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トリスタンの皇帝  作者: Jota(イオタ)
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ハイドラの狂人23

猛将モーリタニアは死んだ。


死因は溺死だ。


ハイドラにはかつて内戦を防ぐためハイドゥクになれなかったアンティカ全てを抹殺する習わしがあった。


セクハンニ神殿の聖なる広場には歴代アンティカ達が眠っている。


「名誉と聖なる戦士の儀式」で自害させられた戦士達が。


神話にある初代ハイドゥク シン以降最強のハイドゥクと言われるオルフェはその掟を廃止した。


それ以来、オルフェはハイドラ国権の最高機関である首長会と激しく対立するようになった。


保守的なハイドラの首長達は古くからの神聖な慣習にこだわった。


大酋長や各部族長達は賛成しているにもかかわらず。


権威の浅い首長会には支配のための形式と象徴が必要だからだ。


イプシロンを持つ数少ないアンティカモーリタニアはバナトゥ アンティカとして、オルフェに次ぐ存在だった。


オルフェの新しい掟によって生き残ったモーリタニアは長い間ハイドラの国境を護った。


大闘技が始まる1か月前、モーリタニア率いるハイドラ陸軍はザザルスのボルガ大河の前で、バグー・アマル連合の大戦車隊と激突した。


数で圧倒的に不利なハイドラ軍は世界屈指の最新鋭戦車隊の殆どを失ってしまった。


しかし、最終的にモーリタニアのイプシロンが放つ雷爆はハイドラ軍を勝利に導いた。


しかし、モーリタニアはシアバールへの帰途の途中伏兵の奇襲を受けた。


バグーの水性民族バイバルスの一軍に囲まれ、ボルガ大河の深い深い底に引きずり込まれ再び浮上することは無かった。


シャガール族の彼は子牛のように川底に引き込まれアトラ人の赤ん坊のように簡単に溺れ死んだ。


後日、シャガール族の英雄 モーリタニアは目をくり抜かれ耳鼻を削ぎ落とされ内蔵を引きずり出され、ボルガ大河のほとりに並べられた。


バイバルスはヒドゥィーンのシッタイ族と同じ起源の野生を残した獰猛な民族だ。


________________________________


北方 マジウアンティカ マジゥと、北東方 ダルカンラキティカ ボルノトの戦いが始まろうとしている。


生きてさえいればマジゥはこれからも、ハイドラの大きな力になるだろう。


しかし胸騒ぎがする。


シッタイ族のボルノトは特に水中戦を得意としている。


シッタイ族は水かきや全身に黒いヒレを残している。


水かきやヒレそしてキバに猛毒が潜んでいる。


シッタイ族はバグーの民バグダティスの最も原始的な民族ボグルーと並び、最も色濃く原始的な特徴を残している。


ボグルーやシッタイ族の存在はヒドゥィーンもバグダティスと共に昔人魚族から進化した証拠と言える。


水性民族 ヒドゥィーンの中でシッタイは最も野生に近い。


シッタイ族は知能こそ高いが獰猛でそもそも愛情や信頼など人間らしい感情が薄い。


太古にはお互いを喰らい合い飢えた時は我が子すら喰らって生きていた歴史もある。


シッタイ族は僅か10000年前に陸に上がり人間となった。


陸の王者がシャガールなら水の王者は、間違いなくシッタイだ。


陸では最強の戦闘民族シャガール族の歴史は、シッタイ族との戦いの歴史だ。


歴史の中で多くのシャガール人が残忍なシッタイの餌食となった。


シッタイはシャガール族を殺して食べたという。


ハイドラは、ハイドゥク、陸のシャガール、海のシッタイによってアマルやデューンから護られている。


ボルノトは水上闘技場を決戦の場に選んだ。


直径700m 深さ500mの水上闘技場には、断崖のような壁と中央の浮島しか陸がない。


中央の浮島は僅か10m四方の陸。


しかも不安定だ。


戦士は水に入らねば戦うことはできない。


この水中闘技場では多くのシャガールがシッタイの戦士に殺された。


シッタイの残忍さは今の時代も変わらない。


シャガール族は水性民族ヒドゥィーンの中では異端だ。


首長会にはシャガール族の者はいない。


年齢の高いもの達は水が苦手なシャガールに対する偏見や差別意識が根強く残っている。


水上闘技場の北東の金属の門が開きボルノトが闘技場に飛び込んだ。


全く水しぶきを上げず、まるで粘液が水に滑り落ちるように水に入った。


北の鉄格子はまだ上がらない。


ボルノトは水上闘技場の水面近くを泳いだ。


シッタイは鱗に近い皮膚や粘液、波打つ皮膚があり水の抵抗が魚類以上に少ない。


ヒレや水かきそしてその強靭な肉体でカジキに匹敵する速度で泳ぐ。


水戦の王者ボルノトはゆったりと水面近くを泳いだ。


まるで本物の巨大なスンデラ(牙を持つ獰猛な毒ナマズ。)のように。


シッタイは、耳の裏にエラを持っていて海のシーアナンジンを宿している。


水の中でも生きていける。


北方のゲートが開いた。


北方のアンティカ マジウだ。


ゲートが閉まると立っていられる場所は中央の浮島だけになる。


ゲートは、地響きを立てて落ちた。


マジウは一気に浮島目掛けて飛び上がった。


凄まじい跳躍力。


シャガールは比重が重過ぎるため一度水に落ちれば自力で浮き上がることができない。


ボルノトも水からマジウ目掛けてもの凄い勢いで飛び上がった。


ボルノトは形態を変えている。


黒い半魚人のようだ。


毒爪がカジキの様に尖っている。


マジゥはボルノトの爪を辛うじて交わしボルノト目掛けて突きを見舞った。


