謀略5
私の名はエイブラハム•ウィリレ。
アトラ中央軍の兵士。
兵曹軍駐陸部隊所属。
将補 スレーター•カーンの直轄の部下の1人。
スレーターの指示により、機動隊の指揮を取っている。
スレーターはこの事態を読んでいた。
元老院のこの残酷な決定を緩和するために私を派遣した。
私はスレーターに派遣された大勢の中の1人。
元老達に気づかれずに紛れ込んだ。
スレーターは私を、いや私たちをかってくれている。
だが、私は身分の低い人間。
何の取り柄もない。
私に出来ることなど何もない。
スレーターは普段から5mの体長がある。
平常時は人間にも見えなくないが、目から漏れる青い光。
顔も鋼鉄のマネキンに近い。
恐ろしい鬼のマネキンだ。
冗談の通じる柔軟な人だが、キレ易く、キレると大人が失禁するほど恐ろしい。
曲がったことが大嫌いだ。
下級の兵曹は、良くダンナの部隊に行きたいとボヤいている。
だが、私に言わせれば、スレーターを怒らせる奴が悪い。
ダンナだっていい加減な兵曹に甘くは無いはず。
良くダンナとスレーターは大喧嘩をする。
作戦の際、意見が合わない。
スレーターは合理的で緻密。
ダンナは人情だ。
だが、いつもスレーターばかりが正しい訳ではない。
ダンナが核心を突いてることも多い。
だが、私はいつでもスレーターの味方。
心から信頼してる。
そして私の唯一の友達だ。
私や兵曹付きの兵は、この状況でも比較的心に余裕がある。
ラジュカムでスレーターとホットラインで繋がっている。
ここさえ耐えれれば、私達の命は危険から逃れられる。
スレーター•カーンが護ってくれる。
そして、スレーターの指示はスサノオより的確。
平常時でも動物園の熊や象は怯えて大人しくなる。
5mもある人間がいたら、それは動物達にとっても恐ろしいに違いない。
彼が最終兵曹になれば航空戦艦が100隻束になっても、敵わない。
このアトラにはスレーターより強い兵曹がいる。
クシイバ達。
メガラニア。
ハイカーとウルスラ。
そして、デュランダル•レビン。
最後のこの名前を出すと、スレーターはブチ切れる。
デュランダルに競争心があるだけでなく、クソハゲと全体回線で呼ばれていることに、心の底から傷ついている。
おっと....。
話が逸れてしまった。
悪い癖。
私の。
ケラムの獣達は、簡単に心臓部に到達した。
アトラの主要都市 ネオジンムの。
まるで、何かに導かれるように。
10000m級超高層タワー サルファ・マスドラ。
アトラ、いや世界経済の中心。
国防総省、国会議事堂、最高裁判所、国の中枢機構のある巨大建築物 メリカトル•トーア。
そして、世界遺産であるジンム陵。
虹色の多角鏡面を誇るガナン、超ハイテクビルのグランムド•ラ•シンアは曲面構造が特徴の建築物...。
アトラの、全ての軍事的振る舞いを司るスーパーシナプスフレーム スサノオは、アマル帝国のアメンと並び、世界最新鋭かつ最強を誇る人工知能だ。
毎秒ごと最新技術に更新される。
ジンム稜の地下深くに設置されているという。
ジンム陵は、亡国ハクアの三代大帝ジンムの墓として1万3000年前に作られた。
木々の生い茂る900㎢の三角形の王墓には、3体の守護大像が外に向かって立っている。
トリスタン最大と言われるこの守護大像達は、全長900mの石像。
大帝ジンムの腹心、そして無敵の将軍であるハク、ハル、ケイウを模って作られた。
この立像達は皆、バータ(杖)、カーサ(長冠)を身につけている。
どちらも位の高い戦士のための装具...。
「エイブラハム!。ここから逃げろ。何をボサッとしてる!。」
あ、あぁ...。
しかし、スレーターは良く見ておけと...。
治安警察隊の必死の防衛にも関わらず、ケラムの獣達は主要施設の深部に入り込んで行く。
ネオジンムは壊滅の危機に直面している。
早くも。
広大な地下基地から派兵された10万体の公安用上級アンドロイド。
ケラムの化け物を排除し、ネオジンムの秩序を回復するために。
だが、化け物どもは怯むことなく襲い始める。
