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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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元老院

アウグストとタリアは、元老院の諮問廊に通された。


青や水色の微かな光の影をくぐって。


元老院の議事堂の中は常に、妙な落ち着きを感じる。


室内が青い薄い光で照らされているからなのか...。


ここでは、残虐な行為も野蛮な振る舞いも全て穏やかな夢のように感じる。


泡が浮き上がるような、水中にいるような長閑な音が流れる。


これは数百歳を超える元老達の生命を維持するため装置の音。


諮問廊は、18角形の重厚なドーム。


薄暗く、静かで、微かな物音すら良く響く。


アウグスト達は、元老達の座る18の角の座席から、低い位置にある諮問廊の床に立っている。


切れ間なく続く青い樹脂の柔らかいタイルは、絨毯よりも暖かく、それでいてしっとりと冷えた質感だ。


多角形の対角線は長く108mの距離がある。


元老達の胸から下はプラチナでできた演台で隠れている。


彼等の尊大さを示すかのように、その席は床から見上げる、そびえる高さだ。


元老達の背後にはそれぞれステンドグラスのがあり、逆光で元老達の顔は全く見えない。


薄い青い穏やかな光が差し込んで来る。


18人の元老達の背後には、それぞれのシンボル、そして、差し色として、それぞれのシンボルカラーが浮き出ている。


元老達は、とても数百歳とは思えないほど、若々しく思え、広いドームにも関わらず、声は響き反響をしている。


アウグストは、目の高さにある、オブジェに魅入っていた。


暗くてあまり良く見えないが、液体の入った透明な容器に、何かがいる。


薄い青い光と、泡の中に何か美しい海藻のようなものが、揺らいでいる。


海藻は、綺麗に磨かれた石のようなものに生えていて、時折光に照らされた。


それはとても幻想的で美しい。


「ヒッ!。」


突然タリアが、悲鳴を上げ息を飲んだ。


「どうした、タリア。元老達の前だぞ。気をつけろ!。」


アウグストは押し殺すようにタリアをたしなめた。


「イ、イワンシャ提督殿が...。」


「な、何!?。」


アウグストは、元老達を気にしながらそっと辺りを伺った。


タリアは、スカーフで口を押さえ、首を振り目の前の透明な容器を指差す。


「おぉ...。」


アウグストは、呻いた。


水槽の中に、首だけを切り離され、生命維持装置に繋がれた、上級一等市民、第五艦隊提督イワンシャがいた。


青く光る水槽はオブジェではなく、厳罰に処せられた哀れな首だけの男が入っている。


イワンシャの目は、くり抜かれ、頭部の横には開いた大きく深い傷跡がある。


また、右の耳は大きくえぐられている。


上級一等市民は、ヒエラルキーの頂点に位置する存在。


下層の市民にとって神にも近い権力を有する存在。


しかし、イザナミや、イザナギ、スサノオなどの統治の上の存在である元老院の長老からすれば、上級一等市民といえども虫けら以下なのだ。


イワンシャの姿を見れば、イワンシャの一族がどのような悲惨な罰を受けたか、想像するのも恐ろしい。


担当元老の怒りの激しさを象徴するかのような光景だ。


数百年激しい闘争を続けた老人達は、非情で、激しく、怒りやすく、大胆で、狡猾だ。


また、異常なほどのサディストばかりだ。


アウグストは、よろめき、タリアは肘を掴み支えた。


頭を開いたということは、イワンシャが元老の誰かに不都合な悪い記憶を手放せなかったとしか思えない。


時折、イワンシャは、あくびをするように、ゆっくりと苦悶の表情を浮かべる。


「ようこそ。我が帝都空軍第二総督。オーギュストー(ハクア語で白痴の意味)よ。」


元老のフォーが言った。


フォーは、アトラの公用語ハクア語で、黄色の意味だ。


元老達は、それぞれ色にまつわり名がついている。本来の名前を知られると、妖力を無くすと元老達は堅く信じている。


元老達はもともとは、神官だった。


大帝国アマルの。


アトラがアマルから独立した際に、象徴としての地位を与えられた。


それからアトラの権力の中枢を牛耳っている。


耳を取られ、目をくり抜かれ、水槽にいるイワンシャの生首は、聞こえるはずはないのに、フォーの声が響くと同時に動転し、水槽の中で取り乱す。


イワンシャの吐く泡で水槽が満たされる。


イワンシャとて、もう自分が生物としての体裁すら保てていないことくらいは悟っているはずなのに。


余程、フォーに怖い思いをさせられたらしい。


溺れるほど水槽の液体を飲み込み、再び気絶をした。


生命維持装置により生かされているイワンシャは、どれだけ水を呑み込もうと、溺れることはないのだが。


アウグストは、今から自分が遭遇するかもしれない事態を思い浮かべ、吐き気を催し、倒れそうになった。


「オーギュストーよ。次はおまえの番だ。」


