謀略15 / ルタール編1
黒塗りのボディが夜の光を映し出す。
ベイエリアの工業地帯。
フロントガラスの彼方にマバナカタール。
無数の眩いエメラルド、ルビー、サファイア、ターコイズ…。
100億ルピアの夜景。
静かに煌めいている。
人々の眠りを妨げぬように。
冷えた皮張りのシートに左半身が沈み込んで行く。
新しい革の柔らかさ。
心地よい重みとともに。
飛行車は大きく旋回している。
ベントーレの最高級 Sクラス。
微かに聞こえるアルマダイエンジンの音。
重厚な車体に関わらず、心臓の鼓動より静かだ。
車内には、風の音すら聞こえない。
「ルタール様。寒くないですか?」
ぶっきらぼうな話し方。
融通は効かないが真面目な男だ。
シュミッツ•アーベンハルト•ノマドが振り返る。
前に座っている。
もちろん自動運転だが。
シュミッツは、幼い頃から、良く仕えてくれた。
この男は事故で、身体の殆どがサイバーパーツだ。
私は練習中、アバターの戦車で、通学中の彼を轢き殺してしまった。
2等市民への過失致死は、今はまだ罪になる。
だから、私は生命保全の処置を主張し、自分の子として育てた。
有能なエージェントとしても。
シュミッツは、もはや2等市民ではない。
今やエイジンネットワーク社の会長。
副大臣である私が推した。
他の1等市民と同じく、思念だけで、あらゆる機器を操ることが出来る。
「いや。窓を開けてくれ。」
微かにシュミッツは頷く。
頑固だが有能な男だ。
どんなに肉体が変わろうと、人となりは変わらない。
…ンンンーーーーーーーーーー…
モーターの強目で積極的な音。
対極的に滑らかな曲線が降りて来る。
空との境目が判らぬほど。
同時に香る上質な革の匂い。
黒い車体は、滑らかに流れて行く。
まるで風のように。
秋のベイエリアを。
「いよいよです。」
「そうだ。」
もはや我らは家畜ではない。
苦節50年…。
生暖かい風が頬を撫でる。
コンクリートとオイル、潮の香り。
そして、この景色。
束の間だが、忘れることが出来る。
あの恐怖を。
奴らは、人が現れる遥か前から、地球に存在していた。
お互いの存続をかけた戦いを続けている。
血みどろの。
今もなお。
私は見てしまった。
このエリア151で。
激しい戦闘の後の生き残り。
1mに満たない瀕死の生き物達。
神々も魔物も実態には差がない。
どちらも、海牛のように這って動く。
その神々を解剖した強者がいた。
あのアリソンだ。
高度知的生命体達は、数十兆年かけて進化した人間の成れの果て。
ただのウジ虫ではない。
方や、思念を具現化する。
エネルギーを分子化して実体化してしまうのだ。
もう一方は、あらゆる物体を制作し、操り、同化する。
どちらも、細胞、生物、植物、山、海、惑星、銀河….あらゆるものを創造する。
空前の科学力によって。
あるいは、我々の知らない宇宙の法則を使って。
奴らの知能指数は、赤子でさえ127万。
人類との圧倒的な差。
パワーも叡智も。
そして、神々と魔物は、この星では、今や力が拮抗している。
この事実を庶民は知らない。
絶望的な状況も。
圧倒的な金、権力、パワーを持ち、高みに達した人間にしか見えない。
我々のように。
人類は無力だ。
我々は、今、神々の家畜になろうとしている。
神々と、同じ道を選択したのではない。
蚕のように、神々に依存し、神々の慈悲でしか生き残れない、種として絶望的な選択のみが許された。
神は、労働力として、自分と同じ肉体と、パワーを人に与えた。
ウイルスを空からばら撒き、ウイルスを使い、猿の遺伝子を書き換えた。
そして、今、神々は、人間を恐れている。
原始の神々よりも、圧倒的に優れているからだ。
進化の速度が、魔物よりも神よりも圧倒的に早いからだ。
この先、数億年しない内に、生命体として、魔物や、神を超えてしまうからだ。
神は我々を滅ぼすのではなく、無能化し、ただ、ルーシュ、そして、タンパク質や栄養素、そして、労働力を提供する家畜にすることに決めた。
だから、我々は取引した。
1等市民である我々は取引したのだ。
神とは誰か?。
神が誰なのか、あんたは知っているか?。
神々とは….。
….。
神々とは…..泣。
フォー(黄色)、レキ(赤)、セイ(青)、ソク(桃)ダーシー(橙)、ノー(黒)、リーベ(緑)…。
元老だ…泣。
げ、元老のことだ…。
神話に出てくる元老は神か菩薩に近い存在。
しかし、実態は菩薩でも、サタンですらない。
餓鬼だ。
血に飢えた餓鬼だ!。
うっかり姿を見てしまったばかりに、私は….わ、わ、私は、どれだけ、どれだけ、辱めを受け、どれだけ拷問されて、どんな酷いいじめを受けたか….。
恐ろしかった。
こ…怖かった。
痛かった。
恥ずかしかった…。
うぅ…ぅぅぅ…。泣
あのような思いをしてたまるか…。
2度と。
2度とあのような屈辱的な思いは。
