タク6
アトラの第二首都 ネオジンム。
俺たちの卒業した学校は郊外の地区タイダルにある。水が綺麗で、自然に恵まれた場所だ。
ここは、もともと起伏が激しく、この地区だけで、標高差が200mある。
驚きだ。
この少学校は標高17メートル。
区役所は160m、ケイリューショッピングモールは-6m、競技場は-56m、国道16号は145m、266号は32mというような感じに。
そして、ここはアトラの都市開発特別区に指定されてる。
ふんだんな国家予算があるから、区長達は任期5年の中で、自分の爪痕を残そうと必死だ。
区長が変わるとすぐ新しい都市開発が始まる。
区長達は、他に影響しないよう、自分の範疇だけで、イケてる街を作ろうとする。
それが、タイダルがこんなごちゃ混ぜな街な理由だ。
レトロで懐かしい街並み。
機械で制御される基地みたいな区画。
ネオジンムに負けない洗練された都市。
景色だけじゃなくて、習慣も色々だ。
イプシオ派の議長マダク•シムラさんの息がかかっている影響が大きい。
イプシオ派は、知ってると思うけど、右大市民議会の一番大きな派閥。
マダク•シムラさんは、等級開放主義で、行き過ぎなくらい革新派だ。
マダクさんのお膝元下はみんな、タイダルみたいにいろんなことが自由みたいだ。
この多彩さはマダクさんの影響って言っても言い過ぎじゃない。
第一太陽グラディアは、容赦なく白い校舎に日差しを浴びせる。
でも一昨日あたりから少し柔らかくなった。
何の花かな?。
甘い香りを風が微かに運んで来る。
この季節の花。
柄じゃないけど。笑。笑。
校舎の受けた強い日差しを、アフロダイ塗料で染めた校庭が和らげてる。
トラックには薄緑。
モス、モス何とかって言うのな?。
それ以外の場所には、レンガ色の素材が敷かれてる。
高い空に絹雲が続いてる。
どこまでも。あれ。笑。
俺ホント似合わないよな?。
こういうの。笑。
「...おーい、これも頼むなー。」
...ドンッ...
色の白い金髪が、グローブやラケットの入った箱を、移動式の作業台の下に置いて行く。
ビンセントだ。
あいつはスリムな割りに結構力が強い。
軽々と荷物を運んでる。良く働く。
「おぉ!。そこ置いといて。」
俺は、移動式作業台で休んでいる。
この作業台は黒い樹脂が塗られてて、小さな教室位の面積がある。
作業台には、箱に入った荷物がいくつも置かれている。
『タイダル開放中学校 説明会』
大きな看板。
今日俺たちがやったイベント。
毎度恒例の。
今、それの後片付けをしてる。
開放校は、市民の等級に関係なく通学できる学校のことだ。
最近、それぞれの階層の人たちは、揉め事や、事故を怖がって、等級別学校や、3分校(1級、2-4級、5-6級)に通いたがる。
マダクさんが始めた開放学校は、市民の階層化が進んだアトラやアマルじゃ珍しい。
開放学校だけじゃなくて、各学校の生徒会は、学校を代表して小学校などに説明会という名目で勧誘をしに行く。
後輩にいっぱい自分の学校に来て欲しいじゃん?。
それに同じ開放学校だし。
俺はジャン。毎度。笑。
15歳にして早くもオヤジ体型だ。
髪は天パー。
覚えてるだろ?。
ブレザーを着てなきゃ、酒も飲めるぜ?。
普通に。笑。
最近、ますますデカくなった。
隣にイーノがいる。
いつもと同じ。
イーノは相変わらず細身で小柄。
黒髪でそばかす。
イーノは、バルコニー型の棚に荷物を積み、可動式倉庫を操作をして、入れ替えている。
「もうすぐ3年だな...。」
俺はイーノに話しかけた。
「ん?。何が?。」
「タクと親父さんがいなくなってからさ...。」
「ああ、そうか...。もうそんなになるんだ...。」
俺たちは、校庭を見下ろして座った。
当時に比べて校庭はすっかり貼り替えられ、綺麗になってる。
「あいつ。元気にここ走ってたんだよな?。」
「あぁ...。そうだね。勇ましかったよな...。」
