ハイドラの狂人50
初めてシャトルに乗りゴード島に行ったのはもう5年も前のこと。
その間本当にいろいろなことがあった。
行きにシャトルでどれだけ時間がかかったかを考えるとタンジアは遠い。
境界の国と言われるハイドラですらこんなに広い。
ましてやアマルやデューンなど。
モル兄者と一緒に過ごせることは本当にありがたい。
こんなに存在を強く感じられる人は他にはいない。
しかし哀しいことに兄者の背後には死星が見え隠れする。
この人は初めのハイドゥク シンよりも偉大な人なのかもしれない。
本当にハイドラの希望なのかもしれない。
時折そう思う。
サンザは、最近めっきり大人になった。
モル兄者との会話一つ一つが接し方一つ一つがサンザの心に道標を刻んでいく。
以前のサンザには激しい発作があった。
突然悲しみ出し暴れ泣き時には死のうとすることすらあった。
そんな時はいつも兄者はサンザの隣で横になった。
そして寝ないでいつまでもサンザに語りかけた。
腕枕をして。
頭を撫でながら。
兄者はどんなに疲れていてもどんなに怪我をしていても。
兄者の声が頭の中をこだまする。
1年の半分以上はそうだった...。
...大丈夫だサンザ...
...どうした誰も追っては来ない。俺がお前に触れさせない。安心しなさい...
...ほらサンザ虫が鳴いている...
...大丈夫。大丈夫。おまえの兄はここにいる。トラもいる...
...夢の中のそいつを連れて来い。私が倒してやる...
...サンザ。風が涼しいぞ...
...サンザ怖いんだな。怖い場所にいるんだな?。だがおまえの兄もここにいる。兄がおまえを護ってやる。手を繋いでいる。大丈夫...
...サンザ。トラが腹を出して寝ているぞ。おかしいな?...
...サンザ。追ってくる奴はどいつだ。私が懲らしめてやる...
...サンザ。ヤマダさんはもう嫁さんを貰ったかな...
...石の壁なら私が壊してやる。熊櫓で壊してやる。でも、石の壁などない。大丈夫だ。サンザ。大丈夫...
...サンザよ。迫ってくるのは大岩か?。山か?。サンザよ。山なら容易い。お前も知っているだろう?。俺が押し返してやろう。笑。おまえもいつかは出来るはずだ...
...蝶々が飛んでいるのか?。それは良い知らせだ。心配するな。悪い知らせはこの兄が全て良い知らせに変えてやる...
...落ちるのか?。大丈夫。私も一緒に落ちるから。手を握っている。兄と一緒に登れば良いではないか...
...サンザ明日は晴れるかな...
余談だが亀のヤマダさんはガバディルおじいさん家の池に住むことになった。
タンジア亀は最大3mにもなる。
ワシ達が長い間水辺から離していたせいでかなり弱っていたようだ。
ありがとうヤマダさん。
いつかまたサンザと二人で会いに行く。
修行が終わり大人になったら。
その時まで元気でいてくれ。
ワシもサンザもモル兄者を心から慕っている。
歳は10しか離れていない。
でも兄であり父のような存在。
ワシ達が困っている時。
いつでも助けてくれる。
どこにいても必ず助けに来てくれる。
時にはやり過ぎてしまうが。
バールクゥァン兄者にも届いていた。
モル兄者の心は。
バールクゥァン兄者は死ぬ前に言っていた。
マジゥを悪者にしてしまったと。
お前たちはマジゥの助言を良く聞けと。
ワシ達は本当に恵まれている。
オルテガ兄者のことも良く思い出す。
一緒に釣りに行くこと。
ついに叶わなんだ。
モル兄者は穏やかで優しい。
そして愛情が深い。
幾多の苦しみや悲しみを乗り越えて来た。
決して皆の言うような狂人ではない。
愛情が正しくありたいという気持が誰よりも強すぎるだけなのだ。
__________________________________
モル兄者は大き過ぎるしハルもいる。
乗れる空中フェリーが見つからない。
