ハイドラの狂人13
マタブマとバールクゥァンは激突した。
ここから見る、大闘技場の中央の戦士は、まるでミニチュアのように小さい。
...ガ...
...ガゴ...
...ゴンッッッ...
が、不快な衝撃が同時に伝わる。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
間を置いて音が...。
鈍い重い音だ。
大きな鋼の塊が激突する音。
時空が歪みそうだ。
...バチィッ...
「キャアァ。」
横の女の眼鏡が砕け散った。
衝撃波だ。
こんなに離れているのに...。
大闘技場自体が細かく揺れる。
だんだん揺れが大きくなる。
地震のように大きく揺れ始めた。
ヒルマ殿の外殻。
蓮の花びらのように白く、幾重にも重なっている。
衝撃を放つためにゆっくりと開いていく。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
内蔵を直撃する。
二体は、大闘技中央で激突した後、身動き一つしない。
マタブマの後ろに10mほど大地が削られた跡がある。
バールクゥァンが少し押された。
それでもこの体格差で持ち堪えたバールクゥァンは流石だ。
...プシュッ...
...プシュッ...
...プシュッ...
...ウォーーーーーーーーーーン...
大闘技場と観客席を隔てる隙間から液体が飛び出す。
それは観客席の最上階まで到達した。
そして霧のように拡散して行く。
ゆっくり柔らかく観客席の床が揺れる。
少し歓声がこもったように聞こえる。
座席の足元がまだ揺れる。
ヒルマ殿の対衝撃システムが発動した。
この仕組みは、音が聞こえづらくなり、床が揺れる。
アンティカ同士の闘い以外あまり発動しない。
マタブマの北東方はいま最も戦績が悪い。
もし、この闘いに負ければ軍団戦では8軍団中で最下位となる。
マタブマは、マジア、マジウ、マジトゥ戦などを残し42勝2敗。
軍団戦で負ければアンティカの剥奪の恐れもある。
大闘技で総大将と副将は、個人戦績だけではなく軍団戦の責任も負う。
更に、バールクゥァンは、40勝4敗。
しかし、八方アンティカに既に2勝している。
マタブマをもし倒せば、後はダルカンラキティカ以下の対戦となる。
そして勝率は、対アンティカ戦でマタブマを上回っている。
マタブマの軍団は、南、北を凌ぐとの予想だった。
しかし、蓋を開けてみると勝てるはずの戦いをかなり落としている。
北東方の戦士達は基礎的な決め技を失敗することが多い。
ラキティカ級の戦士ですらだ。
マタブマやバラドの圧力が戦士を追い詰め硬直化させているとの声がある。
もう後が無いマタブマは全力で行くはずだ。
マタブマとバールクゥァンは微動だにしない。
力比べをしている。
...ゴゴゴ...
...ゴゴゴゴゴ...
お互いの頭兜が、擦れ激突する鈍い音が反響する。
...ボウーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
大闘技場が大きく振動する。
「おぉ...。」
思わず声をあげる者が。
2人の周りの地面がクレーターのようにめり込んだ。
二体はまだ両手でお互いを掴んでいる。
両者共に引けを取らない。
...グオオォーーーーーーーーーーーーーー...
マタブマが吼える。
甲殻熊よりも、野太く凄みのある声だ。
今ここに甲殻グマがいれば、それは子ウサギに見えるだろう。
10m以上あるその獣ですら。
マタブマが押し始めた。
バールクゥァンは少しずつ上から潰されて行く。
...パシィッ...
バールクゥァンの戦闘服にヒビが入る。
...ゴゴゴガアアアアァァァァーーーーーー...
マタブマの雄叫びが響く。
大闘技場に反響する。
対照的にマタブマのジニリウム製の鉄仮面は、死神のように無表情だ。
バールクゥァンが押し潰されて行く。
危ない...。
...ゴッ...
バールクゥァンが、マタブマに頭突きを食らわせた。
観ているこっちの脳にまで衝撃が伝わる。
...ゴンッ...
鈍く重い音。
鉛の塊を激突させたような音だ。
...ゴガッ...
もう一度。
...ピシィーーーーーーーーッ...
マタブマの鉄兜にヒビが入った。
...ピシュゥゥゥゥゥーーーーーーッ...
...ピシュゥゥゥゥゥーーーーーーッ...
...ピシュゥゥゥゥゥーーーーーーッ...
液体が最上階まで噴き上げる。
ヒルマ殿の防護機能がまた作動した。
...グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
マタブマが吼える。
飛び上がり、その巨体の全体重をかけ頭を思いっきりバールクゥァンに振り下ろした。
...ゴ...
バールクゥァンがマタブマの全体重の乗った頭突きを受けふらつく。
...グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
その僅かな隙を逃さず、マタブマは、バールクゥァンを抱え上げ一気に地面に叩きつけた。
頭から。
凄まじいパワーだ。
...キャーー...キャアアァァァー..キャーーーー...おおぉ...キャーーー...ギャァァァァァ...うおーーー...ギャァァァ...キャーーー...
