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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
131/364

ハイドラの狂人49

ハイドラの大首長会は国権の最高機関だ。


選挙で選出された国民評議会議員が1000人。


ハイドラを88州に分けた州知事。


州知事達から選ばれる13首長が大臣と統括州知事を兼務する。


そして、ハイドラ16部族。


各部族は更にそれぞれ細かい種族に分かれ酋長達がいる。


酋長達とそれをまとめる族長達。


出席し全ての重要な事柄を決める。


胸に変なぬいぐるみを着けている族長がいる。笑。


出来損ないのぬいぐるみ。


大きな厳つい身体。


武人なのに違和感がある。


恐ろしさすら感じる。


あの大酋長はイリーナ族のプロセメキテル。


ぬいぐるみはパルトだ。


イリーナの男が80歳になった時に贈られる布で出来た小さな人形。


それにしても下手なパルトだ。笑


大酋長や族長には個性的な人が多い。


30年前大首長シーア•ハーンの元族長達は大きな三つの政策を打ち出した。


一つ目は、最初の大酋長ルカイルの行った民族融合を更に推し進める「民族大融合政策」。


民族間の対立や食い違いを無くしハイドラの国をより平和に穏やかにするために。


二つ目はヒドゥィーンの混血化が進む中、各民族の本当に良い風習、伝統、文化、そして民族自体を残すための「部族純粋化政策」。


そして、古いハイドラの仕組みや、制度、悪習を、新しい視点で見直すべく、大酋長や族長達ではなく選挙で選ばれた州知事の中から首長を選び統治させる「首長会大審議会制度」。


