真奈香さん粛清中
放課後、よっち~と別れた私は、真奈香と連れ立ってグレネーダーへ。
真奈香の魔の手から必死に逃れて服を着替えた後、作戦会議室に押し入ると、本日の新人研修担当の翼が机に足を置いてダルそうに座っていた。
「うわ……」
「入ってきた途端に嫌なモンに遭遇したみたいな顔すんじゃねぇよ」
足を机から下ろして普通の座り方に戻る。顔だけはかったりぃ~と顔文字が出てるくらいに面倒くさそうな顔をして、私と真奈香が椅子に座るのを待っていた。
「で? 今日の新人研修は翼ちゃんがお相手な訳だ」
丁度翼と対面するように真奈香の横に座り、私は両手を組んでそこに顎を乗せる。
「面倒クセェがしゃーねーだろ。俺も覚悟決めてやるからお前らもしっかり聞けよ」
は~いと気のない返事をしてあげると、翼が顔をしかめた。
「たく……まぁいい。今日はまず書類整理な」
ガタンと席を立って部屋の外に向かう翼、ドアの所で振り返り私たちに手招きする。
「通常、俺たちの扱う資料は殆どが警察署のものだ。ようするに警察署内部の資料室を合同で使わせてもらうことになる。過去の未解決事件とか重要参考人などのデータが詰まった機密事項が多い。俺はめったなことじゃ利用はしないが師匠や小林さんはよく利用してる」
後ろから付いてきた私たちに歩調を合わせ、警察署への連絡通路へ説明を交えてたどり着く。右を向いて、
「こっちの通路はグレネーダー内周部への通路な。今の階級じゃ滅多に行くことはないだろうが、俺らの班は隊長の畑の世話の週直の時だけ入ることになる」
入ることになる……って、隊長の趣味は抹殺処理係全員でフォローしてんですか……
「ちなみに今週は通信係の奴らが受け持ちさせられてる。来週は護送係な」
むしろ支部ぐるみで育ててんのっ!?
驚き通り越して呆れたよ……
隊長の権力みたいなのが分かった気もする。
そして翼は今説明した通路と反対を向いて、そちらの通路を歩きだす。
通路といっても4、5歩くらいでドアがあり、それを翼がカードをリーダーに通して開くと、また4、5歩で立ち止まった。
「んで、ここがグレネーダーと民間警察共同の資料室な」
ドアを開いて入室。途端に集まる視線の束。
冷たい視線などまだヌルいといった眼光の猛者たちが一斉に私たちを睨みつける。
思わずすくみ上がる私に気付かず翼は歩を進め、真奈香に押されるように私も部屋に入っていく。
「一応書棚の上の方によぉ、どういった内容の資料があるか書かれてるけど、大抵俺らが扱うのはこの棚だ」
ポンと棚を軽く叩いて振り返る翼。
上の方には妖関連と紙で書かれたプレートもどきが棚に取り付けられていた。
資料はあ~んまでのひらがな順に分けられていて、先頭部分には分かりやすく飛び出たプラスチック製の目録みたいのが、【あ】とか【い】など、ここから始まりますと自己主張していた。
「今日は雪童子っつーか雪女の関連資料調べようぜ」
言うなり【ゆ】行の資料全てを引っこ抜く翼。
大雑把というかなんと言うか、しかも何気に片手で持てない量だったのか、その全てをつるりと落として床一面に資料をぶちまける。
「…………」
「…………」
「あ~、まずは資料整理からやってみろ」
「お前がやれっ!」
思わずツッコミ。周囲の瞳が私に集中。
悪いのは翼なはずなのに、何故か私に非難集中の資料室。
私にとってはかなりの鬼門かもしれない。
周囲からの冷めた視線に根負けし、いそいそと資料を片付け始める。
しばらく無言で片付けていると、真奈香の足元が見つかる。
真奈香はてっきり手伝ってくれるものだと思ってたのに。
なんとなく裏切られた気分で視線を上に上げると……
今にも周囲の刑事たちに飛び掛りたいとでもいうような殺気に満ちた真奈香の顔が在った。
髪の毛に隠れているはずの目が夜間、獲物を見つけた肉食獣のように光って見えるし。
心なしか私の有伽ちゃんに……私の有伽ちゃんに……とか唇から呪詛が漏れでとりますが……私しぃ~らないっと。
資料を全て机に載せて、翼に笑顔で向き直る。
「さって……次はどうすんの翼ちゃん?」
笑顔の私の後ろで井戸から這いでてきた亡霊のごとく恨めしそうな顔で睨みつけてくる真奈香に言い知れない恐怖を感じてるんだろう。
翼は青い顔で資料を自分自身で調べ始めた。
「お、俺のやるようにやってくれ」
必死に資料とにらめっこを始める翼の横に座る。
資料の束から適当に一枚抜き取って見てみると、百合北中学の妖発症者とかいう資料。
後ろで覗き込んできた真奈香が百合ぃ~とか喜んでいた。
年代はつい最近。4月頃の奴で新入生が入ったために更新されたもののようだ。
百合北といえば、高港区の中で最北端にある中学校だっけ。
私の通う鮠縄付属中学と比べると女子率が異常に多い……というよりもまんまの百合の園で、ようするにお嬢様専用女子校という奴だ。
この学校、妖使いって結構居るな~なんて思いながら名前を上から下へと流し読みしていると、珍しく知った苗字を見つけた。
樹翠小雪と書かれた新一年生。
樹翠なんて珍しい苗字が二家族もあると思えないし、雪花先輩の親戚だろうか?
