デュランダル・レビン1
ダウンタウンの繁華街を、女が、振り返りながら、足早に歩いている。
子供がついて来てるか心配でたまらないのだ。
手を引けばよいのに。
くすんだモスグリーンのパーカーを着た子供が離れてついて来ている。
手にはしっかりと何かを握っている。
何かのフィギュアだ。
古くてぱっとしない。
子供は女の方を見ず、顔を背けて歩いている。
大通りから傍の道に入ろうとするところで、女は子供に手を差し出した。
「ねぇ。早くして。坊や。ここがどこだかわかるだろ?。ネオトウキョウだよ。あたしにだって危ない場所なんだ。」
子供は、フード越しに女を睨み、プィっとすぐに顔を背ける。
「聞こえないふりしないの!。ここがどんなに危ない場所か分かるだろ!?。汗」
子供は、少し怯んだようにも見える。
「ねぇ、お願い。あんただって、これ以上怖い思いしたくないだろ?。」
子供は、走って近づいてきた。
女はホッとした顔で手をもう一度差し出した。
でも、子供はまたプィッと顔を背けた。
女はおもむろに子供の手首を掴んだ。
が、子供は必死に振り払った。
「もう。知らないよ!。ちゃんとついて来な!。」
女は苛立ちを隠せない。
でも、辛抱強く子供を待っている。
何度も何度も立ち止まって。
何回も子供に声をかける。
骨の折れることだ...。
更に路地を曲がった。
路地と言ってもこの都市の道はかなり広い。
業務用のエルカー(航空車)や、エルタンカー(航空貨物車)が飛び交い、陸用車(自動車)も、派手なリムジンやスポーツカーだらけだ。
ゴミ箱や、消化栓、寝ているホームレスを避けて、女は走る。
人が増え、思うように走れなくなってきた。
人にぶつかる。
どんな因縁をつけられるか...。
女は後ろを振り返った。
子供は、だいぶ遅れて走って来る。
ポケットに手を入れて。
道には、酒の缶やらゴミが増え、明らかにいる人種もガラが悪くなって来た。
「ま、待ってーーー!。だ、誰かぁ!。」
どこかで若い女の悲鳴が聞こえる。
女はぞっとした。
子供は人混みに阻まれ、かなり後ろにいる。
「あぁぁ...。」
女は慌てて、戻り始めた。
「ご、ごめんなさいよ。ごめんよ。ごめんなさい。通して!。ごめんよ。ぼ、坊や!坊や!。」
女は人が多すぎて引き返せなくなってる。
….ズドーーーーーーーーーーーーーーン…
爆発音が。
突然、路地から両脇の煉瓦建てのアパートを壊しながら、何かが飛び出してくる。
...ドドーーーーーーーーン...
...ガッシャーーーー...
...キャーーーーーーーー...
...うわーーーーーー...
黒煙と共にガラスの破片や残骸が飛び散る。
!?
首のないサイボーグが...。
電柱よりも大きい。
裸の巨人だ。
アンドロイドと違い、サイボーグは、素材、装置そして臓器がそれぞれ成長し進化する。
サイボーグの肩の上には、首の代わりに、大きな金網のケージがついている。
ケージの中には、10人以上の子供が入っている...。
ケージは、ぶつかったせいか、元々なのか、血で染まっている。
恐ろしいことに、既に、首のない身体もある。
なぜ?!。
なぜ首がない!?。
子供の何人かは生きていて、サイボーグが動いたり走る度にケージに激突する。
まだ元気のある子供は、金網に捕まり泣き叫んでいる。
...たーすけーてーワーーーン...
...いたいよーーーーーう...
...バラバラにされるのイーヤだーよーワーーーン...
大粒の涙を流して。
大声を出して。
顔を真っ赤にして。
叫んでいる。
子供達が助けを求めている。
パーカーの子は、その光景を見て固まった。
「早く!。汗。は、早くこっちへ!。」
女は必死に叫ぶ。
サイボーグに並走して、肩や顔に入れ墨をした大きな男達も走ってくる。
みな、どこかに烏の入れ墨が入っている。
「見ろ!。ブラッククロウだぜ!。」
「やべぇ!奴らだ。」
「派手にやりやがる。あれ全部バラして売る気だぜ...。」
ブラッククロウの連中は人で無しだ。
「だ、だれかー!。治安、ち、治安警察をー!。治安警察ーー!。だれかー!。バンドル(通信端末)!。バンドル持ってる人ぉー!。」
追ってきた血だらけの若い女は必死で叫んだ。
保護施設の女。多分…。無認可の。
無等級の子供達を保護してる。
...パーーーーーーーーーーーン...
