表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
141/364

ハイドラの狂人53

第一太陽グラディアの柔らかな日差しがセクトルジーナンの樹海を照らしている。


樹海の樹々が紅葉し始めている。


間も無く一斉に燃えるような暖色に色を変える。


青い空は一層高く巻積雲が浮かんでいる。


少しだけ肌寒い風がキンモクセイの香りを運んで来る。


この季節がタンジアでは一番寒い。


空気はとても澄んでいる。


それでも上着を一枚羽織る程度。


タンジアの気候は年間を通して穏やかだ。


樹海の先にはロコウ最大のジーナン セメタム(23番目の)がある。


セメタムジーナンにある世界最大の山岳都市セメティームハイドラの美しい街並みが見える。


まるで絵葉書から飛び出して来たような美しい街並み。


この25番目のジーナン セクトルからは遠浅の海カリビアが見渡せる。


葉の色を黄色に変えたデメロネア(マングローブの一種)は少し寒そうにカリビアの澄み渡った海水に足をつけている。


キドーの部族大母カルラが竹ぼうきを持って石段を降りてきた。


正体門までの石段は4種4連階段だ。


小さい石段4つ毎に中位の大きさの階段1つ。


中位の階段4つに大きな階段1つ。


バハヌノア州にあるセクハンニ神殿は8種8連階段。


全ての部族の体格に対応している。


カルラは1番小さい階段を降りてきて箒で外環道をはいている。


毎朝5時から起きて多くの給仕の人達と一緒に掃除やら食事の用意洗濯など。


本当にちょこまかとよく動く。


働き者だ。


と言ってもカルラはここでは小さいが一般社会では大柄な女性だ。


カルラは他の部族大母と違い自ら動き働く。


誰よりも働いて誰よりも腰が低い。


本当に偉い女だ。


白髪の混ざったグレーの髪の毛を髪飾りで束ねている。


質素に見えるが小綺麗で涼しげな民族衣装を纏いその立ち振る舞いから身分の高さが伺える。


カルラは歳はとっているが彫りは深くふっくらとした初老の女だ。


キドーの門下生は今は13人しかいない。


メルエンやセティの両一族に比べ廃れる一方だ。


かつては御三家最大だったにもかかわらず。


私はゴード島のヒルマ殿でスサと再会した。


特殊な技を使う御三家の武道家達は腕の良い医者を常に探している。


ナムユーラ(ハイドラ密教の秘儀)と粒子物理学そして医療に精通している医者を。


私は14歳の時にハイドラの最高大学 ハノイ大学医学部を首席で卒業した。


それ以降タンジア大学病院に勤務し28歳で教授となった。


20年間タンジア大学病院に勤め45歳の時栄誉国民賞を受けた。


私が有能な理由は別に私が天才なわけでも努力家なわけでもない。


少しだけ生物的に違うだけ。


私は栄養国民賞の受賞後ハノイから統轄教授として呼び戻されることになった。


ようやく嫉妬深い人達からも認められたのだ。


でも、そもそもあなた方の権力などに何の興味もない。


そして金にも。


だから断った。


ある日私は有能な医師を探している御三家の1つメルエンからメルエン一族の医師団のトップとして破格の待遇を呈示された。


メルエン一門もセティ一門も莫大な資産を持っている。


大闘技に私を呼んだのはメルエンの征天大剛 カイリュウだ。


招かれたヒルマ殿のボックス席で、私はキドーのスサを見つけた。


今や没落した一族と笑われるキドーの征天大剛 スサを。


私はスサと再会し気が変わった。


私は街の診療医をしながらキドーを支えて行くことにした。


しかも、無償で...。笑。


そもそも私は金にも猿山の大将になることにも何の興味もない。


猿のボスは所詮猿に過ぎず金は一時の気の流れのようなもの。


なぜそれに執着する?。


私は人々の怪我や病気を治すことが好きだ。


傷や病を治すことが好きだ。


そして元気になって再び歩き始める人々の笑顔が好きだ。


ただそれだけ。笑。


スサの所の練習生はスサを見習い人として立派に育っている。


素晴らしい。


既にシーアナンジンを宿した者もいる。


しかし、スサの奥義を極めるのに際立つ才能のある者はいない。


ただ、黙々と天にも届く山頂きに挑み続けるだけ。


あるのは熱意、勇気、誠実さ。


そして愛だけ。


他には何も無い。


だからこそ私があなた方の熱意を影で縁の下で支えてあげたい。


私が命をかけて得たこの最高の医療技術と愛を持って。


外環道の脇のジャイナ杉の葉が揺れる。


!?


