ハイドラの狂人24
試合の開始時刻は、とうに過ぎている。
北方 マジウアンティカと北東方アンティカの試合は始まる気配がない。
北方の旗も北東方の旗も上がっていない。
例年は最終日でも立ち見や行列が出来るマジウアンティカの試合。
やたらと空席が目立つ。
対戦を掲示する名表も上がっていない。
異例なことだ。
「やっぱりやらないのかな?...。」
「あれじゃあな...。酷かったもんな...。」
なぜか観客は、ヒソヒソ話だ。
今日の観客には子供はいない。
女性の姿も殆どない。
今日いるのは結末を確認する強い覚悟のある者だけだ。
あらゆる強者達が腕組みをして大闘技を見つめている。
開始時刻より既に3時間経過している。
諦めて帰る者も出はじめた。
...ドン...
大太鼓が鳴り響く。
「...え?...。」
大闘技場の隅最上段に金属の櫓がある。
5mほどの大太鼓が設置してある。
櫓に腰掛けている男が何かを確認している。
...ドン...ドン...ドン...
...ドン...ドン...ドン...
四方にある櫓の太鼓は突然リズムを刻み鳴り響いく。
歓声がドっと上がる。
試合の陰鬱さを吹き飛ばすほどの勇しさだ。
まるで祭りのように。
四角にある巨大な歯車を戦士達が押し始めた。
「おいっ!。やるみたいだぞ!。」
「ホントか...。」
「どうなるんだ...一体...。」
...カン...カン...カン...カン...
...カン...カン...カン...カン...
北東と南西の櫓に座っている戦士が太鼓の縁を叩いている。
音で意思疎通を図っている。
巨大歯車の速度を合わせているのだ。
大天井が開き始めた。
...エイッサ...エイッサ...
...エイッサ...エイッサ...
揃った雄叫びが闘技場にこだましている。
歓声が高まる。
大闘技のこの雰囲気は全ての負のイメージを消し去る。
四つのゲートから100人ずつ戦士達が長いブラシを持ち地面を慣らして行く。
飛行虫ビルムスによって生成されたレンガ土の地面を。
50組以上がグランドをブラシを引き全力で走っている。
3m前後の戦士達がまるで蟻のように見える。
観客からパラパラと拍手が起きる。
50組いれば早く綺麗にならす組もあればそうでない組もいる。
それぞれが色や模様の違うブラシを引いて競争をしている。
大闘技は千秋楽で衛星放送が終わっている。
神官達が聖水を木の枝を浸し撒き始めた。
神官はいつもの倍の人数がいる。
大神官が入って来た。
何とセクハンニのジェー•ディーだ。
...ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド...
歓客達は一斉に立ち上がった。
雪崩のような音を立て
巨大な闘技場が揺れている。
「おぉぉ...見ろ!。ジェー•ディーーだ!。」
「ほんとだ...。」
多くの観客が胸に手を当て頭を下げた。
ジェー•ディーは木の枝を掲げ祈り始めた。
事故が続いた時と同じ対応だ。
大半の観客は祈りが終るまで同じ姿勢だ。
信心深い人々が。
ブラシがゲートに戻りはじめた。
大神官の大潔が終わり神官達は大闘技場の中央に集まった。
そして、それぞれ入って来たゲートに戻って行った。
行司達がゲートから現れ所定の位置に着いた。
主行司はバールクゥァン マタブマ戦と同じ行司だ。
闘いの舞台は突然整った。
...バリバリバリバリバリバリバリバリバリ...
晴れた昼間にもかかわらず、突然、雷が鳴り響いた。
「キャーー!。」
「うわーーー。」
...ブウゥン...
