ハイドラの狂人21
秋が終わったバハヌノアには、第2太陽ゼノンの影響で、冬の前にもう一度初夏のような穏やかな気候がやってくる。
この星の一年は長い。
バハヌノアはハイドラの中でも最もアルマタイトの豊富な地域だ。
バハヌノアの夜光トンボは突出して眩い光を放つ。
闇夜を照らすほどだ。
そして五色ではなく12色の多彩な色を持っている。
数百万の群れが、ハイドラ特有の星の洪水を背景に飛び交う様子は壮大な天体ショーだ。
夕焼けにちらほらと夜光トンボが飛び始める。
12色のカラフルな火の粉は、再び来る夏への胸の昂りのように落ち着くことが無い。
雲の上に聳えるジェイゴク山の頂上に4色の狼煙が上がる。
この狼煙は、大闘技の勝者、真の勇者を全ハイドラに知らしめる古からの慣習。
空気の澄んでいる日は320キロ離れた1000万都市ハルマヌーンからも見える。
赤、黒、白、緑の狼煙が龍のように燻り天に昇って行く。
大闘技の結果は今の時代でもザザルスからアルバーンまで狼煙を引き継ぎ伝えられる。
人々はいつものように赤と青の狼煙が登ることを期待していた。
人々にとって、赤と青の狼煙はオルフェの築いた平和をこれからもより一層堅く約束する狼煙だからだ。
しかし、いつまで待っても青の狼煙だけは昇ることは無かった。
最も大きな赤い狼煙はデフィン率いる南方。
次の白い狼煙はカルタゴ率いる西方。
その次の黒い狼煙はノリエガ率いる 東方。
最後の緑色の狼煙はウルエンハ率いる南西方。
狼煙の色はハイドラ全土の人々に大きな衝撃を与えた。
イプシロンを持つ二大アンティカの1人が負けてしまった。
史上最強のアンティカの1人が。
《神の左腕》マジゥの名を持つアンティカは、四方名からも八方名からも姿を消した。
そして、もう一つ悲しい狼煙が上がった。
かつて大闘技場を沸かせ北方に連覇をもたらした英雄は還らぬ人となった。
オルテガの病状は急変した...。
夜光トンボが飛んで行く。
一年間続いた大闘技も終盤を迎え勝敗は既に決している。
残った対戦は30を切り全て消化試合となった。
観客は3分の1以上が帰途につき、観客席には雪のように空席がち目立ち始めた。
異例のヒルマ殿預かりとなっていた、北方アンティカと北東方ダルカン北東方アンティカ戦が、突然明日決行されることとなった。
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トラフィンとサンザは旧大闘技場にいる。
観客席は崩れ東の壁が崩落している。
至る所にバハヌノア地方特有の大きなツタが絡んでいる。
地面に苔の生えた巨大な熊の石像がめり込んでいる。
壊れた壁の彼方に大きな蓮の花 ヒルマ殿が見える。
トラフィンはオルテガの教え通りの鍛錬を続けている。
サンザはいつものように闘技場に寝そべっている。
ここの風化した土も元は柔らかい特殊なレンガから作られている。
「サンザ!。ヤマダさんと遊んでばかりいてはダメではないか!。兄様の教えを守らねば!。もう兄様には...兄様にはお会いできないのだぞ!。」
トラフィンはサンザの亀を取り上げようとした。
サンザは抵抗する。
小競り合いになりつかみ合いになった。
いつになくトラフィンが怒っている。
顔が真っ赤だ。
真剣だ。
「うぅぅ。あぁーーー。」
サンザが悲鳴をあげる。
トラフィンは辞めない。
サンザは逃げる。
トラフィンが技を繰り出す。
龍の型。
サンザがパニックになってしまう。
発作を起こしてしまう...。
しかし。
...ブゥゥゥゥゥウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
サンザは回転し、激しい炎と衝撃波が幾重にも波紋のように広がって行く。
炎を撒き散らしながらサンザが回転する。
トラフィンはバク転でかろうじて交わした。
!
