ダヌアの空に69
(※この小説はフィクションです。)
...ベ...ル..フ...ァーーーーベ...ーー...ハ...ァ...タ...イ...ク...ーーーーーーー...
運んで来る。
微かな歌声。
押し寄せ来るゾーグの乾いた風が。
同じ方向に吹き続ける。
穏やかで広大、そして止まない風。
特徴的な風。
ゾーグの風。
...オ...ーー...クーーーーー....オ...ーーク...ドゥ...タ...イ...ク...ーーーー...
悲しげな女の。
微かな...しかし強い歌声。
宇宙まで貫き通すような。
....。
..。
私の名はイモーラン。
地の、冥界の神。
I here , I there.
私はITそしてIHな存在。
エレクトロン(電子)やフォトン(光子)と同じだ。
ここにもいるし、あそこにもいる。
いつでもどこにでも存在する。
しかしある時にはここにしかいない。
別に謎かけじゃない。
分からないなら、あなたは忘れているだけ。
人は皆、元来私と同じ存在。
ITそしてIHな存在...。
...。
この大地は乾いている。
粒がはっきりと見える。
黒に近い茶色い土。
目の荒い土。
白、黒、肌色、金色...。
様々な小石...。
照りつける2つの日差し。
金色の小石があちらこちらで反射する。
そして稀に目の奥を貫く。
...ゾ...ーー...ハーーーー...ゾ...ーー...ハ...ー...タ...イ...ク...ーーーーーーーーーーーーー.....
これは古の旋律。
平原の彼方まで到達する。
ゾーグの果てまで。
小さな惑星を飲み込むほどの大平原。
この世の果て、そして宇宙まで続く。
宇宙が始まって以来、いやその前から。
全ては愛で。
つまり、進化の法則と、つまり結合の決まりごと。
そしてそれを実行する指向性のある最も強い力で満たされている。
同じ方向だが決して一方向では無く拡散して行く。
...。
.....。
雨季から乾季に変わるこの僅かな期間 トラバウンズ。
大気は澄み、クヌンの微かな香りを運んで来る。
臭くも芳しくもない。
だが、地上の暖かさ、そして生きるという現実を突きつける。
思い知らせる。
活動、行動、生命、そして進化は始まる。
爆進し始める。
途方も無く大きな、そして強いエネルギーが小さな小さな器に注がれることによって。
...オ...マ...ハ...ーーーーーーー...ド...ナ...カ...ーーーー...タイ...ク...ーーーーーーー...
休まず風は運ぶ。
悲しいメリスマの旋律を。
儚く。
しかし強く。
そして、私は小さく収束する。
素粒子がそうであるように。
光の波長がそうであるように。
誰かが意識を向けることにより。
神を受け入れた器が観測点となることで。
私には質量、距離、時間がのしかかる。
途端に窮屈なビンか箱に閉じ込められる。
物質化という小さく透明な入れ物に。
あそこというこの場所に。
...ベ...ル..フ...ァーーーーベ...ーー...ハ...ァ...タ...イ...ク...ーーーーーーー...
この声。
あの大神官のもの。
ハイドラ1、いやトリスタン1の霊能者。
アモイの聖獣タイクーダイに祈る歌。
神々の中にあっても、伝説である聖獣。
現存する4体の聖獣。
タイクーダイ。
この星の悪神アジャイロを数度に渡り退けた。
トヨコは全てをここで捨てる決心をした。
来るべき決戦を諦めて。
ザザルスでの最期の闘い。
そして2度目の誕生日を迎える孫との再会も...。
奇跡的に並び立つ2人の盟友に全てを託し。
愛と命の絆と襷を。
でなければ存在を隠すだろう?。
この霊力は、振動は、確実に恐怖の大王に到達する。
ここから120万キロ離れた侵略国家の現人神に。
本当のことを話そう。
いまこそ。
あれは人間ではない。
あれこそ怪物。
化け物。
悪神アジャイルに引けを取らない。
本体の後ろに見える黒い大きな人型の影。
頭部と手のひらだけ繋がっている。
あの黒い影こそ神帝カーの本体。
そして、彼等はギアナを越えた世界に。
ギアナ大渓谷を越えた先にこそ、無数に存在する。
恐ろしい...。
とても。
『...ハスカップが!。ハスカップがぁ!。...』
あの戦車から...。
ハスカップ?。
確か...。
ハイドラの高原タンポポの名...。
男の声だ。
タンポポがどうした?。笑。
パスタップ(変化暗号通信)だろうが、ハスカップだろうが私には関係ないが...。
...ド...ン...ド....ン...ドド...ド...ドン..ドド...ド...