高電圧が流れるような音と共に空から大きな影が降って来た。
突然。
大闘技場の北に落下した。
いや着地した。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
地面は大きく窪み砂煙が10メートル以上吹き上がる。
マジウの全長は既に4階席よりも遥かに高い。
「おぉぉ...。」
「あぁ...。」
人々の呻くような声が、あちらこちらから聞こえる。
普通の姿ではない。
形態を第二段階まで上げている。
四方アンティカが第二段階まで兵曹を上げたことは未だ嘗て無い。
全身真っ青な樹脂か金属のような皮膚。
鬼にもロボットにも見える。
四つの瞳は青白く光り、体内にアルマダイがほとばしっていることが分かる。
背中には多角形の放電翼がゆっくりと回転している。
...ウウウウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...ウウウウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...ウウウウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
突然、サイレンが鳴り響く。
けたたましい。
放送塔の真下にあるこの場所では鼓膜が破れそうだ。
マジウは気が触れている。
常軌を逸している。
アンティカ同士の闘いであっても兵曹をこんなに上げる必要は無い。
アンティカこそ常態で雌雄を決すべきだ。
ヒルマ殿が激しく揺れる。
大闘技場の四隅から4本の巨大な塔がせり上がる。
銀色の巨大な塔が...。
「ああっ!。あぁ!。」
「何だー!。どうした!。」
「うわあぁぁぁ!。」
観客の悲鳴が響く。
揺れの激しさに誰も動くことすらできない。
銀色の塔は30m。
どんどん伸びて行く。
頂上の黄金の風車が回転している。
大きな大きな風車が猛スピードで。
強風が吹き荒れる。
こ、これは通信塔だ。
間違い無い。
ペルセアが...ハイドラのスーパーシナプスフレーム ペルセアがヒルマ殿を制御しようとしていている。
それほど緊急事態だ。
人々はパニックに堕ちいっていく。
4本の通信塔は天に向かって咲き誇った。
ヒルマ殿のオシベのようだ。
高さは200m。
巨大だ。
再び、観客席が激しく揺れる。
立っていられない。
今日の観客は戦士が多い。
しかし、誰も立っていることができない。
背後にあったヒルマ殿の巨大な花弁が開いて行く。
直径1000mの大闘技場は観客席よりも高く持ち上がり始めた。
観客席も12個に分割され巨大な金属のアームでどんどん後方に下がり始める。
...ドドドドドド...
...ドドドドドドドドドド...
...ドドドドドドドドドドドドド...
...ドドドド...
...ドドドドドドドドドド...
頭や身体が激しく揺れる。
戦士の私でも限界だ。
ヒルマ殿の花弁はこのためにある。
もう耐えられない。
が、揺れは収まり始めた。
大闘技場は今までより数倍大きく変わった。
さっきまで間近にあった闘技場から100メートル以上後方に離れた。
...ブシュゥ...
...ブシュゥ...
...ブシュゥ...
...ブシュゥ...
...ブシュゥ...
エネルギーの壁が立ち上がる。
霧のようでもあり光の壁のようでもある。
これは、ファザスと言われるエネルギーシールドだ。
...ブウヴォン...
...ブウヴォン...
...ブウヴォン...
...ブウヴォン...
...ブウヴォン...
...ブウヴォン...
全ての観客席の先頭から虹色の光の壁が飛び出して消えた。
バリアーだ。
突発的な衝撃波を防ぐ仕組み。
全ての観客席の下に耐ショック耐衝撃ゲルが流されている。
大闘技場は遠く見上げる高さになった。
...チカチカ...
...チカチカ...
また雷が?。
違う。
軍事衛星だ。
ハイドラの軍事衛星 オグワンだ。
もの凄い数の編隊だ。
こんなに高度を下げている。
昼間の月のように半透明に見える。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
空に軍艦が2隻...。
航空巡洋艦だ。
船体が銀色に眩いほどに輝いている。
「み、見ろ!。い、インティバルだ!。」
「何だって?。」
!!
遠くからまだ来る...。
な、何だあのデカイのは...。
「レ、レバンナ... 。レバンナだ...。ハイドラ空軍の旗艦 レバンナだ。」
レバンナは上空に留まった。
オグワンに迫る高さ。
まるで戦争だ...。
「あ、あれ何しに来た?。汗」
「分からん...。どっちかに加勢しに来たのかも。」
「違うよ観客を護ってるんだ。災害救助だよ。」
「どうやって救助するんだよ?。」
いずれにせよペルセアの意志で動いている。
どちらの加勢もしないだろう。
レバンナは両方を牽制するつもりだ。
ペルセアはアトラのスサノオやアマルのアメンに比べ穏やかで思慮深く慈悲深い。
シナプスフレームはそれぞれ処理方式や演算速度そして性質も全く異なる。
...ドーーーーーーン...
...ドーーーーーーン...
...ドーーーーーーン...