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


大きな振動で突然道が揺れ始める。


!?


外環道を大男が歩いて来る。


大きな男だ。


タント族の比ではない。


あれは...。


青い戦闘服を着ている。


兵曹!?。


これはただごとではない。


一体誰がこんな山深くに。


戦闘服!。


キドーを攻撃しに来た?。


キドーを殲滅させに来た!?。


こ、これは大変だ。


早くスサに伝えなくては。


...ガタゴトガタゴトガタゴト...


4人乗りの鳥竜のトリュック(馬車)が土埃を巻き上げすれ違って行く。


...ゴッホ...ゴホ...ゴオッホッ...グェ...


土埃りが...。


この辺りの外環道は舗装されていない。


酷いものだ。


....タッタッタ...


私は青い兵曹から目を離さず外環道を正体門の方に向かって全力で走った。



小さな男の子が2人。


無邪気に兵曹の脚に抱きついている。


ま...まさか!。


あ、あれはマジゥ アンティカ!?。


あの子達はハイドゥクの双子達?。


私は立ち止まった。


あの美しいアンティカがなぜこのようなことに...。


金属のような皮膚。


戦闘服とほぼ同じ色アルマダイのシカム色だ。


目は2つだがもう人間の目ではない。


微かに黄色い光りを放っている。


アルマダイの最も遠くまで届く波長メロウを発してその反射で物を認識している。


これではまるで鬼ではないか...。


世の中は残酷だ...。


きっと原体は激しく損傷している。


もはや元の人間の姿には戻れないのだ。


一体一体あれから...。


大闘技の後一体何があったのだろうか。


ずいぶん時間が経過した。


やはりマジゥが双子を連れて消えた噂は本当だった。


唯一の救いは双子達が仁王のようなマジゥを全く恐れていないことだ。


笑いながら無邪気に何度も脚に抱きついている。


三人がこちらを見上げた。


マジゥがこちらを指差す。


練習生達が昇る「ロコウの壁」を指差している。


「...あそこを登るんだぞ。...」


辛うじて人間の声を止めている。


重い金属の塊の擦れるような声。


...うわーーー!...


...きゃーーーア!...


なぜか双子は喜んでいる。


...なんで?!汗。


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


またマジゥはゆっくりと外環道を歩き始める。


こちらに来る。


やはりスサとカルラに知らせなくては。


掃き掃除を終わりカルラはまた正体門を登り始めた。


何て仕事が早いのかしら。


...タッタタッタタタタッツ...


普段の運動不足が祟る。


足がもつれる。


「か、か、カルラさ!うぐっ!。」


...ドタッ!...ズザァーーー!...


転んだ。


カルラは気づかず4種4連の石段を登って行く。


あらら。


ちょちょっと待ちなさいよ...。


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...



「きゃははっ!。きゃははは!。」


「ああーーー!。あーーー!。」


え?!。


外環道の柵の外から「ロコウの壁」から子供の笑い声が聞こえる。


えぇ?。もう?。


まさかもう着いたの?。


私がここに来て2年と半年になるけどこんな凄いスピードで登って来た練習生はいない。


「サンザ。ズルはダメじゃぞ?。」


「ああーーー!。うーーー。」


本当に登って来た。


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


マジゥの足音も確実に近づいている。


でもまだ姿が見えない。


「よいしょ。よいしょっと。」


「あーーーあーーーう。」


二人は白鉄製の柵をひょいと飛び越えた。


...スタッ...


...スタッ...