観衆の声援が悲鳴に変わる。
バールクゥァンは小兵とは言え、今の形態で7mはある。
あの勢いで叩きつけられて、生きていられる訳がない...。
バールクゥァンはゆっくりと地面に倒れた。
間を置かずマタブマは飛び上がり両膝をバールクゥァンの顔面に落とす。
「あぁ...。」
観客の誰もが声すら上げる間がない。
バールクゥァンは万事休すだ。
マタブマの全体重をかけた両膝打ちはバールクゥァンの顔面の上に落ちる。
...キャーー...キャアアァァァー..キャーーーー...キャーーー...ギャァァァァァ...キャァァァ...キャーーー...
しかし、マタブマの膝は地面にめり込んだ。
バールクゥァンは...?。
バールクゥァンが空から降って来る。
...ゴッ...
バールクゥァンの踵がマタブマの鉄兜を捉えた。
マタブマの頭が吹き飛ぶ。
...うわぁぁ...あっ...おぉぉ...うわっ...
観衆が息を飲む...。
バールクゥァンがマタブマの頭を蹴り上げた。
早すぎて見えない。
首の無くなったマタブマは両腕でバールクゥァンを挟み込もうとした。
バールクゥァンはマタブマの腕を蹴り後ろに避けた。
....。
マタブマはゆっくりと立ち上がった。
マタブマの戦闘服が下がるに連れ頭部が出てきた。
蹴りつけられた衝撃でずれていただけだ。
マタブマは、真っ赤な顔をしている。
闘技場の端まで飛ばされたマタブマの鉄兜はグチャグチャに潰れている。
バールクゥァンも、変形した自らのジニリウムの鉄兜を引き裂き脱いだ。
ジニリウムが、まるでアルミホイルのようだ。
マタブマは構えた。
バールクゥァンも構えた。
...ドーーーーーーーーーーーーーン...
マタブマの体内から破裂音が轟く。
...ズドーーーーーーーーーーーーーン...
バールクゥァンも炉を起動した。
...ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
いつ形態を上げるかも勝敗を分ける重要な要素だ。
早く形態を上げれば上げるほど、エネルギーを消費する。
エネルギーが切れれば、兵曹は解かざるを得ない。
そして、形態移行中は隙が出来る。
圧倒的に強い者も形態移行に時間がかかるなら、それだけ格下に負けるリスクが高まる。
形態移行の失敗で、2段階以上格下の者に負ける戦士も少なくない。
イブラデ戦では、大抵は最初から最大の兵曹で戦う。
戦士はアンティカに近づくに従い兵曹を上げる時期を遅らせる。
莫大なエネルギーを生み出さなくてはならないからだ。
エネルギーを維持できる時間も個体差が激しい。
アンティカになる者は、その全てに於いて抜きん出ている。
また、格下相手には先に形態を上げることは無い。
そして、アンティカや、ダルカンラキティカが、ラキティカ以下の者と闘うことなない。
力に差がありすぎて危険だからだ。
格上の者は、下位の者との対戦には、対戦相手以上に形態を移行しない。
武器を使わない。
締め技は使わない。
足技を使わない、など、己にハンデを課す。
それでも、負けることはほぼ無い。
1階級の差はそれほど大きい。
イブラデは入門して間もない者と対戦することがある。
その場合イブラデは自分の変わりにヒドゥィーンタイガーや、バングリズリーを当てがうこともある。
入門者にとってヒドゥィーンタイガーやバングリズリーは、イブラデよりは安全。
誤ってイブラデの突き一つが掠ってしまっただけで、肉片として散らばってしまう。
2体とも、金属の身体に変わって行く。
マタブマの目は赤く、バールクゥァンは青く、光を放ち始める。
マタブマの周りをバールクゥァンはゆっくりと足を踏みながら周る。
マタブマの隙を伺っている。
バールクゥァンは、小兵ながら龍の構えの遣い手だ。
マタブマは熊の構えの遣い手。
熊の構えは、巨大な戦士、怪力の戦士に相応しい戦闘体勢だ。
力技、防御、固め技、関節技、投げ業、不意を突いた大打撃が特徴だ。
マタブマがその正に代表格。
鳳凰の構えは、華麗なかわし技、相手の力を利用した投げ業、関節技、全体重をかけた空中殺法を主とする。
小兵で身軽な戦士にしか出来ない。
鳳凰の構えの戦士は通常は、ダルカンにすらなれるものがいない。
消耗が激しく隙ができやすいからだ。
戦士が小兵なので、体力の消耗に見合ったダメージを敵に与えられない。
一時は、鳳凰の型を体得しようとする者はいなくなった。
しかし、マジゥが良く使うことで、近年はまた最強の型とも言われるようになった。
数少ないシャガール族であるマジウは小兵だが、タントの戦士よりも自重が重い。
そして、動きが早い。
マジウのその重さと速度は、非力な鳳凰の型を、他の型以上に力強い技に変えた。
虎の型はヒットアンドアウェイ戦法だ。
打撃に強い型だ。
瞬発力のある中型の戦士に適した型。
敵の隙を見て素早く攻撃を仕掛ける。
更に、相手の攻撃を強烈なカウンターで返す。マジアが最も得意とする型だ。
