ファミレスは鬼門だった
ええと、どこにいるんだろ?
報道関係の人だろう、必死に警察から話を聞こうと出雲美果の家を取り囲んでいて様子が見えない。
待っていても時間がかかりそうなので、私は先におばさんの家に向かった。
んでもあんまり近寄りたくないんだよねこっちは。
あのおばさん嫌な臭いの香水をこれでもかと付けてるし。鼻曲がりそうなんだよなぁ。あ、翼発見。
私はおばさんの話しを聞いている翼を見つけ、溜め息を吐いた。
もしかして、朝からずっと聞いていたんだろうか?
疲労がピークに達しているのか、翼は時々よろけるように左右に倒れそうになる。
そこをおばさんに引き止められて無理矢理立ちなおらされてる。
仕方ない。助けて恩を売っといてやるか。
一応、肩書グレネーダーだし。
私は翼の元へと駆け寄った。
名前を呼ばれて振り向いた翼。
私を見つけて生気が戻る。
助かったと思ったのか、おばさんに一言も告げずに私の方に逃げようとして、おばさんに腕をつかまれ、強引に振り向かされる。
「刑事さん、私の事情聴取がまだ終わってないじゃないかい」
おばさん、そこまでして話したいのか。
放っといたら一日中話してるんだろうか?
「あ、いや、午後からはこちらにも先約がありますので」
「そぉお? なんだかあんまり話してないような気がするんですけど」
いやいや、もう半日以上話まくってますよアンタ。
「ほらほら刑事さん♪ そろそろ殺害現場の検証をするって言ってたじゃないですか。急がないと警部補さんに怒られるよ」
適当なでまかせで翼の腕を引っ張る。
「あにすんだい小娘っ。刑事さんとは私が話して……」
案の定おばさんが怒鳴ってくるが、今度はこちらも引く気はない。
それにこれ以上長引かせると翼が救急車で運ばれかねないし。
「刑事さんはこれからお仕事なんですよぉ、お・ば・さ・ん。仕事の邪魔しちゃどうなるんでしたっけ?」
そう言ってやると、二の句を告げなくなったおばさんは押し黙るしかなかった。
おばさんの逆恨みの視線を背後に気にしながら、私はなんとか翼を連れだすことに成功した。
「お勤めごくろうさん」
おばさんが見えなくなって、私はようやく翼から離れる。
「風邪で休んだ知り合いの代わりに借りだされてよ、俺は刑事でも警部補でもねぇってのになんなんだあのババァ。警察とは管轄が違うから話なんかする気ねぇってのによ」
「捕まったわけですか、あのおばさんに。まぁ、ボクも警察のどんな人が捜査に借りだされてるのかよくわかんないから警部補とか口走ったけど、開放されてよかったねぇ」
「まぁ、あのババァが捜査をしてるのは全員刑事さんと思い込んでたせいだろうな。にしても、事情聴取、ハードだったぜ……」
「一日中?」
私の問いにこくりと頷く。よほど疲れたみたいだ。
「飯食う時間すらくれなかった。朝飯抜いてきたからたぶん魂が抜けでてるはずだぜ」
「あらら、じゃあファミレスでもいきますか? 奢りなら付いていったげるけど?」
ニヤリと微笑む。翼は深く溜め息一つついて、
「しゃーねぇな」
おし、交渉成立。
「ついでにさっきのは貸し1ってことで」
「じゃ、奢りで返せるな」
「昨日の借りがね。女の子に金を払わせておいてねぇ」
まだまだツメが甘いですな翼君。
「クソ、足元見やがって」
「おぉし、一番高い奴上から五品。一度やってみたかったんだよね」
「死にたいのかテメェは。どうせ一品くらいしか満足にくわねぇだろが」
「じゃぁデザートプラスで」
これくらいならいいでしょ。
「一品だけだ。デザート含めて」
しかし、翼はケチだった。
「うわ、ケチだ。労働の分返せ」
「俺の今日一日を返してくれるなら考える」
「それ、ボクのせいじゃないし」
「あー、じゃあ二品までな。飲み物は水。それ以上はだめだ」
翼なりの優しさ。ちょっと嬉しいけど。飲み物が水って……仕方ない罵っとこう。
「ケチ。ドケチ。ドケチ婆さん」
「うるせぇ、タカリ魔が。訳わかんねぇこといってんじゃねぇよ」
文句を言う翼と罵りあいながら、私たちは昨日のファミレスに入った。
