奇跡のキスをもう一度
早朝、突如聞こえた謎の雄たけびに飛び起きた。
混乱する頭を必死に働かせて状況把握する。
周りの風景は見覚えがある。いつもどおりの私の部屋だ。
親父がまだお父さんしていた頃に誕生日プレゼントとして買ってもらった愛らしい熊のぬいぐるみが机の上に埃を被って放置状態になってる見慣れた部屋。
そろそろ洗おう、そろそろ洗おうと思いながらもすでに十年近くほったらかしのぬいぐるみ。
ほんとにもうそろそろ埃くらい取ってやるべきだよなぁ。
こいつだけなぜか放置しちゃうんだよ。
と、そんなことはどうでもよくて。ええと、さっきの声はどこから……
部屋を出て家の中を捜索する。
といっても大して広くないので、音源はすぐに見つかった。
居間で親父がうずくまっているのを発見する。
「どったの親父?」
何やってんのかと声をかけて近寄ってみると、足の小指を押さえているようだ。
症状をみてすぐに、ああ、ぶつけたか。と悟ってしまった。
全く、朝っぱらから騒々しい。心配して損したよ。
ダレた気分で洗面台へ。
顔を洗って気分爽快! と、いきたいところだったが、鏡に映った自分の髪がショックでさらに鬱な気分になった。
今日はまた一段と寝癖が……
気力を失い台所へ。これから朝食作らないといけないのかと悲観に暮れながら、私は冷蔵庫を開ける。
……何もなかった。
訂正、マヨネーズと刺身醤油はあるけど食材らしきものがない。
真奈香さん、食材使いすぎですがな。
一応ご飯だけは炊けているものの、おかずと思しきものが梅干しかない現状。
今日は買い物行かなきゃなぁ。と思いつつ、有り合わせを食べることにした。
弁当は別名【漢の弁当】こと日の丸弁当でいいだろう。
よそったご飯にマヨネーズをかけて朝食完成!
マヨラーなら大喜びの一品だ。
私は初めてしたけどね。あんまり脂分取り過ぎると太るんだよ。
毎日覗いてる体重計の数字が一ミリでも動くたびに一喜一憂している私にとっては魔の食事と言わざるを得ない。
痛みで蹲る親父の真後ろにお供えして、ご飯ここに置いとくから。とだけ言葉を残して部屋に戻る。
部屋に戻り際、背後の方からぎゃおおっ!? とかいう悲鳴が聞こえたが、無視しておいた。
大方親父が後ろにあったマヨネーズご飯を尻に敷いたのだろう。
新しい食事は作らんよ? 尻で轢いたご飯を食いなされ。
ここ最近なんとなくだがツイていない気がする。
常塚さんと夜空のダイブしたり真奈香にファーストキス奪われたり……漏ら(※都合により脳内より抹消されました)……まぁ、いろいろ不運な出来事が重なっているわけだ。
一昨日など前田さんに殺されかけたわけだし、何か悪霊にでも取り憑かれているんじゃなかろうか?
そのうちお祓い受けようかな?
かなり本気で一番高い金払うヤツを。ついでに真奈香の除霊も頼んでおこう。百合属性を早急に除霊してほしい。
そんなことを考えながら注意散漫で歩いているのが悪かったのか、それとも本当に悪霊の仕業だろうか?
雪花先輩とぶつかった十字路に差し掛かった時のことだった。
「遅刻遅刻~っ!」
何か聞き慣れたような言葉が角向こうから聞こえてきた。そして……
運命は二度起きる。
「きゃいんっ」
「どわっ」
女の子らしからぬ謎の悲鳴を吐きながら、私は誰かに押し倒される。
倒れる瞬間目に飛び込んできたのは、雪花先輩と良く似た小柄な女の子が、何故かキスを迫る乙女な顔で飛び込んでくる所だった。
さようなら、私のセカンドキス……
自分の不運さに嘆き悲しみながら、二度と帰れぬ純情だった自分を懐かしむ私がいるのだった。
そして、思いの他立ち直りの早い自分に泣きたくなりながら、上に乗っかったままの女の子をごろんと真横に投げ飛ばす。
「あ~、もう、最悪」
「こっちだって最悪よ……」
二人同時に起き上がり、互いに睨み合う。
「私の初めてのキスどうしてくれるのよっ!」
「そもそもそっちがボクに突っ込んできたんでしょうがっ! ボクの純情を返せっ!」
さらに同時に相手に近づきながら、ヤンキーよろしく互いに顔を近づけ合う。
絶対許さん。私に謝れ。私のセカンドキスとファーストキスを返せ。ファーストキスは真奈香だけど、とにかく返せっ! 今すぐ返せっ!!
互いに顔がくっつきそうなほどに睨み合うこと数秒。
何を思ったのか彼女は眼を瞑って口付けを交わし……
「なんっ!?」
サードキスまで奪われ自失呆然の私に、彼女は顔を赤らめながら吐き捨てるように言った。
「ほ、惚れたりなんかしてないからねっ!」
そのまま走り去る18禁ゲームに出てきそうなツンデレ属性の彼女は、私が我に返った頃にはすでに目に見える範囲にはいなかった。
しばらくぼぉっとしながら放心していた私だったが、いい加減我に返る。そして膝を付きorzを体現する。
なんて、なんてツイてないんだ私……
しかも真奈香属性らしき人がまた増えたし。
百合でも薔薇でもないんすよ私? なしてこう近寄ってくるのが女の子ばっかし?
がくりと膝を突いたまま、しばらくその場で漢泣きに暮れる私だった。