上級アンドロイドの人工知能や臓器は、タンパク質や脂肪で作られている。
獣達にとって、アンドロイドはエサでしかない。
トリオール達はアンドロイドを捕まえ、首をへし折り、臓器や脳神経を食べている。
まるで海老の味噌をすするように。
まるでゲームのように楽しみながら。
効率良く追い詰め捕食していく。
旺盛な食欲。
上級アンドロイド達は人間に近い存在。
恐怖を知っている。
断末魔の叫びが聞こえる。
街のあちこちで。
何とかならないものか。
彼らは私より身分が低い。
だが、人間に近い感情を持っている。
この数時間で、公安アンドロイドの総数は、数千まで数を減らした。
この都市の広範囲に彼らの残骸が散乱している。
千切られ、手首でおられた腕。
砕かれ神経だけ抜き取られた腰。
人工皮膚まで剥がされ食べられた顔。
眼玉が転がっている。
網膜だけ食べられている。
ベグレブ工場で作られた、精密人工眼球の。
綺麗に脳神経や臓器だけ食べられてしまった亡骸達...。
『...だ、だれか!。だれかぁぁぁーーー!。ギャーーーーーーーーーー!。...』
誰かの悲鳴が、アフロダイ通信機 ラジュカムに響く。
全体通信モードが、聴いている者全てを同じ恐怖に突き落とす。
心細い。
流石に。
トリオールは、私たち人間に気づいた。
軽装甲を着けた機動隊の中に私たち人間がいる事に。
人造のパーツとは比較にならないほど貴重なグルメだ。
奴らは私たちばかりを狙い始めた。
より執拗で周到に。
ケダモノ達は貪欲だ。
一度味を覚えると他へ意識が向かない。
食い尽くすまで。
『...あ..ぁっ...。あっ。あぁぁ...。...』
足が寒くなる。
ラジュカムから生々しい音。
『...た、た..助けてくれ!。や..やめろ!。ギャアーーーーーーーーーー!。...』
乱暴に誰かが振り回される音が...。
第14地区。
まだ、ここからは遠いが...。
『..グフゥ...。うをあ。ぐへぇあ..。...』
連携して機動隊だけを孤立させている。
ボアガイガーのモニターに...。
まるで、イワシやイカを食べる大きな魚のように。
ウップ....。
機動隊を捕まえた三首の猿人は、座り込み中身の人間を食べている。
気持ち悪い...。
街のあちこちで。
吐きそうだ。
まるでカニを食べるように。
むしゃぶりついている。
乱暴にジニリウム装甲も戦闘服も下着も剥ぎ取って。
尊厳などどこにもない。
街路灯や標識で作ったスプーンで丁寧にほじくってる。
装甲についた血を、蛇のように割れた長い舌で舐め取っている。
『...ひぃぃっ...。だ、だ、誰かぁぁ...。い、いだいっ。痛っ。...』
慈悲などない。
『...た、て、助けてくれ!。む、む、息子が...3歳になる息子がいる!。き、聞いてくれ!。頼む!。た、の、む。知能高いんだろ?。君たち!。君たちにもいるだろ?。ム、ス、コ...。汗。え、いや、子供だ。汗。コードーーモ。こ、こ、コーードー..ひっ、ひっ。汗。離せ!。や、やめろ、やめて...。ぎゃ、ぎゃあああああああーーーーーー。....』
身振り手振りで...。
こいつらに慈悲など全く無い。
骨も髪の毛も血の一滴も残さない。
治安警察隊の対人用の武器では、火力が弱過ぎて、全くダメージを与えられない。
公安用アンドロイドも、機動隊も、数を減らして行く。
どんどん追い詰められて行く。
トリオールに食われた機動隊のラジュカムから音が漏れている。
『...こちら第64部隊。トリオールが8体!。深度4地区に侵入中。食い止められません!。応援を。...』
『...深度4だと!?。な、な、何としても阻止しろ!。...』
『...軍は、軍は、まだですか!?。このままでは。...』
将補...。
は、早く来て下さい。
『...こちら、エイブラハム•ウィリレ3尉。カーン将補。カーン将補。応答願います。...』
『...スサノオの第7ゲートに。...』
ラジュカムを切って逃げたい。
『...こちら、エイブラハム•ウィリレ3尉。トリオールが第5区まで進入。機動隊残存少数!。持ち堪えられません!。カーン将補!。ご指示を!。...』