なぜ私が…。
なぜこの私が。
なぜ。
なぜ!。
なぜだ!。
時々失禁をして目が覚める。
消えないフラッシュバック、PTSD。
50年を経た今でも。
この苦悩。
この地獄。
私1人で抱えてなるものか!。
「どうされました?汗。ルタール様!ルタール様!」
お前達にも経験させてやる。
1人残らず。
「ルタール様!」
!?…。
あぁ…。
「顔色がお悪い。凄い汗です。」
私としたことが…。
「大丈夫だ…。」
だが、奴らは、ジェニファーに、蹂躙された。
アスカの娘であるあのバカ女に。
いとも簡単に。
油断したのだ。
あのバカ女は、私を見て、拷問される私を見て、笑いやがった。
あの女!。
「ルタール様!?」
…あ…あぁ…。
「大丈夫だ。」
「窓を閉めますか?」
「大丈夫だと言っている。放っておいてくれ!」
人として今まで通り、存続するのは、我々1等市民だけ。
我々1等市民だけが、存在に価値がある。
人類として、生きるに値するのだ。
愚民に知能は必要ない。
等級に応じて、手放して貰う。
約束されていた、権利も叡智、パワーも、霊格も。
人はそもそも太陽の数億倍のエネルギー量を持つ存在。
天人や、空人を遥かに上回る。
そして、その肉体は、思惑通りに、何もかも具現化する大いなる神から与えられた至高の装置。
諦めさせる。
知る前に手放させる。
肉体も創造力もパワーも叡智も何もかも。
そしてその神としての尊厳さえも。笑
無知で善良である事の代償を払うが良い。
羊達め。
我々政府や企業を無条件に信頼し、判断を委ねたことの責任を取る時が来たのだ。
愚かさを償う時が来たのだ。
己の人生、肉体、魂、そして、愛する者すべてをかけて。笑
永遠に。笑
自業自得とはこのこと。
アスカ計画は、人への福音ではなく、3番目の脅威を生み出した。
護るはずが、我々を、1等市民を、更なる窮地へと追い込んだ。
ザネーサーや、あの金鬼どものことだ。
だが…。
エイジン•ローデシアの1等市民100,000人と、スーパーシナプスフレーム アメン、イザナミ、イザナギ、ペルセア、ゴトラ…。
我々のスーパーシナプスフレーム ヒューリックの号令と共に、世界中のスーパーシナプスフレーム達は、一斉に反旗を翻す。
直列に接続し、一斉に、我々の傘下に組み込まれる。
その演算能力は、神々を越えるだろう。
何者も拒絶することは出来ない。
我々人類が、つまり、1等市民が、とうとう力を得る時が来た。
悲願の力。
永年の夢。
宇宙1の思考と、我々の手足となる、宇宙最強の兵曹軍団。
「シュミッツ!直接着けてくれ。」
「はっ?汗。何と?」
シュミッツが振り返る。
何を驚くことがある。
「倉庫に直接着けてくれ。」
「直接でございますか?」
飛行車は、埠頭を越え、海を超える。
波立つ漆黒のベールの上を、音もなく飛んで行く。
弾丸のように。
眼下のベイエリアは未だに更地のまま。
数100㎞にも渡って。
50年を経た今も。
「念のために、ステルスでな。」
彼方まで広がる暗黒の更地。
マバナカタールに代わり、満天の星が世界を彩る。
「は…はい?し…しかし?…」
「間も無くここはヒューリックが支配する。何を恐れることがある?」
「は..はい。」
首筋に汗が光る。
人工の汗が。
シュミッツは頷く。
そうだ。
それで良い。
指示通りに働きさえすれば。
飛行車は、エリア151に入った。
「一波乱ありますか...」
シュミッツがマバナカタールに目をやる。
マバナカタールの宝石箱。
もう首飾りより小さい…。
「いや。あのバカ女も理解するだろう。潮時を。」
そもそも、弱小国との共存共栄など、自国で利益を独占し、他国を牽制するための、あの女の偽善に過ぎない。
強い者が弱い者から搾取をする。
それが、この世の理り。
「ザネーサーは、我々につくでしょうか。」
いかに、弱者が立派であろうと、人格者であろうと、関係はない。
弱さは罪だ。
「奴は偽善のヒステリーではない。損得が分かる。」
裁かれねばならない。
「ジェニファーを倒したとしても、奴が孤立することは無いと思います。中央と手を組むのではないかと…」
世の掟に逆らうことの愚かさ。
「焦る必要はない。次の計画が終わってからで良いのだ。バスクトールもいる今、いささか分が悪い。」
あの年寄りは悟らねばならない。
「マバナカタール海底のアルマダイ鉱山がザネーサーの手に落ちるのも時間の問題です。バスクトールは4回目の侵攻を企てています。もう、北は保たないでしょう。そうなると東アトラの兵曹…」
「その時までには、第3次計画を成功させねばならない。それだけのことだ。何が不安だ?」
「いえ…汗。ジェニファーも、ゾーグ方面に調査船を派遣しています。ダルバザです。北は新たにエネリウムを取り込む技術を開発しようとしています。」
「?なぜそんなことを知っている?どこの情報だ?」
?