「小さな身体で...。」
「あれから、いろいろ変わった。」
「あの日からな。」
「いろいろ、あったよ。本当にいろんなこと...。」
「俺、あいつに会うまでは、死んでたよ。腐ってた。笑。」
「ははは。俺もだよ。笑。最低だった。」
少し前は自分が大嫌いだった。
俺の機嫌ばかり取ってくるこいつのことも。
でも変わった。
イーノも俺も。
「あいつ真っ直ぐだったよな。笑。どんな時も。最初は、機械とロボットの化け物かと思ったけど...。あいつ見て、俺は心の中で何かが変わったんだ。その時は気がつかなかったけど...。」
今のイーノは、本当に親友だって言える。
こいつこんなにいい奴だったんだなって。
イーノ、最近、ハッキリものを言ってくるようになった。
喧嘩を良くするようになった。
でも、喧嘩する度、こいつの良さが分かってくる。
こいつこんなことも思ってたんだ、とか。
こんな考え方もあるんだ、とか。
あと、自分では気がつかなくて、はっとさせられることもある。
「俺もだよ。笑。多分。まぁおバカだったけどな。笑。あれ覚えてる?オニババ厚化粧の変。」
「あったあった。女子の化粧に、オニババがキレた時だよね。」
「オニババだって顔分かんないとか言ってな。笑」
「あははは。そうそう、すげぇキレられてた。笑。」
「メチャ宿題出されてた。笑」
「でも、運動神経抜群だった。」
「なぜか、女子にモテた。あの外見で。」
「なぁ。笑。ジェシカにメチャ愛されてた。毎日追っかけられてた。」
「ははははは。そんなことあったよな。笑。ははははは。ちょー逃げてた。笑。」
「ジャン!。イーノ!。これはB12のとこなー!。」
...ドサッ...
ビンセントが大きな箱を、俺たちのいる作業台の下に置いた。
「おー!。了解ー!。」
俺は手を上げて返事をした。
「よろー。」
ビンセントは、後ろ向きで手を挙げ、足早に校舎に戻って行った。
「あいつ働くなぁ...。」
「今日は一段とな?。」
「...あいつも。寂しいだろうな...。」
「毎日タクと一緒にいたもんな...。」
「みんな寂しがってる。ここの卒業生。」
「いい奴だったな。」
「だったなって言うなよ。」
「会いたいな。あいつに...。また。」
「会えるさ。また。」
「...。」
「フゥ...。」
「さて、やっちまおうぜ。」
「どっこいしょ。」
「笑。どっこいしょ?。おっさんか?。」
「ねぇ。これもお願い!。」
ケイだ。
「あれ?。ケイもう帰るの?。」
「え?。何で?。」
「何でって、帰り支度してんじゃんか。」
「ちょっと今日はごめん。お先に失礼します。」
「....。」
エルカーの空中駐車場のチェーンの軋む音がする。
警告ベルの音。
そして、駐車ゲートの開く音。
時折、係員のしゃがれ声が風に乗って聞こえてくる。
「また、サーチュインに行く気?。」
イーノが言った。
「サーチュインって、ケイブン派の息がかかった治安警察だらけだろ。」
「親父さんが会いに来るんだ?。」
「そう...。あそこまでしか、父が来れないの。」
ケイは頷いた。
「この前も捕まりそうになった。」
「...。」
「ついてくよ。」
俺は思わずそう言っていた。
「え?。」
「俺も。」
「ビンセントも。多分。」
「ダメよ。みんなを巻き込めない。」
「......。」
「おーーーーーい!。」
ビンセントが大きな声で叫びながら走って来る。
「あ。来た、来た!。笑」
「いいタイミング。笑」
ビンセントが全力で走って来る。
「あれ?。どうした?。あいつ。」
イーノも、ケイも、可動式の荷台に手をかけ振り向いている。
「何かあったのかな。」
ケイが言う。
確かに普通じゃない。
「あれ!。あれ!。あれ見ろよ!。」
校舎よりも高いエルカーの駐車場をビンセントが指差す。
色あせた緑色鉄骨のタラップから、2人の人が話しながら降りてくる。