私も避難壕に逃げ込みたい。
『......』
将補...。
どうして返事をしてくださらないのです。
『...全部隊をゲート前に集結させろ!。...』
将補。
せめて位置だけでも。
何とかしなくては。
この身を盾にしても。
怖い。
怖い...。
私に何が出来る?。
こんな私に...。
スレーター。
私は...私は...。
『...そ、そんなことしたら、みんなトリオールに食われてしまいます!。...』
『...ゲートを開けられたら深度7まで一気に行かれてしまう!。そうしたら終わりだ!。何もかも。喰われても何でも!。時間を稼げ!。...』
『...将補。援軍を。もう、持ち堪えられません。我々では...。将補。...』
『...深度5まで、し、深度5まで来ました!。こ、こんな短時間で。...』
将補。
この街を。
皆を助けてください。
『...うわー!。...』
『...た、助けて、ひぃぁあ!。...』
あぁぁ...。
『...ギャアーーーーーーー!。...』
脚が震えて動けない。
『...やめてぇ、やめてくれぇ、痛え。...』
食われるのは嫌だ。
『...おい!。おい!。しっかり、ひぃぃ。...』
あんなに無残に。
『...痛てぇ、いて...あ、あ、あ、いてえ、やめ、やま、いた。...』
私は意気地なしだ。
勇気を振り絞っても脚が震えて動けない。
涙が出て来る。
『...ごぁあゎ。...』
なぜ一歩が出ない?。
なぜ仲間を助けに行けない?。
何て腰抜けな女だ。
私は。
『...トリオールの大群、ジンム陵へ通じる第7ヘッドのゲートを、壊しています。...』
スレーターを目標にこれまで来た。
私のような女にスレーターを目標にする資格は全く無い。
もう終わりだ。
『...だ、だ、ダメだ...歯が立たない!。ぐわぇ!ゴワッ!。ゴボボ。...』
神よ。
『...ヒイィィ!き、き、き、来たぁ!。ひえぇ!。...』
スレーター•カーン。
見ていてください!。
『...た、た、助け!。助けて!。助...ゴボボゴワァ。...』
私の最後の姿を。
この取り柄の無い中年女の意地を。
『...お、終わりだ。ネオ、ネオジンムもこれまでだ!。...』
見てください。
立派に散って見せます。
私を、6等市民の私をここまで引き上げてくださった恩は、死んでも忘れません。
スレーター•カーン。
『...行くよ!。みんな!。どこにいる!?。...』
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ...ぉ..お.........?。」
...ブゥウォーーーーン...
?
『...来た!。...』
来た!。泣
...ブゥゥゥウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーーーーン...
警笛が鳴る。
...ブゥウォーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
鳴り続ける。
『...し、進軍ホーンだ!。あ、あれは。...』
あ、あ、あ....。
あ、アトラ軍が。
アトラ中央軍。
誇らしい。
私の軍。
正義の軍。
『...ロ、ロ、ロングホーンだ!。...』
『...来たぞ!。...』
『...た、た、助かった...。』
『...来たぞーーー!。来た!。軍が来た!。...』
『...アトラ軍だ!。...』
『...軍だ!。中央軍だ!。...』
『...おーーい!。みんな!。中央軍だ!。中央軍が来たぞ!。...』
『...生き延びた...。』
『...ついに来た!。...』
『...持ちこたえたぞ。...』
よ、よ、良かった...。
良かった。
良かったね?。泣
みんな...。
誰もが口々に呟く。
それは直ぐに大歓声になった。
倒れ込む者。
泣きながら跪き祈る者。
抱き合って喜ぶ者。
...ブゥウォーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーン...
...ブゥウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
ロングホーンが鳴り響く。
軍楽隊の演奏。
数千の黒い装甲兵が整列している。
黒く光る美しい装甲に金色のライン。
ジニリウムで出来た黒い楽器。
武器も兼ねた黒いトランペット。
金の車輪をつけた巨大な長笛。
バイバルスの大太鼓。
ドラ。
軍隊行進曲 ジッタディアデンを。
激しく、そして、物悲しい、古の国ハクアの唱歌を起源とする旋律。
アトラ軍の進軍マーチ。
歩兵隊が、ロングホーンに呼応して、規則正しく叫んでいる。
...オーオッオーーーーーー...
...オーオッオーーーーーー...
...オーオッオーーーーーー...
...オーオッオーーーーーー...
...オーオッオーーーーーー...
...オーオッオーーーーーー...
...オーオッオーーーーーー...
...オーオッオーーーーーー...
大隊が、すれ違いざま、交互に声をかける。
ジッタディアデンに合わせて。
13000年前のハクアの頃から変わらない。
軍楽隊の音と、各大隊の掛け声で、配置を知らせている。
今となっては、ただの儀式だが。
軍楽の轟音に合わせ、数万の足音や、掛け声が聞こえる。
一糸も乱れない。
...ドコドコドドドドドドドドドドドドドコドコドコドコドドドドドドドドドコドドドドドコドドドドドコドドドド...
太鼓の音が轟き、ロングホーンの音が鳴り響く。
公安用アンドロイド、治安警察、機動隊。
一斉に撤退していく。
まるで潮が引くように。
慌てて転倒する者もいる。
私はどうすれば...。
いったいどうしたら...。
...
アトラ軍が、動きを止めた。
整列し終えた。
戦闘の準備は終わった。
鳴りを潜める。
進軍ホーンも、軍楽も、足音も、かけ声も。
静寂が訪れる。
...ビュウゥオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーゥ...
ビル風が吹き荒れる。
....
....
....
...ブウオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
進軍の合図だ。
...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...
アパッチ(軍用飛行艇)、ホーネット(大型攻撃艇)、シムゴード(航空戦車)...。
航空部隊の大群がトリオールの群れをめがけ突撃していく。
機影で空が真っ黒に染まる。
夜のとばりが降りたように。
爆音以外何も聞こえない。
!?
地面が揺れる。
....ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド...
地響きとともに、地上の大群も雪崩れ込んで行く。
軍事アンドロイド、重装歩兵、シムセプト(航空戦車)、兵曹、シムキャスト(兵曹用戦車)。
ケラムの獣の数を完全に上回っている。
この都市のあらゆるものを激しく振動させている。
圧倒的な火力と破壊力で、トリオールを押し返す。
...ドドドドドドドドドドドドドドドド...
軍の最後尾が到着した。
大きな軍事兵曹の部隊。
この軍の要。
心臓であり頭脳。
大型のシムキャスト(兵曹用戦車)に乗った兵曹が中心にいる。
その前にこの隊のナンバーツー。
右にダンナ。
左がスレーター•カーン...。
中心の兵曹は、銀色の装甲で覆われていている。
低層のビルよりも大きい。
体長は30m前後。
あと数回の変形の余地を残している。
左右2つずつ光る目。
クルマのヘッドライトのように、強い白色の光を放っている。
額には、円形の第五の目。
そこは、赤い光を発している。
放電翼は、鷹か鷲の翼に似ている。
身体に比べて大きい。
銀色の金属の翼。
アトラの軍事兵曹は全て放電翼を持っている。
...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー......ウォォーーー...あれを見ろ...ウォォーーー...ウォォーーー......ウォォーーー...ウォォーーー... 軍事兵曹だ...ウォォーーー...すげぇ...ウォォーーー...
