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とある、妹を心配する攻略対象者の話

乙女ゲームって名前が一番迷う。

 古本の匂いが立ち込める部屋の扉を開け放つ。

 すると、柔らかな春風が俺の頬を優しく撫でて、図書室の中へと入りこみ、古本独特の香りを押し流し、冷たく、心地よい空気が充満していった。

 最も図書室の換気をすることが目的ではない。

 「ああ、今年も新入生が大量だ」

 誠に鬱陶しい。

 ベランダへと出て、扉を閉めて早速身を乗り出すと、中学生気分がまだ抜けきらない、または中途半端に高校生デビューしたような新入生共が、視力2.0オーバーのその視界に入り、自然と眉間に皺が寄る。

 彼らはこの全寮制かつ、幅広く、多種多様な活動が盛んな学園の門戸を叩いた者なのだ。

 ここ、花の宮学園などという、こっぱずかしい名前の学園はまあ、そんな感じのことで有名なのだが、俺にとってはそれ程重点を置くようなところでもない。

 それなら、大図書館や、珍しい本を取り扱っているような高校の方が遥かに魅力的だ。

 「……あいつか?」

 黒髪や茶髪など……まあ、平凡としか言えないような髪色ばかりのなかに、桜色の髪をポニーテールにした一人の女子生徒が上機嫌で歩いていた。

 俺がベランダに出てまで新入生達が、校門から入って来る様子を見下ろしていたのは、決して人が蟻のようだなどと、高笑いするつもりでもなく、ただ、ある特定の人物を目に収めておくためだ。

 桜色の少女はスキップでもせんばかりの有頂天な様子で、校門を潜り、ふと立ち止まり、後ろを振り向いた。

 少女の視線の先を見ると、赤色の髪をしたイケメンが爽やかな笑みをして手を振っているではないか。

 その影響なのかは知らないが、周囲でその笑顔を垣間見てしまった少女達は、総じて眩暈でも起こしたかのようにクラリとしていた。

 だが、少女は赤髪のイケメンに負けずとも劣らない、輝かしいばかりのその造形の大変良い顔を喜色に滲ませ、ブンブンと手を振りかえすと、その流れのまま手でも繋がんばかりの雰囲気で校舎へと歩き始めた。

 イケメンは何度となく、美少女の手と自身の手を交互に見つめては逡巡する姿は、いじらしく、まあ、微笑ましい。

 その初心な姿に気づかず、眉間に皺を寄せたイケメンに、不思議に思った美少女はじっと見つめ始めた。

 男らしい体格に長身のイケメンと、控えめだが綺麗に整えた化粧に、小柄で愛らしいと思われる美少女の組み合わせだ。

 つまり必然的に、少女が首を傾げながら男を見上げると「上目遣い」という奥儀が発動するわけなために、イケメンは思わず赤面して、何かを照れ隠しにでも言ったのだろうか? 少女は何か不思議そうな顔をした後に、すぐ笑顔が戻り、二人で歩いて行った。

