ハイドラの狂人25
セティの征天大剛 バラドは、旧大闘技場カスマ殿付近で見つかった。
手足をもがれ目も耳も鼻も削ぎ落とされ血だらけでマナトラナの大木に宙釣りにされていた。
瀕死の状態だった。
3mを越える熊の型の達人バラドは、怯えきっていて話すことも声を出すこともままならなかった。
バラドは誰に何をされたのかとの問いに対して一切答えようとはしなかった。
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スロードーブ(低層飛行車)は軽快に外環道の上空を飛んでいる。
緩やかな傾斜の広い通りの上を。
ジェイゴク山の麓にある平野ワドルセクハンニまで。
まるでトラクターの様に上下に揺れる。
だがとても早く快適だ。
時折、虫や鳥たちにぶつかりそうになるが...。
ハッチを開けて飛んでいるので風が涼しい。
高さは丁度3m位。
この前、頭上を通っていた乗り物はこれだったか。
あ!。タント族の人...。
大きい。
飛び越せるのであろうか...。
「はっはっはっ。大丈夫だよ。坊ちゃん。」
ガバディルおじいさんが帽子のつばを少し持ち上げて言う。
おじさんは日に焼け真っ黒だ。
きっと働き者なのであろう...。
白い麻の帽子に白い麻の背広そして白い髭。
綺麗にアイロンのかかった白いシャツ。
モル兄様の家の方だとか。
スロードーブ(低層飛行車)はエンジン音を高めて更に浮き上がる。
ググッと。
かなり高くなった。
タント族の人が小さく見える。
スロードーブは反重力板の極変換をしていない乗り物。
だから、高くは飛べないと聞いておったが...。
人々の頭上をどんどん追い越していく。
広い沿道はだんだん人が混み始めてきた。
あっと言う間にもうすぐワドルセクハンニだ。
スロードープはジーナン(山の平地。猿の腰掛けに似ている。)の沿道ではなく専用進路に入る。
一般の沿道の上を飛ぶのは人々にとって危険じゃから。
黒いでこぼこの岩の間に木が生えている。
遠くから見た時に緑は苔に見えた。
しかし結構な大木だ。
見下ろすと沿道の人混みが豆つぶだ。
スロードープとはこのような高さまで上昇できるのだな。
シンプルな作りなのに。
傾斜して飛んでいるから自分の身体の重さがまともにかかってくる。
結構な高さを飛んでいる。
霧が立ち込めていて少し怖い。
「うぅぅ...。」
サンザは苦しそうだ。
突然視界が開けた。
広い広い大きな街。
遠くまでずっとずっと遠くまで色んな形の白い建物が続いている。
エンダル石で出来た都市ワドルセクハンニ。
スロードーブはまたゆっくりと元の高さに降りた。
白い建物、緑の木々、そしてあらゆる場所を流れる澄んだ川や湖。
とても美しい。
今度はワシ達の頭上をエルカーやフライヤーが次々と飛び越えていく。
スロードープは陸道に戻る。
荷物のカゴを頭に乗せている人。
小さな人や大きな人。
大人や子供。
女や男。
いろいろな人達が広い石畳の道を歩いている。
この街に住んでる人達の時間はゆっくりしている。
陸車は決められたものしか走ることができない。
みな徒歩で移動する。
ガバディルおじいさんが言っていた。
隣町から用事で来た旅人は、暖かく清潔な噴水広場で寝て、またワドルの次の街へと巡礼の旅を続ける。
荷物を放り出して無防備な状態で。
ハイドゥクの門前町ワドルセクハンニには犯罪はない。
食べ物に困ることもない。
森には木の実や果物。
川や湖の透き通った水。
美味しい川魚。
一年中穏やかな気候。
スロードープはセクハンニ神殿の方の森に入った。
吸い込まれるようだ。
おじいさんは軽快に森の木々を避けて飛んでいる。
みな森と言うが殆どジャングルだ。
色んな鳥や生き物の鳴き声が聞こえる。
!!
猿人の群れが追いかけてくる。
今にも飛びつきそうじゃ。
何かを投げつけてくる。
...バーーン...
スロードープに当たった。
「大丈夫だ。友達だと思ってるんじゃよ。カンターフ(猿人)達は優しくて人懐っこい猿人じゃよ。タイオールと違ってな。」
投げてくるのは赤い果物だ。
...ドコン...ドコン...
赤い果物がスロードープの座席に落ちた。
「食べん方が良いぞ。あまり綺麗ではないからな。笑...。ちょいと高くなるぞ。」
スロードープはまた高度を上げる。
大木が左右に揺れ生い茂った草や蔦が激しく揺れる。
...ガサ...ガサ...ガサ...