大歓声が起きている。
避難壕から次々と人が出てくる。
まだ最も深刻なフェーズであるにも関わらず。
『...ピーーーー...ーーー...ガッ...ピーーー...ーー...』
『...エイブ!。エーイブ!。どこだ!。ディクレアしろ!。エーイブ!。...』
スレーター !。
スレーター!。
私の事、忘れていた訳ではないんだ...。
『...スレーター!。す、スレーター!。ここです!。私はここです。す、スレーター!。...』
その放電翼は、アルマダイエンジンの余剰のプラズマエネルギー、電子、熱の放出のみならず、自重を軽くする反重力板を兼ねている。
『...良くやった。エイブ。後は任せろ。良くやった。お前達のおかげで我々は間に合った。良くやった。ぐずぐずせず早く合流しろ。後方で休め。デクレアを忘れるバカがあるか!。...』
はっ!?。
デクレアを忘れていたなんて...。
何てバカだ。
でも、スレーターはなぜラジュカムから離れてた?。
交戦していた?。
何者かと既に...。
『...は、はい!。直ちに!。...』
良かった...。
ハイドラの自然兵曹やアマルの兵曹のように、特定の波長の影響を強く受けるといったことは無い。
こんな私にも居場所がある。泣
厳しいけど、暖かく希望に満ちた場所。
私はまだ生きてても良い。
スレーター•カーン。
ありがとうございます。泣
『...何をマゴマゴやってる!。そこから走って来い!。...』
群衆の先の兵曹隊。
白い兵曹スレーターがシムキャストの上から手招きをする。
「どいてくれ!。合流する。」
みんなどいてお願い。
私はあそこに帰りたいの。泣
スレーターの甲殻が損傷してる。
既に戦闘の後だ。
群衆をかき分けて走って行く。
「すまん。どいてくれ。」
野次馬は夢中になり過ぎて動きやしない。
どいてよ。
私はあそこに帰りたいの...。泣
あの暖かい仲間の元に。
尊敬するスレーターの元に。
だから、アトラの兵曹は角や牙、甲殻などを持つ特殊な形状にはならない。
そして、デューンの軍事兵曹のように、ベースセル(基盤細胞)となる、昆虫や植物の特徴を引き継ぐことも無い。
最終兵曹での砲撃出力は、ハイドラの兵曹やアマルの軍事兵曹と比べ大きい。
しかし、自重が重く、放電翼を展開していない時は、動きが緩慢になる。
アトラの軍事兵曹が、放電翼を完全に閉じることない。
その代わりに飛ぶことが出来る。
兵曹達が次々とシムキャストから降り、飛馬艇〔※2〕にまたがって行く。
〔※2飛馬艇:アフロダイ反重力エンジンで、空を飛ぶ馬形兵曹。またがる兵曹が、手足や武器で攻撃できるように、首や脚のない馬のような形をしている。運動能力が高く、軍用犬などの脳を使っている。乗り手の意思を汲んで動く〕
...キーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ゴゴーーーーーーーーーーーーーーー...
飛馬艇のスラスターが点火する。
...ブゥワゥッ...
...ガッツーーーーーン...
銀色の巨大兵曹が上昇していく。
メガラニアが。
鉄塔のような大きな武器を担ぎ、ゆっくり弧を描きながら。
その兵曹に1000騎の兵曹が追従していく。
...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー......ウォォーーー...あれを見ろ...ウォォーーー...ウォォーーー......ウォォーーー...ウォォーーー... 軍事兵曹だ...ウォォーーー...すげぇ...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...メガラニア...ウォォーーー...見て...ウォォーーー...兵曹団だ...ウォォーーー...見ろ...ウォォーーー...ウォォーーー...ダブルドラゴン...ウォォーーー...ウォォーーー...ダブルドラゴン...ウォォーーー...あれがユーライ...メガラニア...ダブルドラゴン...あれを...ウォォーーー...兵曹..ウォォーーー...バンザイ...ウォォーーー...メガ..ニアだ...ウォォーーー...パパ見て...ウォォーーー...ウォォーーー...軍事兵曹...ウォォーーー...凄いな...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー..メガラニア...ユーライ...ウォォーーー...もう大丈夫だ...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ダブルドラゴン...ユーライ...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ユーライ...ウォォーーー...頑張れ...ユーライ...ウォォーーー...メガラニア...ウォォーーー...メガラニア...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...見ろ...ウォォーーー...頼むぞ...メガラニア...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ユーライ...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーーー...ウォォーー...
