ハイドラの狂人38
....ゴゴゴゴブオオオオオオオオオゴゴゴガガアアアアアァァァァゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーー...
怪物が間近に迫る。
ヒッ...ヒィィ...。
デカい。
何と言うデカさ...。
鬼。
化け物はいくらでもいる。
ケラムには鬼もいると言うことか...。
こんな恐ろしい鬼が。
人は滅ぼされてしまう。
いつの日か。
鬼はこっちに気づいている。
目が四つもある。
光る四つの...。
?。
多角形の光りを背中に背負っている。
眩い光を放つ多角形の光。
鬼というよりはお不動様じゃ...。
!
不動明王...。
この獰猛な巨人はもしかして...。
ヒッ!。
こ、これはモルフィン様か!?。
あのモルフィン様。
あのお優しいモルフィン様が...。
ベルーガの樹からも真上に見上げる巨大さ...。
ただただ狂ったように雄叫びを上げる。
この巨人が大爆音で咆哮を上げる度に肩を貫通している太い枝が激しく震える。
痛みで全身に電流が流れる...。
タンカーの警笛を間近で聴かされているようじゃ。
鼓膜はとうに破れたが腹が腰が何よりよベルーガの樹が振動で激しく揺れる。
...ブオオオオオオオオオゴゴゴガガゴゴゴゴゴーーーーー...
あまりの痛みに何度も気が遠くなる。
幼子のように泣きたい。
...ドドーーーーーーーーン...
...ドズーーーーーーーーーーーーーン...
...ズズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
地面が波打ち爆発のように岩や土折れた木が飛び上がる。
地面を踏みつけている。
クローチの群れを踏み潰している。
クローチ達は葡萄酒の葡萄のように簡単に潰れ真っ赤な体液が噴き上げている。
クローチは内蔵が飛び出しグチャグチャに潰されて行く。
ボスのクローチが小犬のように怯えている...。
恐怖のあまり逃げることすらできない...。
この巨人は本当に怒り狂っている。
もはや人格すらない。
これがあの優しいモルフィン様なのか...。
ただの獰猛な怪獣...。
ワイナ語のアンティカは、古代ハクアの神話に出てくる大天使に由来しているそうだ。
じゃが今のこの巨人の野蛮さは大天使とは似ても似つかぬ。
生き物に対する尊厳も何も無い。
...ゲーーー...
もう吐くものがない。
あまりにも野蛮でグロテスクじゃ...。
樹は激しく揺れる。
あ、ぁぁ、あ、ぁぁあ、ぁぁ。
い、い、痛いぃぃ...。
...バギィィィィィ...
え、枝が折れた...。
まだ服でぶら下がっておる...。
...ズドゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ズドゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
巨人の重量に折れたベルーガの木までも簡単に空に噴き上がる...。
巨人はクローチのボスを見つけた。
...ゴゴ...
...ドドン...ドドン...ドドン...
怯えていたクローチは一瞬で何かを咥えて走り出した。
20mを越える巨体でありながらもの凄い速度で...
なんじゃ!?。
何をした!?。
トラフィンがおらん!。
棘だらけのトラフィンを食らったのか!?。
な、何てことを!。
どこまで汚く卑しい奴なのじゃ!。
ゆ、ゆ許せん!。
....バババリバリババババリバリバッバババリバリバッ...
ま、眩しい!。
ああぁ!。
目が!...目が!。
焼けた...。
...ドドドドドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
閃光が...。
クローチの前方を薙ぎ払う。
眩しい。
何も見えない。
目が、目が、目がぁ...!。
爆発が...。
もの凄い爆風...。
他のベルーガの樹々の葉が被さってくる...ササのように地面近くまでしなっている。
ベルーガのおかげで吹き飛ばされないで済んでいる。
熱い!。
熱風で飛ばされる!。
土や砂が当たる。
...ミシミシミシミシ...
...バリバリバリバリ...
...バッキイッ...
ベルーガの樹木が折れた。
...キーーーーーーーーーーーーーーーン...