ヒドゥィーンタイガーだ!。
2匹の子供を連れている。
大きなヒドゥィーンタイガーだ。
見たことがある。
子供たち。
少し大きくなっている。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
「おぉ。ハッサンが...。なぜこんな所に...。」
そうだ。確かにハッサンと呼ばれていた。
子供達がワシたちに似ていると。
何が大変なのであろうか。
「ガバディルさんや。どうしたのです?。あの虎達は。」
「またこのゴードの森に外から何かが来たのじゃろう。」
「何かとは...?。」
「分からん。どうやって入ってくるのか分からんが動物達の秩序を脅かす強い何かじゃ。」
「脅かす物...。うーむ。」
「ギルメアという不思議な蝶がおってな。この猿人達はそのギルメアの幼体の群れに皆殺しにされかかったのじゃ。その時もハッサンが...ま、後でゆっくり話そう。」
スロードープは巨大なヒドゥィーンタイガーの上を通り過ぎる。
密林が突然切れ視界が広がる。
高い床の白い建物が無数に建っている。
神様でも住んでいそうな建物。
そう。
神殿みたいな建物だ。
高くて大きな高床式神殿を中心にした集落がいくつもある。
商店もあるようだ。
野菜を買っている人。
魚を買っている人。
みんな白い服に色とりどりの帯や履物を身につけている。
「もうすぐ着くぞぃ。」
おじいさんが言った。
街の中心行くに従い建物は高く大きくなる。
「最も高く大きな神殿がプロスファル様...デフィン様の母君様のお住まいじゃ。笑」
それぞれの集落が綺麗な庭園であり美しい風景になっている。
スロードープはカタカタと音をさせながら湖の上をゆっくりと旋回する。
そしてほとりに降下し始めた。
「さぁ着いた。ここがわがネスファル様の神殿。」
ネスファルの神殿はプロスファルのものに次いで高い。
大きな一軒家なのにビル並みの高さだ。
ガバディルおじいさんいわくこの階段はかつて夫人の身分の高さを示すだけではなく逃げられなくする意味もあったそうだ。
儀式の時以外はフロスト(飛行虫シンワートを使った昇降機)に乗って昇り降りすることが多いそうだ。
4〜50メートルは高さがある高床式の白い建物。
緩やかな木の階段から女性が駆け下りてくる。
階段は緩やかだがすごく長い。
「...ネ...ファ...様、ネ...ス...ま!。あ...の...!。ます...。」
そして、後を追って白髪の老女が叫びながら降りて来る。
途切れ途切れに声が響く。
階段は緩やかに傾斜しこちらの方に曲がっている。
真っ白で眩ゆい建物は大木と白い布で出来ている。
「おぉ...ネスファル様...。」
あれがネスファル様?。
モル兄様のお母様だ!。
「あぁうぅう!。」
サンザが声を出した。
ネスファル様は老女の声が耳に入らないようだ。
まっ白いヒダのある衣装の裾を持ち上げ、かけ降りて来る。
時折止まりこちらに大きく手を振り、また降りて来る。
あ!。
ネスファル様がつまずいた。
「あ危ない!。」
カバディルおじいさんは思わず荷物を放り投げ前に出た。
ネスファル様は何とか倒れなかった。
そしてまた走り出す。
また止まって手を振る。
ワシらに手を振って下さっているのか?。
「ネスファル様!。ネスファル様!。」
老女は息が切れている。
ネスファル様は階段から降り両手を広げてこっちに来た。
息を切らせている。
ワシらのためにこんなに走って下さるなんて。
かたじけない。
綺麗な人だ。
そして、背が高い。
少し怖そうなお顔だがワシ達に手を振って走って降りてきて下さる。
身分の高いお方なのに。
モルフィン兄様はやはり似ておられる。
「良く来てくれました。」
ネスファル様はワシとサンザを抱きしめた。
いい匂いがする。
なぜか照れない。
ワシは恥ずかしがりなのだが。
「あなたがサンザ。あなたがトラフィンですね?。すぐに分かりました。」
ネスファル様はワシとサンザの顔を交互に見て言って下さる。
優しい笑顔だ。
怖いなどと思っては失礼なことをした。
「あなた方のことは、ずっとモルフィンから聞いています。4年前から毎日。あの子が初めてあなた方を見た時から。ずっと。」
「ずっと...。」
「そう。ずっとよ。トラフィン。」
老女がやっと下まで降りて来た。
「ね、ネスファル様。はぁ...はぁ...はぁ。」
「あら。ジンナ。フロストで降りて来てと言ったではないですか?。もう若くは無いのだから。倒れられては困ります。それよりこの子達。トラフィンと、サンザ。お世話をしてあげてください。」
「お妃様がお乗りにならないのにこのジンナがフロストに乗ってのこのこと降りてくる訳には参りません。してお妃様。本当にフォンナク(神殿)にお上げなさるので?。」
「この子達はモルフィンの弟達。つまりは、モルフィンやデフィンと同じ私の息子。フォンナクに上げていけないわけがありません。」
「ですが規則が...。」