大地が揺れる。
迫って来る。
土砂をそらまで噴き上げながら。
厳つい鋼鉄のクワガタ。
大きな6本の大きな脚。
踏みしめる一歩が大地を叩きのめす。
ビルをも破壊する威力。
怪物との比較で小さなあの戦車。
近くで見るとかなりデカい。
...ド..ド.ド...ド..ド...ド.ド..ドド..ド.ド...ド..ド...ド.ド..ドド..ド.ド...ド..ド...ド.ド..ドド..ド.ド...ド..ド...ド.ド..ドド..ド.ド...ド..ド...ド.ド..ドド..ド.ド...ド..ド...ド.ド..ド...
頭上を見上げる大きさ。
30メートル近い。
その巨体が詰まったこの隊列を爆走している。
迫って来る。
鋼鉄のイエグモを大勢従えて。
あのイエグモ達は、クワガタより更にふた回り大きい。
象の群れの疾走などミニチュアだ。
【...。L4!。レオパード4!。落ち着け!。リプケン!。...】
指令が飛ぶ。
地上を浮く白い装甲車から。
平たく多角形の機体からは無数のアンテナが出ている。
まるで数十メートル級のカメムシ。
『...は、は、ハスカップが!。ハスカップがぁ...!。...』
戦車のパイロットが取り乱している。
『...しっかりしろ。マザーはおまえなんだ。母親のおまえがしっかりしなくてどうする!。4(フォー)はまだ生きている。...』
おや...。
野太い声の母さんだこと。
男の母さんかい?。笑。
ジャミナキラは干上がっている。
新たに生まれたキリークに唯一対抗できるはずの。
あの亜空間を使う怪物に。
第1形態から生まれた、漆黒と純白の一対のキリーク。
やや小型になった。
しかし、人間の人工知能の見立てが如何にデタラメか...。笑。
また、奴らは泡を食う。
生まれ変わったキリークの破格の攻撃力に。
キリークの戦闘力は爆発前の数百倍を超えている。
あの白いカメムシは一瞬で破壊されるだろう。
ジャミナキラ無しでは。
そのジャミナキラが転がっている。
4匹とも。
まるで塩をかけたナメクジ。
鮮やかだった緑の身体は茶色く萎び。
あの巨大な身体は子鯨ほどの大きさに収縮してしまった。
植物や蟷螂に似たその巨体が。
芋虫と言っても良い。
棘のある茶色い。
湯気の立つ焼き芋虫。
こんがりと焼けてしまった。笑。
当たり前のことだ。
自軍の生体爆弾の666発の連鎖爆発。
人間はおめでたい。
アルマダイの分裂はITなのかIHなのかでエネルギーの規模が全く違う。
肝心なことを知らない。
潔さは認める...。
しかしこれでは。
こ、これ...。笑。
クックック....。
クックックックックック。
ははは。
はっはっはっは。
あっはっはっはっはっはっ。
ああっはっはっはっはっはっはっはっはっ。
こ、こ、こ滑稽だ...。
ひぃぃ。笑。
生き残っているのは私のおかげ。
助けてやったんだ。
多少は笑ってやっても良いだろう?。
あっはっはっはっはっはっはっ。
...。
......。
ん?。
おや?。
おやおや生きている。
この植物巨人...。
ほーぅ?。
随分と頑張るものだ。
一体何のために?。
おやまぁ。
息もしている。
全身で。
その度に全身の皮膚から湯気が吹き出す。
この生き物は皮膚呼吸だ。
大きな赤い目玉は焼けて、まるで炒めたプチトマト。
苦しそう。
とんだ母親。
とんだ母さんだよ。
子供を蒸し焼きにするなんて。
不幸なものだ。
哀れ。
ほっほっほっほ...。
必死だ。
もがいている。
立ち上がろうと。
生きようと。
さっさと諦めて死んじまえば良いのに...笑。
そうすりゃ楽なのに。
何で頑張る?。
生まれ変わってやり直しな。
ほっほっほっほっ。
ほっほっ...。
滑稽。
ほっ...。
ほほ....。
?。
.......。
?。
...。
何で?。
何なの....?。
可笑しくない...。
肉体に宿ってから。
あれは神帝から逃れるための下らない隠れ蓑に...。
この世界閉じられたささやかな世界の。
全てを知るまでの乗り物。
ほんのひと時の。
制限された堅苦しい入れ物。
不自由で邪魔な殻。
そこで得た下らない約束事...。
人間や獣の決まりごと。
下らない。
肉体を離れた今。
私には関係ない。
なのに。
なのに苦しい...。
悲しい...。
なぜ...。
あの獣も今立ち上がろうとしている。
...バギィ...ボキ...バリバリ...バギィッ...
