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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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ハイドラの狂人42

マジゥはトラフィンを乗せた手をそっと地面に下ろした。


山よりも大きな身体を折り曲げて。


マジゥの手は着陸しているフライヤーよりも遥かに大きい。


100mを優に超えるマジゥが地に膝をつけること。


それはシーアナンジンの圧力によって心臓ばかりか全身が破裂する危険が伴う。


シーアナンジンは高速でアルマダイを含んだ血液を全身に供給する。


しかし、マジゥはその体勢のまま、まるで巨大な石像のように動かなくなった。


鳥や猿、虫...生き物達の鳴き声がジャングルに轟いている。


...フルルル...


...フルルル...


....キーッ...キッ...キッ...キッ...


蔦のからむ木の上から、赤、青、黄色、緑の模様を持つカラフルな鳥がこちらを見ている。


白い鳥達がじゃれあって空に駆け上がっていく。


大神官ジェー•ディーはマジゥの手のひらの上に杖を投げた。


微動だにしない岩のような手。


爪に足をかけ手のひらに登って行く。


歩くに従い大きな手のひらに乗っているものが見えてくる。


少年はマジゥの巨大な掌の真ん中で座ることも立つことも出来ずに息絶えていた。


まるで小さなクモのように。


「......か........。」


ジェー•ディーは絶句した。


「....か、か....可哀想に...。」


マジゥの掌は鋼鉄のように硬い。


ジェー•ディーは少年に触れようとした。


しかし、もはや少年の身体のどこにも触れてやれる場所は無かった。


少年の身体は無数の鉄パイプのように硬く太いクローチの棘に貫かれている。


体液は流れ尽くしとうの昔に息絶えている。


早くも蝿がたかっている。


もっとも太い棘は口から後頭部にかけて貫通していた。


大神官は目頭を押さえ呟いた。


「勇者よ。小さき真の勇者よ。」


マジゥの掌の上に医者、看護士、救急隊員が次々と登ってきた。


誰もが少年のあまりも無残な姿に言葉を失った。


「私はエレンと申します。大神官様。医者です。プロスファル家の医師をまとめております。」


「初めまして。エレン。よろしく頼む。」


「...もう...この子は...残念ながら...かなり前に絶命しています。...いったいどうしてやれば良いのですか...。」


医者として平静を保っているエレンだが身体が小刻みに震えている。


「この大槍のような棘を出来るだけそっと抜いてやってくれないか...。」


「この棘を...分かりました。しかし、これは酷い...この小さな身体に良くもこんなに...。」


エレンは元気なく呟いた。


しかし、深呼吸をして空を見上げた後、顔つきが変わった。


「おーい!。手伝ってくれ!。力のあるやつ!。」


エレンは下にいる男たちに叫んだ。


「エメドラド様...。私は第一妃 プロスファル様にお仕えしておりますアンドゥです。」


「大変な思いをされましたな。私はエメドじゃ。」


「私はドラドじゃ。」


「存じ上げております。大変光栄です。畏れ多いことです。私のような者が直接こうしてお目にかかれるとは...。」


女が駆け寄って来た。


「アンドゥさん。双子の1人は意識もあります。でも、腰から下の骨が粉々になってしまっています。意識があるのが不思議なくらいです。」


「エメドラド様こちらは我らの第二医師メイランです。」


「恐れ入ります。エメドラド様。メイランと申します。」


ドラドは言った。


「メイラン。サンザに着いていてやっておくれ。しばし安らかに過ごせるように手当をしてやっておくれ。」


エメドも言った。


「初めまして。メイラン。後は私達がやる。トラフィンの準備が出来てから一緒にな...。」


また別の女が灰色に汚れた布に包まれたものを抱え駆け寄って来た。


「先生!。この赤ちゃん...ケガもありません!。元気です。精密検査をしてみないと分かりませんけど。」


メイランは、赤いシャトルを指差し言った。


「シャトルの治療室で急いで検査をして!」


「はい!先生...この肩の文字は、何でしょう...この文字...外国の文字です。」


エメドが言う。


「その子を少し見せておくれ。」


ドラドも口を開いた。


「その子を護るために双子は命をかけたのじゃ。ゴードの主もな...。」


「は、はい!。」


女は赤ん坊を連れて、エメドラドの元に来た。


「...な、何と...見ておるか?。ドラド...。」


「あぁ...何と...これは...アトラの文字じゃ...エメド...。」


「しかも、ただの人の子ではない...。」


「すでにシーアナンジンが宿っておる。」


「え、エメドラド様...どうかなさいましたか?。」


女が聞いた。


「いや何でも無い。大丈夫じゃ。」


「それよりメイラン殿は。」


「エメドラド様。ここにおります。」


「メイラン殿...。この子は大丈夫じゃ。どうか検査をしないで欲しい。」


「どうしてでしょうか?。...エメド様。」


「この赤子もまた特別な子。身体の仕組みが違う。」


メイランは何かに気づいたようだ。


ガサガサと人の走る音がする。


「エメドラド様!。お椅子にお座り下さい。」


看護士らしい男が椅子を持って来た。


「おぉ...すまぬな...。」


「ありがたい。」


しかし、椅子は少しエメドラドには小さすぎた。


「アンドゥ!。ヒドゥィーンタイガーの親子はどうする!?。3匹とも弱ってるよ。特に白い虎が骨がグチャグチャに潰されてるよ。殺してやった方が良いかなぁ?!。」


銃を持った色の黒い少年が大声で聞いてくる。


「親のヒドゥィーンタイガーの近くに連れて行ってやれ!。ヒドゥィーンタイガーの親に任せてやれ!。」


