ハイドラの狂人47
議事の審議は、粛々と進んでいる。
...カーン...カーン...
音が反響する。
議長であるゾグドル族 ムスワルダンが木槌で机を叩き言う。
『...それでは...第25次税制改定について。まず税制調査会での最終的な結論を報告してください。えーと...では、次官。答弁を。...』
最高首長の下の席から男が立ち上がる。
男は事務方なので答弁台には向かわない。
ムスワルダンの声が反響する。
石で出来た格式の高い大審議場に。
天井は霞むほど高い。
そしてまるで競技用の体育館のように広い。
それでもマイク無しでも声が隅々まで届くように設計されている。
『...えーそれでは第25次税制の決定事項を...』
天井近い複数の小窓から2つの太陽の光が射し込んでいる。
そして光は交差し空中に戦闘神ナジマ姿を映し出す。
この光を使った芸術はアイーシーモンと言われるハイドラ独自の芸術だ。
世界的にはセクハンニ神殿の「セクハンニの光姿」が最も有名だ。
『...であるから致しまして、ハノイやサブル地区大企業に対する大幅な減税策を導入することでアトラやアマルの大企業ひいては多国籍企業の誘致....。」
ジャイナ杉で作られた年代物の内装が、艶のある重厚な光を放っている。
床には絨毯が敷き詰められている。
細かい金色の刺繍の入った明るいオレンジ色の絨毯。
『...デスマやガスターなど今まであまりハイドラの歴史上あまり好まれなかった企業に対しても積極的に...。」
議場は激しくどよめいた。
「デスマ?。ガスター?。ふざけるな!。武器商人じゃないか!。」
オブザーバー席から激しい怒号が飛ぶ。
『...ハーメルン社....。』
「馬鹿野郎!。臓器売買の手引きをするような奴らを何で誘致するんだ!。」
『...臓器売買云々衆愚のつまらない噂話に惑わされることなく...』
「なんだと!。」
「噂話だと!?。我々は犠牲になった子供達を無数に見てきたじゃないか!。」
...カーーン...カーーン...カーーン...
『...静粛に!。...』
この首長会議は都合の良い場面だけ全国に放送される。
大きな議場の最上座に最高首長シーアハーンの議席がある。
最高首長席は諮問台や他首長の議席より更に上に位置する。
『...ハイドラが過去に近隣の小国を侵略した事を認め世界に向けて謝罪を行うことにより、アマルやアトラなど大国との良好なの関係を構築し...』
「な...。は、ハイドラがいつ近隣諸国の侵略をしたというんだ!。」
『...ヨーシ•ダーセイの著書にあるザザルス共和国やサラディーン民主主義人民共和国での女性の強制連行など、我が国の犯した罪に対する正しい歴史認識を国内教育にてヒドゥイーン全員に...』
「な、何だって...。き、強制連行!?。そんな話聞いたことが無い...』
『...植民地支配は厳然たる事実であり、ヒドゥイーンが現地の人々に対し筆舌し難い残虐の数々を..」
「ば、バカな!。我々が残虐行為などするわけが無い!。」
「ダーセイは金儲けの為に嘘の本を書いたんだ!。売国奴だよ!。」
「おまえもだ!。引っ込めこの売国奴!。」
『...アマル帝国に対する謝罪として、バハヌノア地域のアルマダイ鉱山の無償開放、そして強制連行に対する損害賠償として...』
「ば、バカな!?。なぜ我らがアマルに賠償など?!」
「何を言ってる!。侵略も強制連行もアマルや過去のアトラが我々にしていたことじゃないか!。」
「サラディーン族は昔からヒドゥイーンだ!。仲間だ!。侵略されたなんて誰も思っちゃいない!。」
「ジャワ族もそうだ!。俺はジャワ族だ!。嘘ばかり並べるな!この野郎!。」
...カーーン...カーーン...カーーン...