マジゥの山をも破壊する突きはボルノトの身体を滑る。


ボルノトは空中を回転したが全くダメージを受けていない。


シッタイの身体は特殊な粘液を染み出させる。


マジゥは空中で体勢を崩し浮島の端に着地した。


浮島はマジゥの重みで真っ二つに割れた。


急激に傾いた浮島に、マジゥは虎のように爪を立てしがみついた。


僅か10m前後の浮島はマジゥの重さに耐えられず垂直に近い角度になった。


島はマジゥの重量で沈みかけている。


背後に水しぶきが迫ってくる。


シッタイのヒレは鋭い。


高速で泳ぐためシッタイに腕や足場合によっては首を切り落とされる戦士は少なくない。


マジゥは何とか島に上がろうとするが岩を爪が削るばかりだ。


少しずつ水に沈んで行く。


アンティカは早くも窮地に陥った。


重量の問題がある。


これ以上兵曹を上げると浮島は完全に沈んでしまう。


ボルノトがマジゥの後ろから激突した。


ボルノトの毒角はマジゥの胸を貫いた。


マジゥの左胸から体液が噴き出す。


マジゥは首まで水に浸かった。


陸での勇姿が見る影もない。


この戦いは永年のシャガールとシッタイの因縁に決着をつけるものと言っても過言ではない。


マジウですら格下のダルカンに手も足も出ない。


やはり水上ではシャガールはシッタイには勝てないのだ。


ボルノトは角を引き抜き一瞬躊躇した。


確かにマジゥのシーアナンジンを貫いたはずだ。


ボルノトはもう一度、角でマジゥを貫いた。


ボルノトは青ざめた。


...ガツン...


...バギィ...


...バギバギ...


今度はボルノトの頭から体液が噴き出した。


マジゥは熊の大爪で島に左の腕を突き刺し身体を捻りボルノトの角をへし折った。


マジゥは逆身だ。


左には心臓もシーアナンジンも無い。


ボルノトは致命的な間違いを犯した。


マジゥは片手で自分の身体を持ち上げようとした。


しかし、体勢が悪く島自体が裏返りそうだ。


ボルノトは体液を噴き出しながら水中に潜った。


マジゥは角を右手で引き抜いた。


再びマジゥの体液はほとばしる。


観客席の金網を叩き叫ぶ者がいる。


「兄様ーーっっ!。兄様ーーっ!。」


トラフィン?!。


そしてサンザ。


マジゥはボルノトの角を咥えたまま必死にもがき島に上がった。


直後にボルノトスが飛び上がり今度は左の角がマジゥ肩を掠った。


...バチィッッッ...


大きな音が反響する。


マジゥの突きがボルノトをとらえた。


山をも崩す強力の突きが...。


ボルノトは水面で痙攣している。


まるで巨大魚のように。


マジゥは体勢を低くした。


ボルノトに飛びかかるつもりだ。


ボルノトは目を覚まし一気に潜って行った。


マジゥは不安定な島に登るとひたすら湖面を見ている。


ボルノトは体液が浮き上がるので水底で姿を隠すことが出来なくなった。


マジゥは片膝をつき湖底を見たまま動かなくなった。


毒が効いてきたのか。


同じ一点をじっと見ている。


とうとうマジゥは水に落ちた。


フワッと倒れこむようにその重い身体を湖底に沈めた。


著しい泡が湖面を騒がせる。


10分、15分、30分...。


もはやマジウアンティカの勝ちは無い。


絶望的だ。


おびただしい量の体液が水面に浮いて来た。


大きな泡が湖面に現れ静かになった。


黒い身体がゆっくりと浮き上がって来たボルノトの勝ちだ。


ボルノトは湖面から顔を出した。


セティゆかりの者や北東方の観客や戦士達から割れんばかりの歓声が響く。


決着はついた。


シャガール族はやはりシッタイ族には勝てない。


シャガールはやはりヒドゥィーンの中では異端なのだ。


「兄様ーーっ!。兄様ーーっ!。」


トラフィンの悲痛な叫びが響く。


トラフィンもまた、声を枯らして叫んだ。


!?


ボルノトの様子がおかしい。


顔が蒼白だ。


人形のようだ白眼を剥いている。


ボルノトの首には自らの角が刺さっている。


反対側の角もへし折られている。


爆発でもあったかのように、ボルノトは湖面から飛び上がり島に落下して叩きつけられた。


おびただしい血の量。


ボルノトは死んでいる。


しかも胸を食い破られて肺が引きずり出されている。


シーアナンジンが無くなっている。


...ガツン...ガツン...ガツン...


鈍い音が響く。


...ガツン...ガツン...ガツン...


島の石が砕けて飛び散っている。


水面が盛り上がり何かが現れた。


ボルノトスのシーアナンジンを咥えたマジゥだ。


マジゥは島に登った。


マジゥは咥えていたシーアナンジンと肺を吐き捨てた。


「キャーーー!。」


「ひ、ひぃいっ!。」


観客は口々に悲鳴を上げた。


マジゥはボルノトの亡骸を執拗に踏みつけた。


ボルノトはグチャグチャに潰れてしまった。


凄惨な酷い闘いだ。


ヒドゥィーンの誇りも大闘技の名誉も無い。


残ったのは残虐なだけの勝利。


あまりの場面に失神する者が続出した。


マジゥは血だらけの指で指笛を鳴らした。


北の鉄格子が上がった。


マジゥは飛び上がり門の前に降り立ち何事も無かったかのように水上大闘技場を後にした。


闘技場には、グチャグチャに踏み潰された哀れなボルノトの亡骸だけが残された。


戦士としても人としても尊厳も安らぎも無い最後だった。

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