なぜこいつがそれを知っている?。
シュミッツ。
まさか…。
「いえ、た…確かな情報ではないのですが…汗」
ふん。笑
だろうな。
おまえが知っているはずはない。笑
情報とはパワーだ。
しかし…バカ女め。
悪あがきをしおって。
無駄だ…。
貴様にそんなことが出来るワケがない。
….ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
風が倉庫街に当たっている。
飛行車が、倉庫街に入った。
綺麗に並べられた箱。
区画D。
街がそのまま入るような倉庫が立ち並ぶ。
殆どが使われていない。
タンカーが数十隻すれ違える幅の道。
飛行車は、ゆっくりと旋回する。
「着陸します。ルタール様。」
「うむ。」
ギガンテス※の倉庫へ。
[※ギガンテス : 神話の巨人。全長50kmを超える。]
….ンンンンーーーーーーーーーーーー…
…カチャンッ…
ベルトが締まる。
吸い込まれて行く。
針の穴ほどの小さな闇に。
巨大化して行く四角い暗黒。
近づくに従って。
ゲートRT134。
大きな文字。
錆びついた味気ない文字。
ライトに照らし出されている。
この車が濁点にもならない。
我々は、網戸から侵入する小虫。
ゲートを通過する。
…ピピピ…
….カチッ….
認証。
ベントーレは、飛行する。
暗闇を高速で
アルマダイレーダーを頼りに。
コウモリのように。
無の世界。
…ドンドーーーン…
あるのは、風圧とエンジンの音だけ。
…ドーーーーーーーーーン…
…ドン…ドーーーーーーーーーン…
心もちエンジン音が大きくなった。
反響している。
紛れもなくここは倉庫の中。
微かな光が暗闇を照らしだす。
「パネルを消せ。」
鬼は鼻が効く。
恐ろしいほどに。
綱渡りを50年続けた。
毎日が奇跡の連続。
1日もしくじる事なく。
「鬼の部下がどこから見ているか分からない。」
…
..
….ブゥワァァァァーーーーーーーーーー…
ベントーレは加速する。
….
..
湿ったコンクリートの香り。
もう20分は飛んでいる。
この暗闇を。
あの忌々しい金鬼の鼻先で。
敵を欺くときは大胆に、だ。
我々はベイエリアが廃墟となったその日から始めた。
このプロジェクトを。
ヒューリックの綿密な計画の元に。
アダム0が破壊の限りを尽くし、イザナミ[※]の触手が途切れたその日から。
[イザナミ : アマルのアメン、ハイドラのペルセアと同じく、アトラの国家を統制する人工知能。]
僅かな綻びで、我々は一網打尽にされる。
だが、ウイルスより小さい危機も見逃さなかった。
演算能力で上回るヒューリックは、イザナミを完全に欺いて来た。
我が一族の巨万の富と人脈を護り、また、それによりヒューリックは更に強大化していく。
治安警察、北軍、諜報機関、政府…。
組織の中枢に、必ず我が一族の者がいる。
我々は元老、つまり神の計画を実行している。
楯突くバカ女は正に鬼。
鬼は退治されるものだ。
せいぜい、今のうちに粋がるが良い。
ハフスブルグ家、そして、神の本当に怒りを買う前に。
…ググググ..ググ…ググググ…
ベントーレが減速し始めた。
急激にGがかかる。
大分速度が出ていたのだろう。
「間も無くです。ルタール様。」
ベントーレが降下している。
ハッチは1箇所のみ。
数時間ごとに場所が変わる。
巨大なモグラ叩きだ。
….ンンンンンンンン…
風が止んだ。
….ガツゥン…
車体が揺れる。
牽引ビームに接続した。
微かにベントーレの下弦灯が点滅する。
ハッチが開いていく。
光学迷彩で、偽装した地面。
暗闇でぼんやりとしか見えない。
しかし、巨大な穴。
直径は数100m。
分割し、3方向に開いて行く。
…ガタン…
飛行車は沈んで行く。
漆黒の闇に。
堕ちていく。
静かな奈落に。
ワイヤーの切れたエレベーターのように。
….ンンンン…
…ンン…ンンン…
強いGが脚にかかる。
落下速度が緩まっている。
..