耳鳴りがする。
目は潰れていなかった...。
目が焼けて真ん中は真っ白じゃが視界の端に青い甲殻が見える。
巨人はいつの間にか前に移動している。
...グェ...グェ...グェ...グェ...
...キーーーーーーーーーーーーーーン...
黒い何かが暴れているのも見える...。
地面が揺れている...。
あの黒いものは...。
少しずつ目が見えるようになって来た...。
強烈な閃光の跡が視界に残る...。
!!
く、クローチ!クローチのボスじゃ。
あの黒いものは。
モルフィンに捕まったのじゃ...。
...グェェェ..ゴ...グェェェグェエエエエ...ゴ...
さっきまでの生き物とは思えんほど弱々しい鳴き声。
持ち上げられている。
潰されかかっていて吠えることすらできない。
モルフィンがクローチの上顎と下顎を両手で掴んでいる。
クローチの顎の力はビル、岩、戦艦さえも砕くほど強力。
恐ろしい獣...。
しかし、今は青い巨人に掴まれ小刻みに震えている。
...ミシッミシッ...
...メキメキメキメキメキメキ...
...バリバリバリバリバリバリバリバリ...
...バゴゴバギィゴゴゴバリバリ...
...バリィッッ...
モルフィンがクローチの顎を一気に引き裂く。
音が反響する。
あまりにも大きな生き物が引き裂かれた音が...。
クローチの身体が引きちぎられる。
割れた頭部からは、小型車くらいある脳味噌...血管が飛び出した。
...ドン...
...ボチャ...
...ドドン...
...ドン...
...ドン...
巨大な肉片が地面に落ちる。
地面が揺れる。
腹まで真っ二つに引き裂かれた身体はまだ動いている...。
巨大な、胃袋も腸もぶら下がっている...。
誰も見たくもない秘部が白昼の元晒されている。
クローチはこんな状態になっても、まだなお、両脚をバタつかせている。
逃れようと必死にもがいている。
気持ちが悪い...。
...ゲーーー...ゲーーー...
...バリバリバリバリバリバリバリバリ...
あぁ、ぁ...。
クローチはまだ身体を割かれている。
巨人が首を突っ込んでいる...。
こんな不潔な獣を食らう気か!。
...ゲーーーゲーーーオェ...
...ゲーーー...
...バゴゴバギィゴゴゴバリバリ...
...バリィッッ...
モルフィンが反対側の身体を引きちぎった!。
...ド...ダウンッ...
地面が浮き上がる。
内蔵の着いていない方の身体を地面に投げ捨てた。
クローチはまだ生きておる...。
ま、まだ動いておる...。
...バアァ...
...ブチィッツ...
反響音が...。
クローチの残りの身体から食道ごと胃袋を引きちぎった...。
デカイ、巨大な内蔵がぶら下がっている...。
返り血を浴び真っ赤になりながら。
残虐の限りを尽くすこの巨人は、悪魔じゃ...。
地獄から来た鬼そのものじゃ...。
もうあのお優しいお優しいモルフィン様はいなくなってしまった。
寒い日、誰よりも先に館に招き入れてくれた。
わざわざワシの弁当を森の深くまで届けてくれた。
我が家の愛犬を誰よりも可愛がって下さった。
今は亡きチロはモル坊っちゃまの愛犬のようじゃった。
灼熱の夏の日。
倒れたワシを探し出し担いで帰ってくださった。
たった一人で20kmの道のりを。
小さな身体で。
薪を破るワシにいつもついてきてずっと話して下さった。
人懐っこい坊ちゃん。
肩を揉んで下さるがモル坊ちゃまの力はお強くてな...。
いつまで続くのじゃ...このグロテスクな行為は...。
!?
違う、何かを探している...。
...ゴゴゴゴ...
巨人が胃袋を破いている...。
ハッ!?
サンザが、這っている...。
危ない!サンザ!。
な、何を...。
!?
