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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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ララ2


男と虎は、バイキール湖を見下ろすことができる建物にたどり着いた。


ロコウの山塔にある、ジーナンと呼ばれる平野の一つにある建築物に。


男はそこで兵曹を解いた。


「可哀想なことをしたかの...?。」


男はつぶやいた。


ハルが吼える。


...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーー...


平気ですよ。とでも言うように。


ハルはより一層、大男に懐いている。


鬱陶しいほど。


ハルは強い者が好きなのかもしれない。


タンジア特有の、ワイナ杉の大木とウラル山のジャイナタイトルの一枚岩を使って建てられているその建築物は、簡素だが、頑丈そうで、とても大きい。


そして、歴史を感じる。


その建築物は、大きな正体門を構える城で、大水郭城と呼ばれている。


ハイドラの共通語、ワイナ語で、城の屋上から赤い大きな垂れ幕が下がっていた。


[祝 トラフィン兄者、アンティカ 拝受」


「あ!。トラフィン兄様!。」


「兄者!。お帰りなさい。」


ヒドゥイーン武術の道着を着た、2人の小さな子供達が飛びついて来る。


遅れて少し大きな少年。


弟弟子のようだ。1人は女の子だ。


大男の名前はトラフィンだ。


広い武闘場には、大きな洗いざらしの道着が無数に干されている。


この真夏の暑い季節は、ヒドゥイーンの祈りの日にあたり、門下生達は親のいる家庭に戻って行った。


残っているこの子達は、家庭を無くし、ここの城の主夫婦の子となった者だ。


トラフィンは、この子供達を心から愛し可愛がっている。


---------------------------------------


アンティカは、ハイドラの守護神ハイドゥクの後継者という意味だ。


最初のハイドゥク以来、最強と言われる現ハイドゥクである オルフェが、一子相伝の規則を変えてしまった。


ハイドラは初めて三人のアンティカを擁することとなった。


最初のハイドゥク シンは、ハイドゥクの弱体化と、ハイドラ内部での権力闘争が発生するのを恐れた。


しかし、ハイドゥクの弱体化に関しては、シンの懸念は全く当たらず、三人のアンティカ達は、最強と呼ばれた父を凌駕するほど強い。


これは、大帝国アマルにすら大いなる危機感を与えた。


この54番目のハイドゥク オルフェには、スサという名の兄がいた。


最初のハイドゥクは、ハイドゥクの称号を継いだもの以外のアンティカは、争いを避けるため、死ななくてはならない掟を定めた。


三番目のハイドゥクは、門外の子をこの後継者レースに加え、ハイドラで最も強く、徳のある、賢い者をハイドラの守護者として選ぶ制度を作った。


5番目のハイドゥクは、武功と学術に突出した、秘技を持つ三つの一族のみが、後継者を育てることを定めた。


そして、最初のハイドゥク以来、最強の戦士といわれたオルフェは、破れた候補者を抹殺する掟を廃止した。


アンティカも含め、候補だった者200名は、皮肉なことに次々とオルフェに戦いを挑み死んでいった。


挑まなかった者は、兄のスサのみ。


オルフェも代償として、聴力を失った。オルフェの廃止した制度の再考は、次のハイドゥクに委ねられることとなった。


スサは、オルフェが唯一認めるキドー一族の戦士だ。オルフェは、兄スサの力もさることながら、徳に敬意を払っていた。スサは、ハイドラでは、実質上オルフェに次ぐ勇者だ。


そんなスサだが、トラフィンと同じく、国の人々からは、あまり敬意は持たれていない。


オルフェ、つまり54番目のハイドゥクは、83人の子供の中で、特に優れている子達、デフィンを御三家筆頭メルエン、次子モルフィンは御三家のキドーに預けた。


そして、末弟のトラフィンが、セティ一族に預けられるはずだった。


しかし、精神的に不安定な次兄モルフィンは、ある日狂ってしまい、セティの征天大剛バラドを虐殺してしまった。


幼いトラフィン達双子もキドー一族に赴くこととなった。


御三家セティの権威は傷つき、セティ一族はモルフィンを深く恨んだ。


距離にして1200km離れたキドーへ双子がどうやって移動したかは分からない。


諸説あるが、不憫に思ったオルフェが直々にスサの元までおぶって双子を送り届けたとの説が一般的だ。


道中を見たものも多い。


オルフェは、次兄モルフィンに目をかけていた。


しかし、激高しやすく、あまりにも純粋なモルフィンは、オルフェの期待とは間逆な方向に進んでしまった。