権限の大移譲だ。


この「首長会大審議会制度」により族長達は統治者ではなくただの一票を投じるだけの存在となった。


相変わらず族長達の影響力は絶大で、大勢の州知事の判断に影響を与える。


シーアハーンの政策の2つは期待した通りの効果を生み出した。


しかし、首長会大審議会制度だけは、ハイドラの歴史上最悪の失策と言っても過言ではない。


権限を握った首長達はスンドラ派という派閥を作り自分達の権力を手放さなくなった。


権力に固執し新しい改革どころか族長達の行って来た政治よりも遥かに保守的な自分達の利権を護るだけの政策しか行わなくなった。


首長達の権力への執着は凄まじい。


スンドラ派はハイドゥクの廃除、そしてアルバーンにおけるアトラ北軍駐留部隊の排除を強く主張している。


しかし、毎回族長達の反対に合い決済することが出来ない。


大審議会の中でも外でもスンドラ派の動きは過激さを増している。


近年、謎の死を遂げる酋長達が増えている。


スンドラ派が関与していないと思うヒドゥィーンは逆に少ない。


「議長!。」


ルカイ族の女族長 ウルワナ•イヒミーディアが挙手をした。


ウルワナは蛮族と言われたルカイ族を最も洗練された部族に育て上げた。


そして滅亡の危機から3度救った女だ。


ウルワナは既に300歳を越えている。


「続けて発言をして良いなどという規則はないのだぞ!。」


ザーカルが声を荒げた。


ヒドゥイーンは誰もが族長や酋長を心から尊敬し慕っている。


思慮深く人徳の優れた者が多いからだ。


しかし近年の首長達の族長達に対する態度にはまるっきり尊厳も尊敬もない。


ただただ無礼なだけだ。


「続けて発言をしてはならないという規則もないのでしょう?。笑」


ウルワナは言った。


ザーカルはウルワナの目を見られなかった。


言葉を返すことが出来ず口をパクパクと動かしている。


突然凄い汗だ。


ウルワナ自身はとてもその年齢には見えないほど若々しい。


私は普段のウルワナを知っている。


麦わら帽子を被って畑を耕し魚を捕まえる元気な老女。


歴史上最も偉大なルカイ族の大酋長とは思えないほど気さくで身軽。


親しみ易い親戚の叔母のような存在。


気取りのない働き者。


ともすれば地味な女性。


飾り気がない。


しかし、今日は違う。


私の知っているウルワナではない。


本来の姿で佇んでいる。


第49次アマル国境紛争の時と同じ出で立ち。


ハイドラ軍56万を率いて大帝国アマル軍9800万を撃退した時と同じ...。


今、あの優しい気さくな老女に恐ろしささえ感じる。


凄まじい迫力だ。


幾重にも大きく折られた黄色い衣装。


裃のように肩が張り出している。


ルカイ族の正装だ。


頭には赤珊瑚でできた冠イルムガルを被っている。


両方の腕には青真珠でできた腕飾。


両方の耳飾りは輝くほど研磨されたルカイヤ(エルシャ鮫)の牙だ。


「おおぉ...あれが、あの人がルカイのウルワナ。」


「あれは、イルムガル...。ルカイの民達1000万がウルワナに贈った感謝の証し。」


「ルカイヤの牙...勇者の証し...。」


生きている伝説を目の前にみな口々に感嘆の声を漏らしている。


ウルワナのその威厳や重厚さがルカイ族そしてヒドゥイーンの苦難の歩みを示している。


ウルワナは答弁台に立ち口を開いた。


ウルワナには高い答弁台が似合う。


思わずひれ伏してしまいそうだ。


かってのシーアハーンに対してしたように。


「我々ルカイは我らのふるさとタンジアそしてナブラードおいて、身寄りの無い子供達を1万7355人保護しました。しかもこれは私達が見つけることができた幸運な子供達だけ。最初に見つけた子は既に成人を迎えました。私達は存在を確認するどころか育てているのです。今更ハイドラには孤児はいない。ハイドラの家族制度は間違っていないなどと言うことは単なる詭弁に過ぎません。」


議場は大きくどよめいた。


「議長。」


ミラボレールが挙手をした。


『...ウルワナ殿の発言中です。...』


議長はミラボレールを制した。


ミラボレールは議長のムスワルダンを睨みつけている。


まるで自分の部下のように。


「ルカイのウルワナよ。これ以上は首長会大審議に対する侮辱と理解するぞ?。良いか?。」


ミラボレールは言った。


まるで盟主気取りだ。


ウルワナは気にせず続ける。


「単純明解に孤児の存在を認めなさい。そして子供を育てられずマラツにも入れられない親への厳罰を直ちに止めるのです。逆効果なのです。昔からハイドラに孤児はいました。しかし、それはごく一部の心無い親達の犠牲になった子らでした。だから見つけにくかった。しかし今はどうです。無数の子らが孤児としてハイドラを彷徨っている。これは、親達への厳罰化。そして、永年無償だったマラツでの学びを有償化してしまった首長会、あなた方の責任です。直ちに非を認め改めるべきです。あなた方が見逃してやってる企業の脱税を止めれば我がハイドラの全ての孤児達を5回育ててもまだ余力があります。そして孤児の数が増えるに伴いザブル地区での誘拐事件が多発しています。ザブルはあなた方スンドラ派そして臓器商人ハーメルンのお膝元です。」


「ほう?。何が言いたい?。それは、奇々怪界な...。まず、総務相 イビサ殿。あなたは、統計を管轄しておいでだ。ウルワナの言うように、孤児はそんなにいるのか?。」


ザーカルは問うた。


「我が国の統計にそのような事実も資料もありません。実質的な孤児数は数百にも満たないはず。しかも手厚く保護されている。ハイドゥクの双子を見なさい。手厚く保護されていたではないですか。今は賊の手に落ちているが。」


イビザは重々しく立ち上がり苦々しく言い放った。


「それでは内務相 ウォルファン殿。ザブル州でウルワナの言うような事件が本当にあるのか?。」


「...!?。誘拐事件?。聞いたこともない!。とんでもないホラだ。誘拐だと?。このハイドラに?。とんでもない老ぼれだ。」


ウォルファンは吐き棄てるように言った。


「厚生相 ユーカルドル殿は、どうか?。」


「我が国のマラツや児童相談所の報告とウルワナの発言はかけ離れております。根も葉もないでたらめ。」


ユーカドルは呆れたと言った表情だ。


しかしウルワナは動じず続ける。


「あなた方がアマルを視野に入れ孤児達を認めないことは明白。孤児はハイドラの我が祖国の大切な大切な宝物。未来を、未来を照らす光。他の子供達と何ら変わらないハイドラの希望の光たちなのです。己がハーメルンから貰う僅かな金のために、祖国とそして家族を売り続ける気ですか!。」


