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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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デュランダル•レビン5

潮風が収まり、波はまどろみの中で自らのその透き通った身体の碧さを忘れ始めた。


ネオトウキョウの茜色の夜空を、夜の帷が覆い隠す。


情熱を秘めた大気は夜の冷気と共に安らかな眠りに落ちて行く。


海の便りを都市部に届ける風。


リッツはその分厚い目や口を閉じて追い返す。


仄かに残る潮の香り。


クリーニングされたこのホールの絨毯。


落ち着く深く穏やかな赤。


僅かな灯りで、透き通った、眩い光を放つシャンデリア。


プリズムとなり様々な色彩の光を放っている。


澄んだこの強い光が、なぜか強烈なノルタルジーを呼び起こす。


深い茶色の椅子とテーブルのワックスの微かな香り。


磨かれた天板が間接照明を映している。


統一された木の柱、天井、梁。


年代もの。


城の調度品みたいな意匠。


広く立体的なフロア。


レトロなテーブル席、ステージ、そしてダンスホール。


リッツは老舗のクラブ。


200年前の世界を忠実に再現した店。


あのステージで、クラッシックやジャス、ダンスにタップ、バレエ、オペラ、コンサートにコント。


お客が喜ぶ出し物なら何でもやる。


毎回違うステージ。


呑気な観客に、玄人がお忍びで紛れてる。


賞作家、プッツァーリ賞のジャーナリスト、有名演出家、国立アトラ大の教授、三つ星レストランのシェフ、ジャズピアニスト、プロデューサー、老舗クラブのママ、往年の世界的オペラ歌手、フューリー賞の舞台女優…。


彼等を長年通わせるのは簡単じゃない。


そして、ここから巣立った一流のエンターテイナー。


トミーGや歌姫エリーシャ。


眠ってる無数のモニター。


ビンテージに最新テクノロジーが溶け込んでいる。


そして、フロアに置かれたピアノ。


知る人ぞ知る、スタインウェイの名品。


リッツのトレードマーク。


4代目だそうだ。


1億2000万ギルダの値がついている。


ショーの合間にずっと誰かが弾いている。


お抱えのピアニストやスペシャルゲスト。


ヒロコ•ハサウェイが飛び入りで弾いたこともある。


映画『ザ•ピアノ』は、このリッツのピアノがモデル。


専属ピアニストのポジションはいつも熾烈な競い。


僕みたいな者が弾き語るなんて、畏れ多い。


遠慮したのに、マーシャルさんがどうしてもって。


「弾いて初めて価値が出るものですよ。スタインウェイはね。これが奏でる音と空気が大勢のお客様の特別な夜を演出する。毎日、毎夜。安いものだよ寧ろ。そう思うだろ?。リッキー。」


髭の生えた、恰幅の良い初老の紳士が僕の背中ポンと叩く。


「は…はぁ….」


金色の綺麗に整えられた髪、髭。


片目用の銀縁丸メガネ。


シワ一つ埃一つない紺と白のスーツとシャツ。


少し派手だけどアクセントとしてしっかりマッチしてるネクタイ。


色の組み合わせも完璧。


ピカピカに光るカフス。


これ以上の着こなしをする人を見た事がない。


気品の塊。


特別なオーラを放ってる。


(僕のセンスで言うのもあれだけど…汗)


マーシャルさんはここの総支配人だ。


リッツの総支配人と言えば、ネオトウキョウで知らない人はいない。


「君にだけ特別に言うんだがね…。買うかい?リッキー。そろそろ新しいのに変えようかと思ってるんだよ。」


え?。スタインウェイを手放すの….?汗。


欲しい….。


でも…。


「ご..ご冗談を…」


ショーは休みなく行われる。


ランチもディナーも予約が取れないことで有名だ。


スタインウェイはずっと鳴り続けている。


「冗談なんか言わんさ。笑」


え!?。汗


「い、いやぁ…僕は…汗。貧乏学生ですし…苦笑」


「安くしとくよ。笑。どうだろう?1億で。笑。」


「…い!?…汗…1億!?汗」


「ワハハハハ…お兄さんと相談してみなさい。はっはっはっは。笑。入学祝いに..はっはっはっは。笑。旦那のリッキー愛は相当なものだね..笑…」


なんだよ。変な冗談…。


「い…いや…そ..そんな…に、兄さんは…。それに..今は少し何て言うか…」


マーシャルさんが真顔で僕の顔を覗き込む。


「リッキー。自分が本当にやりたい事をやりなさい。一度しかない人生だ。焦ることは無い。ゆっくりで良いんだ。リッキー。一歩ずつ着実に…。」


…?。汗


ささやくとマーシャルさんは僕の背中をポンポンと叩いて去って行った。


マーシャルさんは国際情勢や歴史、政治にもビジネスにも詳しくて、独自の考えを持っている。


流されたりはしない。


ネオトウキョウの夜の世界で無数の人達を見て来た人だ。


そして兄さんの有力な支持者。


兄さんが僕をリッツに連れて来てくれた。


「やだ、ウイッグ置いてきたわ家に…どうしよう?」


ダンサー達が入って来る。


「…それがさ..聞いてよ…失礼しちゃうのよ」


2部の人達かな?。


「良い匂いだわぁ。ここで踊るの久しぶりぃー」


「….ねぇ…どう思う?私と話す時間は無いって。ルコント見に行く時間あるのに」


「リッツの借りれば良いじゃない。」


「やだ個性ないんだもの。そんなのあたしじゃないわ」


「ねぇ、先行ってて?タバコ吸ってくる」


「あら?リッキーじゃない?」


!?