モルフィンは、大闘技で無抵抗な相手戦士たちを抹殺し、セティの征天大剛の虐殺、ヒルマ殿や樹海を廃墟にした。


そして、セティ一族を皆殺しにしてしまった。


想像を絶する悪行を働いたのだ。


その振る舞いの代償として、モルフィンの母であり、オルフェの18番目の妻ネスファルは、命により償わなくてはならなくなった。


その代わりにモルヒィンは生き残ることを許された。


トラフィン達は、長兄デフィンや父ハイドゥクをに並ぶ剛力を持ち、次兄モルフィンに匹敵する、天才的な技や閃きを持っている。


そして、不遇ながら、トラフィン達は、優しく、温和で、素朴な青年だ。


二人のその穏やかで、ひたむきな性格は、ハイドラの狂人と言われ次兄モルフィンをも味方につけた。


その大きな身体に似合わず、死んだ小鳥を両手に入れ、咽び泣いたり、虫も殺せないトラフィンを、人々は、弱虫トラフィン、臆病トラフィンと呼び笑った。


人々は、トラフィンが、本当に優しい男であることをまだ知らない。


-----------------------------------


トラフィンは、大きな釜が数十ある厨の板の間に少女を下ろした。


「ハル。お嬢さんを見とけ!。」


ハルに言いつけると、慌てて城の中に入っていった。大きな建物は揺れた。


...ググググゥゥゥゥゥゥゥゥ...


ハルは心地良さそうに、唸っている。


こんなヒドゥイーンタイガーを見たことが無い。


象のように巨大な猛獣なのに。


「トラかい。遅かったね。何かあったのかい、またマジゥ(鬼)になって...。森からがマジゥ(鬼)の身体が飛び出し見えていましたよ。父様と昨日約束したばかりなのに。」


厨の土間の辺りから女の声が聞こえる。


「おや、ハル。お魚、中まで持って来たのかい。いつもありがとう。おや、今日のお魚は小さいんだね。トラはどうしたんだい?。」


建物は揺れている。トラフィンは家の中を移動している。


「あれ、騒々しい...。何をやってるんだい。こんな所にお魚を...あれま!。」


声の主の老女は、声を上げ、尻もちをついた。


老女は、白髪の混ざったグレーの髪の毛を髪飾りで束ねている。


木の実のように真っ赤で輝く髪飾りだ。


質素に見えるが、小綺麗で涼しげな民族衣装を纏ってている。


その立ち振る舞いは品の良さや、身分の高さが伺える。


歳はとっているが、彫りは深く、ふっくらとしている。


厨に戻ってきたトラフィンは、服を山ほど抱えている。


おろおろし過ぎて、厨に降りる時に、段差につまづき土間にひっくり返った。


...ズッドーーーーーーーーン...


凄い大きな音だ。


砂埃が巻き上がり、大鍋や、老婆も宙に浮き上がる。


あまりの揺れに転んでしまった。


大きな城があたかも大地震のように揺れた。


「な、何やってんだい。トラ!。このお嬢さんどうした?。」


老女は、起き上がると、慌てて、自分の上着を毛皮で包まっている少女にかけた。


トラフィンは、周りを壊さないようにゆっくりと起き上がろうとした。


「トラフィンどいて!。身体が冷えてしまってる。服かけておあげ!。何をたくさん持って来たんだい。あんたは一体...。」


老女は、厨の土間にある井戸のポンプを漕ぎ、水を柄杓に汲んだ。


トラフィンの尻をよじ登り、板の間に行き、柄杓で水を飲ませた。


そして、少女の胸に耳を当てて、手首の脈を図った。


「弱ってるのかね。可哀想に。あれ、身体が氷のようだよ。大変。おや、おバカ。これあたしの一張羅だよ。」


...コン!...


老女は、トラフィンのおでこを空になってしまった柄杓で叩いた。


「いて!。」


「もう、一体何やってんだい!。あんたは。さあ、寒いだろ。ごめんね。」


老女は一張羅を少女に着させた。


「綺麗なお嬢さんだねぇ...。」


「母様。ごめんよ...。」


「何言ってんだい。トラは優しい子だよ。良し良し。」


老婆は、振り返り優しい顔に戻りトラフィンの汗だくの額を優しくさすった。


間も無く、厨の入り口から、初老の男がとびこんできた。


白い髭を蓄え、かなりがっしりした身体。


品のある出で立ちだ。


「な、何事か!。」


「おー!父様。どうした?。」


養父のスサだ。


スサの場所から、トラフィンが、雅な服を纏った少女に覆い被さっているように見える。


おまけにトラフィンの袴はまたずり落ちていた。


「ト、トッ、トラっ!。な、な、何をしておる!。こら!。」


スサは、慌てふためき、近くの水や芋のたっぷり入った大桶を抱え上げ、トラフィンの頭にぶつけた。


「目を覚ませい!。このバカ者。」


大桶は割れトラフィンは頭から水や芋や白菜を浴びた。


...ポカ...パカ...コンコン...ポカ...パカ...ポカポカ...