軽い身のこなし。


練習生達とは全く違う。


二人はハイドラの民族衣装を着ている。


統一民族衣装の方を。


ジュールとダンヌの混血の子達。


間違いない。


あの子達だ。


ハイドゥクの実の子達。


外環道に立ちキョロキョロしている。


はっ!。


見つかった。


私は転んだまま顔を隠した。


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


マジゥの足音が近づいて来る。


「大丈夫ですかな?。」


子達の声が。


はっ!。


トラフィンだ。


まさしく。


トラフィン。


「あーーーあーーーう。」


サンザが何かを。


私を指差して。


覚えていてくれたのね。


「あ!。ホントじゃ。あの時のお医者さんじゃ!。」


「あーーー!。うう!。」


バレたか。


仕方ない。


私はゆっくりと立ち上がった。


ずいぶんと大きくなって。


2年前はあんなに小さかったのに。


え!?。


この子らシーアナンジンを既に宿している...。


一体この人達は2年半の間どこでどう過ごして来たのか。


「土がついておりますぞ?。」


トラフィンが払ってくれる。


「あなた達。随分と大きくなって。」


「あーーーあーーーう。あぁぁ。」


「サンザ。トラフィン。久しぶりね。」


「お久しぶりでございます。」


トラフィンが深々とお辞儀をしてサンザも真似る。


トラフィンは相変わらず礼儀正しい。笑


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


足音が。


モルフィンの大きな足音が。


巨大な青い兵曹だ。


やはりもう元の身体には戻れないほど原体は傷ついている。


恐ろしいこの形相はもはや兵曹以外の何物でもない。


でもやはりこれは正義と真実のアンティカ。


マジゥ。


紛れもなくモルフィンだ。


「トラ。何をしている?。」


マジゥがトラフィンを呼ぶ。


モルフィンだと私の肉体が認識した瞬間に恐怖感は風の止んだ湖面のように静まっていく。


「モルフィンさん。」


「...?。誰だおまえは。」


あまり良い記憶ではないかもしれない。


「バールの時の。」


「そうです。キヨタです。」


「これは...。」


マジゥが膝を着いて礼をしようとしている。


「ま、待って!。マジゥ!。あなたは。今のあなたはその姿勢をその体勢を取ってはならない。あなたのシーアナンジンは更に壊れてしまう!。」


マジゥは膝を着くのをやめた。


予想以上にマジゥのダメージは深刻だ。


「バールの息子ココがあなたに会いたがっている。あの時は礼を言うことすらできなかった。礼を言う。バールクゥアンも少しは楽に天国に行くことができた。」


「いや...力が及ばずに。」


「トラ。サンザ。来なさい。...私はこの子らをスサに託しに来た。あなたはここで何をしている?。」


「私はここで診療所を開いています。大水郭城の山の上でね。」


私は双子の背中をモルフィンの方にそっと押した。


「キドーをあなたが護ってくれるのか?。」


トラフィンとサンザは嬉しそうにモルフィンの元に走って行く。


「そう。私はここでキドーそして、タンジアの人々と共に生きていく。」


モルフィンはこの子達にもう会えないと覚悟している。


「あなたがここにいてくれること。それはアマルにカーがいることに匹敵する。」


!?


この男の発言には時々恐れを感じる。


あまりにも核心を突いているからだ。


モルフィンは双子を抱き上げると正体門に向かい歩き始めた。


あの子達に取ってはこの2年半の間は本当に安心できる実りのある日々だったのだろう。


例え過酷で危険な場所での2年半だったとしても。


...ズーーーーーーーン...


...ズズーーーーーーーーーーーーーン...


...ドズーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


モルフィンが3種3連の石段を2段飛ばしで歩いて行く。


大水郭城自体が揺れる。


正体門をモルフィンが頭を下げて通過する。


...ゴゴーーーーーーーーーーーーーーン...


...パラパラパラパラ...


モルフィンの肩が正体門に接触し土埃が落ちる。


せっかくカルラが掃除したのに石段は台風の後みたいになってしまった。


...ズッドーーーーーーーーーン...


...ズッドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


走っても追いつけない。


モルフィンはもう正体門をくぐり大闘技場に立っている。


とは言ってもキドーの大闘技場はただ広いレンガ土のグラウンドだ。


かつては数千人が整然と一糸乱れず並び掛け声をかけ型の練習をしていた。


今は13人だ。


僅かに13人。


ふぅ。


やっと大闘技場まで駆けのぼった。


やはり普段から運動はしておくべきだ。


息が上がっている。


広いレンガ土のグラウンド。


綺麗に馴らされている。


左奥には山が。


その上に私の診療所はある。


上の大きな外環道に直接面しているからだ。


そして大闘技の右手にはキドーの総本山 大水郭城が。


そして、その裏には蔵がいくつも建っている。


かつては数千人の弟子達の腹を満たしていた大きな蔵がいくつも。


大闘技場の奥にはロコウの山肌から裏ミョウセンという滝が流れている。


給仕達と洗濯物を干しているカルラはマジゥの巨大な影に全く気がつかない。


汗を流しながら一生懸命皆の胴着を干している。


マジゥと双子達はカルラの作業が終わるのを待っている。


昔は大闘技場いっぱいに胴着は干されていた。


門下生が力いっぱいに引いた紐に干された胴着。


「あ、あれは!。も、も、モル兄者!。」


「えぇ!?。まさか...。」


「見ろよ!。あのシカムの色。あの出で立ち。モル兄様じゃ!。」


「ほ、ホントだ!。」


「おおぉい...みな!も、も、モル兄者が。モル兄者が戻られたぞ...。」

「おおい!おおおい!みんな!モル兄様だっ!汗。」


「ま、マジゥ!マジゥ アンティカ様になって兄様が戻られたぞ!。」


型の練習をしていた数名が騒ぎ始めた。


一心不乱に胴着のシワを伸ばしていたカルラは騒ぎに気づいて顔を上げた。


カルラは自分達を覆い隠している影に気づいた。


カルラは、一瞬慌てたあとモルフィンの方を見た。


「...モルテ?。モルテかい!?。モルテ?。」


カルラは手を割烹着で拭きながらモルフィンの元に駆け寄った。


「モルテ。あぁモルテ。良く戻って来てくれましたね。...。」


カルラはたまらず両手を広げた。


マジゥはゆっくりと片足の膝を折りしゃがんだ。


シーアナンジンは悲鳴を上げているはずだ。


でも、今度は私には止めることができない。


「キドーの母上。戻って参りました。」


5m近い兵曹と初老の大母は抱き合った。


門下生達は大人しく見守っている。


「良く戻って来てくれましたね。もうおまえには会えないかと思っていたよ...。」


カルラはしっかりと巨人を抱きしめた。


「弟達を送り届けに参りました。母上。母ネスファルの子ではなくハイドゥクの子です。」


カルラは双子達に気づいた。


「この子達が...。」


「トラフィン。サンザ。キドーの母様にご挨拶をしなさい。」


カルラは双子の近くに歩いて行った。


「はじめまして。私はカルラ。」


「と、トラフィンです。こんにちは。こっちは弟のサンザじゃ。よろしくお願いしますです。」


サンザは人見知りをしている。


「本当に良く来てくれました。あなたがトラフィン。あなたがサンザね。」


トラフィンはサンザの頭を押し一緒におじぎをした。


「父上はどちらに?。」


「ジンナ。父殿を呼んできてちょうだい!。」


「はい!。」


カルラが門下生の一人に声をかけ門下生は走って裏ミョウセンの方へ行った。


...ドタドタドタドタ...


途端に幼さの残る12人の門下生達は一斉にモルフィンの元に走って来た。


皆、綺麗に洗濯された水色の胴着を着ている。


「兄者!。ご無沙汰しております!。」


「ケントラです!。兄様!。覚えていますか!一緒に稽...」


「マジゥアンティカ様のご活躍はタンジアまで響き渡っておりますぞ!。」


「兄様!。お会いしとうございました!。」


「兄者、兵曹をお落としになられんのか?。」


「これこれ。一斉に喋ったらモルフィンも答えられませんよ。笑」


カルラは笑いながら言った。


門下生達はお互いに譲ったり言おうとしたり中々タイミングが合わない。


「みんな元気だったか?。ケントラ!。勿論覚えている。ラウル。いつもみなに譲らなくても良いのだぞ。笑。おまえ達のことを私が忘れる訳がないではない。笑。一緒に過ごした日々が昨日のようだ。なぁドーマ。笑」