「え?リッキー?」


「え…汗」


こっち見てる。


あれ?…し、知り合いだっけか?。汗


「えぇ?今日だったの?」


…ドン…ドンドン…ドン…


…ドン…


フロアの掃除機がけが終わったみたいだ。


メイドさん達が、椅子を下ろして行く。


テーブルの上に椅子が乗っている。


テーブルには白い布が被さっていて、傷がつかないようになっている。


女性には結構重い椅子だ。


…ドンドン…


…ブゥォォォーーーーン…


…ブゥォォォーーン…


…ブゥォォォーーーーーーーーーーン…


…ブゥォォォーーーン…


…ブゥォォォーーーーン…


メイドさん達が一斉に椅子を特殊な掃除機で手入れし始めた。


清潔な手入れの行き届いたお店。


どこかレトロで安心する雰囲気。


これだけ手間をかけるから、リッツは長く続いているんだ。


いつも新鮮で新しい。


流行の最先端の話題、音楽、ファッション、そして映像。


機転の効いた会話。


美味しい料理。


最高のお酒。


まるで親友みたいに気さくで優しくて気が効くお店の人達。


何より活気がある。


それが長く続くリッツの秘密。


年中無休のオフィスみたいに多忙。


でも、掃除の人やウエイターから支配人まで、一致団結してる。


ホウ•レン•ソウも軍隊か救急隊みたいだ。笑


お客様を喜ばせるために、ショーや料理、最高の空間を提供することを、リッツの人達は生き甲斐にしてる。


…パパッ…


…パッパッ…パパッ…パパパパッ…


..パッ…パッ…パパパパパパッ…


モニターが一斉に点く。


音響メーカー Boseneer の派手なアニメーション。


ネオン街のような華やかさ。


フロアマネージャーのエドワーズさんが、モニターのチェックを始めた。


《…るで昔の映画マッド•ワックスに出てくる、世紀末の世界です…》


少し眩しい。


FARCON ニュースが流れ始めた。


全部のモニターに。


タッキー•カリーレイクの。


この人は保守派で今1番人気のニュースキャスター。


10大ネットワークの中で、唯一マダク•シムラを擁護していた。


マダク•シムラが暗殺されてから、中央アトラはガタガタだ。


《….昨日の映像です。ご覧ください….》


エドワーズさんがリモコンのお化けを持って、大きなフロアを巡回してる。


《…中央アトラではこれが日常になりつつあります。なぜでしょうか?。一体なぜ、リン•ジェノスはこれを放置…》


モニターチェックの最後は僕の所。


スタインウェイの所だ。


《…こちら、サンシティブルーバードです。ご覧ください。ボクドゥーによる射殺事件があった交差点です。射殺されたのは年配のご夫婦…》


ボグドゥーは、最近大量に流れて来ている武装移民のこと。


ブラッククロウの後ろ盾を受けてやりたい放題だ。


《…老夫婦がボグドゥーの隊列に紛れ込んでしまった為、老夫婦はボグドゥー達にリンチを受けた後、射殺されました。目撃者によるとボグドゥーによる老夫婦に対するリンチは凄惨なもので、引き裂かれた四肢が路上に散乱し、人物が特定できない程の…》


ブラッククロウは世界的なマフィア。


武器販売、麻薬、臓器売買、人身売買、売春、移民ビジネス…。


《…激しい銃撃戦に発展した後、治安警察隊のスピーダー8機が撃墜されました…少なくとも36名の治安警察隊が命を落としていま…》


下層市民や移民や難民はブラッククロウの隠れ蓑であり資金源だ。


あらゆる意味で。


…ポンポン…


!?


