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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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謀略7

この整備された広い区画は、石畳が延々と続く。


石畳を流れる水が、二つの太陽の光を受け、輝き、下から新緑を照らしている。


眩しいほどだ。


舗装された道。


大きな水車の回る、白いアンティークホテルが幾つも並ぶ。


黒い戦闘服を着た男が歩いていく。


明らかにこの場に相応しくない。


しかし、木や、新緑、様々な色のリゾート用陸車は、男の違和感をかき消している。


硬い音を立てながら、ホテルの送迎用陸車の横を通り過ぎる。


59番目のアンティークリゾートホテルの前で男は止まった。


ホテルの間には、塀も門もない。


5棟ずつ中庭やロータリー、エルカーの駐車ゲートを共有している。


夏には避暑客でごった返す海に近いこの大きな街。


エイドリアンフローが近海になだれ込むこの季節はだけは閑散としている。


エイドリアンフローの海は、とても冷たい。


この寒流は、エイドリア海から第二太陽ゼノンの引力によりもたらされる。


陸車が1台も止まっていない駐車場で、親子が遊んでいる。


父親は40 代半ば。


眼鏡をかけた細身の男。


男の子は3歳か4歳くらいだ。


父親は男の子に向かって、金色のボールを投げ、男の子にプラスチックの棒で打たせている。


実況中継の真似をして息子を笑わせている。


男の子は、キャッキャと声を上げ、その、他愛もない実況中継や遊びに夢中になっている。


「ヒロ。今度は、打たれないぞ。」


父親は息子が可愛くて仕方ない様子だ。


「うー?。笑。」


子供は笑いを堪えながら、イタズラっぽい顔をしている。


父親は、どう見ても子供が打ちやすい場所にボールを投げている。


ほら、また子供が打ち返した。


容赦無く。


...ポーーン...


「笑。打っちゃた。笑。あはは。笑。」


「わっ。打たれた!。まただ!。やられたー。」


「キャっキャっ!笑。うー。」


「やるなぁ。おぬし。笑。」


父親は笑いながらボールを拾いに行く。


「キャー。うー。笑。うふふ。」


「今度は、こっちの方に...。」


「うー。パパ...まだ?。笑。」


「ヒロたん。もう打ったらダメだぞ。パパ泣いちゃうからな。」


「う、打たないよぅ。うー。笑。」


「笑ってる!。あぁ?、打つ気だなぁ?。」


「打たないょぅ...。うふふ。」


手で口を押さえている。


バレバレだ。


「パパどっち投げたらいいかな?。」


「こっち!笑。」


「打つなよー?。絶対打つなー。」


「うふふ。うー。笑。」


「それっ!。」


...ポーーーン...


ボールは、遠くに転がっていった。


「あ...打った!。だましたなぁー?。」


「キャーーー。あははは笑。」


ヒロと呼ばれてる子は、飛び跳ねて喜んでいる。


「拾ってくるー。」


...ポン...ポーーーン...


