ハイドラの狂人48
樹海の夜は真っ暗で肌寒い。
樹々の切れ間から見上げる空は、満点の星空だ。
「う、うわぁぁ!。兄様、す、凄い!。星が..星が!。」
「あぁ~~っ、あああ!。」
サンザとトラフィンは飛び跳ねて喜んでいる。
「こら。魚が焼けたぞ。いつまでそうしている。」
モルフィンは川のほとりに薪を集め木の枝に刺した魚を焼いている。
ヒドゥィーンタイガーのハルは子供達の相手に疲れて寝ている。
「わぁ。サンザ見てみよ。川に星が...川に星が沢山落ちておる。」
「あああ。ぎゃーあ。うう。」
星を映している川は流れか早い。
真っ黒で音も立てずに。
深く大きな川だ。
「おまえたち。落ち着いたらこっちへこい。落ちるなよ。その川は深いぞ。笑」
モルフィンは2人がしばらくは戻って来ないことを悟っている。
「本当だ。サンザ見よ。この川は大人しく見えるが強者じゃぞ。」
「うーー。」
2人は今度は川を覗き込んでいる。
...パチ...パチ...
焚き火が暗闇を照らしている。
魚の焼ける香ばしい匂いが広がる。
...フーーーー...フーーーーーーーーーー...
フクロウの鳴き声が聞こえる。
...パチ...パチ...パチ...パチ...
火の粉が飛んでいる。
真っ暗な川は静かにそれいて猛烈な勢いで流れている。
...ビュウゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
「うわあああっ!。兄様っ!。兄様っ!。」
「ぎゃああああ!。」
突然、静寂を切り裂く2人の悲鳴が...。
いつの間にかサンザは大きな蔦に腕を絡まれ川に引きずり込まれようとしている。
トラフィンが必死にサンザを掴んでいる。
2人はジリジリと引きずられて行く。
蔦は物凄い力だ。
しかし、モルフィンは慌てる様子はない。
立ち上がりゆっくりと2人の方へ歩いて行った。
「兄様っ!。兄様っ!。」
トラフィンは必死だ。
モルフィンは2人の元に着くとトラフィンの頭を撫でてやり蔦を掴んだ。
...グーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
蔦はゴムのような音を出して伸びる。
蔦からは青い樹液が流れサンザに巻きつく力が無くなった。
...ドタ...ドタ...
2人は地面に落ちた。
モルフィンは立ち上がり更に蔦を引いた。
...グーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
水面に大きな影が。
暗すぎて良く分からないが何か大きな塊が..。
岩?。
蔦に暴れ狂う水流が当たり暗闇で水しぶきが飛び散る。
更にモルフィンは蔦を引いた。
...グーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...バッチィッ...
蔦は切れ空中に蔦の樹液が飛び散る。
一瞬、水面に何かが現れた。
巨大な瞳が...。
「ば、化け物...。」
トラフィンは声を上げた。
「しまった。笑。逃がしたか。」
「うううう!。」
サンザが呻いた。
「陸のイカ メガスクイードだ。川の中に潜むとは、珍しい。笑」
モルフィンは、笑っている。
「兄様...。」
「トラよ。もはや我らの方が化け物だ。シーアナンジンを宿した今は。臆するでない。」
「ううううあああ。」
「兄様!。サンザの腕が腫れております。」
「うむ。メガスクイードの吸盤には毒があるのだ。もうおまえ達は自分で対処できるはず。やってみなさい。」
「たいしお...。」
「対処だ。何とかすることだ。笑」
トラフィンはサンザの方を見た。
モルフィンはサンザの元に歩いて行った。
...ドーーーーーーーーーーーン...
モルフィンの体内から破裂音が轟く。
...バタバタ...バタバタ...
暗闇に無数の鳥かコウモリが飛び立つ音が反響する。
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ジェットタービンの回転音のような音がモルフィンの身体から響き始める。
モルフィンの身体は暗闇で光を纏い始めた。
そして、モルフィンはサンザの前でしゃがむとサンザの背中を少し強めに数回叩いた。
...パーーーーーーーーーーーン...
