境界の国9
ハイドラの首都タンジアの中央には、ドーラナジミールという大きな公園がある。ナジミール平原の16の季節と湖を縮小して再現した美しい公園だ。
エイジン•ローデシア両大陸においては、屈指の名所と言われている。
戦闘神ナジマを祀ったナジマの広場には、数十メートルの映像を映し出すホログラムがある。
このホログラムは、ハイドラの都市に全て配置されている。
この日は、大勢の人々が、このホログラムを緊迫した表情で見上げていた。
語っているのは、大首長シーアハーンだ。
人々は、かつて大酋長として、心の在りどころであった英雄の変わり果てた姿に驚愕している。
気を失うものも少なくは無い。
シーアハーンは、多くの民に謝罪をしている。
自らくり抜き見えなくなった目で、人々を見つめ、自らの切り落とした両腕を地面に着いて。
名誉ある勲章も、大首長冠も全てを外し、まるで虐殺される敵兵のようだ。
そして、この戦争の終結後、自らを処刑する法を自らの名前で発動した。
大酋長の勅命は重い。
二度と取り消すことは出来ない。
そして、シーア•ハーンは、ミラボレール、ザーカルなど、スンドラ派の首長に対して、大首長の権限を全て剥奪し死刑を言い渡した。
ミラボレールは、スンドラ派の悪業を全て告白し、そして、ハイドラをここまでの逆境に追いやった自らの罪を認めた。
そして、1度だけ、発言する許可を、国民全てに求めた。
発言は、圧倒的多数に否決された。
大酋長シーアハーンのメッセージを遮るように、映像が乱れた。
代わりに煌びやかないでたちの大男が姿を現す。
大男は、贅の限りを尽くした巨大なシムキャスト(兵曹用戦車)をゆっくりと踏みしめて降り立った。
色は黒く肌には艶がある。横にも縦にも巨大なその身体。
し赤いヒモン石でできた戦闘用から見える肩は隆々と盛り上がり、せり出した腹は、それが全て筋肉の盛り上がりだ。
頭髪の全くない頭に尖った鷲鼻をしている。
首、腕にはプラチナの大きな飾り、耳の大きなピアスは希少宝石デリジンであることは明らかだ。
デリジンはちいさな粒で国が買えるほど高価な宝石。
誰もがこんなに大きなデリジンを見たことは無い。
穏やかで大きく澄んだ人懐っこそうな瞳からは、誰もが、この男が恐怖の帝王、赤碧だとは思わない。
純白のゆったりとしたズール族の民族衣装を戦闘服の下に着ている。
つま先が尖って巻いたプラチナの戦闘靴が眩い光を放っている。
ざわめきが起きる。
「あ、あれは!...。」
「まさか...。」
「帝国の赤碧帝...。ア、アブドーラだ!。」
「アブドーラだ!。」
「アブドーラが!。」
ざわめきが波を打ったように消える。
アブドーラは大帝国アマルの母国語テユワイで話し始めた。
外観で想像するよりやや高く穏やかで威厳に満ちた声だ。
ホログラムから、ワイナ語の同時通訳音声が流れる。
「...余は大帝国アマルの偉大な皇帝の1人、赤碧 アブドーラである。余は、今、我らが神 カーの啓示に基づき、ハイドラの民達に残念な話を伝えねばならない。我が帝国は、長年ハイドラを支え、列強の脅威から、この美しき国に平和と安泰をもたらすため勤めて来た。しかし、もうそれは叶わぬこととなった。然る日、ミノスにてハイドラは我が平和の使い達、そして平和の大使を、あろうことか、虐殺し蹂躙したのである。ハイドラの安泰は今まさに余の忍耐の上に成り立っている。余はお前たちヒドゥイーンの賢明な決断に期待する。...」
人々はざわめきだった。
しかし、ハイドラの人達。ヒドゥイーンには強い希望がある。
アブドーラは続ける。
「...ハイドラの民よ。これを見るが良い。」
ハイドラの民達は悲鳴をあげた。
多くの者が失神して倒れた。
映されたザザルス平原には、首の無い黄金の巨兵が立っている。
そして、横には巨兵の首を持ち、青い戦闘服を着たヒドゥイーンの巨大な兵曹が立っていた。
泣き出す者、叫ぶ者、その場を逃げる者。群衆は更に混乱する。
「ハイドゥク様が...。」
「ハイドゥク!。」
「ハイドゥク様ー...。」
「あの甲殻は空のアンティカのもの...。マジウアンティカのもの...。」
人々は口々に叫び倒れた。