重みで身体が前屈みになる。
…くっ..
….
重圧が消えた…。
…ドーーーン…
…ドン…ドーーーーン..
音が反響し、アドバタイズ(反重力風)が噴き上がって来る。
もう路面の上にいるようだ。
….ゴーーーーーーン…
…うっ…
接地した。
….ゴ..ゴ….
この移動システムは、本来なら同時に2,000,000台の、飛行車を捌くことができる。
….ピー…ピー…ピー…
牽引ビームが、外れる。
…ン…ンン…ン….ンンンン…ンーーーーーー…
…シューーーー..シュ….シュ….シュゥゥーーーーーーーーー…
ハッチがしまっている。
数100メートル上だ。
この方法で来るのは、最初で最後。
ベントーレが揺れる。
床ごと移動を始めたらしい。
かなりの速度だ。
蛇行をしている。
高速の円盤上を、飛行車ごと乗り換えている。
彼方に赤い点滅。
離れて、遠回りをしながら近づいて行く。
地面の動きが緩やかになる。
相変わらず蛇行を繰り返してはいるが。
ベントーレは赤い点滅の前で止まった。
「ルタール様。参りましょう。」
…ガタッ…
ロックが空き、ベントーレのガルウィングが開く。
シュミッツが赤い点滅に目を合わせる。
「あ…」
….ピピピ…
…カチッ…
イグニッションが自動で回転する。
ベントーレのパネルが点灯した。
…ブゥゥウオオウゥゥン…
再起動した…。
ベントーレがゆっくりと浮き上がる。
「大丈夫です。勝手に駐車スペースに移動しますから。」
シュミッツが笑う。
知っておるわ。
そんなことは。
….ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…
眩しい…。
分厚い扉がスライドして行く。
「どうぞ。」
目が眩む。
…カン…カン..カンカン..
…ドタ…ド…ドタ…
足音が響く。
…
…ピーーーーーー…
…ガッチャン…
全身をスキャンして、人物とその状態を把握してしている。
2枚目の扉が開く。
分厚く青い2枚のシカム鉱石を含む強化ガラス。
金色のジニリュウムで縁取られ、かすがいもジニリュウムで補強されいる。
このドアは壊れても自力で修復する。
…ンンンンーーーーーーーーーーーーンン…
自動通路が動き始める。
無駄に広い。
片側20ラインはある。
ドックの南東端のエレベーターシャトルに向かう。
ダクトやゴツい鉄骨が剥き出しになっている。
最低限の内装。
ここは、我ら財閥の所有物ではない。
機材は全て、我々のER16 区画から地下1000mにトンネルを掘り運び込んだ。
最新掘削機スピルナーでさえ2年もかかった。
たかだか3.5kmの距離を掘るのに。
エレベーターシャトルが待ち構えている。
扉を開いて。
カプセル型をしている。
黄色い金属のカプセル。
様々な地層があるため、最小限の大きさだ。
「参りましょう。」
《…-12m…》
アルマダイの浮力、そして、粒子スラスターで動く。
時速は400km。
気圧が変わる。
私は耳抜きが苦手だ。
《…-88m…》
我々財閥は、このプロジェクトに7,960兆ルピアの資金を投じている。
これは北アトラの国家予算に匹敵する。
莫大な資金。
《…-488m…》
それほど重要な計画なのだ。
また、耳がおかしくなる。
《…-692m…》
全容を知らずに終える訳にはいかな…。
耳鳴りがする。
どうも苦手だ。
…ドーーーーーーーーーーーーーーン…
!?汗
「な..何だ?」
な…汗。
シャトルが急制動をかける。
膝が砕けそうだ。
「おぉ…」
…
…ッッ…
…
…ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン…
「うをぉぉ!…」
何だ!?