おぉぉ。


みんな飛び上がって喜んでいる。


この子達はマジゥ アンティカがキドーで修行を積んだことを心から誇りに思っている。


心の支えそして励みに苦しい鍛錬に耐えている。


「久しぶりじゃな。」


スサが来た。


キドーの征天大剛のスサが。


スサは初老の男だが白い髭を蓄え戦士らしい鍛えられた身体をしている。


巨人は振り返った。


「おぉ。父上。ご無沙汰をしております。」


「モルフィンよ。元気にしておったか?。」


「はい。おかげさまで。」


「ここにおる者は毎日おまえの噂をしておる。笑。ワシやカルラも含めてな。」


スサは笑っている。


「光栄なことです。」


「今度は長くいられるのか?。弟子達に稽古をつけてやってはくれぬか?。」


「父上。お願いがあり参りました。」


「そうか。オルテガの件バールクゥアンの件さぞ無念であろう。おまえがハイドゥクの子を連れ出したと聞いていつかここに来るだろうと思っていた。」


「父上。私は...。」


スサはモルフィンを制して言った。


「大丈夫じゃ。オルフェ(ハイドゥク)は幸いワシを信頼してくれている。おまえの持っている懸念。それは現実のもの。早くそちらに手を打たねばならない。」


「父上もそう思われますか?。」


「バラドは恐らく口を封じられたのだろう。首長達が取り返しのつかない過ちを犯してしまう前に何とかせねばならない。」


「そうです。私はそれを止めねばならない。」


「モルフィン。おまえはおまえが思っている以上に元の人間の身体を損傷しておる。戦えるのか?。」


「私以外にデフィンやハイドゥクを止められる者はこの国にはおりません。」


「今のセティは首長会ではなく直接アマルと繋がっている。この双子はまだ幼いだけに下手をすればアマルに利用される。アマルには恐らくシシィ•ドール以上に悪知恵が働く軍師がいる。なぜオルフェやデフィンともあろう者達が気づかないのか。」


「父殿。双子を頼みます。」


「あいわかった。」


「父殿。よろしくお願いします。くれぐれも。」


「して、いつまでここにいられるのか?。」


「私の命を狙っている者はこのハイドラにもそれ以外にもいます。私はがいればいるのほど双子そしてみなの危険は高まる。今すぐここを立ち去るべきです。しかしサンザが納得しないでしょう。明日の夜、サンザに理解をさせここを去ります。」


「そうか。ゆっくりしていって欲しいがそうもいかんのだな。」


「すみません。父上。」


スサとモルフィンは沈黙を続けた。


双子はモルフィンの脚にまた隠れている。


カルラは沈黙を破り執事と門下生に言った。


「みんな!今日は、プスマケ(タンジアの郷土料理 の大鍋)にしましょう!。」


...おぉぉ!...


門下生達から歓声が上がった。


--------------------------------


その夜大闘技場では地元の人々も交え盛大な宴会が行われた。


翌日の夜モルフィンは静かに大水郭城を後にした。


サンザは全く納得せず最後までモルフィンについて行こうとした。


サンザはモルフィンが居なくなったあと食事もろくに食べなくなってしまった。


あれほどの天才的な武術にも興味を無くしてしまった。


ただ毎日絵を描くだけになってしまった。


両親を慕う子供のように。


毎日モルフィンやマジゥアンティカの絵を描いた。


スサはトラフィンとサンザを二人で一体のアンティカとなるよう稽古をつけ始めた。


心を鬼にして。


歳をとったスサにはそれは辛い試練となった。


スサの考えは全く理に適っていてもし、それが成功すればハイドラだけではなく世界的に例を見ないほどの実力を持つアンティカが生まれることになる。


そして、それはその力を悪用しようとする輩から二人を完全に護る唯一の手段。


しかしサンザは嫌がった。


スサはついに根負けをしサンザに武術を離れ自由に生きることを許した。


そして双子がキドーに来て3年経ったある日サンザは忽然と姿を消した。


樹海への崖に綺麗に履物が揃えられサンザは居なくなっていた。


樹海や海。


あらゆる場所を人々が探した。


しかし、サンザの亡骸は見つけられなかった。


今度はトラフィンが衰弱し始めた。


その時、数年間姿を隠していた、ハイドゥクの第一妃プロスファル、第二妃ネスファルはハイドラ部族軍に捕らえられた。


罪状は不明だ。


セティ一族は陸軍の総帥であるデフィンの強権により改革がなされた。


これには首長の誰も反対ができなかった。


デフィンの改革が不可欠であったことが証明された。


処罰された大勢の者の中にはアマルの息がかかった者が少なからずいたのだ。


セティは生まれ変わった。


新しい征天大剛が任命されたその日。


サンザが居なくなってから丁度1年後それは起きてしまった。


セティ一族が何者かによって一人残らず惨殺される事件が。


真っ先に、マジゥアンティカ モルフィンが疑われた。


強力な戦闘一族を僅か1日で殲滅する力があるのはハイドラには三人しかいない。


ハイドゥクかデフィンかモルフィンだ。


それを口実にハイドラ首長会は捕らえていたモルフィンの実母ネスファルを公開絞首刑に処した。


罪状も証拠も裁判も何も無いままである。


そして、モルフィンの兄弟 アリシアジュエルは行方不明となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