自重で折れる。
崩れる。
茶色い破片が飛び散る。
身体が煙となり飛び散る。
古い家屋を解体するように。
死んだ大木が嵐でなぎ倒されるように。
だが必死だ。
硬化している。
頭も身体も何もかも。
乾燥した植物は...。
...ギュギュウゥゥゥゥ....バギィバギバギバギバギ...
収縮して5分の1も無い。
元の大きさから。
だが重い。
捻れて融着してままならない。
身体の向きを変えることさえ。
だがこの生き物は必死。
震えている。
ブルブルと。
....バギ...バギ...バギバギ...
...バギバギバギバギッ...
容赦なく自然の脅威が襲いかかる。
質量が、自重が、物理の法則が。
気味の悪い下等生物。
まるで干上がったカッパ。
だがしかし、美しい...。
今この瞬間は。
...グウウエェェェェェェェェ...
吼える。
悲鳴のようだ。
....ググクゴゴゥゥゥゥ...
あの凶暴な地下帝国アモイの怪物が...。
必死だ。
死にかけた身体で。
なぜ?。
この獣を突き動かしているものは何?。
何のため?。
!
....バリバリバギバギバギバギ...
...バラ...パラパラパラパラ...
あの無骨な男のため!?。
あの可笑しな母さんのため?。
まさか...。
しかしあんなに必死に。
ドロドロに溶けてしまった顔。
折れた牙が露出する。
真っ白く伸びて尖った牙は、まるで茶色い枯れ草。
!?。
笑おうとしている?。
なぜ?。
干からび藁のように弱った脚。
立とうとすればそれだけ折れて砕ける。
へし折れ、折れ曲がり。
痛覚はこの獣にもある。
いや、人間以上に。
それでも立ち上がろうとする。
...グゴ...ググッ..ゴゴ...グゴゴゴゴ...
牙が鳴る。
全身が痙攣している。
諦めない。
...グゥヲヲウオォォォーーー...
...ググググギュウゥゥゥゥーーーーーー...
他の全てのジャミナキラが...。
震えている。
焼けた身体はまるで宇宙人のミイラ。
本来なら死んでいるはず。
12兆ハドロンの直撃を受け生きていられる植物などない。
彼等の意識はただの赤ん坊。
純粋な母への愛。
ただ母を喜ばせようと。
ただ立ち上がり安心させようと。
ただ母の笑顔が見たいと。
それだけの理由で。
あんなに必死に...。
...ド..ン...ド...ドド...
地響きが轟く。
...ズッバアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーー...
砂嵐が捲き上る。
...ズドドーーーーーーーーーーーーーーーン...スダドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
ついに来た。
可笑しな母親が。
男の母親が。
突進して来た。
...ブアァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ...
土煙りが迫り来る。
凄まじい風圧。
岩が転がる。
鋼鉄の箱が急停止する。
フォーと言われるジャミナキラの側に。
はるか頭上に見えるのは、機動歩行機ボハヘッドの底面。
レオパードと合体している。
土や雨風で輝きを失った鈍い光沢パーツ。
どれもとても大きい。
...ドン...
接合部が外れて行く。
...ドン...ドンッ.....ドン....ズズーーーーーーーーーーーーン...
....ッパラパラパラパラッ...
...ドンッ...
...ザァァァァァァァァーーーーーーーーーー...
砂や土が降って来る。
鋼鉄の塊が激突する鈍い音。
閂が外れるような音。
...ドーーーーーーーーン...
...ギュルギュルギュル...
...ウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
!