トラを見つけたのじゃ!。
トラ!。
トラ!。
地面に落ちたのじゃ!。
モルフィン様の足元におる!。
危ない!。
二人とも踏み潰されてしまう...。
止めねば...あの怪物を...あの巨人を...。
ても、どうやって...?。
イテテて...イテ。
行かねば!。
どうやってでも良い...。
行かねば...。
...ブオオオオオオオオオゴゴゴガガゴゴゴゴゴーーーーー...
...ブオオオオオオオオオゴゴゴガガゴゴゴゴゴーーーーー...
ひいぃっ!。
こ、今度は、な、何じゃ...。
そんなことい、言っておれん...。
情けない、歩くのが...痛い!。
電流が流れる...。
ゆっくり歩くのが精一杯じゃ...。
早くせんと二人が踏み潰されてしまう。
早く!。
...チカチカチカ...
...バババリバリババババリバリバッバババリバリバッ...
ま、眩しい!。
...ドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...チカチカチカ...
...バババリバリババババリバリバッバババリバリ...
...ドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...チカチカチカ...
...バババリバリババババリバリバッバババリバリバッ...
...ドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ブン...
な、何も聞こえなくなった。
今度こそ鼓膜が破れたわい。
あ、頭がい、痛い...。
悲鳴を発したが自分には聞こえない。
何も聞こえなくなった...。
身体ごと振動で震える!。
またあの巨人が閃光を吐いている。
どでかい爆発がおきキノコ雲が立ち上がる。
今度は何度も...何度も。
地面は激しくまるで海のように波打つ...爆風が吹き荒れる...。
つ、次々とベルーガの大木がなぎ倒されて行く...。
ベルーガの大木が無くなってしまったらワシらは皆、空高く吹き飛ばされてしまう...。
...チカチカチカ...
...チカチカチカ...
...チカチカチカ...
身体ごと揺さぶられ、次々とキノコ雲が...。
煙で何も見えなくなった...。
地面が激しく揺れ続ける...。
寧ろ耳が聞こえなくなって良かった...。
目を覆っていても光が目を刺し続ける...
この光で焼け、皆目が見えなくなってしまう。
大きな振動が...。
ベルーガの大木が倒れた...。
死にかけているハッサンの子の真横に落ちた...。
母と弟を命がけで守った勇敢な白いヒドゥィーンタイガー。
白に黒い模様のトラは神話にしかいないと思っておったが...。
このままでは皆、今度はモルフィンに殺されてしまう。
この爆風だけで皆死んでしまう...。
止めねば...何としても止めねば...。
こ、怖いのう...。
この歳になって怖いものは無くならぬな...。
もういつ死んでも良いと思っておったが...。
死ぬのは怖い...。
娘に会えなくなるのは...。
孫達に会えなくなるのは...。
ネスファル様にも...アリシア様、ジュエル様...。
そして...モル坊っちゃま...。
じゃが...何とかせねば...。
ジュディ...すまぬ。
ワシは、ここでもう終わりじゃ...。
もう一度お前の作ってくれるスープが飲みたかったのぅ。
新しい孫は女の子だというが...どんな子なのかの。
ジィジの腕で抱っこしてやりたかったのぅ...。
...ズズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
巨人...いや、モルフィンの足が。
土が吹き上がる。
見上げてもワシにはモルフィンのくるぶししか見えない...。
ワシはいつの間にか、尻餅を...。
い、痛っ...。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ワシは必死で叫んだ。
ちゃんと言えているか分からんが...。
《...あなた様の大切な弟達はここにおります。あなたの大切な宝物は怪我をしています。死にかけているのです。あなたの放つ雷があなたの宝物の命を奪おうとしています。怒りを鎮めて下さい。助けてやって下さい。どうかあの勇敢な子供達を助けてやって下さい。どうかあなたの宝物を助けてやって下さい。怒りを鎮めて下さい。お願いですから。お願いですから。モル坊っちゃま。お優しいモル坊っちゃま...》
ワシの頬はビショビショに。
いつの間にか涙が溢れていた。