止むを得ず3日間歩いて舗装されたゴードブリフェンの市街地を越えた。
そして、インフェルノ地帯の無国籍のフェリーの集まっている岩場を探した。
ブローカーのフェリーで何とかバハヌノアに向かう物を見つけた。
バハヌノアの州境を越える辺りで無国籍フェリーの船長が突然着陸をした。
フェリーの船長は片目が生体パーツだ。
色黒で筋骨隆々としている。
全身に悪魔の入れ墨をしている。
奴はハルをじっと見ている。
船長はヒドゥィーンタイガーの牙や毛皮のブローカーだと兄者が言っていた。
白いヒドゥィーンタイガーは珍しいらしい。
しかもハルは普通のヒドゥィーンタイガーよりふた回りは大きい。
薬を打たれないように見ていろと言われた。
その船長が突然降りろと言って来た。
モル兄者が金は払ったのだから降りないと言うと今度は20人くらいの荒くれた船員が出てきた。
見るからにガラの悪そうな奴らだ。
身体もみな2m以上はある。
そんな荒くれ者がなぜか全く怖いとは思わない。
モル兄者は立ち上がった。
ワシが兄者もう降りましょうと言ってしまったことでモル兄者は本当に怒ってしまった。
筋の通らないことが大嫌いな性分なのだ。
「ほう?。おまえ達。この俺から強盗をしようと言うのか?。」
兄者はゆっくりと立ち上がった。
...や、野郎!...
...テメェこの!...
...図体がでけでけぇだけのくせしやがって!...
船員達は鉄の棒や銃チェーンを持って押し寄せる。
予想どおりワシ達の後ろにも。
...やめろ!...おめぇら!...
船長は凄みのある大声で叫んだ。
そしてモル兄者に土下座をした。
「兄さん。申し訳ねぇが金は、金は全額返すからどうかこのまま降りて貰えねぇか。このとおりだ。」
船長はあまり清潔ではない白い金属の床に額を擦り付けて言った。
「船長!。こんなのやっちまえば...。」
船員の一人がサンザの首にナイフを突きつけ押さえつけた。
サンザは軽く片手で船員を捻り上げ甲板に叩きつけた。
...ドゴーーーーーーーン...
「イテェっ!。」
...ガラガラガラーーーーー...
ナイフが甲板を滑る。
「こ、小僧ーー!。」
「なんだ...。この小僧は...。」
「やめろ!。テメェら!。わかんねぇのか!。こ、こ、こいつは兵曹だ!。マジゥだ!。」
...ええっ...
...ま、マジゥ...
...まじかょ....
...おっと....
「どうか頼む。」
「おまえ。なぜ俺が分かった。?」
「手配書出回ってるんだよ!。部族軍からな。ブリフェンの街のあちこちで。あんたがセティの征天大剛を虐殺してるホログラムと一緒にな。ムゴいぜ。本当に。」
「バラドを?。この俺が?。」
「あんたしかいねぇだろ?。まさしくあれはあんただったぜ。」
....あの..ホログラムのやつか..ヤベェ...
...俺たちでもあそこまでしねぇぜ。....
...オヤジもヤバい奴乗せちまったな....
「それは俺ではない。」
「いやいや、あんたも双子なのか?。ないだろう。聞いたことねぇ。」
「それが理由か?。俺には関係ない話だ。」
「いやあんた達ゃただの指名手配犯じゃねぇ。匿ったと思われたら俺たちゃ皆獄門行きだ。今の首長がどれだけ怖ぇか知ってるだろ?。あんたも。...金はこのとおり..今ある金全部!。おい!。持ってこい。」
船長は船員からフェリーの乗船料の詰まった袋を受け取り兄者に差し出した。
でも全部出してるわけじゃない。
「ふん。そんな金はいらん。」
「いや....。それは....。」
「部族軍か。気が変わった。ミンディアへ行け。」
「な...。どういうことで..。」
このやろっ...。
おい!。やめろやめとけ...。
「皆殺しにされたくなければミンディアへ行け。」
「そんな...。バハヌノアの州境には軍が...。」
..あいつ本当にマジゥか?。オヤジを脅してるぜ...