ヒルマ殿が大きく揺れる。
不快な揺れ。
胃が直接揺さぶられる。
観客がざわめいている。
激流の側にいるように何も聞こえない。
「み、見ろ!あれを!。」
「な、何だ...!。ありゃ!。」
黒い巨大な生き物が大闘技場の壁をよじ登っている。
濡れた黒い金属のような光沢を放っている。
20階建のビルよりも大きい。
大闘技場の壁が大きくしなっている。砕けそうだ。
マタブマだ。
マタブマの第三兵曹で闘いに来た。
最終の携帯しか残していない。
マタブマが大闘技場の壁にしがみつき吼える。
...ゴゴ...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
凄まじい音量だ。
誰もが耳を塞いでいる。
マジゥもマタブマも完全に相手を殺しに来ている。
マジウが更に兵曹を上げるかもしれない。
最終兵曹ではマジゥは120mを越える。
しかし、そうなったら全てのアンティカがマジゥの敵になる。
ハイドラの国防をかけて狂人を倒しに来るだろう。
マタブマも大闘技場に飛び降りた。
行司は既に1人もいない。
爆弾が爆発するような激しい音が轟き大闘技場の砂が噴き上がる。
観客席も激しく揺れる。
マタブマは剥奪の危機にあるとはいえアンティカ。
ダルカンとはまったくエネルギー規模が違う。
二体の巨人は睨み合った。
今のマジウはマタブマの3分の1程度の大きさ。
ヒルマ殿は世界中で最も安全な大闘技場。
しかし、兵曹を上げたアンティカ同士の激突を想定していない。
崩壊してしまうかもしれない。
ゴード島には7つもの大闘技場の遺跡がある。
戦士達によって破壊された遺跡が。
1000年の時を経て今日がまたその日になるかもしれない。
誰もが闘技場の遺跡に興味を持たないのはそのためだ。
...ビーーーーーーーーーーーー...
...ビーーーーーーーーーーーー...
ブザーが鳴り響き、大理石の観客席が全てフラットになった。
...ヒュルルルルルルルルルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥ...
《.....緊急退避命令!緊急退避命令!第1種警戒警報発令!こちらは、大闘技運営委員会!観客席でご観覧の皆様は直ちに係員の指示に従って、退避してください。.....》
...ヒュルルルルルルルルルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥ...
《.....緊急退避命令!緊急退避命令!第1種警戒警報発令!こちらは、大闘技運営委員会!観客席でご観覧の皆様は直ちに係員の指示に従って、退避してください。.....》
突然の退避命令が...。
形式的な機械音が...。
観客達は唖然としている。
誰も動けない。
二体のエネルギー規模が大き過ぎる。
係員が慌てて雪崩れ込んで来る。
しかし、手遅れだ...。
マタブマが咆哮を上げマジウ目掛けて突進する。
...ゴゴ...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
マタブマが大地を踏みしめる度爆音が大地を揺るがし砂が噴火のように吹き上がる。
...ドウーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
マジウを中心に爆発が起きた。
爆風が...。
ま、まさか...汗。
...ブウヴォン......ブウヴォン......ブウヴォン...
観客席前にバリアーが展開される。
...ボウゥゥゥゥン...
衝撃波と爆風がバリアーに激突する。
...キャーー...キャアアァァァー...うわぁーーー...キャーーーー...おおぉ...ヒイィ...キャーーー...ギャァァァァァ...うおーーー...うわぁぁ...ギャァァァ...キャーーー
人々の悲鳴が響き渡る。
...ボウゥゥゥゥン...
椅子が激しく揺れる。
...バリバリバリバリバリバリ...
亀裂が通路に亀裂が!。
...キャーー...キャアアァァァー...うわぁーーー...キャーーーー...おおぉ...ヒイィ...キャーーー...ギャァァァァァ...うおーーー...うわぁぁ...ギャァァァ...キャーーー
...キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ジェットタービンの回転音のような音が高まる。
マジゥが兵曹を上げた!。
マタブマは両方の拳を組み60mのその巨体の全体重をかけて振り下ろした。
...ゴゴゴゴ...
マジウがマタブマの両方の拳を受けとめ巨大化し始める。
爆風が吹き荒れ稲妻が光る。
マジウは、正気を失っている。
これではマタブマどころかヒルマ殿も人々もみんな消滅してしまう。
こんなことをバールクゥァンがオルテガが望んだだろうか...。