「モルフィン様が...。」
「な、何ということだ...マジゥアンティカが我々を裏切った...。」
多くの民が泣き叫んだ。
「...余はそなた達の賢明な判断を待っている。余は覇神アジャイロの名において。...」
「みんなー!。しっかりしろ!。帝国の策略を真に受けるてどうする。」
1人の若者が。
しかし、誰も反応をしない。
「もしあれが本当だとしても、まだ我らにはマジアも、マジトゥも、マドワも、マトゥバもいる!。まだ負けた訳ではないんだ!。」
「デフィン様も、トラフィン様もいる!。まだ終わりじゃないぞ!。」
顔を上げる者が出始めた。
「敵は赤碧帝だけではない、モルフィン様いやモルフィンも、18使徒もいる。帝国軍は1億。いったいどうやって勝てるのだ。」
ホログラムは、画像が乱れ、ハイドラの美しい風景が映った。
そして、また再びザザルスの景色と赤碧の映像が。
映像が入り乱れる。
「みんな見ろ!。た、戦っている...ペルセアが!。あの化け物と。巨大な怪物と。アメンと!。アメンと戦ってる!。戦って、戦ってくれている!。ブラバーチが我々にくれた規模!。ペルセアが!。ペルセアが我らを護ってくれる!...。」
少年が叫んだ。
各都市の人々と、ザザルスのハイドゥクの屍、ホログラムは入り乱れる。
ホログラムは完全にハイドラの風景に切り替わった。
そして、ホログラムは、各地で落胆するもの達を励ます人々を写し始めた。
「例えハイドゥクがいなくても、護ってくれなくなっても、私達は何もできないわけじゃないわ!。」
「そ、そうだ、俺達はヒドゥイーンだ!。」
いつの間にか群衆は、男も女も老人も子供も身体に不自由がある者も、肩を組み、ハイドラに古くから伝わる歌を歌い始めた。大地よ空よ海よ風よ、愛よ正義よ真実よ神よ。歌は、大きなうねりとなり、国中のあらゆる場所に広がった。
それは、まるで命を落としたハイドゥクを弔うかのように。
ホログラムには、大酋長シーアハーンが映った。
人々は、かつての、大賢人、落ちぶれた、ただの老人に、もう1度だけ、希望を託した。
「ヒドゥイーンの皆よ。皆の代表として選ばれていながら、皆をより良き世界に導くべき私が、邪悪な力に恐れ、屈し、過ちを犯してしまった。何の思考も、決断も出来ず、ただただ迷い続けると言う。己の甘さが招いた、腐敗を受け入れられず、決断が遅れ、このような事態を招いてしまった。ハイドラは、ゾーグ戦線や、ミノス、シアバールにおいて、多くの仲間と戦力を無くしてしまった。これは、全てこの老いぼれに帰するものである。首長達ですら、私がしっかりとしておれば、過ちを犯すことは無かった。彼らもまた、被害者である。しかし、犯した罪は罪。私と共に、首長達にも、その命を持って過ちを償って貰う。とても、この老いぼれの死ごときで償えぬことは分かっている。皆がもう一度この私を信じてくれると言う。託してくれると言う。確かに、己の勅命を果たす前に、私にはしなければならないことがある。そう考え、再びここに立つことにした。身勝手な言い分だと考えられるだろう。最もなことだ。しかし、ヒドゥイーンの皆。もう一度だけ、最後に一度だけ。たった一度だけ、この私に力を貸してくれ。ヒドゥイーンは、ここにもう一度団結しなくてはならない。確かに、かの侵略国家は、我々の1000倍の軍隊を持っている。絶望的な戦いだと言う者がいるかもしれない。しかし、我々は、エイジン•ローデシアの小国達の希望であることを忘れてはいけない。正しく清らかに生きようとする人々を導く明るい光でなくてはならない。戦闘神ナジマと共に、殺戮と侵略に立ち向かわねばならない。ペルセアは我が祖国ハイドラにおいて、再びアメンを排除した。もう謀略に踊らされることはない。帝国アマルの目的は、どのような綺麗事を並べようと、周辺諸国の侵略。そして、赤碧帝は、諸国の脅威を根絶やしに、全てをその手中に収めるつもりだ。ハイドラにおいての赤碧帝アブドーラの狙いはハイドゥクを未来永劫完全に消し去ること。アブドーラは、恐れている。3人のハイドゥクを。我々ヒドゥイーンは、有史以来、始めて3人の英雄を同時に神から授かろうとしている。アブドーラはそれを恐れているのだ。」