大型のマジアの圧倒的なパワー、スピード、重さ。そして天性の技のキレ、精確さ、そしてその柔軟性は、虎の型を史上最強の完全無欠の型へと進化させた。
龍の型は、現ハイドゥク オルフェの得意とする型だ。
空中戦が主だ。
空中戦単体では、鳳凰ほどの派手さや威力は無い。
空中戦からの様々な投げ技や固め技に流れるように遷移することにより、他の型には真似の出来ない強烈なな破壊力を生み出す。
また、打撃は虎、熊ほどでは無いが龍の爪系の特殊な決め技を持つ。
最も習得が難しく、全ての技に長けた者しか体得できない。
マジアやマジウが他の型を強くしてしまったが、歴代ハイドゥクの奥義は龍の型だ。
アンティカであれば、得て不得手に関係なく、使わざるを得ない。
マジアもマジゥも龍の型の名手だ。
バールクゥァンの強さは、ダルカンであり、尚且つ、小兵ながら龍を使えることだ。
そして、熊の型。
愚鈍の型と言われ疎まれがちな型だ。
清廉潔白な戦士が恥と考える型。
誇りを捨てる屈辱の型。
地味で技の型があまり美しくない。
恥も外聞も無く勝つために選ぶ型。
力の落ちた戦士が選ぶ執着の技。
熊の型を得意としたハイドゥクは、過去に2人だけ。
暗黒のハイドゥク達。
いずれもセティ家から出ている。
ただ、当時はセティ家の戦士も人々からとても尊敬されていた。
手段を選ばずに勝つ型。
耐えて勝つ技。
火焔熊爪や、熊櫓など、潜んだ後一撃で相手の命をも奪ってしまう技が多い。
楽をする代わりに相手の命をも奪う汚れた技。
体格、エネルギーに恵まれた者をさらに優位にする。
満身創痍の戦士が最後に選ぶ型でもある。
バールクゥァンはマタブマの頭上に飛び上がった。
マタブマは、降りてくるバールクゥァンに向け両腕突き上げた。
両爪熊掌だ。
もし、食らえばバールクゥァンはひとたまりもない。
しかし、バールクゥァンは、身体を捩りマタブマの両掌を交わした。
そして、マタブマに巻きつき、落下する自重を投げの力に変えた。
龍雷降臨と言われる投げ技。
龍の型だ。
マタブマはよろめいたが持ち堪えた。
そして、指先を尖らせバールクゥァンの体側目掛け突きを放つ。
凄まじい速度だ。
熊の大爪。
「あぁっ!。危ないっ!。」
後ろの席の男が叫ぶ。
観客全員が前のめりに大闘技場を覗き込む。
バールクゥァンは、加速的に身体を横に一気に回転させ、マタブマの足元に流れ下りた。
龍転だ。
普通ならこの時点でバールの勝ちだ。
敵の懐体まで入り込んだ後の投げ技は、不可避で決定的なものになるからだ。
バールが投げを放つ。
しかし、マタブマの腰は重い。
マタブマもアンティカ。
一筋縄では行かない。
しかし、バールは何とかマタブマを倒した。
マタブマは初めて格下に地面に転がされた。
そして、バールは流れるように固め技に推移しマタブマの足首を固める。
歓声が湧き上がる。
マタブマは熊の型の名手。
常に、バールクゥァンを抹殺する大技を出す機会を狙っている。
バールクゥァンの闘いは、敵に対する尊厳があり潔が良い。
大観衆は、バールクゥァンに惹かれている。
マタブマはもがく。
マタブマの巨木のように太い足が弓のようにしなっている。
バールクゥァンの身体はより深く全身でマタブマの足に絡み付いていく。
...グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー......グウオオオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
マタブマが咆哮をあげる。
苦しんでいる。
力任せに片足で立ち上がる。
凄まじい力...。
...おぉぉ...
...あぁぁ...
大闘技場に呻き声が渦巻く。
脚を振り回しバールクゥァンを地面に足ごとぶつけようしている。
恐ろしい怪力だ。
バールクゥァンは、地面に激突する前に、転がり離れた。
バールクゥァンが、再び飛び上がる。
...ドウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
破裂音が大闘技場に轟く。
マタブマは、兵曹に移行するつもりだ。
...ゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ジェットタービンの回転音のような音が大闘技場一杯に広がる。
マタブマの身体からは閃光が走っている。
大闘技場では、イブラデ以下の者に対して形態移行の間敵は攻撃してはならない。
エネルギー規模が小さい者には移行に時間がかかる者が多いからだ。
バールクゥァンは攻撃をマタブマ辞めマタブマの形態移行を待った。
...グウオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー......グウオオオオオオオォォォォァァァァーーーーーー...
閃光と伴にアンティカの雄叫びが、大闘技場を揺るがしている。