サンザの体内からも何かの破裂するような音が。
「ううううあああ!。」
サンザは慌てている。
...ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
サンザの体内からも回転音が。
「サンザっ!。」
トラフィンが叫ぶ。
「大丈夫だ。お前たちの身体にシーアナンジンが宿って10日。このままでは虫は死んでしまう。肉体はもう慣れているはずだ。」
モルフィンが言う。
サンザの身体も光を纏い始めた。
サンザの腫れは一気に引いた。
モルフィンはトラフィンの元に歩いて行きトラフィン肩に手を置いた。
「トラ。お前が1番力が漲る型を取れ。」
「は、はい!。」
トラフィンは熊櫓の構えをした。
「シーアナンジンに語りかけるのだ。力を与えろと。お前の虫はお前の心の叫びを聞き逃さない。」
トラフィンの身体からも破裂音が。
...パーン...
...パーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ピーーーーーーーー...
トラフィンも光を纏い始めた。
「トラフィン。サンザ。己の最も力が漲る型を常に探しなさい。そしてそれを高めなさい。そうすれば、常にシーアナンジンはお前達と共にある。」
モルフィンはサンザとトラフィンの頭を撫でながら言った。
「うううう〜あああ!。」
サンザは飛び跳ねて、モルフィンの方を指差した。
「そうだな。サンザ。」
モルフィンはサンザの頭をまた撫でた。
「兄様ぁ...。」
トラフィンが浮かない顔をしている。
「纏う光の色が違うな?。トラフィン。」
「はい。」
「そんなに落ち込むことではない。お前のその光はメロウという光。黄色の光。ハイドゥクと同じ色。水のイプシロンの色。そして、サンザと私はシカムの色。青の光。空のイプシロンだ。」
「何で僕だけ...。」
「はっはっは。俺も兄も父と違う色であることを喜んだ。トラフィンよメロウのイプシロン。お前は父様を越えるのだ。良かったではないか?。」
「良かったのですか...。」
「元来イプシロンの色は赤、青、黄色だけではない。白も黒も他の色はいくらでもあるのだ。第一太陽と第二太陽の位置関係で最強のイプシロンは変わる。恐らく今は赤黄青のイプシロンが最強。残念ながら370年の時を経て黄色のイプシロンは弱まっている。父オルフェはもはや寿命なのだ。時が世界が宇宙が今黄色のイプシロンを求めている。今の時代はどれが欠けても均衡は保たれない。シーアナンジンはトラフィン。お前を選んだ。」
「わ、私を時が選んだ...?。」
「シーアナンジンはこの惑星を平和に導くための虫。選択を誤ることはない。神が判断を誤らないように。どうやらお前達は双子でありながら別々の宿命を背負っている。サンザの歩む道とて決して生易しい道ではない。私を越えるのだサンザ。シーアナンジンには残念ながら私に凶星が見えるようだ。」
双子の顔は曇った。
「兄様!。そ、そんな...モル兄様が...。」
「悲しむな。弟達よ。ハイドラの平和と繁栄こそ私の宿命。私の希望。例え凶星に倒れたとしても私の人生に悔いなどない。」
「そんな...。」
「トラフィンよサンザよ今は良い。悲しければ泣きなさい。」
モルフィンはしゃがみ双子の背中をそっと焚き火の方へ押した。
サンザは焼いていた魚を吐き出した。
トラフィンも吐き出した。
「わ..苦い..。」
「はっはっは。シーアナンジンが拒んでいるのだ。普通に食事を摂るのはこれが最後になる。楽しんでおきなさい。」
「ああああ!。ああ!。うう!。」
サンザが大きな声を出した。
「あ、兄様あれっ!。」
トラフィンは、空を指差した。
...ドンドーーーーーーーーーーン...
...ドンドーーーーーーーン...
...ドンドーーーーーーーーーーーン...
...ゴゴゴーーーーーーーーー...
...ドンドーーーーーーーーーーン...
...ドンドーーーーーーーン...
...ドンドーーーーーーーーーーーン...
...ゴゴゴーーーーーーーーー...
空を煌びやかな光の洪水達が横切っていく。
ジンズウ、アワ、カワノエ...。
そして、最後にアズマ。
アズマの識別灯は消えている。
しかし、艦隊に何とかついて行っている。
ハイドラ軍の小型駆逐艦達が役割を果たし次々とサブル基地へ帰還していく。
「私たちは1人ではない。」
モルフィンは呟いた。
...ググゥ...
目を覚ましたハルも眩しそうに光の洪水を眺めている。




