ナジマ
私の名はシン。
陽の太陽神グラディアのお告げの通り、私はかの大帝国を退けた。
数千年の蹂躙の歴史から愛する我が祖国を護った。
私は1300日彼女の化身となり戦った。
そして私とグラディアとの11の契約は、ヒドゥイーンの民たちに引き継がれた。
もはや私はグラディアにとってナジマに次ぐ、いやそれを越える存在となった。
しかし、私の身体は1300日にも及ぶ戦いで、風化し崩れ、もはや余命いくばくもない。
グラディアとの契約には、私の命については書かれてはいない。
そして、グラディアの息子である私の肉体は、今、正に朽ち果てようとしている。
グラディアの分身、戦闘神ナジマを倒しその心臓を食べた時、戦士は不死身の身体になるという。
歴史は13000年の周期で振り子のように揺れる。
ハイドラは13000年の蹂躙の歴史から今目覚めた。
陽の太陽神グラディアが、陰の太陽神ゼノンに勝つために必要な試練だったのだ。
不死の身体を手に入れ、私はグラディアの意志を具現化する。
悪神アジャイロを倒し、そして、この星トリスタンの災禍の源であるエイジンとローデシアに平和をもたらす。
人々は私を神と崇めるだろう。
そして私は遂に神となる。
グラディア、ゼノンと並ぶ...。
私は最期の力を振り絞り、未開の野生を走り、獰猛な獣どもを薙ぎ倒し、ここまで来た。
ナジマ膝元ナジミールで、ナジマの創りし悪魔達を倒し到達した。
空、地、そして、海の全てが私の力。
シカム、ヒモン、メロウの光が...。
グラディアのエネルギーが、幾千の雷を放つ。
私には、もう時間が残されていない。
私の、ハイドラの守護者としての最期の、そして、最強の力は今、この時の為にある。
私は古の伝説の男。
いや、伝説の守護神。
この天に届く山脈を登り、ギアナの大渓谷を望む大地にて、私はナジマを討つ。
遙か昔に、この広大なギアナ大渓谷には、人間という生き物が住んでいたらしい。
この悪神アジャイロの居座るギアナには、見渡す限り、過去の栄華が跡を残す。
栄えていた文明の瓦礫が広がる。
限りなく広がる深い峡谷の平原に...。
遥か北のかなたに、半分に折れ倒れている塔が霞んで見える。
折れて、尚、天に届く高さ。
天空を突き破る塔、バビロン。
人間の愚かさを象徴する遺跡。
充満する粒子も放射線も私には何の影響もない。
深い深い赤い霧の中に、ときおり焔が見える。
火によって滅び、アジャイロとなった古代人 人間の無限の怨念はまだ消えていないのだ。
足元には、小さな雑草の若葉が、風にそよいでいる。
強く照りつける第一太陽グラディアの日を浴びながら。
この生命を見る限り、過去の悲劇が幻のようだ。
大地が再び生命をもたらす。
そして、生命の炎は、どんなに枯れた死の大地にも力強い希望をもたらす。
私はナジマの出現を待った。
戦闘神ナジマを。
ジリジリとグラディアの光は照りつける。
私は微動だにせず待った。
わたしは今まで恐れというものを感じたことが無い。
しかし、今、私の身体は震えている。
これが恐怖か?。
私は、何日も立ち尽くした。
一向にナジマの現れる気配は無い。
空には雲ひとつ無く、風も無い。私の声は届いていないのか?。
そのまま一月が経過した。
私は動くことすら無く待った。
まるで石像のように。
?
かすかに音が聞こえる。
音ではなく、女の歌声に聞こえる。
...カタカタカタ...カタカタカタ...
...ズズズ...ズズ...ズズズズ...
!?