「なんだよ? その資料に雪女は入ってねーだろ? あるか?」
翼に声を掛けられハッとする。
「あ、そう?」
小雪と書かれた人物をもう一度見ると、そこに書かれている妖名は氷柱女だとか。
雪女に似てはいるけど確かに関係ないね。
「お、これなんかいいかもな」
翼は資料を両手で掴んで満足そうに唸る。
ひょいと横から覗いてやると、雪女の伝説という題名。
書かれている内容は昔話の民話。
猟師の男を好きになった雪女が自分に会ったことを誰にも話さないという条件で男を見逃し、その後綺麗な女性になって男に嫁ぐ。
数年の後、男がふと昔話で漏らした雪女との話を女に話したことで雪女は雪山へ帰ってしまうという悲しいお話……
氷柱女もまぁ似通った話で、こちらはお湯に浸かって溶けて消えるという話。
どちらも男の不手際で離れ離れになった雪にまつわる女性の悲劇。
「へぇ、雪女ってこんな奴なのか」
「って、今まで知らなかったわけ!?」
「言っただろ。俺はそういうのに詳しくねぇんだよ」
調べものしようよ翼ちゃん。
にしても、雪女に関する資料思った以上に少ないね。
昔話の他は民間目撃証言報告書くらいでしか名前見つかんないし。
「あのさ、ぱ~っと流し読みしたけど雪女関係はそんだけしかないんだけど」
「だな、雪女の妖使いなんざ珍しいからな。資料自体が少ないのは仕方ねぇだろ。無駄足だったな」
翼は携帯電話を取りだし時間を確認する。
「そろそろ時間潰しも十分だろ」
時間潰しっ!?
「あ? 言ってなかったっけか? 今回は作戦会議するんだよ。師匠って結構つーか毎日遅刻するからさ、全員揃うまで時間が余んだ。十分か十五分くらい」
机に散らばった資料を元の棚に戻し、私は翼たちと部屋を後にした。
もう、二度と来ることもないだろう。むしろ行きたくないよ絶対。
ヤーさんも裸足で逃げ出しそうな数十の凍てついた視線を背中に浴びて、逃げるように部屋を後にする私だった。
多分○暴の刑事さんたちだ。皆、顔が厳つすぎる。
「あ、忘れ物……」
部屋を出たとたん、思い出したように真奈香がぽんと両手を合わせた。
「有伽ちゃん、先に行ってて、すぐ……戻ってくるから」
と、一人勇敢にも部屋に戻っていく真奈香。
忘れ物って……何も持ってきてないはずだけどなぁ?
「俺たち抹殺対応種処理係は殆ど南側の作戦会議室を使うんだ。知ってるとは思うけど一応二人とも場所を再確認……」
歩き出そうとした翼と私の後ろの部屋から何かの破砕音と謎の悲鳴がいくつも響いてきた。
「ほらぁ、私の有伽ちゃんにごめんなさいは? 睨んでしまってごめんなさいは? ねぇ?」
凍てつくような真奈香の声と阿鼻叫喚の絶叫をバックに、翼と私は嫌な予感を感じ、互いに見合って苦笑い。
「とりあえず……先行くか」
「そ、そうだね。すぐ追いつくよね真奈ちゃんなら……」
「生まれてきてごめんなさいは? ほらぁッ!」
壁一枚隔てた地獄絵図を想像しないように、私たちはそそくさとその場を後にしたのだった。