「何をしている?。」
いつの間にか大男が立っていた。
デフィンだ。
「その技を安易に人に使うな。サンザよ。それは龍爪火焔輪。並みの戦士なら繰り出す方も受ける方も命は無い。」
「発車します。ドアが閉まります。白線の内側まで...トゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル...。」
サンザは別の方角を向きヤマダさんと遊んでいる。
「サンザ!。」
「やめぬか。」
「はい。」
「あれはオルテガのもの。強力な技だ。アンティカですら簡単に崩れ落ちる技。いつ会得したのだ?。」
「サンザは一度見ただけなのです。先日のモル兄様とニルカンディ殿との戦いの時に...。」
「確かに...。ニルカンディに押されマジゥは多用していた。しかし、それを見ただけで体得したと。」
「はい。」
「トラフィンよ。おまえは出来ぬのか?。」
「わ、私はサンザのようには...」
「ほぅ?。少しは出来るのか。」
「は...はい。サンザの技を見て...少しなら...。」
「見せてみよ。」
「は、はい。」
トラフィンは何やら呟いている。
何度もやり直している。
デフィンは、黙って見ている。
ついに...。
トラフィンは片膝を上げゆっくりと回転した。
...ボボゥ...ボボボボボボボボ...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー..,
炎が噴き上がり一瞬で消えた。
間を置かずトラフィンはもう一度回転した。
...ブゥゥゥゥゥウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
トラフィンの腕の奥から次々と火焔の輪が噴き出す。
トラフィンは自分の技に弾き飛ばされた。
地面に落ち砕けている鳳凰の巨大な石像に激突した。
「悪くは無い。この技は八方アンティカですら簡単には会得は出来ない。2人ともこのまま精進するが良い。」
「....。」
「...のお通りなどは珍しくないから、エイ寄れッ、という中でも平気で町人が話をしている。マァなんだネ、これから大きに生計くらし宜よくなるぜそうかえ今日の米の相場...」
サンザはヤマダさんを手に持ったまま耳にした何かの音を再現している。
ヤマダさんは無事だった。
サンザの左手には切り取られたオルテガの服が握り締められている。
いつもサンザが掴んでいたオルテガの衣装の裾。
誰かがサンザのために切り取ってやったものだ。
いつの頃からかデフィンの接し方は変わった。
オルテガやマジゥのことがあったからなのか、愛着を感じ始めたのか、双子の実力を認めたからなのか...。
「どうした。なぜ黙っている。」
「...なぜオルテガ兄様が。あのように立派な方が苦しんで死なねばならなかったのか...。」
「トラフィンよ。理由などない。」
「禁じ手で魔器を使ったものは咎めも受けずにいると言うのに。」
「おまえは二度とそれを口にしてはならない。」
「なぜですか。」
「闇の大きな力が働いている。そしておまえもその渦中にいる。理不尽を感じる時、オルテガを恋しく思う時、より一層修行に励め。脇目を振らず。ひたむきに。理不尽などこの世にいくらでもある。いかなる時も己の選んだ道を突き進め。選ぶべき道は常に一つ。前進あるのみだ。極限を生きるのはそのため。極限にて生き残るはそのためだ。人はそれを悟りと言う。おまえが強くなった時。悟りを開いた時。平穏はやって来る。おまえ自身の平穏も人々の平穏も外では無い。お前の中にあるからだ。」
「兄様...。」
「見せてやる。」
デフィンは低く構えた。
...ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ...
デフィンが唸る。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
突然デフィンを中心に爆風が吹き荒れ始めた。
まるで竜巻のように。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ドーーーーーーンドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
衝撃波が大気を切り裂く。
人間のままの姿であるにもかかわらず...。
慌ててトラフィンは熊の石像の裏、サンザは壁の裏まで逃げた。
デフィンは鳳凰、熊、虎、龍と構えを変えて行く。
これはアンティカの武闘。
全ての技を体現する舞踏。
竜巻も衝撃波も益々激しさを増す。
瓦礫だけでは無い落ちていた三方の石像も浮きはじめた。
...ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
武闘は激しさを増す。
...ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド...
観客席が更に崩れ始める。
息を吐く隙もないほど激しいもの。
そして、ついにデフィンは自らの最高奥義を構えた。
受けて生きていた者はいない。
「...案ずるな。奴がお前たちを護りに来る。しっかりと目を開けて見ておけ。これがハイドゥクの最強の技。...」
デフィンは言う。
隠れている2人は熊櫓を構えた。
それしか防ぐ術を知らない。
デフィンは吼え腕を振り下ろした。
幾重にも爆風と衝撃波そして稲妻がデフィンを中心に広がって行く。
瞬間的に爆風は見えない壁に撃ち返された。
闘技場にはいつの間にかもう一人の大きな戦士が立っている。
周りには光の壁が出来ている。
激しい界面爆発が続く。
大闘技場は激しく揺れ崩れ行く。
戦士は腕の交差を解き右の手から閃光をデフィン目掛けて放った。
デフィンは片手の甲で軽く弾き返す。
弾かれた閃光は西の壁に激突し大闘技場を吹き飛ばして行く。
「正気か?。」
「貴様こそが狂気。」
モルフィンだ。
二人は睨み合う。
デフィンは猛虎の構えをモルフィンは獰熊の構えを取った。
最も嫌い下げずんで来た熊の構えを。
史上最強のアンティカと戦闘民族シャガール最強のアンティカは睨み合った。
マジゥは僅かな期間で別人に変わってしまった。
若者では無かった。
トラフィンは慌てて睨み合う二人の間に割って入った。