....全然正義じゃねぇじゃねぇか...
「だからミンディアに行け。ミンディアは部族軍の本拠地がある。俺が叩きのめしてやる。」
「...勘弁してくれ...。」
「心配するな。おまえ達を追えないほど粉々に蹴散らしてやる。笑。」
「..か、勘弁してくれ...。」
「聞こえなかったか?。嫌ならおまえらを皆殺しにして船を奪うだけだ。面倒だ。それでも良いか...。」
「ちょ、ちょ、ま、ま、待ってくれ。わ、分かった、分かった。」
「金はその分払ってやる。俺に殺されかけたと言え。それでも、賞罰相はおまえ達を殺すかもしれないが。」
「か、か、勘弁してくれよ。子供がまだ幼いんだ。」
「迷い込んだ、ザブルの女を集団で犯したのはおまえらの仲間か?。ナイドロンの滝を見に来た医者の家族をたかだか数万ギルダのために皆殺しにしたブローカーはおまえ達か?。」
「...い、いや、知らねぇ。お、俺たちじゃねぇ...。」
「女も医者も子供が可愛かったろうよ。大人しくミンディアに行け。早く行けばそれだけおまえ達は助かるかもしれない。」
「どういうことだ?」
「俺が首長会と対立していることを知っているな? 。」
「あんた、まさか...。」
「おい。あまり調子に乗るな。」
...オラァ!...
船員の一人がワシを後ろから羽交い締めにしてきた。
頭に銃を突きつけている。
兄者はこちらをちらっと見てまた船長の方を向き直った。
「早く答えろ。どうするんだおまえは。」
...ガボッ!...
兄者がフェリーのヘリを蹴り大きくフェリーの装甲がひしゃげた。
ワシは船員の手を掴み投げとばした。
...ドガン...
...テッ!...クッソ!...
船員は銃を構え引き金を。
兄者はその船員を片手で掴み上げると近くの崖に思いっきり投げつけた。
船員はまるで小さな布でできたフィギュアのようにはためきむき出しの赤岩の崖に激突した。
...ぐばわヒ!....
...グジャ...
男は赤い肉片となり壁にこびりついた。
「どうなんだ!。この野郎!。」
兄者が怒鳴った。
声は崖の間に反響した。
いくら何でも酷すぎる。
兄者は一体どうしてしまったのか。
「ひっ....!。はっ....へっ。」
2メートル以上強面船長は失禁した。
答えられず腰を抜かし後ずさりしている。
「おい!。」
...ドゴーーーーーーーーーン...
兄者が踏みつけた分厚いはずの甲板は大きく凹む。
...おーーーーーい!...
...おーーーーーーーーーーい!...
船員達がフェリーの外に手を振っている。
かなりの数のブローカーのフェリーが寄ってきた。
みな塗装が剥げ汚い。
こんなに汚いのはブローカーのフェリーだけだ。
兄者は碇を引きちぎり一番違いフェリーに投げつけた。
大きな鉄の塊をもの凄い速度で。
辛うじてフェリーはかわした。
そして一気に後退し始めた。
兄者は船員を睨みつけた。
...は...いや...あ...
...あぁ...あ、ひっ...
言葉にならない
「おい!。」
兄者は船長の首を掴み持ち上げた。
「い、いきま、いきす...どこへでも..へへ。...ひっ....」
船長は愛想笑いをしようとしているが泣き顔になっている。
ブローカーのフェリーは、アフロダイエンジンの音を響かせ再び浮き上がった。
ハルは最近兄者の側に寄らなくなった。