「何だよ?。そんなに慌てて...。」
「あれだよ!。あれ!。」
ビンセントはどうやら、タラップから降りてくる人たちを指差しているようだ。
「誰?。私の知ってる人?。」
「そうだよーぅ!。知ってるどこじゃないだろ?。」
「ここの生徒にしては大きいけども...。」
「あの歩き方!。」
「え?。誰?。俺知ってる?。」
みんな目を細めている。
ビンセントは、堪らず走って、駐車場の方へ向かった。
「誰だろ...。」
ピンと来ない。
あんな知り合いいたっけ?。
自分たちは、ただ待つしかない。
大人と高校生?。
ビンセントと楽しそうに話しながら歩いて来る。
誰だろう。
「ビンセント友達多いからな...。」
イーノが言った。
「あれ?!。やだ?。ウソ?。」
ケイが、口に両手を当てて言う。
「マジで?。えっ!。えっ?。うそ?。」
ケイが取り乱している。
「どしたの?。ケイ?。」
イーノが言う。
「あれお父さんじゃない?。えっ?。うそ?。うそ?!ウソ!?。」
ケイも、吸付けられるように走って言ってしまった。
「あれ?!。ケイ!。ケイっ?。」
イーノが叫ぶ。
「あれ?。ケイ泣いてる?。」
イーノがこっちを見上げて言う。
「さぁ...。」
「あれ、ケイの父ちゃんじゃないよな?。」
「おぉ。全然違うみたいだけど...?。」
「痩せたんかな?。」
「さぁ、髪もじゃもじゃじゃないじゃん?。」
「確かに。」
「あぁあぁあぁ...。」
ケイが高校生に抱きついた。
一体誰なんだろ。
「あれ?。タクの父ちゃんじゃね?。あれ。」
「え?。ホントか?。」
「ほら。」
「あ...。あっ!。ホントだ...。」
「白髪増えたなぁ。」
「おまえ、いらんこと言うな。あの高校生だれ?。」
「タクって兄貴いたんだっけ?。」
「男兄弟はユキトだけだろ?。」
「だよな?。ユキトじゃないよな?...。」
とうとう荷台の下まで4人が来た。
「こんにちは!。」
「ご無沙汰してます!。」
俺とイーノは、タクのオヤジさんに挨拶をした。
「よっ!。」
ケインさんの隣の高校生が話しかけて来る。
「久しぶりだなぁ!。元気かジャン?。イーノ?。」
「お、おぅ...。?。」
え?。
誰?。
イーノが振り返ってこっちを見て来る。
「みんな。ずいぶん心配かけたね?。」
ケインさんがニコニコしながら言う。
ってことは、タクは元気になったのか?。
「は、はぁ...。」
ケインさんの顔が、少し沈む。
「タクのことを、凄く気にかけてくれていたみたいだけど...。ありがとな。」
「お、おじさん!。た、タクは?!。タクはどうなりました?。」
「元気なんですか?。今どこにいるんですか?。」
イーノも俺も堰きったように質問をした。
「ここにいるよ!。笑」
高校生が返事する。
「え、え?。どこ...。てか、誰?。」
ケイもビンセントも笑ってる。
え?!。
え?!。
「俺タクヤだよ。笑」
「ええぇぇーーーーーーーーーっ!。」
「ええぇぇーーーーーーーー!。」
俺もイーノも大声を出した。
ビンセントよりも少し背が高い。
黒い髪。端正な塩顔。手も足も長い...。
こ、これがタク?。
これがタクなんだ?!。
「心配してくれてありがとな。また、仲良くしてな?。」
イーノ号泣してる。
俺たちは、作業台から飛び降りた。
...ドン...
...ドスン...
タクが走って来た。
俺たちも走って行った。
ケイも、ビンセントも。
何か目から水が...。
鼻からも...。
よ、良かった...。
ホント、良かったぁぁぁ...。
良かったああああ!!。
ケインおじさんも来た。
みんなで泣きながら抱き合った。
おじさんもみんなも肩組んで、円陣組んで、クルクル回ってる。
まるでルコントの試合の前にみたいに。
クルクル...クルクル...泣。
みんなの涙がしょっぱい。
ハズい?。
キモい?。
そんなの関係ねぇ...。
タク 完




