最後の台詞
太陽は真上に上がり、容赦ない日差しが校舎に降り注ぐ。
しかし教室内にいる私には校舎自体の影によってその熱量は届かず、窓から見える日に当てられた校庭が、外でたら暑いんだろうな……と容易に想像させてくれた。
しかし、残念ながらそのあっついだろう外にでなければいけないようだ。
全く、春だというのに昼間の暑さはきついね。
まぁ風が心地よいから丁度良いくらいの暑さなんだろうけど……
廊下に出て窓から裏山を覗く。
その斜面にたった一人、弁当を広げて昼食に取り掛かっている舞之木刈華。
臭いを元に探していたら教室から出た途端に見つけてしまったのだ。
用がある身としては接触するため外に出ねばなるまい。
木陰ではなく日のあたる草原のような場所なのでちょっと躊躇するが、さすがにこの季節で熱射病にはなんないだろう。だって五月だし。
根拠ない理由で納得して、私は窓から外に出る。
ちゃんと右手には弁当持参だ。
刈華は屋上の見える辺りの斜面に座り、食事をしながらぼ~っと屋上の貯水タンクを見つめていた。
「一人で食べてるの?」
「友達いなくなったからね……」
私の言葉に視線すら向けずに、玉子焼きを口に運びながら刈華は答える。
まるで視線の先に友達が映ってでもいるかのように、彼女は現実を見ていない様子だった。
「横、いい?」
「好きにすれば?」
どこか上の空のまま、私の質問に淡々と答えてくる。
「朝の続き、聴きに来たんだけど」
「そう……」
マヨネーズ入りのハムを刺した串を手にして、ようやく刈華は私に視線を向けてくる。
「私は秘密を知ってしまった。だからもうすぐいなくなるけど……探したりしないでね」
「え?」
「これが彼女の残した台詞。死ぬ前々日に私が聞いた最後の台詞」
ハムを口の中に入れ、串だけを弁当箱に戻した刈華は開いた手でペットボトルを取るとグビグビと飲む。
「彼女……自分が近いうちに殺されること、分かってたんだと思う」
自分が殺されることを分かっていた?
出雲美果は【陰口】の妖使いのせいで殺されたはずだ。
【陰口】の噂話で危険な妖使いとされて翼によって翌日殺された。
なのに、その前日にはもう自分が殺されることを知っていた?
【秘密】を知ってしまったから?
秘密を知って、殺されるのを知って……次の日に殺されるきっかけが出来てさらに翌日には殺された。
それって……偶然にしては明らかに不自然じゃないだろうか?
じゃあ、まさか……翼が彼女を殺したと偽って? いや、でもそれはおかしいか?
確かに、謎だらけだった。
出雲美果が知った秘密だけじゃない。
彼女の行動も、彼女の消えた友達たちも、タイミングの良すぎる出雲美果の死亡時期も……
「私と美果の友人にね、鴇と鈴鹿ってのがいたの。美果の死亡を期に皆いなくなっちゃった。鴇は前日に死体で発見された。刃物で一突き。妖使いとして処理されたみたい。鈴鹿は……別れも告げずにいなくなっちゃった。転校してきて数日も経ってないのに。ううん、他の皆もそう。これから仲良くなるって思った途端だった。生き残ったのは鈴鹿だけだから、私は必死に探したわ。紫色の髪だから凄く目立つはずなのに、誰も、先生すら住所を知らなかった。入学願書に書かれていたのもでたらめな住所だったし……」
その時の辛さを思い出したのだろうか? うっすらと目に涙を浮かべ視線を弁当に落とした。
「私は知りたいの。彼女が何を知ったのか、それでどうして殺されなければならなかったのか……だから、協力して欲しい」
思いのほか、ヤバい話だった。
もし考えが正しければ、出雲美果の知った秘密と、グレネーダーは無関係じゃないかもしれない。
【陰口】の噂だけで抹消命令が下りた不自然さが、それを物語っている気がする。
出雲美果の知った秘密というものがグレネーダー内の何かにあるとすれば、まず間違いなく刈華も、調べた私も抹消される可能性がある。
調べるならば慎重に慎重を重ねたうえで、他のグレネーダー員に悟られないようにしなければならないだろう。
私にそんなことできるような器用さは断然ない。
私の表情から何かを悟ったらしい。
ふぅとため息を吐いて、刈華は再び虚空を見る。
「ま、そりゃそうか。誰だって自分の居場所がなくなるかもしれない危険なことはしないよね。いいよ有伽。別に手伝ってくれるとは思ってなかったし」
でも……と私に目を向ける。
「美果を殺したヤツだけ教えてくれる? 後はもう、先輩には関わらないから。そのために、マグギャンを捕まえてまで先輩を待っていたんですよ」
どう……しよう?
翼について教えてやるべきだろうか?
いや、でもそれで彼女が翼に復讐したら大変だし……
「それは……」
「じゃ、これだけ」
言いにくそうにしていると、何か察してくれたらしい。
ため息を吐いて刈華は別の質問をしてきた。
「先輩の……知り合い?」
ドキリとした。私の表情を見て、刈華はふぅと笑みを作る。
「分かったわ。ありがと」
そう言って立ち上がる。
「ま、待って……」
一体、今の私に何が言えただろう?
思わず引き止めた言葉は後が続かない。
何? と振り向いた刈華を見て、私は何も言えなくなる。
「大丈夫、きっと先輩に迷惑はかけないから。有伽先輩は美果だから……」
夕方はもういいわ。と言い残して刈華は去っていく。
なんとなく、もう会えなくなってしまいそうな……嫌な予感がした。