...パーーーン...パン...パーーーン...パーーーン...
乾いた音がスラム街に響き渡る。
女は入れ墨の男に撃ち殺された。
「おい、連絡しろよ。人の子供だぜ?。流石にヤバいだろ?。」
「いや、俺はできねえ。捕まっちまう。」
「おまえは?!。」
「い、いや俺も...。」
男たちが囁き合う。
...フォーーーーーーーーーーーーーーー...
けたたましいサイレンの音がする。
「来たぜ!。...良かった。治安警察だ。」
僅かに1機のスピーダーが。
スピーダー上で、治安警察は、バンドルを使って救援を要請している。
...ウゥーーーーーーーーーーーーー...
...ウゥーーーーーーーーーーーーーーー...
もう2機来た。
ビルの間を縫って飛んで来る。
寂れたオフィスの中層で、どこかの社員達がサイレンの音を追って窓際まで来る。
...ズバッンッ...
中の一機が、スピーダー上から、ショットアンカーを放った。
...スボボッ...
アンカーは、人さらいサイボーグの両腕に刺さる。
...キュルキュルキュルキュル...
スピーダーは、サイボーグを吊り上げようとしている。
しかし、サイボーグは重く怪力だ。
男の子は呆然と光景を見続ける。
女は何とかその手をつかんだ。
男の子は、今度はしっかりと掴み返して来た。
「いい子だよ!。」
女は自分の方に引き寄せようとしたが、強い力で引かれ子供は動かない。
!?
女は慌てた。
女は引かれるままに、通りの近くまで出て、息を飲んだ。
子供の手は皮の鞭で巻きつけられ引かれている。
鞭は、ブラッククロウの男が引いている。
「もう一匹見つけたぜ!。ヘッヘッヘ!。」
男につかまれたら終わりだ。
この子もあのサイボーグのケージに入れられる。
女は両手で必死に引っ張った。
「痛いよう!。痛いぃ!。泣」
男の子は、女の手を放そうとした。
「バカ!。汗。あたしはあんたを助けたいんだ!。手を放すバカがあるかい!。」
「もうやだよぅ、痛いよぅ。」
男の子は、泣き出した。
「あたしとしたことが...。こんなことになるんなら、引っ叩いても手を引いておくんだった!。汗」
男の子の手は引き千切れそうだ。
「ヘッヘッ!。こら坊主。手がちぎれてもいいのか?!。ヘッヘッヘ!。なら千切っちまうまでよ!。笑。」
男の手は鞭に引かれた男の子に届こうとしている。
「痛いよー。放してよぅ。泣」
男の子は、女に言った。
「バカっ!。さっき見ただろ!。どう転んだってこのババアの方がマシだろ!。坊や!。しっかりしなさいよ!。」
「痛いよー。手が、手が...。」
「手...。手!?。そ、そうだ!。坊や!。握ってるおもちゃ離してっ!。」
「痛いよー。」
「ちゃんと聞きな!。おもちゃ離して!。」
「ヤダよぅ。ゲッコーのモリヤ。ママが買ってくれたんだ」
もうブラッククロウの男の指が子供のパーカーに触れた。
「坊や、良く考えて!。子供のあんたにゃ辛いけど!。あのサイボーグに乗せられてバラバラにされるか、このババァと来るか!。自分で選ぶんだよ!。あんたならできる!。おまえを助けたいんだ!。おもちゃ離して!。過去を捨てて!。生きるんだよ!。捨てて得るんだよ!。過去を捨てて未来を得るんだよ!。坊や!。坊や!。坊やぁっ!!。」
女の手は滑り始めた。
「放すもんかい...。」
滑った。
「あぁ...。あぁあぁ。汗」
「ヘッヘッヘ!。」
男の手は子供のパーカーを掴んだ。
「はっ!あぁ...。神様…どうかあたしに…あぁぁ。」
...ドドーーーーーーーーーン...