スサは、泣きそうになりながら、落ちていた柄杓でトラフィンの頭を叩く。


「もっと遊べと言ったが、こんなことをせいとは...。」


「何を勘違いしとるが、父様は..ちょっと落ち着けし、落ち着けし。」


「あなた!。ちょいとあなた!。」


...ポカ...パカ...コンコン...ポカ...パカ...ポカポカ...


スサは、真っ赤な顔して泣きながら、もう一つ拾い、両手の柄杓でトラフィンの頭を叩いている。


スサも2m近い大男だが、トラフィンと比べて子どものようだ。


「これが落ち着けるか!。カルラ!。あぁ、トラ、何てことを。こうなったらトラ!。死のう!。ワシと死のう!。自分が何をしたか分かっているのか。」


「何を言ってるんだい..あんた。トラが痛がってる、あんた!。」


「落ち着けし。」


「あなたっ!トラが痛がってるでしょうがっ!あんたっっっ!。」


カルラは、スサの柄杓を取り上げ、スサの頭をポカリとやった。


「止めるなカルラ!。カルラ?。なにをしておるか。」


...ポカッ...


「あんたこそ、何してるの!。お茶ぶっかけるよ!本当にもう。」


「どうした?。」


...ポカッ!...


「どうしたじゃないよ。何だってトラのことポカポカたたくんだい。」


...ポカッ...


カルラはもう一度スサの頭をポカリとやった。


「二人とも落ち着けし!。」


「何って、トラがこ、このお嬢さんを。」


「トラがそんなことするかい!」


...ポカッ...


「トラが可愛そうだよ!。あんたは本当にそそかしいんだから。」


「ふふふ。」


突然服の下から笑い声がした、紫の髪の美少女が笑っていた。


「はっ!?。笑った。」


トラフィンは、咄嗟に立ち上がった。


5mの巨漢が立ち上がる。


...ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


頭が横に渡してある柱に激突する。


城ごと大きく揺れている。


砂や土が落ちる。


まるで土砂降りのように。


「な、な、なーにをやっとる!。」


「きゃー!。」


スサもカルラも少女を埃や土から庇うのに大慌てだ。


「うふふ。うふふふ。」


少女はまた笑った。辺りが急に華やいだ。笑ったその白く小さな顔は、整ったその顔から想像つかないほど愛らしかった。そして、耳のヒモン石が美しく輝き、少女の美しさを際立てていた。


「どうしたーる。兄者。うちが揺れてたぞ!?。」


「地震?。」


「わっ!綺麗な姐様!。」


まだ少女は、寒さで震えている。


カルラが少女の帯を結わえるのを、子供達が不思議そうに見ている。


「もっと暖かくしてあげるからね。良し、これで。お嬢さん、お名前は?。どこから来なさった。」


カルラが聞く。


少女は、首を傾げて、何も答えなかった。


そして少女はまたぐったりと眠りについた。


「どうしたんだろうかね..このお嬢さん。可哀想に...。」


カルラは、スサの方を見た。


「まぁ、良かったではないか..大事はなくて。」


スサはすっかり普段の落ち着いた紳士に戻っていた。


トラフィンは、突然家を飛び出した。


「トラ!。」


スサは、慌てて呼び止めようとした。


「また、無茶するのではあるまいな?。」


「ちょっと長燁の花と、ガグアの卵を取ってくる!。」


「おおい...トラ!。」


トラフィンは大きな身体で走り出した。


「兄者、俺も連れてって下さい!。俺も行きたい!。」


「ダメじゃ!子供には危ない。」


「私も!。」


「僕もー!。」


「ほら、サビオ。おまえの真似して弟が...。」


「ねぇー。兄者連れてって下さいー。」


...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


ハルはまた暖かい日差しの中で、気持ち良さそうに唸った。


スサはハルの傷の消毒をしてやっている。


...ゴゴゴゴググググゥゥゥゥ...


ハルは、青い空を見上げ喉を鳴らした。

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