厳粛な諮問廊に、フォーのけたたましい笑い声が響く。


フォーは、元老の中でも権力が強く、一際残虐なことで、知られている。


アウグストは、滝のように汗を流し下を向いている。


「して、おまえ。どうしてこうなった。?。」


レキ(赤)が言った。


諮問廊は静まり返った。


ジンムはレキの治める都市だ。


「ニミッツがどうなったか知りたいか?。この白痴が。」


アウグストは歯をガタガタ言わせ震えた。


アトラの高官や、位の高い者のみ元老への直接の面会が許される。


上級一等市民は、実はどの階層の市民よりも魂を支配されているのかもしれない。


権力の中枢に近づけば近づくほど、元老に対する恐怖は刷り込まれている。


これは、上級一等市民にしか知り得ないことだ。


普通の一等市民ですら、アトラの元老など、言い伝えに出てくる想像上の存在だと思っている。


アウグストや、軍の幹部は、元老達に家族の命や弱味を握られ、徹底して恐怖教え込まれ、刷り込まれている。


アウグストは、失禁してしまった。


「おや、失禁したのか?。」


元老達は、笑い始めた。


アウグストは、第二総督になるに当たり、約三年間、無の世界を体験させられている。


「そんなにいじめるな。マダクの妹のように蹴り殺したりするな?。」


ダーシー(橙)は、フォーとレキに言った。


「そもそも、ダーシー。おまえのせいではないか。」


ノー(黒)がいった。


「またか...。」


リーベ(緑)は言った。


タリアは、初の女性議長アサイ・シムラの撲殺事件が、マダク・シムラの妹の死が、元老達によるものだと初めて知った。


では、マダクは?、ケイブン派や、ジェネラル派の仕業ではなかったのか...。


タリアは考えた。


「そこの虫けらの雌。変な詮索はしないことだ。」


フォーは言った。


タリアは、少なからずショックを受けた。


物語に出てくる元老達は、神か菩薩に近い存在だったからだ。


それがどうだろう。菩薩どころか、サタンでもない。


これでは、餓鬼ではないか...。


「誰のことだ?。虫けらの雌。」


再びフォーは、言った。


アウグストは、タリアを気遣っていたが、声を出すことすら出来なかった。


「誰が餓鬼なのか?。」


タリアは、ハッとした。タリアは餓鬼などと決して口には出していない。


しかし、タリアは、ポーカーフェイスだ。


タリアは大胆にも気づかないふりをした。


「ほぅっほっほ。長く生きていると、虫けらの思いなど読み取れるようになる。」


フォーは言った。


「賢く、大胆な女だ。」


ダーシーは言った。


「大胆?。どんな子宮をしているか見たくなったわ。取り出して見たくなった。」


フォーは、再びけたたましい笑い声をあげた。


「あのキチガイ女が暴れるよ?金鬼ジェニファーが」


セイ(青)が言った。


セイは、アマル領セージ時代の最後の皇帝ミカトバの母親だ。


セイは背後でミカトバを操り残虐、暴力の限りを尽くした。


セイは、その後自分の保身のためだけにセージを見捨てアトラに売った。


「お黙り!。私より先に口を開くな。」


ソク(桃)が言った。


ソクは、元アマル八州属の女帝だった女。


残虐なことでは、セイと同じだが、政治力があった。


「虫け...否、女。おまえが金鬼の知り合いだったとは。」


フォーは初めてまともに話した。


「私だけではありません。ご存知のようにアウグスト総督殿に、私をジェニファー様にご紹介いただきました。」


タリアは、一世一代の大嘘をついた。


「貴様それでアウグストに忠誠を誓ったのか。」


男の元老達は、一様にうなだれた。


ソクは言った。


「ふん。そんなことはどうでも良い。なら、アウグスト。おまえが今日から、第一総督だ。」


アウグストは、目を見開いた。


「に、に、ニールセン総督様は?。」


長く軍を率いてきたヤコブは、アウグストですら、尊敬をする人物だ。


「何だと?。」


「お、恐れながらヤコブ•ニールセン総督様は如何なされました。」


アウグストは、震えながら必死に声を絞り出した。


「ほーぅ。おまえ、大胆な口を効くな。ションベン垂れが。」


「知らん。そんな者は。」


床は照らし出され、綺麗に畳まれた制服に総督用の帽子が置かれている。


眼鏡、そして、何故か下着まで。


ヤコブニールセンが、少し前にここで凄まじい辱めを受け、処刑されたことを物語っている。


暗い諮問廊の、18の角から、微かな光とともに香の煙が立ち上がり初めた。


元老達は、高齢過ぎるため、長時間姿を見せることはない。


香の煙は、元老達が去る合図だ。この香の煙は、いつでも、誰にとっても福音だった。


「良いなアウグスト!。」


最後に、ソクの声が諮問廊に響いた。


元老達が消え、諮問廊は明るくなった。


目の前の水槽に漂う哀れなイワンシャは、命尽きるまでこの拷問に耐えねばならない。


アウグストとダリアは、震えながら諮問廊を後にした。

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