地面に治安警察隊のスピーダーが叩きつけられた。
振動で、ブラッククロウの男は手を滑らせる。
男の子はモリヤ人形を手放した。
皮の鞭が外れ、反動でブラッククロウの男は倒れた。
男の子は、女の元に引き寄せられる。
「よしっ。偉いぞぅ。よしっよしっ。痛かったろう。大丈夫だ。さっ!。逃げよう!。よしよし...。」
女は男子の引っ張られた腕と、背中をさすってやった。
「あたしが助けてやる。坊や正解だよ。笑。」
女は男の子の頭をそっと抱きしめた。
そして、女は子供を抱き抱え闇雲に必死に人混みを抜けた。
「坊や!。坊やは、捨てて得たんだ!。過去を捨てて未来を選んだんだ!。偉い子だよ。良く頑張ったよ!。いいかい?。良く覚えておいて。坊やは自分で未来を選んだんだ!。」
ハァハァ...。
女は子供を抱き抱え、必死で走った。
「不明児童請負施設で、あんたが拗ねて等級を答えなかった時、あんたは臓器として売られそうになったんだ。3等級だって6等級だって、国民背番号を言えばまだ保護される。あんたが背番号を言わなかったから、どんどん状況は悪くなった。無等級と同じ扱いにされたんだ。世の中、人の命で金儲けしたい奴だらけなんだ...。はぁ..はぁ。でも、あたしは違う。そんな人でなしじゃない。はぁ...はぁ...。いいかい?。あたしの言うことは信じて?。このバァさんの言うことだけは信じてちょうだい!。」
女は必死に走る。
ハァ...ハァ...。
角を曲がった。
「もう少し、もう少しだから...ね!。」
女は突然ひっくり返った。男の子は放り出された。
「はい、お疲れさん!。」
身の毛がよだつ。
!?
さっきの男が、立っている。
「よう。ジーナ。やってくれたな?。」
女は、更に震えた。
女の名前はジーナだ。
「いやだあ!。」
男の子は泣き叫んだ。
が、男は男の子を金属のゴミ箱に叩きつけた。
男の子は、声も出せなくなった。
...ゴーーーーーーーーーーーーー...
...ゴゴーーーーーーー...
低い唸るような音がする。
「ひ、ひぃっ!。」
ジーナは悲鳴を上げた。
バイスフォルだ。
ケラムの獰猛な獣。
ケラムとの境ではバイスフォルに生きたまま食われる人が後を絶たない。
「勝手にいなくなっちまって、どうしてるかと思っていたぜ。ジーナ。笑。なぁ、ジーナ。」
...バシィッ...
...バシィッ...
男は折り曲げた鞭を両手で引っ張り鳴らす。
「掟は分かってるな?。」
「...あ、あの子は見逃してやって...。お、お願いだよ。」
「見逃す?。こいつのエサになるのはお前だけだぜ?笑」
「ひぃっ。わ、わ、分かった。でも、あの子は、あの子は...。」
「心配するなあのガキは、ちゃんと冷凍して、バラして売ってやるさ。メルクにでも、ガスターにでもな。例外無く。笑。まぁ、オヤジの探してる皇子なら別だがな。笑」
男は笑った。
「待っておくれよ...。頼むよ...。」
「はぁ!?。おまえみたいなもんが。ゴミの母親気取りか!。」
男はいきなりジーナの顔を踏みつけた。
ジーナの鼻は折れ鼻血がでた。
...グオーーーーーーーーーーーー...
バイスフォルは、大型戦車並みの身体を躍動させた。
...ゴガァァァァーーーーー...
バイスフォルは、のたうち回っているジーナに飛びかかる。
「ジーナ?。こいつがどれだけ残酷か知ってるよな?。笑」
男は笑っている。
「ひぃっ...。や、やめて、い、痛い。」
「ロデーーーーーーーーーム!。」
突然、さけび声がする。
白い影が飛び込んで来た。
白い影はバイスフォルに体当たりを食らわせた。
ジーナの上からバイスフォルを突き飛ばした。
白い影は、大きい軍用犬だ。
大型の乗用車くらいの大きさ。
しかし、バイスフォルと犬の体格差は圧倒的。
まさに、大型戦車と、乗用車くらいの差だ。
バイスフォルは凶悪なケラムの獣。
いくら勇敢な強化軍用犬でも分が悪い。
バイスフォルは猪に似た獣だ。
牙があり肉食だ。
大型トラックよりも巨大で、戦車並みの破壊力がある。
そして、集団でピラニアのように全ての獲物を食い尽くす。
バイスフォルが飛び上がりジーナに飛びかかる。
「ロデム!。子供をっ!。」
再び誰かが叫び、ロデムは子供を護りに行った。
ブラッククロウの男は、ロデムに牽制され男の子に近づけなくなった。
「バーカ。笑。どうやってバイスフォルを止める気だ。笑」
...ドーーーーーーーーーーーーーン...