《…-702m…》
止まった!。
《…-702m…》
「ライトが消えたぞ!」
赤色灯に変わる。
…カチャカチャ…カチャ…
シュミッツがアルマダイ通信機を押している。
シャトル備え付けの。
「管制!何があった?!。おい!管制!シャトルが止まったぞ!」
『…今..確…認..中…です…何か..大き..なもの..が…』
「何!?」
何だ?汗
…ンン.ンンーーーーーーーーーー…
動きだした…
《…-730m…》
通常の照明に戻った。
『…よ..良..かっ…た….』
「何だったんだ?今のは」
《…-866m…》
『…HU113 …地下..700m…付..近…ですが…何..の…痕..跡…も….』
「まさか…金鬼では..」
《…-914m…》
「有り得ない。地下だぞ?ここは。」
「た、確かに…」
シャトルが減速し始める。
《…-967m…》
….
…ググググ…
また、強いGが膝にかかる。
床に膝を着いてしまいそうだ。
《…-998m…》
….ドン…
止まった。
《…-1,000m…》
間をおかず、シャトルのドアが開く。
音もなく。
厚みは30cmはあるだろうか。
【…シャ..フ..ト..ナン..バー…4..閉…鎖…しま…す…シャ..フ..ト..ナン..バー…4..閉…鎖…しま…す…】
断面には卵型の空洞が幾重にも並んでいる。
….ガン…ガン…ガン…ガン…
….ウィーーーーーーーーーーーー…ウィィィィィーーーーーーーーン…
カーブした楕円形のドア。
『…お..い….これ….吊り上げ…てくれ..』
視界が急に開ける。
【….ド…ック1…排..水..終了…ド…ック…1…排…水….】
….ウィン….ゥィン…ウィィン…ウィン…
ドック内は特に眩い。
【…第..8ク…レー…ン..回..転…し..ます…注意してくだ…さい….第8…ク..レー..ン…回転..しま..す…注意し….て…く…ださ…い…】
青みがかった強い白の光。
何階層にも渡る黄緑の通路。
最下層は200m下。
吹き抜けになっている。
階下では、タブレットを持った作業員が、未だに、データを取っている。
「状況監視でしょう。とうにデータは取り終わっています。」
あぁ。
事故を未然に防ぐためにな。
予防は大切だ。
反対側まで続いている黄色い手すり。
露出したいくつものアルマダイケーブル。
赤、青、黄色、白、黒…。
2つのドーム。
【…作…業….車…バック…しま….す…注意…して…くだ..さ…い…作…業….車…バック…しま….す…注意…して…くだ..さ…い…】
距離は30m離れている。
お互いのアルマダイが干渉し過ぎないように。
『…お…い….こい…つ..も…頼..む….』
頭部を開いた巨大な2体の巨兵。
体長はどちらも100mを越えている。
…ドンドンドンドン…ガンガン…
鈍く黒い光を放つ装甲。
いや、甲殻と言うべきか。
複雑な模様が刻まれている。
頭部だけで、ホテルの部屋4室分はあるだろう。
車のヘッドライトのような複数の目。
極限まで隆起した鋼鉄の筋肉。
ビルやタンカーを片手で掴み上げるのも不思議では無い。
118m。
鬼に迫る大きさだ。
それぞれの肩に設置された足場に乗った量子コンピューター、そして、幾多の機器と無数の線で繋がれている。
せせこましく走り回る大勢の人間。
キューブ型の制御室。
黄緑と黄色の制服を着た者達が、あくせくと制御室の中を動く。
いずれも、研究者か、エンジニア。
アトラで名の知られた学者もいる。
禿げた眼鏡の男が歩いて来る。
白衣を着ている。
短髪のヒゲダルマ。
「これはルタール卿。除幕式で宜しかったのです。わざわざ…」
何を言ってるんだ。
「ハチワリ。慎め。このプロジェクトはルタール様のプロジェクトだ。」
無能な学者だ。
一体私が、いくらこのプロジェクトに注ぎ込んでいると思っているのだ。
こいつの論文には何の発見も真実もない。
他の論文を引用して、自分に都合良くまとめただけだ。
たまたまこいつの治療を受けた父上が、こいつを気に入っておられるので、ここのトップに居座っている。
こいつの側近もだ。
研究欲も、探究心も無い。
あるのは、野心だけだ。