ウルワナの声は激しく強い。


身体が震えるほどだ。


議場が激しくどよめく。


「議長!。」


賞罰相のミラボレールが挙手をした。


『...ミラボレール殿。...』


「議長!。本審議規定17条第1項8号の賞罰緊急発議権によりルカイ族長ウルワナ•イヒミーディアを首長会大審議に対する侮辱罪で動議を提出致します。」


『...どこが侮辱なのかね?...』


「あなたは黙って議事を進めれば良い!。賞罰省の動議の提出は前回より却下できなくなっている!。余計な口を挟むな!。」


『...ど、動議の提出を認めます...。...ウルワナ殿。お時間です。残念ながら。...』


「さて、もう宜しいですかな?。お年寄りの話は長くて叶いませんな。笑。犯罪者の大半は孤児達だという。そんな者たちのために金をつかうことはない。笑やはり少年法の厳罰化は正しかった。さて....。」


ザーカルはしまったという顔をした。


「議長!。」


法相のユグドルだ。


ユグドルは議長の指名を待たず話し始めた。


「ザーカル!。今認めたな?!。孤児がいると!。恥を知れ!。」


「ちょっと待て。何のことだ。」


賞罰省ミラボレールは立ち上がった。


『...勝手に発言...』


議長をミラボレールは手で制した。


「法を定め正しく適用するから秩序は守られるのである。従って犯罪者には厳罰を適用せねばならない。愛によっては秩序を正すことはできないのだ。やはり信賞必罰。ユグドル。おまえの言う生易しい愛など何の役に立たないのだ。...しかし、これが、我が国の法相とは。情けない。空いた口が塞がらない。」


「孤児はいるのだな?!。ミラボレール!。どうなんだ!。」


「言葉尻を捉えるな!。貴様がどのような言いがかりをつけようと統一見解に変わりはな無い。」


「ミラボレール!。信賞必罰?。おまえは間違っている。ミラボレール。」


「何?。信賞必罰はかのハクアの偉大なる尊師が言っておられたこと。格言として誰もが知るところ。おまえは尊師の教えを間違いだと言いたいのか。笑」


「尊師の話ではない。間違いはおまえの前提。そして信賞必罰の解釈だ。」


「ふん。くだらん。おまえの相手をしてる暇などない。」


「一部の者達が己のためにする主張は法ではない。ただの過大要求だ。そして、その過大要求を満たすために行われる賞罰すなわち飴と鞭は本来の信賞必罰の逆の効果を生む。秩序を乱す蛮行だ。」


「蛮行だと?。おまえはこの大首長審議の決めた法を全て蛮行だと侮辱するのだな?。」


「すり替えが得意なようだな。おまえ達のスンドラ派の作った法律と賞罰が蛮行だと言っている。蛮行どころかただの殺戮だ。捜査も裁判も終わっていない事件をなぜ賞罰の対象にするのだ?。」


「蛮行だと貴様。殺戮と言ったな?。ただで済むと思うな。捜査が終わっていないだと?。裁判が終わっていないだと?。それが何だと言うのだ。」


「賞罰省は孤児というだけで捜査も裁判を行わないまま罰則だけを適用する。地獄の法であり悪魔の運用だ。これが殺戮でなかったら一体何だというのだ!。そして貴様はその子達をどうした?。35237人もの孤児達を貴様は一体どこに隠したのだ!。そればかりではない!。貴様の言うマジゥの128の罪 征天大剛 バラドの殺人未遂。推測ばかりだ。マタブマについてはなぜ罰則は適用されないのだ!。」


「良かろう。貴様は自分の立場が分かっているのか?。」


「立場?。貴様のおかげで生きている訳では無い。思い上がるのもいい加減にしろ!。貴様は大切な部分を読み落としている。かの尊師は愛により秩序は護られるのでは無く法により秩序が保たれるとおっしゃった。しかし、愛され育てられて人は人間になる。愛の欠乏が常に犯罪の根底にあるともおっしゃっていたのだ。人として生きるには愛が必要なのだ。それを無視した政策や法は犯罪者やテロリストを増産するだけだ。貴様も気づいているだろう。ウルワナ様が言う通り法と愛は同時に無ければならない。そして法とは一部の者達の偏った要求のことではない。貴様達の自己保身のために勝手に決めたものは法でも何でもない。貴様の安い支配などすぐに崩れる!。直ぐにだ!。」