巨大な鋼鉄の本体が降ろされて来る。
キャタピラとガッチリと噛み合ったベルトに運ばれて。
塔のような6本の脚は、まるで水を飲むキリンか、アメンボウ。
【...リプケン!。降りるな。指示してない!。...】
『...ハスカップが!。ハスカップが!。...』
ほぅ...?。
【...フォーは大丈夫だ!。策はある。降りずに待て!。...】
...いや。
それは違う。
『...ダメだ。ハスカップは弱ってる。このままでは...。こ、このままじゃ!。俺には分かる!。俺には!。俺には分かるんだ!。呼んでいる!。俺を!。俺を呼んでいる!。待ってろ!。ハスカップ!。母ちゃんはここだ!。ハスカップ!。今行く!。ハスカップ!。待ってろ!。ハスカップ!。ハスカップ!。...』
母ちゃん?。笑。
ふっほっほっほっほっほっほ...笑。
この男は我を忘れている。
銀色のコントロールパネル。
横に長い8角形のモニター。
白い縁。
青いインジケーター。
白い時間と機材を表す文字。
小窓くらいの大きさ。
このモニターは全て取り外すことが出来る。
タブレットのようだ。
ペネループの第3戦略担当のエンメルという男が、このモニターを通してレオパードの第4位操舵手リプケンと会話している。
頭部装甲から映し出されるリプケン。
ダンドア族の青年。
清潔に短く刈り上げ立たせた金色の髪。
青い瞳。
白い肌、白い歯。
まだ幼さすら残っている。
体格はゴツい。
しかし...。
さすがは母親。
このタンポポだけは絶命しかけている。
...ウィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...ゴト...ゴ...ゴン....
モーターの音。
...ウィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
30mの重戦車は更に降りて来る。
鋏に見えたのは上下2門の大砲。
どうやら男のマザーは初めてらしい。
この男にとっても、ハイドラにとっても、そしてジャミナキラの種にとっても。
戦車のパイロットには女が多い。
このためか...。
母性が無ければ怪物達はついてこない。
操れない...。
アモイ人は非道なことを考えた。
そして、ヒドゥイーン達は、それにならい鋼鉄のハエトリグモをも操っている。
食料、保護、温かさ、安心、安らぎ。
楽しさ、過酷さ、嬉しさ、悲しさ、優しさ、厳しさ...。
絶対的な承認、そして肯定。
そして賞賛。
愛される喜びを教えて利用する。
命をかけさせるのだ。
本当の母ならそんなことはしない。
悍ましい。
...ドーーーーーーーーーーーン...
!
レオパードの装甲が開く。
『...お!。おい!。リプ、リプケン!。何をやってる!。...』
...グゥワアァァァァーーーーーーーーーー...
ウィングだ。
巨大なガルウィング。
ゆっくりと開く。
重厚なはずの装甲が。
まるで浮き上がるように。
余計にクワガタに似ている。
【...止めろ!。命令だ!。敵が来る!。キリークが来る!。...】
...ドンドーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...グワァァァァァーーーーーーーーン...
装甲は何重にもなっている。
『...ば、バカ!。リプケン!。リプケン!。...』
レオパード隊の同胞。
男の声だ。
...ダンッ...
...スゥーーーーーーーーーーーーーーーッ...
リプケンは聞く耳を持たない。
ハッチが開く。
側面の。
丸く小さい。
そして頑丈な。
...ゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
自動でレバーが回転している。
十字の。
小さな生き物が降りてきた。
【...副長。L3をリモートモードに切り替えます!。...】
防護戦闘服を着た男。
クリーム色の特殊樹脂のツナギ。
オレンジと青の。
背中にワイナ語で書いてある。
ハイドラ陸軍と。
そしてロゴの横にはハノイ オオクワガタのイラスト。
これがこの重戦車 レオパード隊のアイコンなのだろう。
【...待て。ルイスの承認がいる。...】
『...ダメよピート!。リプケンに任せて。この件、私が責任を持ってる。...』
【...ピート!。レオパードのルイスが拒絶しています。...】
これはエンメルの声だ。
リプケンは筋肉質のかなりごつい身体をしている。
まだ若い。
そして...。
戦車と比べるとあまりに小さい。
...ザッ...