木槌が音を鳴り響かせる。
『...静粛に!。国民評議会の皆さん。残念ながら皆様方の発言は認められていません。この大首長会での不規則な発言はあってはなりません。危険です。...』
シーアハーンは一時期 救世主エメドラドや大神官ジェー•ディー、ホラドトス、ゼヌカンハなどと並びハイドラの5大賢人と称されたほどの人物。
ハイドラの防衛施策や、難民問題で、永らく首長会の最大派閥スンドラ派と対立していた。
そして10年前の孫娘の拉致事件以降人が変わったように腑抜けになってしまった。
今や、最高首長というのは名ばかりでただのお飾りに過ぎない。
スンドラ派の思うままに動かされている。
『...アルバーンに駐在しているアマル北軍を排除し...。」
「えぇっ?。ば、バカか!?。どうやってデューンや南アマルの侵略を防ぐ気だ!。バグーですらハイドラのアルマダイ鉱脈を狙っているのに!。」
スンドラ派はサラディーン族やマヌ族の首長や議員が大半だ。
サラディーンには金持ちや学者名門である者が多い。
彼らはハイドラでは最も数の少ない民族だが、最も権力の中枢にいる。
『...更にアマル帝国との軍事同盟を」
「馬鹿野郎!」
『...えーと...あのですね...。」
『...あの、議長...。」
...カーーン...カーーン...カーーン...
『...静粛に。前回の大首長会の決議により来期以降不規則発言者は賞罰相の権限を持って最悪の場合銃殺か絞首刑とすることも可能になります。議会での態度にはくれぐれも気をつけてください。...』
「勝手に決めやがって!。」
「ふざけるな!それじゃ独裁国家じゃないか!。」
「おい。」
1人の首長が立ち上がり議場の出入口を警備している兵士の1人を呼んだ。
首長は赤に銀の刺繍の入った麗相衣を着ている。
高齢だが色が白く掘り深い。サラディーン族の男だ。
「はっ!ミラボレール殿下!。」
兵士音を立てず小走りで来た。
賞罰相のミラボレールだ。
ミラボレールは座ったまま耳打ちをした。
兵士は片膝をついて耳を傾け頷いている。
そして野次を飛ばしていた国民議員達を見回している。
誰も声を出さなくなった。
諮問台と最高首長の席を丸く囲むような形で議席は並んでいる。
1つ1つの席は六人は座れるコの字形のボックス席になっている。
ボックスの半分には机が取り付けられている
『...より一層の選択と集中を行い、このハイドラ全般にわたる合理化を推進し...。」
議場には88人の州知事そして州知事から選ばれる大臣を兼務する13首長。
16族長、事務方以外にも、オブザーバーとして国民評議員が100人ほど出席している。
国民評議員の発言権は5年前に剥奪された。
16族長の影響力は弱まり13首長に益々権力が集中している。
近年13首長達は自らの立場を世襲しようとしている。
『...結論と致しまして、ハイドラの財源不足につきましては、物品購入税を20%に。企業税を一律に、3%台に低減させる。更には、国債を発行し、大規模な公共事業の実施を提言致します。更には、人民救済事業費については、一律25%カット、人民研究調査費については、我らがハイドラには、孤児はいないため、廃止とさせ...。」
「嘘よっ!。」
「あちこちに、身寄りの無い子供達がいるじゃないか!。」
「子供達が臓器売買の犠牲になっているのよ!。分かってるはずじゃない!。」
「エスカトラのマフィアの入り込む隙を与えているのはおまえ達官僚とスンドラ派の首長のせいだぞ!。」
「ハーメルンに金でも貰っているのか!。貴様らは!。」
ミラボレールは、兵士に合図を送った。
兵士達は発言した国民議員達を次々と羽交締めにして手荒く運び出した。
男でも女でも容赦は無い。
「な、放してっ!痛い。」
「くそっ、離せ!。」
「や、やめろ。」
「キャーー!。」
間違いなくこの騒動は放映されない。
いつものように首長達による慈善活動のホログラムが流れていることだろう。
『...これをもって第25次税制調査会の提言と致したく存じます。...。」
議長ゾグドル族 ムスワルダンが言う。
「続いて、産業相 ザーカル殿。お願いします。」
色の白い太った大男が手を上げ立ち上がった。
ザーカルはサラディーン族だ。
赤に銀の刺繍の入った服を着ている。
「待ってくれ。」
族長席から声がした。
議場が騒く。
...カーーーーン...カーーーーン...