誰かが僕の背中を叩く。


警備員の人。


「あ…セルゲイさん。」


セルゲイさんは、エンスーだ。兄さんの飛行車エルカー仲間だ。


「旦那、愛車売っちまったよ..。」


「え!?汗」


な、な、何で…。汗


「ビヨンド7829をよ。あんな名車世界に2つとないのに。細かい傷がつくだけで大騒ぎする人がよ…」


「え!?売ったんですか?汗。…」


「余程の事情があったんだろうな…」


余程の事情…。


僕には何の相談もない。怒


土足で入っただけで泣くほど大切にしてる。


「今日、頑張れよ。沢山お客が来るそうだ」


….チャリーン…


そうだ、気を散らしてる場合じゃない。


スタインウェイの上の、クリスタルのポッドに750シリング硬貨を入れてくれた。


綺麗な銀色のコイン。


シャンデリアの光を反射してる。


ここでは、演奏が気に入ったお客様が、ポッドにお札や小銭を入れてくれる。


「リラックスして行け?リッキー。」


セルゲイさんは、僕にウインクすると入り口の方に歩いて行った。


「あ…あと、兄さんに優しくしてやんな?。あんな良い兄貴いないぞ?後で後悔しないようにな?」


「….?」


後悔?。


《…今月に入ってボグドゥーによる市民に対する強盗や殺人は既に100件を越えており、大きな社会問題と…》


「いらっしゃいませ。マードック様。」


ディレクターのシェネルさんが老紳士に挨拶をする。


「少し早かったかね」


よく見かける白髭のおじいさん。


このお爺さんは元メディア王のめちゃくちゃ偉い人。


「いえ。いつものお席ご用意しております。どうぞこちらへ。」


《…老夫婦が結婚50周年の記念旅行のため空港へ向かう道中で、レーンを占拠して進むボグドゥーの隊列にクラクションを鳴らしたことが原因のようです…》


「あぁ。ありがと。今日も楽しまして貰うよ。ありがたいことだ。神に感謝じゃよ。毎日こんな贅沢が出来るなんて。笑」


シェネルさんが深くお辞儀をする。


《…長男ミック•ジョガー氏はこのボグドゥー事件に対して、全く対応を取らない中央アトラ行政府を提訴する方向…》


「おぉ。この子が今流行りの」


「はい。リッキー君です。リッキー。こちらマードック様。」


「こんにちは。マードックさん」


「あぁ…こんにちは。何だっけな。あれ、そのあの…えーと、キュー、キュー立体の映像のあの…」


「cube10?」


「それじゃそれ。期待しておるよ。笑」


「頑張ります!ありがとうございます」


マードックさんは手を振って2階席に向かった。


それにしてもボグドゥーの蛮行は…。


あ…。


エドワーズさんがモニターを切り替えた。


ルコントの試合に。


「本当に物騒になって来た…この辺りも。旦那がいない時ゃ余程、用心しないと…。 リッキー。どうだ。見えるか?」


「は、はい」


エドワーズさんは大のルコント好き。


意外にも。


自分のチームを持ってるほどだ。


….ワー…ワー…ワー…ワー….ワー…ワー…ワー…ワー….ワー…ワー…ワー…ワー….ワー…ワー…ワー…ワー….ワー…ワー…ワー…ワー….ワー…ワー…ワー…ワー…….ワー…ワー…ワー…ワー….ワー…ワー…ワー…ワー…


音響が凄い…。


まるでスタジアムにいるみたいだ。


《…おぉぉ!パスが通った!ボランチは、国民から名前を貰った男。下層から登り詰めたスター。アユム•ジ•オンリーワンへ、ブルース•ミランからの…パスが通ります!アユムにキラーパスが通った!…》


….ウォー….ウォー….ウォー….ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ピーーー….ウォー….ウォー….ウォー….ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ピーーー….ウォー….ウォー….ウォー….ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ピーーー….ウォー….ウォー….ウォー….ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ウォー…キャー…ウォー…ウォー…ピーーー


《…まさか?まさかの!?凄いぞ!この黄金コンビは!このアディショナルタイムの土壇場で……》


…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…


《…おぉ!?あと1分…アユムが抜いたエリィを抜いた、あとはディッキンソンだけ!アディショナルタイムで世紀の対決!ディフェンス王対新人王!今期はディキンソンがアユムを完全に封じてる!…》


…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー…ワァー……ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…


《…あぁあ、ぬ、ぬ抜いた!アユム抜いた!アユムが抜いた!アユムがディキンソンを抜いた!ゴール前!ゴール前!ノーマーク!キーパーのマティスだけ!マティスとアユム!アユム右に走った!マティス出てくる!ディッキンソン戻る戻る!レッドバンクスの守護神止めに入る!間に合わない!お…あぁ!あ!ぬぬぬ抜いた!ご、ご、ゴール!ゴール!ゴール!ゴール!ゴォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーール!アユム•ジ•オンリーワン!ゴォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!ゴールだ!信じられません!ゴールです!ゴール!ユルダーム•ブルーウェーブここに来て大逆転!凄いぞ!アユム!凄いぞ!ブルース!大番狂せだ!ゴール!アユムがゴール!うぅぅ泣。神よ!ナジマよ!うぅ…泣。ヒック…》


…ゴゴォォーーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…ウオォォォォーー…


《…スタジアムが揺れています!この大歓声をお聞きく…》



モニターが消えた。


同時にお客さんがドッと入って来る。


照明が一斉に点灯して、幾つものシャンデリアが、一斉に光を反射する。


まるで光の洪水。


ま、まだ時間30分前なのに。汗


リッツは今、煌めきの異世界。


「あ!あれじゃない?cube10のあの子」

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