「ふん。思い知らせてくれるわ。跪かせてやる。笑。くだらん。」


ミラボレールは兵士達に合図を送った。


ユグドルは手で制し自らの議席に戻って行った。


ミラボレールの独裁体制はますます整っていく。


そしてザーカルは調査会の報告に寸分違わない案を提起した。


「...それでは、産業相 ザーカル殿の発議ウルワナに対する緊急発議に異論の無い方はご起立をお願いします。」


ユグドルがまた振り向いた。


私もそう考える。


全くウルワナの言う通りだ。


そんな動議採択される訳はないのだ...。


...ザ...ザ...ザ...


大勢の州知事が立ち上がった。


予想に反しほほ全ての首長が。


ユグドルと私や一部の首長を除いて。


...あ...


...おぉ...


...あぁ...


国民評議員の声は声にならない。


誰もが激しく打ちのめされた。


徐々に落胆の畝りは怒りとなり大きくなって行く。


「静まれ!。ここをどこだと思っている!。」


ミラボレールが一喝し再び議場は静まった。


「次。アトラ北軍との休戦協定の解除について。更にはマジゥアンティカのアンティカ剥奪と指名手配について。」


議場は騒然とした。


「なんじゃと?。おい議長!。」


ジャイナ族 大酋長ルピハパ が挙手をした。


ルピパパはデメロネア(マングローブの一種)の冠を被っている。


右肩から下がる簡単な衣装を着ている。


ジャイナ族の瞳は水に適しているためルピパパも例外無く分厚い陸用の眼鏡をかけている。


ジャイナ族は水中に都市を持つシッタイ族に次いで水性の高い民族だ。


『...静粛に!。族長の方々は諮問委員会の報告の後 時間を区切って発言いただけます。それでは、次官。...』


議長を務めているゾグドル族 ムスワルダンが言う。


「いつからそうなってしもうたのじゃ。」


ルピパパは不満そうだ。


「それでは第122回ダヌア地区 休戦協定審議会の結果をご報告いたします。」


次官の説明中首長の一人が席を立ちフロストに乗り込んだ。


防衛相のシンラだ。


「あれあいつ何する気だ?」


横のボックスに座っている外務相 セクドーラが言った。


分かりきっている。


族長に発言させない気だ。


次いで陸事相 ベーダーもフロストに乗り反対側の答弁台へ。


「...過去の話。神話の話。今やハイドラの平和はレバンナを始め最新の装備を有するハイドラ部族軍の力によるところが大きいと言わざるを得ません...」


ハイドラ軍の海事相 ブフマー、空事相 シュティーラは立ち上がり答弁台の下でフロスト(昇降機)を待った。


しかし、いつまで待っても昇降機は降りてこない。シンラとベーダーは、フロストのパワーを切ってしまった。


シンラとベーダーはスンドラ派の首長だ。


「...永らく、アトラ国の北軍にアルバーン ダヌアへの駐留を許して来ました。しかし、国力の充実した今この時期をもってハイドラ部族軍の力によりこれを排除し...」


「な、何を言っているんだ...!。」


セクドーラも慌てている。


「正気か?!。」


「バカなことを言うな!。」


「何を考えてるんだ!。アトラ北軍がいるからこそデューンと南アマルを牽制出来ているんだ!。」


「ザザルスとアルバーンに兵力を分散する気なのか!。アマルもデューンもハイドラの10000倍の戦力があるんだぞ!。」


「どうやって3つの大国を止めるつもりなんだ!。」


国民評議員が次々と叫ぶ。


「...ダヌアの地はジェニファーというアトラの軍事兵曹の気紛れで、たまたま平和、いや均衡が保たれてきました。しかしこの不安定な状態では。....」


バカな...。


ハイドラの南の国境はアトラとデューンそして南アマルの三すくみとハイドゥクの威光でこの数千年間何とか秩序を保ってきた。


北に主力軍を配置することで超大帝国アマルとの均衡を保っている。


「...ハイドラ部族軍の第一艦隊に、ハイドラ空軍の旗艦レバンナを配置し、一気にダヌアのアトラ北軍駐留部隊を叩き...」


「議長!。」


空事相 シュティーラが挙手をした。


『...シュティーラ殿。次官が発言中です。...』


議長が言う。


シュティーラは気にせず黙々と報告を続ける次官に手を振り言った。


「おい!。お前にお知らせがある。レバンナは修理中だ。それにレバンナはレンタルボートじゃない!。」


シュティーラは叫んだ。


国民議員や族長達から爆笑が起きた。


...カーーーン...カーーーン...


