刈華と遭遇
朝、大変なことを思い出して目が覚めた。
そういえば今日の副食が全く無い!
昨日軽い食事を作っているのでご飯だけはあるのだが、やはりここは漢らしく日の丸弁当で行くべきか?
それとも犬に成り下がってでも真奈香の弁当を当てにするべきか……
究極の分かれ道だった。
親父の朝ごはんが白飯だけでいいやと思うくらい迷った。
迷った末に、やはり真奈香に餌付けされるのだけは……と、なんとか人生の崖っぷち一歩手前で踏みとどまり、日の丸弁当を製作。
朝ごはんは二日連続でマヨネーズごはん……ああ、なんて貧乏生活送ってんだろ私。
お金なら母さんが仕送りしてくれる分あるってのに。
何かあったときにきっと使うことになるから……とか思って貯めに貯めるこの貧乏根性がダメなんだ。
いっそ友達と焼肉パーティーで散財しちまいましょうかね。
あ、いやいや、でもそんなことして後で何か必要になったら悔やまれるし。
ハァ、いつもどおり2万円だけ下ろして買い物しよう……
一日三食を千円として二十日分持つはずだ。
今日は定時で終われると良いなグレネーダー。
八時終わりならなんとかスーパーに間に合うし。
本来は五時ちょい終了なんだけど私たちの都合を加味した結果、学生は学校終了から八時ジャストがグレネーダーの終了時刻。
事件のある日はまた別なのだけど、そうそう事件だらけってわけでもない。暇な日は本当に暇なんだそうだ。
今は雪女事件があるけど、マグギャンの行方不明者は昨日帰ってきたし、私は新人なので早めに帰れると思う。
真奈香でも誘って食材買い込んじゃいますかね。
居間で寝ている親父の真横に予備の茶碗に入ったマヨネーズごはんをお供えし……ああ、そういや親父の茶碗も買わなきゃなぁ……と思い至る今日この頃。
一瞬後にはそんな考え頭から捨て去って、さっさと学校に向かう私だった。
さすがに三度目は無いだろう。と、半ば変な人に見える程に警戒しながら十字路に差し掛かる。
傍目というよりも自分自身すら怪しいと思う気の配りように、自分、なんでこんな必死なんだろう? と本気で考える。
が、二度あることは三度ある。
十字路を曲がろうとした途端、青い何かが目の前に現れた。
さすがに三度目ともなるとぶつかるといった事態は避けることに成功したが、あまりの事故的中率に御祓い受けようかどうしようかと本気で悩む私がいた。
「危ないですよ先輩、もう少しでぶつかる所でしたね」
などと言ってきたのは、私が今日教室でも訪ねて会おうと思っていた人物。舞之木刈華その人だった。
「うえっ!? 舞乃木刈華!?」
「うえって何よ? 私に会ったのがそれほど嫌だったわけ有伽先輩は?」
昨日と同じ口調に戻ると、私の横に来て歩き出す。
「ほら、どうせだから一緒に登校しない? 話したいこと……あるんでしょ?」
まるで何かを聞かれるのを待っているとでも言うように促してくる刈華。
理由とかが分からなくて怪しさ爆発ではあるものの、ここは罠に填まるのを覚悟で一緒に登校すべきだろう。
私は先に歩き出した刈華に追いつくと、隣に着いてゆっくり歩く。
「じゃあまず、マグギャンの人たちを監禁した理由……かな?」
あなたが雪女? と聞いてもよかったのだが、そういう予想済みの答えが返ってきそうなまどろっこしい質問は飛ばすことにした。
あえて核心をズバッと聞いてみる。
「そうだね……簡単に言えば、偶然、それから思いつき……かな」
いくつか答えを用意していたのだろうか?
