第二話 美少年の憂鬱
セランは憂鬱だった。短いながらも苦難に満ちた人生経験のせいで、むしろ憂鬱でなかったことのほうが少ない。
現代文の授業では恒例の男性教員がパイプ椅子に座ったまま独自の講釈を垂れ流している。白髪の老人がかたくなに座り続けるその椅子を、心の中で、彼はシルバーシートと呼んでいた。自ら思考せず、それゆえ動こうともしない。それが優先座席という名の牢獄であることも知らずに、彼はただ座り続け、言いたいことを言い、周囲の景色を見ようとはしない。
愚かだ。愚かすぎる。
その愚かさに振り回され、大切な時間を無駄に浪費させられる自分のほうがよほど愚かだが。
世界なんてそんなものだ。
彼が通う、この学校も含めて。
セランが通う京成高校は地元では有名な私立の進学校である。下見もせず入学した高校だった。都会では珍しい黒の詰襟とセーラー服の男女共学で、校則は一応厳しめ。一応、と書いたのは、体罰や厳しい生活指導がある反面、学業において非常に優秀な生徒や、親が学校に多額の献金をしている生徒にはお目こぼしがあるからだ。特に後者の生徒に関しては、寝坊による遅刻、服装違反、あからさまなズル休みをしても教師は何も言わない。ただ見て見ぬフリをする。資本主義の精神の息遣いが聞こえてくるようだ。
一方、セランのように、資金面では平凡、学業は劣等生である学生に対しては非常にあたりが強い。そんな自分の置かれた状況を分析するだけして、セランは今日も読書に励む。ファンタジーが特に好きだった。どうせ自分はどこにも行けないのだから、せめて思考くらい異世界に飛ばしてしまいたかった。
「また眉間にしわが寄ってるぞ~。」
茶髪の男が短い休み時間を削りにやってきた。親友に読書を邪魔されて、セランはちょっとムッとした。
「何だ」
「いやー今日はどれを読んでるのかと思って」
当麻は人懐こい笑顔を浮かべてセランの机の前に立っていた。
「昨日と同じやつ。『界列の日』。」
「あーそれか。それってそんなに面白いの?」
「俺は好きだけど。」
「でもセランがノンフィクションって珍しいよな。」
当麻は、挿絵の一切入らない単行本の帯に印字された宣伝文句~日生新聞ノンフィクション大賞受賞作~を見て言った。
「旅行記は好きなんだよ」
「ふーん。おれはカワイイ女の子がいっぱい出てくるのが好きだけどなー」
「そうか」
「あ、今日発売の週刊ガールフレンド、夢沢ひなこの特集だってよ!おれ絶対帰りに買うわ!!」
「そうか、それは良かったな」
「お前って本当につれないなぁ」
「本読んでるんだから当たり前だろ」
セランにとって久良岐当麻は数少ない友人だった。
人当たりの良い性格で、だれにでもズケズケと言いたいことを言う。家は由緒正しき名家で、当麻は長男。つまり次期当主である。しかしそんな雰囲気は微塵も感じさせない。成績も良く言うことなしなのだが、ことあるごとにグラビアアイドルの話題を出すせいで女子からは距離を置かれてしまっている感が否めない。つまりちょっと残念なやつなのだった。しかしそんな面も含めて、セランは当麻のことが友達として好きだった。憎めないやつなのだ。
それが、彼にとって何よりつらかったのだが。