アユム2
アトラのカルマン州は、軍用、商用のアンドロイド、そしてロボット工業で成り立っている。
最先端技術を追求している研究所や大学と、泥臭い生産現場が共存している。
アンドロイドは、個体によりパーツが多様で、技術の移り変わりが激しい。
そのため、自動化があまり進まない。
時間をかけて作業を標準化しても、仕様が変更されたり、パーツ自体が無くなってしまうため、人による手作業は不可欠だ。
そのような背景もあり、カルマンには、1等市民から無等級市民まで、幅広い等級の人が住んでいる。
アユムはカルマン州の田舎町バイアールで6等市民用の職業スクールに通っている。
州で上位の学習スコアを持っているにも関わらず。
上層市民は、下層の市民が自分たちよりも知能が低いと考えているため、下層の学校は、認定校以外、評価の対象外だ。
小学校が、政府の認定学校では無かったこと、兄達の収入ではとても学費が賄えないことなどが原因で、彼は、職業スクールに通わざるを得なかった。
しかし、それは彼にとってあまり重要なことではない。
幼い頃に両親を亡くした彼は、兄や祖母との普通の日々がどれだけ幸せなことか知っている。
遠くの学校に通うより、祖母や兄と暮らしながら、職業スクールに通うことを望んだ。
身体を動かすことが大好きな彼は、幼い頃から兄トニーについて走ったり、泳いだり、ルコントをした。
ルコントは、足でボールを蹴って、得点を取り合う競技で、アトラで最も人気のあるスポーツだ。
兄トニーは、アユムのルコントのセンスに、特別なものを感じている。
下層階級のスポーツ選手がスターになって、等級が昇格することがある。
伝説のレコントプレイヤーである、皇帝プラトーは、4等市民の家に生まれた。しかし、今は栄誉市民として準1等市民に昇格している。
彼の住む町バイアールには、ユルダームという名のルコントのチームがあり、ジュニアチームも持っている。
下層の市民の多い町にとしては異例だ。
このクラブチームの規則では、ジュニア選手のトライアウトは10歳前後。そして、3等市民以上。
ジュニアチームの少年達は、16歳から18歳までの間に、クラブチームあるいは、別のどこかのチームに加入するか、それとも、ルコントを辞めるかを決める。
大人になってるからは、完全に階層は区別され、下層市民がプロのクラブチームに入ることは不可能だ。
慣習的にも、技術的にも。
チャンスを掴むならジュニアの間に。
しかし、残念ながら、アユムの階級は、対象外だ。
トニーが、弟を入団させようと、必死で働きかけたが叶わなかった。
アユムは、その時兄に貰ったルコントのボールをいつも持っている。
スクールに行く時も寝る時も。
彼はルコントが大好きだ。
良く、ジュニアチームの練習を陸橋の上から遠巻きに眺めている。
ホイッスルの音や、少年達の掛け声、ボールを蹴る音が陸橋の上まで響いてくる。
ユルダームジュニアが練習している校庭は、吹き抜け3階層下にある。
薄い緑色の錆びた金属の壁や、オレンジ色のトラック、青々とした芝生、規則正しく引かれたライン。
小人みたいに小さく見える子供達。
まるで箱庭のようだ。
そして、遠い遠い夢の世界のように感じる。
ある日、トニーは新聞を握りしめて家に飛び込んで来た。
今年、ユルダームのジェネラルマネージャーに英雄プラトーが就任した。
そして、新しい基準でジュニアのトライアウト選抜が行われるとのニュースが全国的に報道されたのだ。
彼らの家は木造の1階建。借家だ。
玄関は、横開きで、木製で曇り硝子が入っている。
アユムは、顔に開いた少年雑誌を乗せて寝ていた。
「アユム!。凄いぞ!。これ見たか!。これ!。」
「あぁ。...」
「こら!。ちゃんと見ろっ!。」
「うーん。寝てるから...。」
「何いってんだ!。ほら!。これだ!。これ見ろ!。これ!。」
トニーは、雑誌を取り上げ、顔に新聞を近づけた。
「うん...。」
向き直ったアユムの眉毛は不自然に太かった。
トニーは、一瞬止まったが、続けた。
「ついに、ついに来たぞ!。ユルダームのトライアウトだ!。」
「何?...もう...知ってるよ。そんなの...。」
「早く着替えろ!。ほら!。行くぞ!。」
トニーはアユムの手を引いて起こそうとした。
「もう、兄ちゃん!。俺は昼寝中!。」
「ユルダームのトライアウト。申し込みにいくぞ!。早く!。」
「もぅ、良く読んでよ...。」
「え?!。何が?。おまえ、読んだのか?。」
「うん...だからそう言ってんじゃん。」
「何で?。おまえチャンスじゃないか!。」
「もぅ...。人騒がせなんだから。俺もう14だよ。」
「歳なんか関係ないだろう。頑張ってみろよ。」
「...。」
「こ、こら!。ちゃんと話聞け!。...って、また眉毛書いてるのか!?。」
「うるさいなぁ!。俺はもっと男っぽい顔になりたいの!。それに、その記事10歳までが目安って書いてあるだろ!。ちゃんと読んでよ兄ちゃんこそ!。人がゆっくり寝てるのにどんだけ邪魔してくるんだよ!。」
...ガララララ...
...ドンッ...
アユムは、玄関の扉を思いっきり閉めて出て行った。
「お、おい、おい...。目安だろ。14歳でダメとは書いてないだろ?。何でそんなに怒るんだ...。」
トニーは、新聞とアユムの後姿を交互に見比べた。
...ガララララ...
アユムは顔を強張らせ、すぐに戻ってきた。
...ジャーーー...
...ジャーーー...
顔を洗っている。
トニーは後ろからついてきて、アユムを見ている。手には相変わらず新聞が握られている。
むしろブサイクなトニーからすると、アユムが自分の容姿に不満を持っていることが不思議だ。
「今回は階層の制限が無い。チャンスじゃないか。」
「年だって...もう年なんだって。俺14だし。」
「年なんか関係無いだろ。まだ14なんて若いぞ。...」
「無理だよ!。俺だって恥ずかしいし。」
「恥ずかしいのは1時だ!。後悔は一生だぞ!。」
「何それ?。放っといてよ。」
アユムが、もう一度玄関に降りた。
「おまえなら、おまえなら、一年あれば充分だぞ?。必ずチャンスが来る!。」
「ムウん家行ってくる。」
「駄目もとで試そう!。兄ちゃんも一緒に行くから!。」
「....。」
「アユム!。」
...ガララララ...
トニーは諦め切れない。
アユムは、出ていった。