「良いのです。そのような規則など。」
「母様!。プロスファル様からお付け届けがございます。兄様からも!。」
後ろから誰かが叫んだ。
ネスファルはワシたちの肩を抱きながら振り向いた。
少年が立っていた。
ワシらより大分年上の。
小麦色の肌をした少年。
「プロスファル様のものはお料理の詰め合わせでしたので、もうフォンナクにあげました。兄様のものはまた凄い量を...。」
少年は神殿の裏に置かれたコンテナの山を指差した。
大型トレーラーの荷台くらいの大きさ。
しかも一つではない。
青い麻で包まれている...。
「あぁ。笑。兄様も困ったものね。笑。いつも一体何百人の宴会のつもりなのかしら...。」
「モルフィン様らしいですな。笑。皆で運びましょう。何なら他の集落の方にもお願いして...。」
ガバディルおじいさんが言う。
「ネスファル様。お客人達がお手伝い下さるそうなのですが...。」
今度は背の高い男が言った。
髭の生えたソバージュのかかった黒髪の。
いつの間にか大勢の人が集まってきておる。
100人近くの人々が。
「みんな、ヒマなんじゃよ。笑」
と、ガバディルおじいさん。
「ヒマなんて言ったら失礼ですよ。ご好意を何だと思ってるの。ワドルの人達は世界一親切な人達なのですからね?。何たってハイドゥク様と共に何万年も暮らして来たのですから。」
ジンナさんは少し怒りっぽい。
ガバディルおじいさんは首をすくめた。
人々の中には普通の服を来た人達が...。
「おや!。いたぞ!。」
髭の若い男の人が...。
あ...あの人。
「あら。ホント!。」
ケンドゥさんだ!。エノアさんも!。
「トラフィン!。サンザ!。」
ニンフさん。赤ちゃんを抱えている。
そしてニンフさんの旦那さん。
えーと...。
「トラフィンー!。元気だったか!。サンザもーっ!。会いに来たぞー!。」
ケンドゥさんは頭をくしゃくしゃに撫でてくる。
「こ、これ!。あなた方!。この子達はハイドゥク様の大切なお子さんだよ!。気安く触らないで!。」
ジンナさんがケンドゥの手をつかんだ。
あらら...。
ケンドゥは顔をしかめた。
シャガール族はお婆さんでももの凄い力だ。
「おやめなさい。ジンナ。その方はトラフィン達の大切な大切なお客様です。」
ネスファル様が言う。
「でも...。」
「ごめんなさい。ケンドゥさん。」
「おじいさん!。フロストを回してくれ!。この荷物。10台はいるな。」
ジュエル兄様が言った。
「良し手伝うぞ!。」
「おーー!。」
いつの間にか多くの若い人達が腕まくりをしている。
「リロイ頼む。」
「ああ。」
「ところでリガヤの再出発はいつだい?。」
「もう修理は終わっているんだ。」
「予定より随分と遅れているな?。」
「実は...。リガヤは今レバンナと同じ出力の艦首砲を搭載しようとしてるんだ。ここだけの話だけど...。」
「え!巡洋艦にレバンナの超長距離砲を?!。」
「そうだ。」
「凄いわよね。その若さで副長だなんて。」
「フロストが来たぞーぃ。手伝ってくださらんか?。」
「あ...行きましょう。」
「そうね。」
次々とフロストが降りて来る。
「さ、載せるぞ!。」
「あっちの蔵へお願いします!。大きなフロストについて行って!。」
...トドーーーーーーーーーーーーーーン...
...ズズズーーーーーーーーン...
遠くで大きな音がする。
激しく地面が揺れる。
地震でなないがただ事では無い。
フォンナクは頑丈に出来ている。
ビクともしない...。
「キャー!。」
前の荷物が崩れエノアさんは悲鳴をあげた。
彼方で、煙が上がっている。
「何だろう...?!。」
「ヒルマ殿の方角だ...。」
「ネスファル様!。」
ガバディルおじいさんがはネスファル様に声をかける。
倒れそうになったネスファル様をジンナさんが支えた。
どうしたのか...。
...ドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ズズズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
今度は鼓膜が破れるような音が...。
激しく地面が揺れた。
立っていられないほど。
...ボゥム...
...ボゥム...
...ドドドン...
...ドドドン...
この集落の古い神殿が砂埃を撒き散らし立て続けに倒壊した。
雪崩のようにコンテナの荷物が崩れ始めた。
「まさか...。」
ネスファル様が呟く。
...ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
彼方で轟音が響き始めた。
遠くから、航空戦闘艦が飛来している。
...ドーーーーーーンドーーーーーーーーーーーーーン...
...ドーーーーーーーーーーーーンドーーーーーーーン...
巨大な心臓鼓動のような音。
「あれは...レバンナだ...。」