地響きが始まった。
ついに現れる!。
この星の正義を護る戦闘神。
恐れはしない...。
あたかも巨大な弦楽器が鳴り響くように、地面の小石たちは踊り始める。
振動も少しずつ大きく。
砂つぶが踊り始める。
不規則なリズムを伴って...。
私の身体が震えている。
私は寒さを感じない。
なぜ、脚が震えている?。
立っていられないほど。
なぜ?。
恐怖?。
この私が?。
人間で無くなってから久しい。
感じたことがない感覚。
アマルの2000万の軍勢を前にしても、現れることのなかったこの身体の反応。
そうだ。
これが恐怖だ。
あろうことか、今この私が、この上ない恐怖感を感じている。
風の音も、虫の声も何も聞こえなくなった。
同じ青空の日差しの中、大気だけが妙に張り詰め、そして神々しさを放っている。
暑さも何も感じない。
代わりに、少しずつ大きくなる地響きのリズムに合わせ聞こえる。
遠い昔、古を髣髴とさせるもの悲しい、メリスマに溢れるメロディ。
そして神々しい。
神のリズムが聞こえる。
私は震えが止まらず吐き気を感じた。
これが戦闘神という存在...。
怒りの雷で全てを薙ぎ払う。
湧き上がる正義の焔で全てを焼き払う。
それは音では無い。
不思議でいて美しく物悲しい。
聞いたことのない旋律。
ナジマは美と音楽をこよなく愛している。
両性具有の神。
黄色い衣装をはためかせ、中の浮いている女が歌を歌っている。
バラのような、きんもくせいのような。
いや、かつて無い優美な香りと黄色い花びらが、光が、宙を舞う。
ついに、私は見た。
それは、女ではない。
黄色い眩い光。
私は凍えるような寒さを感じ、止め処も無く瞳から涙が溢れ出した。
この存在に戦いを挑もうとした自分は愚か。
眩く黄色い光。
とてつも無く巨大で、神々しい。
私は心の奥底から後悔をした。
黄色い光。
女神は、一つの腕でハープを奏で、別の腕で鼓を刻む。
そしてそれが地鳴りとなっている。
この世のものとは思えぬ美しい歌声...。
私は光に飲み込まれようとしている。
その光は、中に私を同化させこの世界を去ろうとしている。
女神は芳しい香りを漂わせ語る。
それは歌のようでいて、音楽あり、リズム、そして言葉。
意味がわからずとも、その意図は、心の深くに悲しみとともに伝る。
涙が止まらない。
ワイナでもテユワイでもサルアでも無い。
言葉ではない。
しかし、温かく、優しい。
そして、重厚な響き。
《...ハイドラの守護神ハイドゥクよ。おまえは使命を果たしました。そして、おまえの肉体、ハイドラの勇者シンは既に土に帰っています。...》
《...勇者シンに宿った私の分身よ。お前はもう消えなければなりません。悪神となってしまう前に。また私の一部として私の中に戻るのです。...》
否。到底受け入れられない。
私は神。
なぜ、おまえの一部になど。
現に、私は奇跡を起こし民を救った。
黄色い光が、ナジマが、手を伸ばし私を掴もうとする。
私は、神器シュピーゲルで、光の手を切り裂いた。
シュピーゲルの巨大な刃先が、光に触れた瞬間、黄色い光は激しく輝きを増し、爆発をした。
私の右半身は粉々に弾き飛んだ。
激しい爆発で身体ごとまるで千切た紙のようにヒラヒラと回転しながら吹き飛ばされている。
《...おまえは、我が母であり父。グラディアの化身ではなく、私の一部。戻りなさい。我が子よ。堕ちてしまう前に。...》
遥か宇宙のかなた。
私のイプシロンから、光の巨柱が、ナジマ目掛けて、何度も何度も振り落ちる。
ゼノンの怒りの雷のように。
私には使命がある。
消えたくない。
私は、母なるナジマを射った。
その爆音と爆風、眩しさたるや想像を絶する。
四方数百キロの瓦礫や廃墟は一瞬にして青白い光を残して蒸発した。
しかし、黄色い光は、柔らかい海草のように形を変え、そして海綿のように柔らかに我が怒りを受けた止めた。
そして、柔らかいナジマの光は、1000倍の明るい光の雷を天上に放ち返した。
天空で眩い光がいくつもはじける。
まるで銀河が弾けるように。
粉々に、イプシロンが粉々に砕けて行く...。
まるで陶器のように脆く。
崩壊するはずのないイプシロンが...。
ナジマの波紋...。
そして、これはナジマの力。
私はナジマの一部だったのだ...。
私の大きな肉体は砂の山ように崩れ始める。
いつの間にか私は黄色い光に覆われている。
私は生きたい。消えたくはない。
相変わらず、地響きはリズムを刻み、絶対神は歌うことを止めない。
そして、一つの光の腕を伸ばしもう肉体ではない私に触れる。
近くで見るその黄金の光。
オレンジ色や黄色、深い黄色、透明なオレンジに輝き、とても美しく眩く輝く。
神々しい光。
未知の光。
黄色いやオレンジの輝かしい光のベールは、静かに煙のように風と流れ、本体が姿を現す。
腕は千手観音か阿修羅のように無数にある。
黄色い衣に纏われた下半身は、まるで巨大な蜂。
龍のように長く、そして、ムカデのように足が何本も動めいている。
少女のように輪郭に整った美しい輪郭、鼻。
しかし、その瞳はまるで蜘蛛のように複数あり、宝石のように輝いている。
なぜか...。
グロテスクであるはずのその姿は、美しいとしか形容のしようがない。
いや、あらゆる言葉を超越している。
そのことすら圧倒する美しさ。
今度ははっきりとわかる声で話しかけて来た。
母上や父上。懐かしい人々。
ナジマはその光から優しく微笑んでいる。
痛みが静かに消えていく。
安堵とはこんなに心地よいものなのか。
黄色い花びらに、柔らかな初めて感じる芳しい香り。
地響きは次第に激しくなり大地を縦に大きく揺るがす。
瞳が焼ききれるほどナジマは光を増した。
母は、ナジマは、私を迎えに来てくれた。
悪神となりつつある私を、堕ちかけていた私を、救いに来てくれた。
あぁ母なるナジマよ。
やっと私は母の元に帰り着いた。
私は今、永い永い戦いを終え。
暖かく、優しい、そして美しい...。
悲しみも、苦しみも、痛みも、憂も、不安も何もない。
私は帰って来た。