飛び降りた。
3メートルの高さから。
大地に。
あいつがリプケン。
何かを持って走って行く。
全力で。
『...ひっ...ハッ...ハッ...ま...ま、待ってろハスカップ!。ハッ...待ってろ!。...フッ...死なせやしない!。絶対に!。死ぬ時は一緒だ!。この母さんと。おい!。ハスカップ!。...』
この毒素の充満した大地を。
〈...くそ!。くそ!。待ってろ。可愛そうに。今行くから。今行くから。...〉
リプケンの思念が聴こえる。
私には。
この男の言葉に嘘も演技も無い。
何かを抱えている。
大きな筒を何本も...。
......。
水筒?。
【...副長!。モニターを!。リプケンが水を!。水のタンクを!。どうしますか!。副長!。...】
『...ピート!。キリークが来る!。ジャミナキラのことは私達に任せて!。...』
【...なぜお前たちは動かない?。...】
『...私のシカモアは大丈夫。あの子はこのままでも再生する。きっとルイスの子も、カルバオレオの子も大丈夫よ。...』
『...L3の言う通りだよ!。エミリアの!。あたし達には分かるんだ!。オオタカ。黙って見てな。今はこっちに集中しておくれよ!。ルイースっ!。お、お願い!。そっちへ行った!。あ、あたし達はこの子達と寝食を共にしてんだ!。何年も何年もね。...』
ジャミナキラが種から幼体に変わるまで、母親は一日中世話をする。
何回か寝ずに飼育しなくてはならない時がある。
『...リプケンは大抜擢なんかじゃないわ。ブリーダーでも無い。ハスカップのホントのお母さんよ!。...』
そして幼体になってから半年の間母親と過ごす。
動ける植物人間として。
オライドーンやクヌドーンのように。
この短い時期だけ母親と沢山遊ぶ。
戦闘植物ジャミナキラに取ってこの時期だけだ。
幸せなのは。
彼らに幸せという概念があるとすればだが。
そして、ジャミナキラは繭のような形態になり長い時間眠る。
長い長い間。
少なくともこの女は本当に愛してる。
イポメアと名付けたジャミナキラのことを。
過去にも母親をやったレオパードパイロットは何人もいる。
皆、ジャミナキラを追って死んでいる。
ハイドラ軍では家族に罰則を課したほどだ。
『...わっ、おっ、おい!。おい!。リプケン!。あ、こ、お、おまえ何をやってる!。...』
『...キャアァァーーーーー...』
!
男が頭部装甲を外してしまった...。
この猛毒の大気の中で。
何と無謀な。
若い男...。
26歳だ。
この男はこのジャミナキラのためにフィアンセと別れた。
心の傷...。
相手の女の方の傷だ。
...ガンッ...
頭部装甲を投げ捨ててしまった。
3本のボトルを抱えて走って行く。
ハスカップは目が見えない。
今。
自分を認識させるには装甲が邪魔なのだ。
もうハイドラ軍の誰の声も届かない。
母親に読んでもらった神話。
8歳の時にガルム大通りで見たジャミナキラ。
オリファントで搬送されるジャミナキラと会話をしたと...。
その時の愛らしい目。
寂しそうな目。
でも、食べられないマージの実を僕にくれた。笑。と。
リプケンはそう言っている。
幼い思い出。
かけがえの無い思い出。
リプケンがボトルを投げ落とした。
...ゴン...
...ドン..ドーーーン...
何と重いボトルを抱えていたことか。
この男は格闘系の球技で全国大会で優勝した。
キャプテンを務めていた。
ジャミナキラの母親になろうと幼い頃から決めていた。
それが良い方向に働いた。
リプケンがジャミナキラに触れる。
このジャミナキラはもう立ち上がろうとすることも出来ない。
リプケンが両腕を広げジャミナキラに
抱きつく。
まるで張り付いている小虫のようだが...。
....ググゴゴゴオオォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ジャミナキラが呼んでいる。
悲しそうに叫ぶ。
母親を呼んでいる。
気づかない。
損傷が酷すぎる。
リプケンがハスカップに水をかける。
ボトルヘッド毎外し。
水はここでも貴重。
大きなボトル1つが20リットルは入る。
また一本...。
そしてまた一本。
顔、そして見えなくなった目。
手の甲。
このパイロットに取って命の水。
にもかかわらず惜しげも無く、躊躇なく。
...。
....。
...グゥワアァァ....
ハスカップは気がづいた。
母親の存在に。
手を、鄙びた手をそっと伸ばす。
母親に触れる。
...ゴゴオオオォォォォ...
甘えている。
...ゴゴゴゴォォォォ...
...ググクゥゥゥ...
安心している。
母親の力は絶大。
見る間に回復して行く。
ジャミナキラの生命力が蘇る。
だが、ジャミナキラ達はもう自力では回復できない。
「来たぞ!。ハスカップ!。やっと!。もう少しだ!。頑張れ!。頑張れ!。いい子だ。おまえは本当にいい子だ。泣。頑張れ。偉いぞ。そうだ。」
リプケンが話しかけている。
必死だ。
ハスカップをさすってやっている。
...グゥワアァァ....
ハスカップも必死だ。
消えそうな魂の灯火。
必死に燃やしている。
!
ジンガーが近づいている。
...ベルファーーーーーーベーハァーーーーータイクーーーーーーーーーーー...
大巫女トヨコの山車ジンガーが。