子供は、プラスティックの棒を放り出しボールの方に走り出した。


突然、駐車場の大きな植木の後ろに黒い影がよぎった。


父親は真顔になる。


「ヒロゥラっ!。そっち行っちゃダメだっ!。戻ってこい!。おい!。」


「ボールぅ...。」


「戻ってこい!。ヒロゥラ!。」


父親は我が子に向かい走り始めた。


ヒロゥラは、父親の深刻な顔に気づき父親に向かって走った。


「パパぁ!。」


ヒロゥラはもう笑っていなかった。


「ヒロゥラ!。」


父親は息子を抱き上げ、息子の頭を必死で撫でながら木陰を見た。


木陰から黒い戦闘服を着た男が姿を現した。


戦闘服の男の身体は小柄だ。


しかし、アスカ計画に携わった研究者はそれが、人間で無いとすぐに分かった。


筋肉の隆起も普通ではない。


子供は父親の首にしっかりとしがみつく。こんなことは日常茶飯事なのだ。


「何の用だ!。近づくな!。」


父親は叫ぶ。


必死だ。


意外なほど力強く大きな声だ。


戦闘服の男が、木陰から歩いて出て来た。


日の光が明るい分、木陰は暗くて見えない。


父親は走って離れる。


しかし、所詮人間のスピード。それに、子供を抱いている。逃げられる訳がない。


「パパーっ!。伏せてーーっ!。」


不意に、子供の声がホテルの方角から聞こえる。


華奢な少女が、ショットバズーカー〔※1〕を構えている。


〔※1ショットバズーカー:80キロ近い、灰色の金属の塊。ロケットランチャー。一撃でビルを吹き飛ばす。〕


歳は7、8歳。


ヒロゥラとそっくりな、やや茶色い黒髪に、パッチリとした二重まぶたの少女だ。


翡翠色の瞳をしている。


ヒロゥラは抱きついたまま、父親の首から手を離し少女を見た。


「お姉ちゃん...。」


少女はか細い身体で、よろけながら必死にショットバズーカーの引き金を引こうとしている。


「サヤっ!。あ、危ない!。サヤ!。」


父親は制止した。


ショットバズーカーの反動は、生半可なものではない。


人間の大人でも、地面に叩きつけられてしまう。


父親は、はっとして振り返った。


戦闘服の男は両手を上げている。


降伏の合図。


全身に深い損傷を負っている。


父親も少女も怯んだ。


少女は必死にショットバズーカーを構えている。


「待ってサヤ!。敵じゃない!。」


男の戦闘服ごしに盛り上がった肩にはX-4の白い文字が。


父親は慌てた。


「サヤ!。撃たないで!。」


「えっ?。」


男は日向に姿を現した。


「この人は敵じゃない!。」


「パパ...キャーーーーー!。」


「サヤーッ!。」


サヤが、バランスを崩し倒れる。


ギリギリのバランスでショットバズーカを担いでいた。


80キロ以上ある金属の塊が、サヤの頭上に落下する。


...ブゥゥーーーーーーーーーーン...


戦闘服の男が消えた。


ショットバズーカは落ちてこない。


男はいつの間にか、ホテル前の少女の位置まで到達していた。


軽々と片手でショットバズーカを掴んでいる。


「さ、サヤ、サヤ...。」


父親は、息子を抱きしめたまま、娘の元に必死に走った。


「サヤ!サヤ!サヤ!。」


娘を呼び続ける声がまるで悲鳴のようだ。


戦闘服の男には目もくれない。


一目散に娘の元に行きしゃがんだ。


父親は娘の土を必死で払う。


首にしがみついている息子を膝に乗せ。


「怪我は無いか?。」


痩せた身体で、息子とともに抱き上げた。


既に冷静さを取り戻した娘と対照的に、父親の興奮は、収まらない。


「大丈夫。パパ。」


「無茶したら駄目だろう...。おい...。」


サヤもヒロゥラもしっかりと父親に抱きついた。


「パパー。」


「ヒロとパパを守ってくれたんだね。ありがとう。でももうしちゃダメだ!。絶対ダメ!...。サヤ。約束してくれるね?。パパと...約束してくれるね?。もうこんなことはしないって。大丈夫か?。痛いところないか?。」


「お姉ちゃん...。」


「カワシタ。」


戦闘服の男は声を発し、父親が顔を上げた。


「パパぁ。この人悪い人ー?。」


「ヤマキ。あなたはどうしてここへ?。」


父親は子供達を降ろし、子供達の頭に手を置きながら立ち上がった。


「ねぇ、パパぁ。」


「ヒロ。この人はいい人だ。パパ達の味方だよ。」


「みたか?。」


「パパ、この人、大統領直属軍の人だね。」


サヤが言う。


「そうだ。」


父親が答える。


「ヒロ。大丈夫。行こう?。」


サヤは、ヒロゥラの手を引いた。


「うん。ちょくぞくって、なあに...。」


ヒロゥラは幼い姉について行った。


「サヤ!。ヒロゥラ!。パパから見えない所に行くな!。分かった?。」


「分かってる!。」


サヤは答えた。


「いい子に育っているな。笑」


戦闘服の男は言った。


「おおい!。パパの目の届く...!」


「分かってるー!。」


サヤは叫んだ。


ヒロゥラはもう笑顔になっている。両手で丸を作り飛び跳ねている。


「大丈夫だ。カワシタ。私に挑める者はいない。この辺りには。」


「分かっています。」


「カワシタ。」


カワシタは、ヤマキの顔が曇ったのを見逃さなかった。


「ヤマキ?。」


「...マダクが、マダク・シムラが暗殺された。」


「えぇっ!。ま、まさか...。ウソでしょう!?」



...ズーーーーーーーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーーン...


...ズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


粒子エンジンの音だ。


上空を大型航空戦艦が、爆音を響かせ通り越していく。


爆風が吹き荒れる。


...ドーーーーーン...ドン...ドーーーン...


...ドーーーン...ドン...ドーーーーーーーーーン...


粒子エンジンの音が桁外れに大きい。


振動と音が内臓に直接来る。


間を置かず、巨大な要塞が上空をゆっくりと通り過ぎて行く。


...ビュウゥゥゥウウウウオオオオオオオオゥゥゥゥーーーーーー...