アンドゥは叫んで指示をした。


大勢の人間が慌ただしく動いている。


着陸した駆逐艦から降りてきた隊員達が、背中にタンクを背負い、ジャングルの地面に薬剤を巻き始めた。


テントを設営する者もいる。


...ドン...ドーン...ドン...ドーン...ドン...ドーン...


上空には未だにハイドラ軍の小型駆逐艦が4隻とも留まっている。


高圧炉の音をのどかに響かせながら。


「オッケー。分かった。」


色黒の少年は銃の安全装置を確認してから白い虎の方へ走った。


「あ..あぁ...あ..,あぁぁ。」


「うわっ!。」


エメドラド用に別の椅子を組み立てている男が叫んだ。


「サンザ...サンザ様...。」


アンドゥは慌てて声を出した。


「すいません...この子言葉が通じないみたいで...。」


看護士らしき女が後を追って来た。


「どうやってこの身体でここまで...。」


メイランは慌ててサンザの元にかけ寄った。


「あ、あぁ、あぁぁ。」


サンザは、アンドゥに必死に何かを話しかけている。


「サンザは虎の子を助けてやってくれと行っておる。」


ドラドが言った。


「サンザはあの子を殺さないでくれと言っている。」


エメドは言った。


「優しい子じゃ。サンザは山の主もこの白い子も護ろうとしたのじゃ。」


「この子。サンザは知恵遅れでは?。」


アンドゥが聞いた。


「いや、そうではない。」


エメドが言った。


「表現方法が我らとは違うだけじゃ。」


ドラドが言った。


「むしろ我らより感性が鋭い。」


「むしろ我らより思慮深い。」


「アマトの化身じゃ。」


「正に神の子じゃ。」


「私には良く聞こえる。」


「私には良く分かる。」


「この子の心の声が。」


「この子の優しさが。」


「分かったよ。坊や。」


アンドゥは言った


...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーー...


ヒドゥィーンタイガーが吠え始めた。


サンザはまた意識が無くなり動かなくなった。


....ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーー...


...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーー...


キャアーーー。


うわっうわーーー。


ヒドゥィーンタイガーの親子のいる場所から悲鳴が。


「ど、どうしたっ!。」


...ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーー...


...ゴゴゴゴーーーーーーーーー...


...ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーー...


...ゴゴゴゴーーーー...


親のヒドゥィーンタイガーが吼えている。


激しく。


激しく。


そして自分の近くに運ばれた白い子供のヒドゥィーンタイガーを舐めてやっている。


そっと...。


「ハッサンが泣いておる。」


「我が腹を痛めた子。辛いじゃろう。」


「この主は、雌なのですか?。」


アンドゥは驚きを隠せない。


「ハッサンは雌なのじゃ。ゴードの自然をヒドゥィーンタイガーが統べるようになって初めてな。」


ドラドは言った。


「女がゴードを仕切るのには大変な苦労があったじゃろうて。」


「雌でここまで大きいヒドゥィーンタイガーは見たことがない...。」


アンドゥは言った。


「ハッサンはとても賢い。そしてこの主は人間と同じように正義と自己犠牲の心を持つ。立派なものじゃ...。」


白いヒドゥィーンタイガー微かに声を出した。


...グゥーーー...


...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーー...


...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーー...


...ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーー...


...ゴゴゴゴーーーー...


泣き叫ぶような悲しい声。


「哀れだな...。ゴードの主も...。決心がつかないんだ...。我が子を楽にしてやる決心が...。仕方ない...俺が...。」


アンドゥは銃を構えた。


「ああぁぁ...あああ!。」


いつの間にか、サンザがズボンの裾を掴む。


「あっ...。」


サンザは地面を潰れた下半身を引きずりヒドゥィーンタイガーの親子の元に這って行った。


少しづつ。


少しづつ。


「このままでは、あの子も死んでしまう。」


メイランは呟いた。


...ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


ハッサンは覚悟を決め子供の喉元に噛みつこうとした。


サンザは白いヒドゥィーンタイガーとハッサンの間に入り両手を広げて子を庇った。


サンザの手は優しく噛みつこうとするハッサンの顔を撫でた。


ハッサンは唸った。


...グググゥーーーー...


...グググゥーーーー...


もう一頭の子がハッサンの身体を必死に舐めてやっている。


ハッサンは、我が子に手をかけるのをやめた。


「あのアルビノのヒドゥィーンタイガーを救うことは出来ないのですか?。そうでないといたずらに...。」


アンドゥは、咄嗟にエメドラドの方を向いて言った。


「やってみよう。アンドゥ。サンザは我らにそう言っておる。」


「このバァバ達に任せておけ。坊や。」


エメドとドラドは同時に言って微笑んだ。

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