境界の国7
地平線に整列したアマル帝国軍は、ハイドラとの境界 ザザルスにある防護壁に移動を開始する。
地平の彼方まで連なる無数の鉄塔を引きずりながら。
鉄塔の数はとにかく凄まじい数だ。
アマルの最南端の土地、サラディナの大地は全面上空まで砂埃を巻き上げ、激しく振動している。
それは、想像を絶する恐ろしい風景だ。
サラディナを移動する無数の鉄塔。
移動形通信塔。
僅か半日で、全ての通信塔をザザルス側の防護壁に張り付けた。
通信塔は、防護壁の倍。200mだ。
通信等は普通は小国に1つしかない。
それも固定式のもの。
アマルは数百万にも及ぶ数の塔を、数百km移動させている。
アマルの国力は異常だ。
防護壁に張り付ける通信塔は、通常、敵のシナプスフレームの妨害を排除し、ミサイルを誘導するためだけのもの。
防護壁に使われているジニリウム鋼は、耐熱性、硬度、粘度ともに世界最強の金属。更に、自己修復能力がある。通常の物理的衝撃では傷つけることすらできない。
吸い込まれそうなほど高く青い空を、無数の半透明球体が、向かっていく。
横一列に並び。
ザザルス平原から防護壁の方角へ向かっている。
ハイドラの攻撃衛星オグワンだ。
ハイドラのスーパーシナプスフレーム ペルセアの手足であるオグワン。
察知したペルセアは通信塔の破壊を試みる。
ザザルスの空は繰り返し眩く光る。
海側の通信塔が大爆発を起こした。
直後に、地響きが響き、ジニリウムの防護壁が数百メートルに渡り連鎖して砕け散る。
厚さ数50mのジニリウムの壁が...。
この移動式通信塔自体が、規模の大きな対ジニリウム徹甲弾を搭載している。
オグワンの攻撃は帝国の思うつぼだ。
オグワンが突然、上空で迷走し始める。
防護壁の先は、帝国アマルの領土。
帝国のスーパーシナプスフレーム アメンが勢力を盛り返し始めた。
上空の白い球体、オグワンは、ザザルス側に一旦撤退する。
後方の本隊と合流したオグワンは、隊列を変え、更に高度を上げる。
透き通る秋の空の遥か上空に、無数の昼間の月が見える。
オグワンは、そのまま静止し、こう着状態が続く。
...ゥゥゥゥゥゥゥゥウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
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正午になった。
鳴りを潜めていた通信塔は、一斉に唸りを上げる。
ザザルス平原を越え、ハイドラに響くほどの爆音が轟く。
いくつもの通信塔が自爆する。
それを合図に、次々と巨大な物体が上空に打ち上がって行く。
サラディンに最も近いアマルの基地ナフサの方角に。
巨大な物体の飛来と共に、ザザルスの空から光の槍が五万と降り注ぐ。
沈黙していたオグワンは、衛星粒子砲を滝の様に撃ち落としている。
ナフサからの数万のミサイルは次々と上空で爆発する。
オグワンは、アメンの制御を交わし、サラディナ上空まで移動していた。
アマルは、南アマルのアルバーン進行に際して、アトラのシナプスフレーム スサノオの攻勢を受けた。
アメンはその攻防のため、自軍の攻撃衛星ソランをアトラ方面に集中させている。
アメンは、一時的にサラディナとザザルス領空への影響力を弱めている。
オグワンは、無限に衛星粒子砲を叩き落とす。
軍事衛星の正確無比な、粒子砲撃は、無数のミサイルをまるで花瓶を割る様に次々と破壊して行く。
アマルのミサイルは、次々と空中で炸裂する。
大きなキノコ雲を空中に残し。
無数のそのミサイルは、サラディーンの大地を沸騰させ、大気を黒煙に変えた。
オグワンは、ナフサのみならず、リアム基地、ポリゴン基地からのミサイル、実に2万発を全てを撃ち落とした。
上空での無限の爆発の連鎖は、サラディナからアマル本国に向かい火炎放射のような激しい烈風を噴き降ろす。
アマル軍は、深い爆煙と熱風に飲まれて行く。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ゴワーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ズズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ドゴーーーーーーーーーーーーーーーン...