強烈な風が吹き荒れる。


サヤは髪を押さえ、ヒロゥラは耳を押さえている。


大型戦艦が小魚に見えるほど航空要塞は巨大だ。


「...ゴンドノアが来ている...。」


「...ゴンドノア...。戦争が始まるのですか?。」


カワシタは茫然と巨大要塞を眺めて呟いた。


「私が護衛していながら...。」


「あなたが護衛していたのに?。なぜなんです?。」


カワシタが言う。


ヤマキは、苦虫を噛みしめるように呟いた。


「敵にはダブルX超級の者がいた。」


「ダブルX超級...。アトラの兵曹ですか?」


「違う。アトラにはいないタイプだ。」


「アトラにいないタイプ...。」


「アマルの兵曹だ。恐らく。」


「あの子達は?。ヒロゥラ達はどうなります!?。」


「カワシタ。あなた達にとって状況は今より厳しくなる。」


「あなたはこれまで通りあの子達を護ってくれますよね?。」


「私は大統領の直属軍の者。約束は出来ない。政権がイプシオ派以外に移れば、今までのように表立ってあなた達を護衛は難しくなる。」


「そ、そんな...。どうやってあの子達を護ってやれば...。」


「まだ、時間はある。何か手を考えなければ...。マダクの死は大きくこの国の勢力バランスを変える。今までマダクに従っていた者達も、動いてはくれなくなる。」


「従ってくれない...と?。」


「アダムもザネーサーももはや、我々の味方ではない。最悪の場合、ジェニファー1体で、クシイバ2体を止める。」


「そ、そんな!?。ジェニファーは、既に大きな傷を負っている。一体どうしたら...。クシイバの抑止力が無ければ...。」


カワシタは、頭を抱えた。


ヤマキは、兵曹にしては小柄だ。非兵曹時2mに満たない。


治安警察隊の公安アンドロイドよりも小さい。


ヤマキは亡国ハクアから受け継ぎ進化した最先端のアフロダイ高圧炉を搭載している。


「ぼよーん。笑」


ヒロゥラは、無邪気にヤマキの足に抱きつく。


良く笑う子だ。


ヒロゥラの手にはさっきのボールが握られている。


ボールには金色の複雑な模様が刻まれている。


サヤは少し距離を置き心配そうにヤマキを見上げている。


「ヒロ!。邪魔しちゃダメ!。おいで!。」


ヒロゥラはすぐに飛び跳ねて姉の元へ行く。


「カワシタ。あれは?。」


「守護球です。あの子が守護球に興味を持たなければ、覚醒は遅れます。それより、イオナがいなくなりました。まだ、ヒロゥラは母親が旅に出たと思っています。」


カワシタは真顔で声を押し殺し言った。


「やはり...。」


「イオナは2人の子を置いて行くような女ではありません。」


「シェナールはミンの血筋を根絶やしにしようとしている。」


「イオナは、シェナールの手に...。」


「いや、分からない。イオナ様を邪魔する者は幾らでもいる。」


「一体どのようにすれば...。」


「このままで命が危うい。ジェニファーの統治下へあなた方お連れする。」


「し、しかし、こんな幼子を連れて、マバナカタールまで...。どれだけ時間がかかるか...。トランスエクスプレスで...。」


「いや、機動列車や、航空機はダメだ。エントリーした時点で所在を知らせることになる。」


「....。」


「アダムかザネーサーを味方に引き入れられれば良いのだが...。」


「そんなことできますか?。」


「アダムは無理だ。ザネーサーに私から交渉してみよう。サーチュインに隠れられる場所を用意した。」


...ズドドドーーーーーーーーーーーーーーーーン...


ホテルの方で何かが爆発する。


「カワシタ。ゆっくりはしていられない。子供達を呼び戻してくれ。今直ぐ。近くに、強い戦闘力を持っている者がいる。」


「おーい!。サヤ!。ヒロゥラ!。戻っておいで!。」


「カワシタ。部屋には戻らずこのまま行く。」


「待って下さい。サヤの大切にしているぬいぐるみが...。イオナの形見なんです。」


「あのホテルにはもうバラクターがいる。何体も。バラクターの殺傷能力はあなた達にとっては致命的だ。」


「少しだけ時間を下さい。」


カワシタは、子供達のいる木の元に行った。


説明をしている。


子供達は納得したようだ。


カワシタは、ヒロゥラを抱き上げ、ヒロゥラは、父親の首はにしっかりと抱きついた。


...パリパリパリパリ...


音がする。何かが焦げる匂いがする。


!?


...ドドーーーーーーーーーーーーーーーン...


ホテルへの視界を遮っていた大木が倒れた。


倒れた大木は地面を揺るがす。


...ズドドドドーーーーーン...


...バーーーーーーーーーーーーーン...


...ドドドーーーーーーーーーーン...


...パリンパリンパリン...


爆発音とガラスの割れる音がする。


ホテルには金属の生き物が見える。


バラクター達は容赦無くホテルの壁を破壊し始めた。


...ズバーーーーーーーーーン...


...グイーーーーーーーーーーーーーーー...


ヤマキは、高圧炉を機動し、シールドを展開した。


...ズウゥーーーーーーーーーーーーーーーン...


ドーム形のシールドがゆっくりと拡大し親子を覆い隠す。


...ビーーーーーーーー...


...ビーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


...ビーーーーーーーーーーーーー...


...ビーーーーーーーー...


...ドゥーン...


...ドドドーーーーーーーーーーン...


...ズドーーーーーン...


ホテルから熱線が雨あられと降り注ぐ。


バラクターのアイビームが、ヤマキの展開したシールドの上で次々と炸裂する。


アイビームはカワシタ達を容赦なく狙っている。

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