横槍
学校を抜け出すのは、二度目だろうか?
一度は真奈香に妖使いだとバレたとき、恥ずかしすぎて脱走した。
それからしばらく学校は休んでしまったし、私、本当は全然良い子じゃないね。
でも、小雪だけは助ける。
私のせいで危険な目に会ったんだから、たとえどんなことをしても、どんなことになっても……
決意を胸に、私は雪山に辿りつく。
行がけに一度家に帰り冬服を引っ張り出してきたのでちょっと時間くったけど、問題は無いはずだ。
相手は翼を待ってる。
きっと私が連れてくるまでの時間は猶予を持たせているはず。
大丈夫。頑張れ有伽。
雪山は雪こそあるが一面銀世界が見渡せる。
雪自体は全く降っていない。
晴れてるおかげで視界は良好だけど、相手方は見当たらない。
それでも、私の鼻をくすぐる臭い。この近くに、刈華は居る。
……よし、行くぞ!
「舞之木刈華ッ!」
すぅっと息を吸い込んで、私は思い切り声を出す。
「そんな大声出さなくても聞こえてる」
答えはすぐに返って来た。
と、急に風が出て来た。
寒いと思う間もなく風に乗って白き結晶が吹雪きだす。
見る間に空が曇り視界がブリザードで消えて行く。
猛吹雪になった空間に、一人、場違いなセーラー服の少女が現れた。
「変ね。なんであなた一人なの? 連れてこなかったってことは、あの子いらないってこと?」
「いいえ。連れてきてるよ、ここにっ」
臆することなく、戸惑うことなく、私は自分の胸を叩く。
「出雲美果を殺したのは、ボクだ」
その瞬間、一瞬吹雪が止んだ。
刈華が呆気にとられた顔で笑う。
「あはは。何ソレ? 救い出すために自分を殺せって?」
次の瞬間、怒声と共に雪の嵐が巻き起こる。
「冗談じゃないッ、バカにするのも大概にしろっ」
周囲に人影が現れる。
皆一様に同じ顔。長い髪に白い衣装。
雪女と呼ばれる程に白く透き通る肌を持つそれらは、刈華の作り出した雪童。
「いいわ。その案乗ってあげる。本物の絶望ってものを味わって、自分が踏み込んだ領域に後悔するといいわ」
途端、さらに無数に出現する雪童子。
うぐっ、さすがに勇み足過ぎたか……
どうしよう、私、戦いなんてド素人なんですけど。見てよこの華奢な身体。妖能力だって【垢舐め】だし、攻撃方法なんて口の中に隠したとがった骨だけですよ。単発ですよ、敵が無制限無双状態ですよ?
ああ、私のバカ、せめて武器くらい用意しとけよ。
まぁ、とりあえずここまでは予想範囲内。最悪な方の予想だけど。
私は、一度深呼吸をして精神を落ち着かせ、刈華へと歩き出す。
無防備に歩を進める私を怪訝に思い、予想通り攻撃を躊躇う刈華。
大丈夫、行ける。やれない事は無いはずだ。
恐怖に震える身体を励まして、むしろ自信満々に歩いてみせる。
「それで、小雪は?」
「もう解放してあるわ。そもそも電話を終えたら用済みだもの、家に直送してあげたわ」
「そっか」
人質の問題は無い。
ならば、まずは確認だ。
「刈華、確かさ、引き継ぎって、言ったよね」
彼女は、翼を呼び出して復讐したい。とは言わなかった。
何かの引き継ぎをする。そう言っていたのだ。
だから、たぶんだけど、出雲美果を殺した相手を殺すつもりじゃないはずだ。
「良く覚えてたわね。その通り、私たちがしたいのは美果が行おうとしていたことを引き継ぐこと」
「それを知る為に、出雲美果を殺した相手に、なぜ殺したか理由が聞きたかった。そういうことでしょ」
「……そこまで分かってるなら、どうして邪魔するの、有伽。本当にあなたが殺した訳でもない癖に」
「無意味だからだよ。出雲美果を殺した相手は、出雲美果が何か秘密を知った事すら知らないの。この前死んだ【陰口】って妖使いに踊らされただけ」
「その話、私が信じると思う?」
信じてくれると早いんだけどな。
「信じる信じないはそっちに任せるよ。でも、ボクが知ってる情報を教えるといったら、出雲美果を殺した相手を調べる事、諦めてくれる?」
刈華は少し考えるしぐさをして、私に近づいてきた。
「良いわ、その話の内容次第よ」
「確証が持てないんだけど」
「確かにそうね。じゃあこういうのはどうかしら」
目の前まで来た刈華が不敵な笑みを浮かべる。
「美果を殺した奴は、従兄」
って、なぜそれを!?