ミサイル攻撃が終わりその直後。
ザザルスの中央で、塔が次々と炸裂して行く。
通信塔が自爆し始めた。
アマル軍は対ジニリウム徹甲弾単独での防護壁の破壊を試みている。
しかし、それは僅か10分もしない内に終わった。
通信塔の火力だけでは、やはり防護壁を破壊し得ない。
アマル帝国軍の、一回目の防護壁攻略は失敗に終わった。
アマル軍は、防護壁から約100キロ。
大きな後退を始めた。
ハイドラの最後の砦の1つ、ハイドラの防護壁は、強固だ。
しかし、大帝国アマルは、この数百、いや、数千倍の軍事力を持っている。
どうしても、直接陸を制圧するつもりだ。
アマルには、デューンのバルデスに匹敵する大艦隊がある。
そして、その中には、世界最強の艦隊、赤碧の艦隊がある。
全長50kmにも及ぶ世界最大の浮遊邀撃基地リバベリア、そして、世界最強と言われる航空戦闘空母ヒステリアを擁する大艦隊だ。
デューンのバルデス前衛艦隊を相手に、アルバーンで第七艦隊を含む、主力艦隊の殆どを無くしたハイドラ軍には、もはや残り数十機の攻撃衛星オグワンで、それに立ち向かわねばならない。
そして、アマルは、デューンやアトラとの均衡を取り戻せば、間をおかず、攻撃衛星数1000機をいとも容易く集結させるだろう。
世界で最も大きく、強力な攻撃衛星 ソランを。
後退した後、倍以上の数に膨れ上がったアマル軍は、特殊な形をした兵曹を全面に押し出し始めた。
それぞれが、灯台のような巨大な塔を持っている。
兵曹は、ザザルスの地平線の端から端まで並んでいる。
その数は、数10万。
無数の灰色の灯台が地平線の彼方まで並ぶ景色は、異常だ。
兵曹達は、一斉にその巨大な砲塔を担ぎ上げる。
....ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...
地鳴りが鳴り止まない。
大地が延々と揺れ続ける。
呼吸を難しくさせるほどの振動。
気が狂いそうだ。
この巨兵達はこの巨大な砲塔を担ぐためだけに生まれて来た。
巨大砲塔達は、一斉にハイドラの砦に向け迫撃放射を開始する。
サラディナの気温は一気に250度を超えた。
アマル軍の軍事力は無限だ。
通信塔が次々と炸裂し、巨大砲撃兵曹の粒子砲撃は、防護壁を溶かし始めた。
ハノイ、バハヌノア、ザザルス、シアバール...ハイドラの全土の軍事基地から、アマル軍に対して長距離弾道ミサイルが発射される。
サラディナの上空には、早くも1000の軍事衛星ソランが集結している。
アマルの軍事衛星ソランはオグワンと同じく衛星砲を炸裂させる。
精度は高くない。
しかし、数が圧倒的だ。
ハイドラの弾道ミサイルを空中で全て消滅をした。
ハイドラの長距離弾道ミサイルの破片や爆風は、更にハイドラの防護壁に甚大なダメージを与える。
砲撃兵曹は、80時間を過ぎた辺りで溶け始めた。
100時間を越え半数の砲撃兵曹は、激しい熱に晒され爆発し、息絶えた。
残りの砲撃兵曹も全身がドロドロに溶けている。
砲撃兵曹にとって、それが殺戮の序章であっても、彼らにとってはそれが命の全て、人生の全てだ。
決して、神に祝福されない、邪悪な下げずむべき行為であっても、彼らにはそれしか無い。
一生に一度だけ存在する意味が示される瞬間。
それがあるだけ彼等は幸せだ。
巨大兵曹達は、歯をくいしばり、地獄の使いとなった。
迫撃放射は、それから更に、200時間連続で行われ、全ての砲撃巨大兵曹は焦げたコールタールになり息絶えた。
何の祝福も労いも、価値も、感謝も無く、誰にも知られず、誰にも褒められず、存在も知られることも無くこの世から消えた。
防護壁辺りの大気の温度は500度越え、熱風が吹き荒れる。
その圧倒的な物量作戦の前に、ハイドラの三大守護の1つ、ザザルス防護壁は、ついに南北1275kmにわたり完全に倒壊した。
アマルのミサイル破壊でエネルギーを使い果たしたオグワンは、ペルセアは、アマル軍の侵略行為を、モニタからただ見ているしかない。
防護壁が倒壊したあと、再び地響きが大地を揺らした。
アマル軍全軍が雄叫びを上げ進軍を開始した。
アマル軍の進軍行進曲が鳴り響く。
古の帝ラーの生誕地カルダニアの太鼓や、ホーンの音に合わせて、軍は足を踏み鳴らしながら進んだ。
壮絶な数。
アマル軍2138万は防護壁の残骸を踏みしめ、ハイドラの境界線を越えた。
アマル軍のその桁外れな数と物量は、ハイドラ軍に絶望と恐怖を与えるのに充分だった。
しかし、アマルの大軍隊はそれ以上は進むことができなかった。
ハイドラ領内には、黄金の巨大兵曹が立ちはだかっていたからだ。




