打ち砕かれた乙女の純情
不安は体から滲み出るのだろうか?
放課後になると、耐えかねたように真奈香が押しかけてきた。
机を押しつぶさんばかりに押さえつけ、私の目の前に視線を合わせる。
「あ~りかちゃん」
「ん?」
「どーしたの? 悩み事?」
「いや……その……あはは……」
ひとまず笑ってごまかし席を立つ。
真奈香相手なら別に話してもいいだろうか?
でもそれで真奈香が危ない目に合うのは嫌だし……
「今日は隊長さんからレクチャーあるんだって」
そうだ。昨日新人研修担当だった隊長のレクチャーサボったような状態になってるんだっけ……うっわ、私たちめちゃくちゃ問題児じゃん。
目付けられたり嫌われたりしないかな……ただでさえ常塚さんと無理心中しようとしたり警察署の人粛清したりで問題起こしまくってるからなぁ。
「あ、でもさ、銀行寄っていきたいなボク。お金下ろしてこないと」
「うん。それじゃ私も一緒についていっていい?」
もちろん断る理由は無い。
「それじゃ、今日は道変えて行こうね有伽ちゃん」
「あ、そっか。銀行寄るといつもの道じゃ行けないんだっけ」
「そだよ。初めてのルートだから迷わないようにしないとね」
あははと笑う真奈香。ゴメン、それ普通に笑えないよ私。
今のところ運の無さからいえば現実になりかねないし。
用意を整え席を立ち、真奈香と二人して教室を出る。
よっち~は今日は男友達引き連れてカラオケ三連戦だそうだ。
いつもみたいに第五次くらいまで引き伸ばされないことを願う。
最後はよっち~以外死屍累々の惨状になっちゃうからね。
ま、そんなわけで真奈香と二人で帰るはずだったんだけど……
「頼みがある!」
下足場を出た直後、目の前に謎の男が仁王立ちで立ち塞がった。
学生服を着ているのでこの学校の生徒だとは分かる。
しかし、強気な眉と野望に燃えた瞳、何より逆立った箒頭がインパクト強すぎて他の顔のオプションとかどうでもよくなる不良っぽい青年。
私のクラスにいる人じゃないし、そもそも知り合いですらない。
そんな男の人がいきなり行く手を遮ってきて頼みがあるとか言ってきたわけだ。
もしかしてまた真奈香が告白でもされるんだろうか……
「ええとぉ、どちら様でしょうか~?」
私を守るように真奈香が一歩前に出る。
口調は穏やかだが敵意は全く隠さず男に対峙する。
「お前じゃねぇ! そっちの奴だ」
……え? 私?
自分の顔を指で指すと、男はコクリと頷いた。
真奈香の敵意が殺意に変わった瞬間だった。
真奈香が右手をコキコキ鳴らしだしたので、慌てて真奈香を引っ込め男の目の前に踊りでる。
このままでは血の雨が降りかねない。
「えっと、ボクになにか用ですか?」
が、私の言葉に答えを返さず、男は一枚の手紙を目の前に突き出してきた。
ええと……まさかこれ……
ら、ラブルェトゥアァアァ!?
え? 何? 私に!?
うえっ!? どうしよう?
そんな心の準備とか出来てないし、っていうかちょっと怖めの人なんだけど直接ラブレター渡してくるなんてポイント高くない!?
い、いやいや、でも好きなタイプというわけでもない顔立ちだし、傍若無人な態度はマイナスだし……ああ、でも、でも悦んでお受け致しま……
「樹翠雪花さんに届けてくれ、知り合いなんだろっ」
そうそう、知り合い……は?
雪花……さん?
これはアレですか?
完全見切り発車という奴ですか……いや、発車してないけどさ。
雪花さん宛てのラブレターね……はぁ……
一瞬モテたとヌカ喜びさせられてかなりテンション下がったし。
真奈香でもけし掛けようかな。
「あ~うん、渡せばいいんだ……」
「絶対だぞ! 絶対渡せよテメェーッ!!」
顔を赤くしながら走り去る青少年。
去り際にもう一度だけ振り返り絶対だからな~っと念を押して消えていった。
うん、まぁ……純情少年だってことは分かりましたよ。
うん……捨ててよし!
「あっ、有伽ちゃんなに破ってるのっ!?」
「えぅっ!? うわわっなんかつい手が勝手に!?」
無意識でビリッビリに破いてしまった。すでに何が書かれているか分からない程に千切られた紙は元に戻りそうにも無い。
仕方ないんだ。仕方ないんだよ。奴が私の純情を弄んだのが……
「あはは。乙女の純情踏みにじられちゃったもんねー」
うげっ、真奈香さん読心術でも持ってんの!?
「そ、そんなことないって。あは、あはは……」
「ウソはダメだよー有伽ちゃん♪ 体は正直なんだから~」
うぅ……真奈香がその言葉言うとなんか卑猥に聞こえる。
「ほらほら、銀行行くんでしょー」
「そだね……一応セロテープで補強すれば読めるよね……これ」
もう二度と見切り発車で悦んだりしないぞ。
疑ってかかるし。絶対に疑ってかかるし。
大事な事なので二度言うし。
チクショウ。モテてやるんだから。ぜったいにモッテモテになって見返してやるからなっ。おぼえてろよ箒頭ッ!
私は既に姿も見えなくなった箒頭を思い浮かべ呪詛を送るのだった。
破いてしまったラブレターをとりあえずカバンに入れて、私は銀行目指して歩き出すことにした。




