから寄ってくれ♩ってかー。笑。」


男の子は、ジーナと手を繋ぎながら、ジーナを見上げている。


ジーナが、優しく見返すと、男の子は初めて微笑んだ。


また、ジーナは頭を撫でてやった。


ジーナは、本当に子供好きだ。


「いらっしゃ〜〜い。」


「ちょいと、ムウ!。そんな声出したら、お客さん気味悪がるよ!。」


「今流行ってるウエーブだよ。ボイスウエーブ。人を幸せにするってやつ〜〜。」


「変なの信じるの止めな。ろくなことないよ。」


「大丈夫だよ。単なる流行りなんだからっ。笑」


「ハイ!。サマンサ。」


「あら、ジーナ。久しぶり。」


「美味しそうね。」


「食べてく?。」


「わー。ロデムー。」


ムウという名の少年は、ロデムに抱きついた。


「ムウ、ロデムに食べられないようにね。」


「母ちゃん!。何てこと言うの?!。」


「あーあー。ごめん。ごめんなさい。変な冗談言った母ちゃんが悪かった。」


「ふふふ。」


「謝っておかないと、後で面倒くさいんだよ。キレるポイントが分かんないよ。今の子は。今日は、ビーヒーの煮込みがオススメ。」


男の子は、客の食べているパンに釘付けになっている。


「あれ、この子は...ってか...。あれ!?。ジーナ!。あんた!。凄いケガしてんじゃないの!。た、た、大変。ちょ、ちょ、ちょ、ま、み、む、め、ムウ!。」


「何?。母ちゃん。マミムメムゥって。笑。ビビデバビデブーみたいだね?。笑」


「もう、うっさいよ!。あんたは!。」


「大丈夫よ。ニコがボチャン先生に連絡してくれた。いつものことだから。今日のはちょいと重症かもね。笑」


「...10割引だっ!...。」


ムウがお皿を片付けながら、叫ぶ。


「やめな!。ニコに悪いだろ!。じゃなくて...ほら、これ持ってって!。」


サマンサは、紙袋にパンをいくつも詰めた。


「あ、今持ち合わせが無いのよ。さっきダウンタウンで...。」


「お金なんか良いから!。息子の恩人なんだから!。今日はあたし達もうすぐバイアールに帰んなくちゃいけないのよ。」


「悪いわよ。じゃ、すぐ旦那のとこ行って借りてくるわ。」


「大丈夫だって。ほら、坊や!。あげていいだろ?。お腹空いてるみたいだし。」


「ねぇ、僕名前何ていうの?。」


男の子はジーナに隠れた。


「いいなぁ。おっさんとこ行けて。おっさんに、おもちゃ貰いな?。ねっ!?。」


「こらムウ!。おっさんじゃないだろ。レビンさんだろ!。...笑...だけど、随分ジーナあんた気に入られてるね。笑」


「サマンサ。そろそろ行くわ。ありがと。お代は明日?。来週?。払うから。」


「いいのに。っていうか、来週また来るから今度は、ちゃんと食べて行っておくれよ。笑。来週は...えーっと。」


「レッドアイの煮つけ!。」


「そうそう。って、ムウは頼りになるねぇ。さすがあたしの子だよ。笑」


「美味しそうね!。」


「美味しいです!。」


「笑。やだよこの子は。」


「ムウちゃん。またね!。サマンサ!。」


「じゃあね!。おば、お姉さん。」


「坊やお礼は。」


「ありがと...。」


「あら、喋った。この子。」


「あら、何て可愛い声だい?笑。全然喋らなかったの?。」


「そうなんだよ...。保護施設で、国民背番号言ってくれなくて...。」


「あらら。それじゃ、大変なことだったのね...。」


「それで、今からレビンの旦那のところへ...。おっと、のんびりはしてられない。そろそろ行くよ!。ありがと!。」


「レビンの旦那によろしく!。」


----------------------------------


更に20分ほど歩くと露店は終わり、少しずつ機械や、武器の店が出始める。


特殊なエルカーや部品が置いてある店の前でロデムは立ちどまった。


「ここかい?。」


ジーナは、ロデムに話しかけた。


...ゴロゴロゴロ....


ロデムは、穏やかに喉を鳴らした。


...ドスンドスン...