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ハイドゥクを倒し、海の脅威が無くなったアマル軍は、海側からも、ケラム側からもハイドラを囲い込むように、侵攻する。
銀帝エルマーの3神兵アヌンナキ、ナブー、イスカンダーは、軍勢を二手に分けハノイと、サブルを攻めた。
そして、白帝ノアロークの八武聖のニック•ニダーナ、エル•カメオは、白帝軍の航空艦隊、海上艦隊11万を率いて海辺の都市タンジア、シアバールへ侵攻する。
アマル、南と合わせ5000万の大軍団を投入した。
ハイドゥクのいない、100万にも満たないハイドラ軍は、屈強といえども、もはや絶望的な状況だ。
ミノス、ハノイ、サブルのケラムに面した要所は再び、ケラムの生物とアマル軍の両方の脅威に晒されることとなった。
マトゥバ アンティカ カルタゴは、タンジア軍、シアバール軍、第三航空艦隊を率いてアマル白帝軍を迎え撃つ。
そして、マドワ アンティカ ノリエガは、アンティカ ウルエンハ、アンティカ ニルカンディを引き連れ、ハノイ•サブル軍、第6航空艦隊と合流、アマル銀帝軍に立ち向かった。
ハイドラの南アルバーンの国境付近では、デューンのバルデス大艦隊 前衛艦隊、南アマル軍の大軍勢が集結している。
南アマル、デューン連合軍は、ダヌア基地を攻略し、そのままハイドラに侵攻するつもりだ。
迎え撃つことは不可能と考えた、ハイドラ軍総督カルバラルトは、提督のアンヌの提案に基づき、デューン連邦共和国の心臓部かつ、急所でもある、主要エネルギー施設、ターシーエネリウムエンデート攻略の作戦に出た。
カルバラルト率いる、旗艦レバンナ、主力戦闘艦 アマギ、シラヌイ、ゴウテンを要するハイドラ第七艦隊は、航空基地ファイヤーバード10数機に、42体のダルカン ラキティカ他、兵曹軍、そして、22万の兵士、兵器を引き連れ戦闘に臨んだ。
ハイドゥクの、功績と名声、信頼は、実際のところその実力以上に、ハイドラを強く守護していた。
ハイドゥクを失った今、周辺諸国は、雪崩のように、ハイドラに攻め込んで来る。
ミノスからアルバーンへ移動してきた、シーア•ハーンに対して、デューン軍から軍事援助が申し入れられた。
デューンの狙いは明白で、援軍の名目で西のアルバーンから、東のザザルスまでの1200kmを侵攻し、アマルよりも優位にハイドラの割譲を受けようとした。
ハイドラにとって幸いなことに、部族軍によって排除されてしまったアトラ北軍が再び、軍事援助を申し入れて来た。
アトラ北のクシイバ、ジェニファーはデューンの公平な協調介入の申し出を無視し、圧倒的に不利な条件をデューンにつきつけた。
アルバーン付近での、アトラ軍は、デューンの軍に対して、それくらいの優位性がある。
アトラ北軍の軍事兵曹ジェニファー、つまり実質上の支配者は、デューンの大使がジェニファーを差し置き、人間の、なおかつ男の宰相に先に話を持ちかけたことに対して、大いに機嫌を損ねた。
デューン軍は、数ヶ月の間、ジェニファーという古い女兵曹1人に完全に足止めをくらった。
ジェニファーは、アトラの将来的利益を著しく侵害されたとして、デューンがアルバーンの150キロ圏内を退去しない場合は、宣戦布告をすると異例の宣告をデューンに申し入れた。
更に、ハイドラはアトラに優先権があると主張し、アマルに対しても、圧力をかけた。
当のジェニファーは暦が気に食わないという理由で、全く動く気配がない。
ジェニファーは常に強気で、気まぐれだ。そして、彼女のアトラ北軍は強力だ。
これはデューンの皇帝クセルクスを激怒させてしまう。
そして、デューンやアマルのみならず、アトラのクシイバ ザネーサーも、ハイドラを手中に収める野望を持っている。
アトラ東軍と北軍の紛争の原因は、ハイドラだ。
アブドーラ率いるアマル赤碧軍1200万は、ボルガ大河の手前13km地点のザザルス46度線で、ハイドラ軍35万と交戦を始めた。
そして、アルバーンで主戦力をほぼ使い果たした、ハイドラ軍は背水の陣でこの決戦に臨んだ。




