本日も真奈香さんは元気です
「いよ~っす有ちゃん!」
校門を潜ったところで後ろから走ってきた女子生徒に背中をおもっきし叩かれる。
「痛ったッ!?」
「お~ちょいと強かったかぁ? なっはっは~」
彼女の名はよっち~。
髪はちょっと色素の薄い茶色。人懐っこい笑みとこぼれる八重歯が印象的なエセ関西弁の使い手だ。
独特の笑いを誘う口調とお調子者的な性格でクラスではかなり友達が多かったりする。
いつも集まる五人メンバーは、私と真奈香を除くと、よっちーのセットといった感じだ。よっちーが休んだりすると私達が残りの二人と話す事はほぼなくなる。
それくらい重要な繋ぎ役をしているのがよっちーである。
皆からはよっち~と呼ばれ親しまれているためか、私は彼女の本名を覚えてなかったり……本当に友達か私?
にしても、何て名前だったっけ?
「よっち~おはよ、今日はちょっと遅めだね」
「いやぁ、姉やんが弁当作り忘れとってな、もう焦った焦った。なんとか間におうてよかったわ~」
何故だかわかんないんですが、しゃべりながら背中バンバン叩くのは止めてください……痛いから。マジ痛いから。
「しっかしあれやな、一週間前にかけられた水が原因で風邪引いて災難やったやん。元気になったみたいで嬉しいわ」
実は、【陰口】の妖使いに陥れられてから学校には顔を出していなかった。
グレネーダー入隊の時に身辺調査とかで自宅謹慎してたこともあるけど、知らない間に学校で私の無断欠席は風邪引いて寝込んでいるということになっていたらしい。
実際は抹消対象に指定されて四苦八苦しちょりましたがね。おかげで生活範囲が広がったし、敷かれたレールの上を歩く人生じゃなくなって万々歳だ。まぁ、物凄い黒歴史ができてしまったりしたけど、そこはまぁ、脳内のゴミ箱フォルダにぽぽいっと捨てとこう。
「真奈ちゃんも次の日来て早退したし、二人ともホンマ災難やったな」
「いやぁ……はは……」
真奈ちゃん、いや真奈香は私と一緒にグレネーダーへ入隊した私の友達。
うん、ただのお友達です。
決してそれ以上でもそれ以下でもない存在です。本当です。
「真奈ちゃんから聞いたで、今日から二人とも学校出てくるって」
「え? なんで真奈ちゃんから?」
「なんでって……ウチの隣やで真奈ちゃんの家」
「え!? ウゾォッ!? マジですか!?」
一年以上知らされなかった驚愕の事実! 後藤特派員も真っ青だ。
「つーか濁点入っとるやん……驚きすぎやっちゅーねん」
「だって、初めて聞いたし」
「真奈ちゃんの家行ったことなかったんかいな」
「そりゃ……一度でも行けばもう二度と帰ってこれなそうですから……」
なんとなく遊びに行ったときのシュミレートが簡単にできてしまい鬱な気分になった。
「あはは、ええやんええやん、そのまま一線越えてまえ」
私の言葉を聞いたよっちーの目がキラリと光った気がした。
こいつ、私を連れて行く気か!?
絶対、絶対に阻止してやる。真奈香の家なんて地獄以外の何物でもないし。
暗殺帳並みの黒い日記とかありそうだし。貞操の危険だし。
もし連れて行かれることになったら断固阻止だ。
「越えるかッ! 第一ボクは百合な世界はお断りですッ!!」
「何ゆーてんねん、真奈ちゃん告白してくれたってめっちゃ喜んどったで」
「なんすとッ!!?」
「しかもキぷぐっ……」
危うくでかけた放送禁止用語を口を塞いで塞き止める。
「マジ頼むからっ! ボクのトラウマベストテンを掘り返さないでッ!! 目玉突きしちまいますよチクショーッ」
「って、あれ真奈ちゃんの妄想やなくて事実やったんッ!?」
「うぐはぁッ!? じ、自爆した……」
私の拘束を振りほどき、よっち~は驚きの声と共に私から身を引いた。
「け……結婚式には司会くらいしたるわ。あ、あはは……」
「いいですよ、いいですよ。どうせボクはヨゴレ役ですよ……」
「あ~もう、有ちゃん気ぃ落とすなって、どうせ不意打ちか何かやろ」
「はぁ……死のう」
「うあっ、有ちゃんが鬱病なってもうた!?」
「あ、りっかちゃぁ~~~~~んッ!!」
鬱になって地面にしゃがみこみ、のの字を書き始めた私の後ろから、私にとってもっとも危険な声が飛んできた。
いや、声だけでなく重量物も一緒に飛んできた。
そんなあいつは私の背中向かって一直線にダイレクトアタック。
避けるヒマなんてありゃしない。
後ろから飛び込んできた丸くて柔らかいモノが二つ後頭部に押し付けられる。
首筋をホールドするように細っこい両手が巻きついてくる。
「有伽ちゃんおはよ~~~っ」
「ふふふ……今日も際限なく元気だね真奈ちゃん……」
さらに鬱な気分になりながら、私はゆっくり立ち上がる。
「うわ……有ちゃんが精神的に狂ってきとる……う、ウチは先行くな――――っ!」
端から見ていたよっち~は私の顔を見てまるで危険人物から遠ざかるように足早に校内に去っていった。
「あ~ん、今日も有伽ちゃんとラヴラヴラビュ~ン」
「は、はは……」
もう、苦笑いしかでてこなかった。
……誰か私を消してくれ、この世界から。