 そのイケメンの初心な姿に、あのような甘い青春を夢見ているのだろう。周囲の新入生達は遠くを見つめながら、悩ましげに溜め息を吐いている。


 少女が下駄箱へと入っていくのを見届けてから、目を離し、未だ眉間に皺を寄せたまま溜め息を吐いた。

「あんなのに、事件が解決できんのか? 好みに合わない」

 まじむかつく。

 その言葉はなんとなしに胸に仕舞い込んでおく。

 だが、第一印象で決めて失礼ではあるが、アレを中心に物語が始まるのだから、用心しておかなくちゃいけない。

 そう、物語が始まるのだ。

 ここまで言えば分かるかもしれないが、俺はこの世界が普通でないことを知っている。

 この姿の前、前世では4つほど離れた妹と仲良く暮らしていたのだが、その妹がやっていたゲームに酷似しているのだ。

 タイトル名は流石に17年も前のこととなると、忘れてしまったが、なんとなくキャッチコピーは覚えている。

 「恋愛と謎解きを両立!! 様々な事件が巻き起こるこの学園で、無事にあなたは意中の男性と無事、ゴールすることが出来るのか!?」

 確かこんな感じだった気がする。

 ……既に勘の良い人はそれとなく気づいているかもしれないが、ここは恋愛ゲームの世界だ。女性向けの。

 女性が個性あふれるイケメン達を落としていき、時には全ての男性を落とす「逆ハーレム」という、恐ろしい偉業も仕出かすゲームだ。

 そんな乙女ゲームの世界に俺はいるわけだが、ここの世界のことを軽く説明しておこう。多分三行で終わる。

 一、微妙なミステリーと恋愛要素が絡んでいる。

 二、攻略対象と攻略者の名字には花の名前が付いている。

 三、全てがゲーム通りに動くわけではない。

 ほら、三行で済んだ。

 なんと、この乙女ゲームはミステリーというか、若干の推理展開が入っているのだ。

 妹はそこまでこういったゲームをする方ではなく、どちらかというと俺に汚染されてのRPGが好きになった口なのだが、友人の熱意に押されたらしい。

 「しーちゃんが折角貸してくれたんだから、シナリオ達成率100%を目指すんです! だから兄上も御協力お願いします」

 むん、と可愛らしい童顔をキリリと引き締め、やる気に満ち溢れた様子で言っていた。

 箸を摑んだままの小さな両手を胸の前で握り拳にして、決意表明をする様子はなんだか可愛らしかった。中三までは「お兄ちゃん」と呼んでいたのに、いつまでも子供らしくいてはいけないと言って、何故か「これからはお兄ちゃんではなく、兄上と呼びます」宣言をされたのだが、これはこれでアリだと思っている。俺の妹は可愛い、これはこの世の絶対のことわりだ。これは例え、彼のキリスト教徒に冤罪をふっかけ、白を黒だと言い、それをまかり通したネロ帝が「ナシ」だと宣言しようが、覆ることは無い。

 このようにして、妹を胡坐あぐらを掻いた俺の上に座らせたままプレイをしていたのだが、そのお陰で俺はこの世界のことを、知ることになった。

 ……まあ、俺がいない世界という制限がつくが。

 ふと、俺の藍色の髪よりも薄い、空色の髪色をした小柄な少女がキリリとした表情で、校門を潜り抜けるのが見えた。

 顔を見て、俺は首を傾げる。

 「……あんなやついたか?」

 このゲームは基本的に主要人物以外は、髪色が地味な色になっているため、あの少女も色付きの髪である以上、なんらかの形で物語に拘ることになるに違いないのだが、如何せん顔を見ても、名前が思い出せない。

 ちなみにさっきのピンク髪で、客観的に見て美少女なアレの名前は、天竺葵てんじくあおいで、その隣の赤髪イケメンは天竺の幼馴染、椿蓮つばきれんであったりするのだが、正直言ってどうでも良いと言えるだろう。

 なにしろ、この舞台はヒロインがやってくる時期から途端に、規模の大きなものから小さなものまで様々な事件が起き、それを解決する過程でイケメン達を落としていくパターンが多いのだが、その規模の大きなものにはオカルトや殺人の類のものもあり、その殺人対象者の中には攻略対象者も入っている。

 この攻略対象者も殺されるという事態に、一時期ネットで荒れたらしいが、その対策として会社側がしていたのが、「大量のイケメンで誤魔化しちまえ」作戦だったらしい。

 つまり、イケメンがちょっとくらい死んでも、他にも魅力的なイケメンがいるから楽しめるよ! ということらしい。

 勿論プレイヤーの腕次第では誰も殺さないことも可能ではある。

 「……ああ、もしかして女子側にもそういうミステリー限定キャラってのがあるのかもな」

 きっと、プレイ中に見逃した顔があったのだろう。

 そこまで考えて、もうカラフルな髪が見渡す限り見えなくなったため、教室に戻ろうと後ろを向くと、俺はビクリと体を震わせた。

 何故か?

 窓に額を張り付けて、アイツがジト目で見ていたからだ。おい、何時からいた。

 「おい……何をしている」

 少し機嫌が悪そうな声で言うと、ソイツはジト目でこちらを見たまま口を開いた。

 「いえいえ、決して竜ちゃんは何をしても様になるなあとか、一週間前から仕事を手伝ってくれと言っていたにも拘らず、結局最後まで手伝ってくれなかったなあとか、連日の激務のせいで隈とか肩凝りが出てきそうだなあとか、マッサージとか色々して欲しいなあとか……そんなことは思っておりませんので」

 要するに愚痴りたかったらしい。そして俺にマッサージをしろと申すか、しかも色々ってなんだ、色々て。

 ダークグリーンの髪や、肌が少しだけ荒れているのを見て溜め息を吐く。

 どうも、今年は溜め息が多い気がする。

 「なんだよ、俺に色々してもらいたいのか? 藤堂とうどう風紀委員長」

 にやりと、悪人面を歪ませてからかうと、彼女は急に頬を赤く染めて、片手でそっと口を上品に隠し、ちらりとこちらを流し見た。

「そんな、色々だなんて……卑猥ですよ? それともしたいんですか? 竜胆りんどう図書委員」

 「……ふん」

 いつものノリは俺が無言になって終わる。

 彼女の世迷言への返答をせず、図書室を出る。

 

 これからは、あまり藤堂にばかり、かまけてはいられない。

 「絶対に妹は死なせてたまるか……」

 「何か言いましたか?」

 「……なんでも」

 思わず、ボソリと呟いてしまった言葉を誤魔化し、俺はモーゼの如く開けた廊下を歩いて行く。

 今日もこの世界にいる、まだ見ぬ妹を探すために俺は奔走する。

 不本意ながら、天竺葵の攻略対象として。

 最低限の目標は連続殺人事件、連続誘拐事件だけは阻止しなければならない。

キリリ(`・ω・´)とする妹さん。

ついでに竜胆りんどうも花の名前だってね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白そうなのでよかったら続き待ってますね
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