ダヌアの空に49
...ゴーー...ゴゴ...ゴーーーーーーーーゴゴーー...
ラムダ13(サーティーン)は攻撃翼を先導して進む。
地上1mを浮遊しながら。
時速は121km。
低速走行だ。
ペネループを小型化した、この多角形の船体は、まるでジニリウムのカメムシだ。
船外の何本ものアンテナやセンサーが風圧でしなっている。
透明な飛行艇に思えるが、これはモニターの映像。
外の景色を透明な窓のように映している。
同時に外観も景色と同化し、透明に見えているはずだ。
10名のクルー達は、私か、副長ジェンキスンスの指示で忙しなく動いている。
ジェンキンスはイリーナ族。
色黒の大男だ。
攻撃翼は、ダンヌやタント、そしてイリーナ。大型民族が多い。ラムダ13(サーティーン)のクルー達も例外ではない。
船内が狭く感じる。
「副長。間もなくです。」
第2操舵手のイーシャスだ。イーシャスはダンヌ族の女。
「分かった。艦長。モニター、切り替えます。」
私はゆっくりと頷いた。
間も無く、このモニター群は、危機と恐怖で埋め尽くされる。
クルー達にとって今、外の景色がささやかな気晴らしだ。
「111度線を通過。」
ロスター 戦略解析•作戦補佐。
ラムダ13は、攻撃翼から北東10km地点を浮遊走行している。
「良し。始めろ。」
「アルマダイ、アフロダイ、全レーダー、全解析装置作動します。」
機内コントロール エマだ。
この女は、艦内の装備について、私やジェンキンスに次ぐ権限を持っている。
...ゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウ...
...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ...
完全に敵に所在を知らしめることになる。
これだけ強力なソナーを、もはやステルスやシールドで隠すことが出来ない。
もっとも、敵のエネリウムレーダーには、既に捉えられているかもしれない。
「艦長!。副長!。東北東から北西までの広範囲にキリーク。こ..これは...。汗。数...247。数247です。距離89000。」
第2レーダー リタ。
予想を上回る早さ、数...。
決戦は迫っている。
「更に後方!。距離478000。デューン軍...。ふ、増えてる...。か、数、凄い数だ...。か、数、に、に、221万......。...。221万です。」
第1レーダー ナイゼル。
百戦錬磨の男の声が上ずっている。
相手はこちらの400倍以上....。
......。
いや、しかし、両ダルカンがゾアークを序盤で倒せば、十分に勝算がある。
ゾアークに、左右ダルカンをぶつける。
ゾアークさえいなければ、敵の生物兵器は、ただの虫や獣。
恐るに足りない。
ジーン、そしてササーンが頼りだ。
我等の明王達が、どこまでゾアークに対抗し得るのか...。
あの化け物に...。
かつて、デューンの悪神ゾアークは、南アマルの兵曹数百を僅か1日で殲滅した。
確かに南アマルには、本国のような強力な軍事兵曹はいない。
だとしても、想像を絶する戦闘力。
このゾーグ•ダヌア戦線を世界中が注目している。
誰もがハイドラに勝ち目はないと考えている。
私たち人間は、命に代えて、キリーク、シンニアジャ、敵兵221万を止めて見せる。
そして、ジャミー隊、タイクーダイ隊に、望みを繋げる。
?
ロスターの様子がおかしい。
戦略解析のロスターの様子が。
「どうした。ロスター。」
ジェンキンスが声をかける。
「こ...こ...これを見てください...。」
?
「第7モニターです。」
......。
な...。
.......。
何だ...この数は...。
..............。
「ば.....ば、バルバロイです...。」
ロスターだけではない。私も口の中がカラカラだ。
バルバロイ...。
ワイナ語で、残虐で非道な獣、下劣な生き物を指す言葉。
そもそもは、ケラム地帯の怪物を表す言葉。
溶けた溶岩のような皮膚。
ジニリウムの身体。
体長は30mを超える。
目はバルキと言われる様々な形の頭甲に隠れている。
1つ目のもの、8つ目のものも...。
ゴリラや直立した水牛にも見える。
下顎の鋭い2本の牙が頬の辺りまで迫り上がる。
知能は人間に近い。
しかし、敢えて言葉を持たず、殺戮、残虐、血、暴力を好む。
デューン 兵曹バルバロイ。
「か...か、数。68000。ろ、68257...。」
冷や汗が止まらない...。
視界が暗転する。
「か、艦長!ジャイロ艦長!。」
戦略補佐のシエルが支えてくれる。
「大丈夫だ。」
私としたことが...。
「北東からウィンテルン、西からゴーグ、シンニアジャ。群れが...。」
第2レーダー リタが叫ぶ。
凶報は絶え間なく、そして、容赦なく飛んで来る。
最悪のお膳立てが固まって行く。
だが...。
負けてたまるか。
諦めてたまるか。
息子や妻の命がかかっている。
日常がかかっている。
「ジェンキンス。ラムダ7(セブン)を通じて攻撃翼全軍に命令。全ての兵曹を第1級戦闘体勢。」
「ハッ!。」
ジェンキンスが、攻撃担当 ガレス、そして、通信•解析担当 ヘザーに指示をしている。
『...ラムダ13(サーティーン)より、ラムダ7(セブン)。これより戦闘を開始する。全ての兵曹の形態を最大まで引き上げる。敵軍はバルバロイ6万を含む大軍。数十分で交戦状態に突入する。ラムダ13より、ラムダ7(セブン)。これより戦闘を開始する。全ての兵曹の形態を最大まで引き上げる。敵軍はバルバロイ6万を含む大軍。あと、数十分で交戦状態に突入する。...』
【...ラムダ7より攻撃翼 全軍に告ぐ。制御を一時的に本艦にて行う。全軍耐衝撃、耐急制動防御。ラムダ7より攻撃翼 全軍に告ぐ。制御を一時的に本艦にて行う。全軍耐衝撃、耐急制動防御。...】
【...ラムダ13より、ダルカンを除く 攻撃翼 全ての兵曹へ命令。速やかに最終形態に移行せよ。これから30分以内に、我が隊はデューン軍本隊と激突する。諸君らのターゲットはバルバロイだ。繰り返す。ラムダ13より、ダルカンを除く 攻撃翼 全ての兵曹へ命令。速やかに最終形態に移行せよ。これから30分以内に、我が隊はデューン軍本隊と激突する。諸君らのターゲットはバルバロイだ。...】
...グググググ...