「あなたの知り合いって時点で調べていけばすぐに分かったわ。こっちにだって当てはあるのよ」
うぐっ、なんてこった。すでにそこまで調べられているとは。
「従妹を殺した気分ってのを聞いてやりたかったけど、あんたの言うことが本当なら、それを行うのは酷よね。だから見逃してあげる。情報次第だけど」
「それは……」
私が答えようとした時だった。
真上から、何かがやってきた。
思わず言葉を止めて仰ぎみれば、人だ。
人が空から降ってくる。
「ッ!?」
刈華が危険を察して飛び退くのと、空に浮かんだ人が、手にしていた人型大の何かを投げるのとは同時だった。
高速で打ち出されたそれは、私と刈華の中央へ飛び込んでくると、キュゥゥンと不気味な音を轟かす。
雪埃が舞い散りその姿を隠してしまったので何かは分からなかったが、頭上にいる人物だけは判別が付いた。
真奈香だ。
空中で停止した真奈香がこちらを見降ろしてきていた。
「なんで真奈香が?」
「心配だったからだよ」
私の驚きは、意外な場所から返ってきた。
雪埃の合間から聞こえた声に、思わずそちらに視線が向う。
収まってきた粉塵の奥にいたのは、前田さんだった。
「嘘ッ!? 人を投げたの!?」
さすがに刈華も予想外だったらしく、前田さんに気付いて叫ぶ。
「なんで前田さんが!?」
「真奈香お姉ちゃんがぁぁぁ有伽お姉ちゃんが危険だってししし支部に駆け込んでぇぇぇ来たんだよ。他の皆も来てるよ、私だだだだけ真奈香お姉ちゃんに先に連れてきてぇぇもらったのぉぉぉ」
おそらく、私が低体温症とかになっていた時の為の保険ってことなんだろう。彼女なら確かに翼や隊長が来るより適任かもしれない。
「アアアアアレが敵さんだね有伽おおおお姉ちゃん」
「へ? いや、あの……」
前田さんは雪を蹴りあげ飛び上がる。
普通なら足を取られてしまうはずなのだが、彼女は物理法則無視で飛び上がると、刈華目掛けて飛びかかる。
両手を目一杯広げ、まるで抱きつこうとするような彼女に、刈華は慌てて片手を前に出す。その刹那。
刈華と前田さんを隔てるように、雪童子が現れる。
しかし、前田さんの手が触れた瞬間、
キュゥゥンと謎の音と共に雪童子が粉砕。
なんか、あの音聞いてると歯が痛くなってくるのは何でだろう。
勢い殺さず前田さんはさらに向こうへと飛び込んで行った。
何かに手が触れたようで、再びキュゥゥンと耳障りな音が聞こえる。
まさか、刈華が……
と思ったものの、どうやら杞憂だったらしい。
雪童子だった粉塵が消え去ると、雪に埋もれた前田さんが見受けられた。
「……逃げた?」
それでも、まだこの近くにいるはずだ。
「刈華、学校でッ」
素早く大声で叫ぶ。
聞こえたかどうかわからないけど、叫ばずには居られなかった。
アレを伝えれば、きっと翼については放置するはずだ。
グレネーダーへの敵対はなくなるだろう。
ただ、彼女が死に向かうという前提問題は全く解決できない。
なぜなら、出雲美果は何かを知る事で殺されたかもしれないのだ。
そこに辿りついたなら、次に消されるのは、刈華だ。
どうしたら……
「有伽ちゃん、無事ッ」
空から降りてきた真奈香が私の横へとやってくる。
「うん、大丈夫」
「も、もしかして邪魔だった?」
「どうかな? 話で片付くかどうかは五分五分だったよ。諦めそうにはないし」
にしても、前田さん、一体何したんだろうか?
あの聞いてて嫌な音は……
「ふぅ、ににに逃げちゃったぁぁぁ」
危険は消えたと、帰ってきた前田さんが溜息を吐く。
せっかくの活躍ができなかったことが残念らしい。
「前田さん。さっきのって一体?」
「周囲の雪おぉぉ振動させたんだよぉぉ」
振動?
あ、そっか。前田さんの能力って震々だっけ。
相手を振動で粉砕……ほんと恐ぇよっ!? この人間凶器さんヤバいでしょ? なんで抹消対象にならなかったんだ? よくグレネーダー入れたよほんとに。
さっきの不自然なジャンプも雪面を振動させて地面みたいにしたようだ。
まさに全身兵器。
抹殺対応種処理係にこれ程適任な人がいるとは。
可愛い顔してえげつない能力だ。
怒らせないようにしよう。