『...静粛に!。シュティーラ殿。不起訴発言は 首長と言えども告発の対象となりますぞ。...』


ミラボレールがシュティーラを見ている。


威圧している。


「ふん。俺の決済がなければレバンナを出撃させることなどできん。」


シュティーラは憮然として言った。


「...あ、あの、続けさせて頂いてもよろしいでしょうか。議長殿...」


『...続けて下さい。...』


『...アマル帝国との条約を新たに結ぶことにより、ハイドラ、デューン、南アマルとの連携を図りダヌアを奪還することとなります。作戦の詳細は機密事項であるため...』


「貴様、正気か?。我々は永年どこの国に蹂躙されて来たと思っているのだ?。」


海事相のブフマーは、声を荒げた。


「...今回の出兵に関してはハイドゥク及びアンティカは除外するものとします。同時に、ハイドゥク及び、マジアアンティカにはマジウアンティカ殲滅の為の出征を命じるものです。更にハイドラの狂人であるマジウを逆賊として第一級指名手配とします。これは198の罪状により、マジウアンティカには死をもって償わさせるものです。198の罪状は既に確定したものであり、具体的には市民に対する侵略行為...」


「何だと!?。ふざけるな!。ハイドゥクを除外するだと!。」


「貴様らふざけるな!。」


「この恩知らず!。おまえ達はそれでも人間かっ!。」


「外道ども!。」


「ヒドゥィーンの恥だ!。」


「何よそれ!酷すぎるわ!。」


「マジウを処刑するだと!?。」


「許さんぞ!。断じて許さん!。」


国民評議員には泣いている者もいる。


100人近い国民議員達が残らず首長達の席に押し寄せた。


マジゥの処刑と聞いて国民評議会はとうとう激昂してしまった。


二階席から飛び降りる者も。


州知事達の半数も動き出した。


州知事達は首長達と同じ立場ではない。


権力でおさえつけられているだけだ。


「おい!。」


ミラボレールは兵士達に合図を送った。


...ザザザザザザザザ...


議場の外から数百人の兵士達が入って来た。


これこそ規定違反じゃないか。


兵士達が首長達のボックス席を背を向けて丸く囲み国民議員達に銃を向けた。


兵士の背中が見える。


こんな奴らと同じだとは思われたく無い。


岩場に叩きつけられた波のように国民議員達は押し返された。


「議長!。今の報告に基づき裁決を取りたいと思う。」


防衛相のシンラが叫んだ。


『...シンラ殿。規定に反します。...』


議長は言う。


国民議員や州知事達の怒号で良く聞こえない。


「構わん!。裁決を取れ!。」


賞罰相ミラボレールが叫んだ。


「何だと!?。」


「そんなこと認められるか!。」


「ふざけるな!。」


州知事の半数国民議員達は大首長席の下に押し寄せた。


シーアハーンは無表情だ。


「大首長!。何故黙っている!。」


「一体いつからそんな腑抜けになった!。」


「腑抜けどころかハイドラの大荷物じゃないか!。」


「構わん!。決を取れ!。」


シンラが言う。


ミラボレールは立ち上がり兵士達に合図をした。


兵士達は州知事や国民議員ばかりではなく族長達にも発砲した。


...パン..パン...パン...パン...


...パン...パン...パン...パン...


...ドドドドドドドド...


一斉に数百の人々が議場のオレンジ色な絨毯に伏せた。


...キャーーー...


...うわーーーー...


...ギャーーーー...


音の良く響く議場に、大勢の人々の悲鳴が響く。


州知事達国民議員達は伏せた。


銃弾はウルワナを捉えた。


ウルワナは血だらけの胸を抑え床に崩れ落ちた。


「ウルワナ様っ!。」


「ウルワナ様ぁぁ!。」


「う、ウ、ウルワナ様ぁぁ!。」


...パーーン...パーーン...