『...静粛に!。...』
ダンヌ族族長ゴットーエケメテヌが挙手をした。
ハイドラでは多夫多妻制や民族融合政策により全く特徴の違う16の部族が何万年にも渡り融合してきた。
民族の大融合。
最初の大酋長ルカイルにより推し進められた。
「ハイドラ年代記」によると、およそ1万3000年前のこの偉大な大酋長は若干17歳だったという。
融合政策。
お互いの相互理解。
部族間の結婚や出産によってお互いに特徴の違う部族同士が紛争することなく1つの共同体となっていく。
そして、各部族の特性をより際立たせて行く。
迎合ではなく融合。
水性民族は穏やかだから遺伝的に近いから、もともと生物学的に融合する流れだと一般的には言われる。
しかし、それは全く違う。
16部族融合の道は決して平坦では無かった。
ルカイルをはじめ節目節目で現れる大酋長にハイドラは導かれて来た。
そして、今、族長達はもう一度13000年前の偉大な大酋長の教え見つめ直している。
「税制調査会の報告に対してダンヌの族の長として物申したい。」
議場が感嘆の声で溢れる。
「何ですと?!。」
ザーカルは、声を荒げた。
議事の合間に族長が発言するなど通常は無い事だ。
しかし、議長のムスワルダンは構わず指名した。
『...それではダンヌ族 エケメテヌ殿。...』
エケメテヌは杖をつきながらゆっくりとフロスト(昇降機)に乗った。
厚いざっくりとした白い綿の生地。
首の周りや袖口は様々な色の細かい化粧石が散りばめられた刺繍が施されている。
少し黒髪の混じった白い長髪白く長い髭。
色は小麦色をしている。
かなり高齢のはずなのに若々しい。
頭には首や袖口と同じ色の縁の無い帽子を被っている。
族長という大変高い地位にいながら身なりは質素で身軽だ。
それでいてみすぼらしくはない。
エケメテヌは大首長の左下の答弁台に辿りつく、答弁台の扉を開け立った。
そして口を開く。
スンドラ派の息のかかったメディアも流石に族長の答弁は無かったことにはできない。
「ハイドラを収める者達は民の声を聞くのが務め。決して、己の利を優先する者であってはならない。」
議場には、オブザーバー達の深い安堵の声が響いた。
ザーカルは立ったまま不快極まりないと言った顔をして貧乏揺すりをしている。
議席に座っている法相のユグドルがにやけながらこちらを向いた。
ユグドルは族長達が代弁してくれるのを喜んでいる。
私の友人であるユグドルは若いが立派な男だ。
常に思慮深く慈愛に満ちている。
そしてとても誠実で正義感の強い男だ。
そのユグドルは子供のように議席のボックスから後ろに顔を出して口を動かしいる。
「エケメテヌは見かねたんだ。」
そう言っている。
エケメテヌは続ける。
「大勢で耕し大きな畑を耕し大きな機械で耕し豊かになると言う。しかし、果たして痩せ細った大地からどれだけの実りが得られるだろうか。実りを期待するならまず土を豊かにせねばならない。大きな会社で物を沢山作っても一体誰が買うのかね?。」
「昔話をするなら、部落に帰ってやってくれ!。」
「何が言いたいんだ?。具体的に言ってくれ!。酋長は抽象的なことしか言わない。」
首長達からヤジが飛ぶ。
ドッと笑いが起きた。
構わず、エケメテヌは続ける。
「ダンヌの民達は仕事を失っている。あなた方の言う大きな会社のせいで。大きな会社は綺麗な建物。清潔な環境。しかし、体質や体制は古く硬直していて冷たい。有能であっても女は働けない。そして、歳を取ったものは働けない。働き手をまるで部品のように扱う。」
「爺さん!。一体何が言いたいんだ!。」
「時間の無駄だ!。引っ込め!。」
エケメテヌは続ける。
「母親は子供の世話で仕事に専念できない。子供を預ける場所が無い。若い世代は貧しく子供を育てる金も時間も無い。子供の数が減っていけば、ダンヌだけではない。このハイドラ自体の体制が成り立たない。」
「だから、何が言いたいんだよ!。爺さん!。」
「具体的な策がないじゃないの!。笑」
容赦なくヤジが飛ぶ。
「最初にマラツ(※)の復興。そして保育をする者。介護をする者の待遇を改善すること。地位を向上させること。施設を建てること。女が働けるようにすること。能力のある女も高齢の者が働ける環境を整えること。」
※〔マラツ=ヒドゥィーン独自の養護施設。年の半分は、家族の元を離れ、子供はマラツで過ごす。〕
...カーン...カーン...
「エケメテヌ殿。お時間です。」
ムスワルダンは言った。
エケメテヌはまだまだ話したいことが沢山あるようだ。
しかし、諦めて腰までの扉を開け演台から降りフロスト(昇降機)に乗った。
「ふん。結局のところ何が言いたかったんだ?。」
「財源は?。財源はどうするんだ。これだから素人は困る。」
『...それでは、次は、ザーカル...。』
「議長さん。」
今度は、ルカイ族の女族長 ウルワナ•イヒミーディアが挙手をした。