大きな音がする。
1人の兵士がバイスフォルを押さえている。
「な、ば、バカな...。汗」
兵士はバイスフォルに押され始めた。
「ジーナ!。大丈夫か?。」
「あ、あ、アイスかい!?。帰って来たのかい!?。た、た、助かった...。」
ジーナは、鼻血を拭きながら言った。
「助かっただと?。夢でも見てんのか?。笑。」
ロデムは、男の子を自分を盾にして庇った。
ブラッククロウの男は銃を撃った。
しかし、弾丸はロデムの身体に弾かれる。
「何だ?。ろ、ロボットかこれ?。あいつジーナの何だ?。」
「ジーナ!。旦那が帰ってる。一足先に旦那の所へ。」
「でも、旦那の家まで無事にたどり着けないよ、アイス...。」
「旦那の新しい家は、すぐそこのボッグスだ!。」
「え?。旦那がここに来てるのかい?。」
「なーにをごちゃごちゃと!。さっさとこんな奴食っちまえ!。」
ブラッククロウの男はバイスフォルに叫んだ。
「こ、この獣...。力が凄いな...。」
「そんな化け物素手で押さえてるあんたの方が恐ろしいよ...。汗。あたしゃ。」
「な...。な、何なんだこのクソ野郎は...。一撃でビルを粉々にするバイスフォルを抑えてやがる。」
「ほざいてんじゃないよ!この悪党!」
「チッ…てめ…何だとジーナ!怒。この野郎!」
「旦那との約束だったが...。形態変えないで隠れるって話だが...。無理だな、こりゃ。笑」
「何が旦那だこのクソ野郎共!。オヤジの許可なく、この街じゃ誰1人息すらできねぇんだよ!。」
...ドンッ...
兵士の中から破裂音が響く。
乾いた音だ。
辺りが地震のようにゆさゆさと振動する。
....キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ジェットタービンのような音がする。
ジーナが叫ぶ。
さっきの姿からは想像もつかないほど勇ましく
「ちょいとあんた!。旦那って誰のことか教えといてやるよ!。笑。」
「何だとこのクソババア!。ぶっ殺してやる!。」
...ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
バイスフォルはアイスに地面に叩きつけられた。
アイスは、電信柱の倍の大きさになっている。
既にバイスフォルは、アイスのパワーになす術が無い。
「な、なんだ、こ、こ、こいつ...。兵曹じゃねぇか...。貴様達の旦那ってぇのは一体...。」
「ふふ。教えてやるよ。あんた、デュランダル・レビンって知ってるかい?。」
「れ!?。レビンってまさか!?。」
「そのまさかさ。笑。旦那は、アトラ軍のNo3のことさ。右大将レビンさんのことだよ!。良く覚えておきな!このひょうろくだま!。スカポンタン!。薄らトンカチ!。」
「ジ、ジーナ?。な...なんだそりゃ...。(聞いたことない言葉だ...)...ん!?。さあ、俺がおまえ達の相手をしてやる!。来い。おまえのオヤジを俺の許可無く息できねぇようにしてやるぜ!。笑」
「そして、この人はNo6。旦那の右腕。アイスの旦那だよ!。」
今の、ジーナは勇ましい。
『...じ、ジーナ?。旦那ってのやめてくれ。俺はまだ若いんだ。モテなくなる。...』
拡声器からの変換された音声に変わる。
兵曹の肉声は低すぎて聞き取れない。
アイスは、バイスフォルの顔面を殴りつけた。バイスフォルの頭部は地面にめり込んだ。
『...ジーナ。早く行け。ロデムが護ってくれる!。...』
「分かったよ!。ありがと!。アイス!。坊やおいで!。」
男の子は、走ってジーナに飛びついた。
ロデムは、男の子とジーナを庇いボッグスに向かった。