足音がする。


巨大な男が立っている。


見上げるほどだ。


3メートルを超えている。


頭は赤いモヒカンで、全身にそして顔にまで、入れ墨が入っている。


耳や鼻には無数のトゲトゲしいピアス。


何よりも筋肉の隆起が、極限を超え、横にも大きい。


戦闘服にも見える黒づくめの革からは無数の鋲が飛び出している。


凶悪極まりない見た目だ。


そして、何よりも目つきが鋭い。


子供は固まり、ジーナも固まった。


「何だ?。」


ドスの効いた声に、子供は縮み上がった。


「れ、レビンの旦那...。また、お願いがあって...。」


「旦那ってのやめろ!。」


「ひぇ。」


ジーナも、子供も再び震え上がる。


「ジーナ。良くやった。おまえもな。ロデム!。」


ロデムは、鼻を鳴らしレビンの元に走り寄った。


レビンの元では、ロデムは普通サイズの犬だ。


「よっしゃ、よっしゃー。ようやったなぁ。ロデム。」


レビンは、ロデムをわしゃわしゃしてやった。


ロデムが子犬のように甘える。


「ジーナ。」


「は、はいな。」


「ボチャンのとこに行け。心配していたぞ。ロデムに乗って行け。」


子供は、ジーナの手をぎゅっとつかんだ。


「坊主。この人はケガしてる。帰って来るまでここで待ってろ。」


子供は、レビンを怯えた目で見つめ首を振った。


「私は大丈夫だよ。レビン。」


そう言いながら、安心したせいか、ジーナは地面に崩れこんだ。


「ジーナ。ボチャンのとこから戻って来たら、あんた、しばらく休め。」


「いや、そうもいかないんだよ。」


「人助けは、命懸けだな。本当に。あんたには、頭が下がるぜ。」


ロデムは、ジーナの前で、低い体勢になった。


子供は、ジーナの手を離さなかった。


「坊主!。俺の言ったことが聞こえなかったか!。」


レビンは男の子に声をかける。


男の子はびっくりして、手を離した。


「そうだ。行かせてやらにゃ。自分のことだけじゃなく。」


「レビン。この子まだそこまで分からないよ。きっと。」


ジーナは、ロデムに跨った。


ロデムの防護服から、捕まる為のグリップとステップが飛び出した。


「あら、これは、快適!。笑」


ジーナは、ステップに足をかけた。


「負傷者を運ぶためのもんだ...。人間の兵士なら3人は軽い。後はロデムに命令するだけだ。行け!。ロデム!。走れ!。ボチャンの診療所だ!。」


ロデムは走った。


「ひ、ひぃっ。ゆ、ゆ、ゆっくり...。」


ロデムは、ゆっくりと歩いた。


「い、行ってくるよ!。」


「おー、気をつけろー!。」


レビンの野太い声が響く。


男の子、ぼうっとレビンを見上げている。


レビンは、男の子を見降ろした。


男の子は、泣きそうな顔になった。


「坊主。怖いのか?。」


レビンはしゃがんだ。


しかし、それでも、男の子の目線からはレビンはかなり大きい。


男の子は、すすり泣き始めた。


「おい。泣くな。俺は何もしやしない。」


レビンは、店の端っこにある小さな椅子を指差した。


「ほら、おばちゃんが帰ってくるまで、あそこに座ってろ。」


男の子はただ泣くばかりだった。


「ん?。おまえケガしてないか?。」


男の子はしゃくりあげて泣いた。


ふーっ。


レビンは大きく息を吐くと、足を崩し地面にあぐらをかいた。


「まあ、泣きたいだけ泣けば良い。」


男の子の目からは涙がポロポロ落ちる。


「俺が怖いのか?。」


男の子はうなずいた。


「大丈夫だ。笑。そりゃみんなだ。笑」


レビンの笑い声に、子供はびっくりした。


レビンの背中を叩く者がある。


「ん?。」


「レビン。これ直せる?。」


「ん?。何だ?。」


「これー。玉子機ー。」


「ん?。卵機?。どれ。おお、ルーシーか。ああ、タイマーだな。」


「ルーシー卵、朝ごはんに食べられなくなっちゃったのー。ママに言ったらね、土曜日まで待ってって。」


「何で俺のとこに?。」


「レビン修理屋さんだから、持ってってみるって言ったらね、ママがレビンさんに卵機なんか持ってかないでちょうだいってね、て言うのー。」


「タイマーかあ...。」


レビンは頭をかいた。


「あの子泣いてるのー?。何で泣いてるのー?。」


「怖い思いをしたんだ。」


「怖い思いって?。人さらい?。」


「そう。」


「かわいそう。」


ルーシーは、男の子のところへ行った。


「ねぇねぇ、大丈夫ー?。」


あっ!。


ルーシー口を押さえ、慌てて走ってレビンの後ろに行った。


子供は、もう泣いていない。


ルーシーは、レビンに耳を貸すように言ってひそひそ話しをした。


レビンもルーシーの耳に囁いた。


「オッケー。」


ルーシーは、オッケーのポーズをすると、走って来た方角に走って戻って行った。


「おい。坊主。」


レビンは、男の子に声をかけ、椅子の方を指差した。


男の子は戸惑っている。


「大丈夫だ。怖い時は俺も漏らすぞ。気にすんな。笑。」


男の子は、少し泣き止んだ。


「ほら。」


再びレビンは、イスを指差した。


男の子は、ようやくイスに向かって歩き座った。


レビンは、少しだけ優しい顔をした。


そして、男の子は残りのパンを食べ始めた。

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