...あぁ...


「おい!。」


「な、何をして...」


兵士達は国民議員達に銃口を向けた。


「議長!。」


低い大きな声が響いた。


一瞬大議場は水を打ったように鎮まった。


タント族の族長 オゴタイだ。


オゴタイは伝説の勇者。


兵士だった男。


オゴタイは指名を受けていない。


しかし、立ち上がり自分の前にいる国民議員達をその巨大な身体で庇った。


そしてミラボレールを指差し言った。


「何という酷いことだ。何という心なきことだ。大切な友達に対して。大切な隣人に対して。おまえ達は、自分の立場を守るためだけにここまでするのか?。自分さえよければこの国に戦禍に巻き込まれても良いのか。己の今の立場が護られれば、この国の人々が蹂躙されても良いと言うのか。この隣人達を撃つならワシを撃ち殺してからにするが良い。」


オゴタイは全ての州知事や国民議員の前に立とうとした。


そして続けた。


「愚か者ども。良く聞くが良い。アマルは太古から近隣諸国から人も土地も何もかも侵略して奪って来た。1億の民が生き埋められたかの国を忘れるな。あの悲惨な出来事を。ミラボレール。貴様達は欲に眩んでそんなことも分からなくなったか?。条約を結び安心させてから侵略する。それはアマルが悠久の歴史の中で変わらず行って来た常套手段ではないか!。」


ミラボレールは、無視をし、兵士に合図を送った。


!!


...パーーーーーーーーーーーン...


...キャーーー!...


...おおぉ!...


...な、なんで...。


兵士が兵士が...オゴタイを撃った。


オゴタイは胸を押さえている。


血が流れている。


が、オゴタイはやめない。


「ア...アマルの全兵力は...わ、わ、我が国の人口を...上回る。デューンの兵器は....我が国の100万倍。ミラボレール貴様、まさか....。そ...その、口車に....乗ってはならない。」


...パーーーーーーーーーーーン...パーーーーーーーン...


...ギャーーーー...


...おい!...


...やめろ!...


...何てことを...


人々の悲鳴が響く。


兵士の銃は再びオゴタイを。


オゴタイはやめない。


「官僚の、か、かんの...す、全て、ス、ス、....スンドラ......派全て.....が、罪悪.....であり、諸...悪の....こ、こ、こ...こ、根元....」


「言いたいことはそれだけか?。老ぼれめ。」


....パーーーーーーーーーーーン...


ミラボレールは自らの銃を使いオゴタイの頭部を撃った。


...ギャァァァァァァァァァ...


国民評議員の悲痛な悲鳴が議場に響く。


敬愛する族長が虫ケラのように殺された。


オゴタイの巨大な身体は後ろによろめいた。


しかし、オゴタイは歯を食いしばり最後の力を振り絞りった。


...ドドドーーーーーーーーーーーーン...


議場が揺れる。


オゴタイは後ろにいる人々を怪我させないよう最期の力を振り絞り前に倒れて死んだ。


...おおぉぉぉ...


...あぁぁぁぁ...


人々は声にならない声を発している。


みな声も出せずに泣いている。


間をおかずイリーナの族長 プロセメキテルが立ち上がった。


プロセメキテルもまた両手を広げ兵士と国民議員達の間に立った。


プロセメキテルは武人だ。


兵士達はプロセメキテルに銃を向けた。


こんなことがあって良いのか。


偉大な族長がハイドラの宝が殺されていく。


あの噂が本当のことに...現実になってしまった。


「官僚は我が国のエリート。ペルセア以上の知恵の塊。私は官僚の全てが悪いとは思わぬ。しかも官僚無しでは我が国は成り立たない。1秒も1ミリも。官僚には身をなげうち自己を犠牲にしてまでも我が国のために尽くすもの達も多い。残念ながら腐敗し自己保身しか考えない者も。」