あっと言う間に市街地を人々が埋め尽くす。
軍の静止など全くお構いなしだ。
空を指差し口々に叫んでいる。
男も女も。
老も若きも子供も。
ハンカチやタオル、上着を振るものもいる。
ケラムの強力な獣や、他国の兵曹と対する時、力のある者は絶対だ。
この兵曹はアトラ軍ではクシイバに次ぐ存在。
その力は、常に人々や兵士達の心の支えとなっている。
そして...。
この若い兵曹は、エイジン•ローデシアの希望と言われている。
兵曹の名はユーライ。
若々しさ、誠実さ、正しさ、そして未来の象徴だ。
メガラニア(救世主、唯一の味方:ハクア語)、アトラの人々は親しみを込め、そうこの兵曹をよぶ。
メガラニアの元には、彼を支える者たちが集まった。
スレーターもその1人。
ザネーサーの作戦参謀だったスレーター。
命がけでメガラニアの元にやって来た。
兵曹達が上昇して行く。
サルファ•マスドラを登っている、最も大きなギガサ二ー目掛けて。
鋼鉄の巨人達が。
飛馬艇に跨り。
1000体以上の兵曹が。
銀色、黒、灰色...様々な色。
大きさもまちまちな。
小さい兵曹は、サルファが大きいため、通常の人間の大きさに見える。
ギガサ二ーがサルファを登る。
重みで超高層ビルが揺れている。
柱を登る巨大なガマガエルかセミの幼虫。
シュール過ぎる光景。
怪物の神話を目の当たりにしているみたいだ。
中域に1体の兵曹が静止した。
500m辺り。
飛馬艇の上に立ち上がっている。
メガラニアの前にいた兵曹。
『...アトラ中央軍 全兵曹に告ぐ。私はリン。識別コードxxx002。...』
ラジュカムからをメッセージが流れる。
体長は10m前後。
何回か巨大化のプロセスを残している。
筋肉は極限までせり出し、目から強い光を発している。
青い光。
炉が発するアルマダイを網膜から発散している。
風に頭髪がなびいている。
頭髪や髭はまだ残っているようだ。
皮膚は既にジニリウム化している。
『... サルファに登頂中の雌。識別子00は、現在、地上612m。秒速17mの猛烈なスピードでクリスタルドームに向かっている。...』
このリンと言う名の兵曹が司令塔。
スレーターの上司。
ラジュカムが脳波や音声を言語化する。
精度も高い。
その兵曹の実態に近い音声に変換される。
これがあるから、私はスレーターと会話が出来る。
『...スサノオの予想では17分で到達する。今日10月17日は世界宝飾展が開催されドームには17000人が入場している。...』
肉声は低すぎて人の耳では聞き取ることが出来ない。
...ビュウウゥゥゥゥーーーーーー...
強風がリンの飛馬艇を揺さぶる。
サルファ•マスドラの高さは10000メートル。
アトラで最も堅牢な建築物の一つ。
アルマダイ高圧炉と、重力板を制御し、その圧倒的な重量をコントロールしている。
上域の透明なクリスタルドームだけでも、常時1万人以上の人を収容している。
まるで空中都市。
特殊装甲や赤外線遮断設備など、ケラム獣向け装備は無い。
かつて、この高さまで到達する生物が存在しなかったからだ。
もし、この個体がこのハイタワーを登れるなら。
そんな恐ろしいことが現実に起きるなら...。
クリスタルドームは全方位透明なショーケース。
生きの良い餌が多量に入った。
『...00は体長300mを超え、想定戦闘力はX級を超える。既存戦力では到底対応できない。...』
50年前、国境付近に初めて現れたギガサニーの母体は塔やビルに登ることなど出来なかった。
「...デュラン...ダル•レ..ン...スサノ....第7ヘッド....ートで、トリオール....ギガ..ニーの殲滅作戦を展.....スレーター...ーンおよびアイス.....セントエ....ーンで、3体....ギガサニーと交戦.....」
高い場所に逃げれば人々は安全だった。
しかし、5年前にネオヤマトで捕獲された母体は、18時間で腕を変形させ、地下10000mの確保檻から逃げ出した。
ギガサ二ーが登って行く。
...ドドッ...ゴーーン...ズズン...