...グググ...
...ググ...グン!ググググググ...
...グググググググググググググググ...
激しくGがかかる。
一気に速度が落ちる。
底の無い穴に落ち行くように。
容赦なくGが加わって来る。
モニターの幾つかが、攻撃翼後方を映し出した。
《...やさしい..君は♪...》
少年達の乗ったホバー隊を。
彼らは戦闘服ではなく、ハイドラの民族衣装を着ている。
こんな幼い子達が、あのバルバロイと...。
何て残酷な...。
《...行け。みんなの..幸せ護る..ため。♪...》
あどけなさの残る顔立ち。
激しい風に晒されながら、何十時間も耐えて来た。
それだけで充分だ。
「何の音だ?これは何の...。」
「ヘザー。どこからだ?」
どこからか音が流れている。
微弱だが...。
《...何が僕の...幸せか♪..何が...僕の目的か♪...》
この子達は、家の下の坊主よりずっと幼い。
1人がよろめきながら、ホバー117の上に立ち上がった。
「こんな時に......。不謹慎だ。ヘザー!。早く調べろ!。」
《...でも.....希望を..,捨てないで♪...》
何か歌のようだが。
危ない!。
少年は、何とかバランスを取った。
《...恐れないで...みんなの...ために♪...》
ホバーから飛び降りる。
...バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
《...愛と勇気だけ...が君の味方さ。♪...》
破裂音を轟かせながら。
始まった。
...バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
《...進め。やさし...い君は♪...》
「副長。トルカカのパスタップからです。i127トルカカです。」
12機のホバーから、358人の少年達が飛び降りて行く。
「この歌、マーツマンマーチです。ハイドラの子供達が大好きなアニメのテーマソングです。」
...バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
次々と。
「何でそんなものが!パスタップにそんなものを」
ジェンキスンス。
そんなに怒るな...。
「いや、録音していたんでしょう。」
どの少年も決死の顔。
《...行け。みんな...の夢を護る...ため♪...》
「弛んでいる。厳重に...」
「だって中には小学生もいるんですよ!。この子達の中には!」
リタが声を荒げた。
「リタ。リタ。落ち着きなさい。」
【...こちらラムダ7。i127トルカカ。i127トルカカ。君のパスタップからマーツマンマーチが流れているぞ。直ぐに消しなさい。君たちがマーツマンより勇敢なことは分かってる。でも、作戦の邪魔になる。直ぐに消しなさい。...】
【...フーフーー。あれ、ここ押すんだっけか...ごめんなさい。フーー。フーー。直ぐに消しま...】
【...バッツッ...】
可哀想に...。
俺はお前たち全員を護って見せる。
この命に代えて。
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
少年達の体内から響く回転音は、一気に高まって行く。
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
エンジンのような音。
この子達は、イブラデ。
体内に炉を持っている。
シーアナンジンに選ばれた者たち。
いずれ明王になる者たち。
明王への道は何と過酷なことか。
着地した者は、よろめきながら疾走を始める。
隊全体の時速は未だ70キロを越えている。
...バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
次々と破裂音が轟く。
身体が金属化し、巨大化して行く。
体長10mを越える者もいる。
しかし、彼らは、まだ光を纏っていない。
鋼鉄の巨人に過ぎない。
光とは。
生命エネルギー アルマダイの性質を現す3つの波形。
ヒモン、シカム、メロウ。
そして、その全ての陰と陽、メイファンとカルティアン。
ヒモンは赤の光。虎神のエネルギー系と言われている。
青い波長シカムは、熊神系。
龍神系のメロウは、黄色の光を纏うとされる。
そして、黒の粒子振動メイファンは、戦闘神ナジマの悪の一面を、白の波形カルティアンは、鳳凰ナジマの正義の一面を現すとされる。
イブラデは成長するに連れ、自らの個性と同じ光を引き寄せる。
宇宙の悠久の時の中で唯一の組成の光を。
そして、光はイブラデを通して、自らの姿を具現化して行く。
物質化して行く。
明王として。
その光を極めた者のみが、五大明王を名乗ることとなる。
かつて戦士は、五大明王の1人として並び立つことは出来なかった。
今、ハイドラの守護神は最大の隆盛を迎えている。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ドンドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
重く大きな破裂音が轟く。
イブラデのそれとは比較にならない。
ラキティカ達が形態を変え始めた。