「一体何が言いたいのだ。この老ぼれが。」


シンラが言う。


プロセメキテルに聞こえるように。


族長は誰もが何よりもヒドゥイーンを護り助けて来た者。


誰よりも愛してくれた人達。


スンドラ派はある意味プロフェッショナルだ。


シビアに自分の利益だけを追求するプロフェッショナル。


いかに誰にも分からないように優雅に権力や金そして地位を自分だけのものにするかのプロフェッショナル。


自分達の欲望が裸にされた今手段は選ばない。


化け物だ。


ケラムの化け物よりも恐ろしい化け物達。


その中でプロセメキテルは続ける。


「完全な人間などいない。一人の官僚の中に、自己犠牲と自己保身、献身と私利が混ざっていることもある。それが人間。しかし、本当にそれで良いのか?。おまえ達はそれで良いのか?。孤児ではない。今のおまえ達こそ恥ずべき存在。今のおまえ達こそ、償わねばならぬ存在。猛省をここに強く、強く期する。今からでも遅くはない。改めよ。今日の提起事項の全ては、自己保身、私利私欲、己の利益のための最悪な恥ずべき提起。スンドラの者達、これを検討した官僚全てに言う。改めなさい。今からでも遅くはない。もう一度みなのために、我が祖国ハイドラのために。私が助けになろう。この余命に替えて...。」


「老ぼれめ。プロセメキテル。貴様も死ぬが良い!。」


ミラボレールはそう言うとまた兵士に合図を送った。


「撃つなら私を先に撃つが良い!。」


ジャワ族 女酋長マウチチ が叫んだ。


...パン..パン...パン....パン...パン...パン...


しかし、無情にも機関銃が連射された。


プロセメキテルは血だらけになった。


プロセメキテルは何かをつぶやいてパルトを掲げながら仰向けに倒れた。


プロセメキテルの手に握られていたパルトが血で染まっていく...。


パルトはイリーナの男が80歳になった時に贈られる布で出来た小さな人形だ。


大家族となるヒドゥィーンの孫達は祖父への感謝の気持ちを込めて一針ずつ交代で大切に人形を縫う。


アマル紛争で全ての家族を殺されたプロセメキテルには家族も孫もいない。


プロセメキテルの元にいるのは障害のある身寄りの無いイリーナ族の子供達。


人買いに殺されかけていた幼い子達。


お世辞にもあまり上手なパルトではない。


プロセメキテルは両方の手でパルト天に掲げた。


プロセメキテルが何かを叫んでいる。


必死に。


天井に向かいパルトを掲げ。


血だらけの身体で。


プロセメキテルは死んだ。


パルトを強く抱きしめながら。


「誰かと思えば任期半ばでハイドラを捨てた女ではないか。」


ミラボレールは薄ら笑いをしながら言った。


「な、何と言うことを。おまえを信じて託した私が愚かだった。私達は、お前を...お前達を信じたから首長会に治政を託した。権限を移譲したのだぞ。」


ミラボレールはかつてマウチチを議場の母だと言って慕っていた。


いや慕っているふりをしていた。


「ふん。相変わらず説教くさいババアだ。何十年も前のことを。お前達にはハイドラの秩序を守る能力がなかった。だから我々がこの任に就いたのだ。任期半ばで投げ出しておいてお前達は良くのこのこと出てこれるものだ。」


「そうではない。私らは放棄したのでも逃げたのでもない。若いお前達に託したのだ。期待に胸を膨らませ若いおまえ達に...部族純粋化政策に専念するためにおまえ達に託しのだ。そして、州、国では支えきれない部族ごとの特有な事情を部族の観点から解決するためそして部族の枠組みを俯瞰するため我々酋長達は治政から手を引いたのだ。決して、愛する祖国を大切な民達を見捨てるわけがない。お前達に未来を背負う若者に託したのだ。わ、わ、私はとんでもない過ちを犯してしまった...。」


マウチチは泣いている。


年老いた身体を震わせて泣いている。


「ふん。汚らしい。役立たずの骨董品は消えろ!。」


...パーーーーーーーーーーーーン...


...パーーーーーーーーーーーーーーーン...


議場には渇いた銃の音が響いた。


ハイドラ部族軍のアルバーン出兵。


そして、マジゥアンティカのアンティカ剥奪及び討伐命令は可決された。


後日、大審議会で発言をした7人の族長が大衆の前で張り付けられ処刑された。


ルカイ族の大酋長 ウルワナ•イヒ•ミーディアもスンドラ派に最も強く反発していたサラディーン族の女酋長 シュバールユーステルも例外では無かった。

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