振動が躯体、地面を通して、伝わって来る。
巨大生物がハイタワーを登る恐ろしい振動が。
『...そこでここサルファに主力を集中し、防衛に当たる。メガラニア、デュランダル•レビン、アドリアン•スターク、そして私は、この個体をサルファ•マスドラから引き離すことを試みる。...』
メガラニア、スレーターお願いよ。
みんなを、この都市のみんなを救って...。
あの個体はタワーに登るために、腕を変形させた。
鏡面状の壁や、強化ガラス面に、大きく伸びた4本の指が吸盤のように吸着している。
『...炭化を充分に行うために、最終兵曹の形態でのメガラニア(ユーライ)による粒子砲撃による破砕が必要だが。...』
ギガサニーは高圧炉に近い構造を体内に持つ希少かつ凶悪な種。
自分の意志で身体を作り変えることだって出来る。
ハイドラのあの不動明王のように。
『...メガラニアは、ここ第7区間では兵曹を上げることが出来ない。なぜならばガナン、メリカトル•トーア西塔、グランムド•ラ•シンアの躯体が耐久し得ないからだ。...』
ギガサニーの女王の戦闘力は、アトラの兵曹全体の上位5%、大型の航空戦艦100隻分の戦闘力に匹敵する。
『...従って、00をセントエレーンまで誘導する。...』
で、でも...も、もし、これが、マナなら。マナなら...。アトラ全兵曹の1%にも満たないX級を簡単に超えてしまう。
つまり、大型航空戦艦1000隻の攻撃能力の累計を軽く超える。
『...伴い、全体のコントロールは軍将補スレーター•カーンに移譲する。第7ヘッドへは直属軍のヤマキに行って貰う。...』
そして、厄介なことに、この一つ目のセミは、生死の危機を感じると自らが生体爆弾となり環境自体を破壊する。
廃虚化しリセットをする。
そして、自分は幼体からやり直す。
切り刻んだとしても、その状況は変わらない。
身体の一部を切り落とせばその部分が幼虫となり別の個体となるからだ。
『...スサノオがシュミレーションの配信を開始。スサノオがシュミレーションの配信を開始。...』
スサノオが識別子00の五感情報をシュミレートして配信し始める。
識別子00が何を察知しどんな欲求を持っているのか...。
過去の記録、実験、研究結果、映像、文献、兵士の証言...この世に存在する全てのデータに基づいて。
ラジュカムから伝わって来る。
私の心。
これに耐えられるかしら...。
あぁぁ...。
ギガサニーは空腹を感じている。
人から発せられる赤外線や音を敏感に感じ取っている。
クリスタルドームの人々の悲鳴はギガサニーの聴覚には大音量で轟いている。
食欲を大いに刺激している。
複眼の中のそれぞれの目が、爬虫類のような全ての眼が、興奮して血走っている。
...ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーー...
人の悲鳴が上がるたび、ギガサニーは咆哮を上げる。
300メートルの一つ目のセミ人間は、ガマガエルのように世界1高い塔を登り続ける。
鏡のような壁面に手脚を吸着させながら。
!
...ヒッ...
突然、多量の卵のある光景や、多くの幼体が蠢く映像が、ラジュカムに配信される。
フラッシュバックのように。
そして、成熟した雄の成体との後尾。
マナの10分の1の大きさも無い無数の雄が、次々とマナと交尾を重ねて行く。
その気持ち悪い光景。
吐きそう...。
現に隣の若い兵士達は耐えきれず吐いている。
産卵のための栄養は私たち人間。
!
はっ...。
ねぇ、見て!。
アッテネータのモニターを...。
ヒッ...。
触覚が...。
突然、ギガサニーの頭部に触角が。
こいつの真の狙いはクリスタルドームでの産卵じゃない。
『...見ろ。スターク。触覚が。...』
こいつの狙い...。
この10000mのタワーからレディエード〔※1〕を拡散する気だ。雄を成熟させネオジンムを巣にしようとしている。
〔※1レディエード:遺伝情報を仲間と共有するための鳴き声。母声と言われ、受信した種の遺伝子を即時に書き換える。金属を沸騰させる効果もある。〕
クリスタルドームに巣を作る何て、可愛いものじゃない。
『...ただの雌じゃない。こいつは違う。マナかもしれない。...』
我々は甘かった...。
『...マナ...女王の中の女王。創造的原種。まさか...。もし、マナなら戦闘力は通常の母体の99倍...。このままでは、ネオジンムがシャイアンの二の舞に。...』
こいつはネオジンムを、ネオジンム全体を自分達の棲家に、自分達の世界にするつもりだ。
ここを乗っとる気だ!。
ネオジンム全体を産卵場所にするつもりだ。
『...レディエードが始まったら奴らの戦闘力は、簡単にわが軍を上回ってしまう。急がなくてはならない。...』
そうなったらどうなる?。
ネオジンムどころか、アトラ...いや、この惑星トリスタン全てが、ギガサニーに支配されてしまう。
...キャーーーーーーーーーーーーーー...
...ワーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
シュミレーターから聞こえる人々の悲鳴が一段と高まる。
アッテネータのモニターに映るギガサニー。
手がもうすぐクリスタルドームに届く。
この短時間でこの高さまで...汗。
モニターに映るユーライ。
メガラニア...。
ダブルドラゴンを構える。
両端から巨大な刃先が飛び出す。
......ズ....ゴーー..ーーー...ン...ド...ゴーー...ーーー..ーーーン...
...キー....ーーーーー...ーーーーーー....ーーーーー...
...キーー...ーーーーーー..ーーーー....ーーーーー...
高圧炉の回転音が轟いている。
この空の上。
タワーの上層部。
ダブルトラゴンは、アスバードドラゴン、シュピーゲルドラゴンと供に、三大神器と言われる強力な武器。
リザート(トカゲ)型の高圧炉を両端に宿している。
2機のリザート(トカゲ)ゆえに、ダブルドラゴンと呼ばれている。
トカゲ型の高圧炉 リザートは、ヤドカリに型トロンノースや、甲虫型スカラベなどと同じく自ら宿主を探す。
三大神器のように、無生物にシーアナンジン(千年虫)が寄生することは珍しい。
ザネーサーに必要とされなかったダブルドラゴンは、陰極星のアダムではなく世代の違う陽極星ユーライを主人に選んだ。
ダブルドラゴンがギガサニーを斬りつける。
...バッ...スゥゥーー...ーーーー...
爆風が地上にまで伝わる。
...ザザーーーー...ーーーーーーーー...
体液が降り注ぐ。
斬撃が、ギガサニーの背中を切り刻む。
...ブッシュゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーー...
...バババババババババババババババババババババ...
ファザスに降り注ぐ緑色の体液。
硫酸の滝。
...シャアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...シャアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...シャアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
もうもうと白煙が立ち上がる。
アスファルトが溶けている。
建築壁が溶けている。
白煙で何も見えない。
...ゴ....ゴゴ..ゴーー...ーーー..,ーー...
上空でギガサニーが、悲鳴を上げる。
...ド..ド..ド...ド...
モニターから遅れてエンジン音が地上に届く。
...キーー..ーー...ーーーーーーー...ーーーーーー...
ダブルドラゴンのリザート型高圧炉は、逆回転をしている。
ギガサニーの自己修復能力を妨げるために。
!!
...ガガ...
...ガガガガガ...
...ガラガラガラガラガラガラガラガラ...
...ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ...
ま、ま、まずい...。
ギガサニーがまたレディエードを...。
ドラム缶アスファルトに何回も擦り付けような爆音。
何の予告も無く。
巨大なセミの鳴き声。
『...レ、レディエードだ!。レディエードだ!。...』
...ババババババババババ...バシャーン...バリバリ...パリン...ガシャン...バリバリバリバリ...ガシャーン......ババババババババババ...バシャーン...バリバリ...パリン...ガシャン...バリバリバリバリ...ガシャーン......ババババババババババ...バシャーン...バリバリ...パリン...ガシャン...バリバリバリバリ...ガシャーン......ババババババババババ...バシャーン...バリバリ...パリン...ガシャン...バリバリバリバリ...ガシャーン...
衝撃波がビルの窓や壁を一気に破砕して行く。
ガラスや残骸のスコールが、地上に降り注ぐ。
地上の舗装された道路に、残骸が撒き散らされて行く。
遂にリンは宣言した。
『...間違い無い...。こいつは...。こいつはマナだ。...』