さすがにいきなりこれを聞かれるとは思ってなかったのか、呆気に取られた表情でちょっと考える仕草をして、刈華は答えた。
「本当にね、あの場所にはよく来るの私。でも秘密の場所だった。たった一人だけの秘密の場所。そこに無遠慮に踏み入れてきた人たちにちょっとお灸を据えるために監禁。でもそこでふと思いついた」
足を止め、私を見る。その瞳には好戦的な笑みがあった。
「このまましばらく監禁すれば、彼女を殺した奴が来る」
瞳の奥に暗く淀んだ何かが見えた気がした。
微笑む彼女の表情は明るい。ともすれば気づかないだろうその小さな変化は、心に傷を持つ者特有の危険シグナル。
気付けたのはきっと、別の人間のそういう部分を見たことがあったからだろう。
自分の大好きだった人を……殺してしまった翼や、隊長を見つめる時の常塚さん、ペンダントを懐かしむ時の隊長。
いや、それよりも……父を壊してしまった自分自身が重ねて見えているだけなのかもしれない。
きっと心のどこかに大きな後悔を持つ者は、他人の後悔に敏感になるのだろう。
「先輩は知ってるかな? 出雲美果って女の子」
やっぱり、予想通りの答えだった。
この娘は出雲美果の知り合いだ。
同じ妖使いとして知り合いを殺した奴を見つけ……復讐するために、マグギャンの人たちを冬山に監禁したのだ。
けど、彼女の目的は【グレネーダーにいるはずの出雲美果を殺した奴を見つける】こと。
グレネーダーの私と知り合えた時点でマグギャンの人たちは不要になった。だから開放。
私に興味を持たせ自分を調べるように仕向け……もしかすれば今日ここで出会ったのも策略なのかもしれない。
いや、確実にそうだと思われる。
「別にね、美果を殺した奴に復讐……なんてことは考えてないわ。グレネーダーだって仕事だもの。でも……殺された理由も何もかも分からない。せっかく友達になれたのに、急にいなくなって、他の友達もいなくなって……私一人が蚊帳の外にいるみたいに取り残されちゃった」
アハハと笑いながら、明るく振る舞うが、彼女の辛さが存分に分かってしまった。
この娘、刈華は出雲美果の友人……いや、親友だったんだ。
「ただ知りたかっただけ。殺された理由が知りたかった。誰が殺したのか知りたかった。そこで絶望するとしても、私にはもう何にも残ってないからさ」
校門の前で刈華は立ち止まる。
不意に止まった足に疑問を覚え、私は刈華に振り返る。
「美果が消える前に、一言だけ残した言葉があるの。私はその言葉の意味を知るためにあなたに頼みたい」
いままでの笑顔は消え去り、真剣な、しかし空虚な瞳で私を見つめてくる。
聞いてはいけないと、頭に警鐘が響く。
何か分からないが、彼女の頼みは聞いてはいけない気がした。
まるで深い闇に自身を投げ込むような、そんな危険。
「私に協力して、彼女の残した、『私は……」
「あ~り~か~ちゃ~~~~~んっ!!」
「ごぶぁっ!?」
刈華の言葉を吹き飛ばすように、刈華の後ろから……というより頭上から降ってきた真奈香がフライングボディアタック。
死角からの一撃を私が避けられるはずも無く、真奈香を受け止める形で倒れこむ。
「よかったぁ! 無事だったんだ有伽ちゃん」
「無事じゃないです……」
今、まさに生死の狭間を体験した私、お腹への真奈香の衝撃と倒れた時に打った背骨を直撃する痛み。
もう、いっそ一思いに楽にさせてくれ……
当の犯人真奈香によって助け起こされた私に、刈華は笑顔で手を振ってくる。
「それじゃ、話の続きは放課後に屋上で。待ってますね先輩」
真奈香にも聞かれたくないのだろうか?
刈華は足早に去っていってしまった。
「あれ? また新しい彼女?」
「違うっつーに……」
真奈香から離れて学校へ向かい歩き出す。
走って横にやってきた真奈香の質問攻めを適当にあしらいながら、下足場に向かう私だった。
それにしても、出雲美果が友人に残した言葉……か。
一体なんなんだろう?
あ、放課後屋上じゃ銀行に間に合わないかもしれないじゃない。昼休憩に行くことにしよう。