ここのファミレスはAM11:00~AM2:00までやってる。
昨日というか、今日は0:00から1:00までここでバイトする羽目になった。
店長やらアルバイトさんやらとお知り合いになってしまったし。
「いらっしゃいませ~。……あら高梨さん」
ほら、もう苗字覚えられてる。
エメラルドグリーンの綺麗な髪をなびかせて、店員さんが私たちを出迎えた。
うわ、昨日一緒に入ってたバイトの人じゃん。
普段はPM10:00くらいまでの勤務なのに昨日は人手が足らなくて。とかぼやいていた常塚さん。
フローラルな香水が好感の持てる、よく気の利く優しい人だった。
「あ、はは……また来ちゃいました」
「なんだ? 知り合いか?」
「アンタのせいでお知り合いになったバイトの常塚さん」
アンタのせいというところだけ強調して、私は翼に言ってやった。
「ああ、肉体労働の? ご苦労さん」
「アンタねぇ、殴るよチョキで」
「チョキかよっ!? 指折れるぞ?」
「安心して、誰かさんの鼻が飛ぶだけだから」
「飛ぶのかっ!? そりゃ恐ぇ」
全く恐がる素振りを見せず、翼は笑みすら浮かべている。
ほんとにやってやろうかな。下から上に抉り取るようにシュカッと。
目に突き刺してやるのもありだよね。こう、ブスッと。
常塚さんに案内されて席に座る。
テーブルに水が置かれて注文表が並べられた。
「ご注文は?」
「ええと、金額が高い順に……」
「ちょっと待てコラ。二品って言ったはずだぞ」
仕方なくお品書きを見る。
………………!?
ビ、ビックバン定食!?
死神ラーメン!?
キャベツスペシャル!?
頼んではいけないもの定食!?
き、気になる。物凄く気になる。
「び、ビックバン定食と……イチゴミルクパフェ(特大)」
興味という誘惑に負けた私は、ビックバン定食なるものを頼んだ。昨日はジュースの欄しか見てなかったけど、改めて見ると気になる品物が七つくらいある。
翼は? 翼は何を頼むんだろ? 気になった品なら分けてもらおう。
「俺は、ジンジャエールと……」
視線を不自然に逸らし、なんだか言いにくそうに小声で言った。
「お子様ランチ」
え? 今……なんて言った?
私の聞き間違えじゃなかったら、お子様ランチ?
あの五、六歳児くらいが喜ぶ、ご飯の上に旗付いてる車やら新幹線の器に入った――
頼みましたか? 頼んじゃいましたかっ!?
ご飯が皿に落としたプリン型の奴を!?
顔にでていたのだろう。むすっとした表情で翼が私を見た。
「別に何頼んだっていいだろ」
「うんうん、そうだよね~」
あ、無理。顔がニヤける。
「何微笑ましい顔してやがるっ」
「いやぁ、昨日の自己紹介、好きな食物聞いてなかったなぁと思って」
「ち、ちが、これは……」
「皆まで言うない。二人だけの秘密ですな、つ・ば・さ・ちゃん♪」
ものすご~く親近感沸きましたよ。可愛いですねぇ、翼ちゃん。
「テ、テメェ」
「お子様」
「くっ……」
「子供用っていうか幼児用?」
「覚えてろよ高梨っ」
「お互い様よ翼ちゃん」
一瞬即発とはこういうことを言うのだろうか。
まるでハブとマングースが互いの間合いを計っているようにピリピリとした緊張感が漂う。
そこに、無謀にも足を踏み入れてくる女が五人。
「お待たせしました。高梨さんゆっくりしていってねぇ」
私たちの【手】に置かれるお子様ランチとビックバン定食。
そして地震でも来たのかと思う程の衝撃とともにイチゴミルクパフェ(特大)が三人がかりで運ばれてきてテーブルに置かれる。
能天気な声で一礼した常塚さん一同が去っていった。
「なぁ高梨……」
さっきまでの勢いなんて一気に削がれ、ポカンと大口を開けたまま、翼が頭上に天高くそびえるイチゴパフェの頭頂部を眺める。
運ぶ時に天井についたらしい頭頂部はへしゃげていた。
天井には調理場から点々とクリームの跡がここまで繋がっている。
「な、なに?」
「パフェ……でかいな」
「うん。ちょっとびっくり」
私と翼を分け隔てるように、巨大なパフェがテーブルのほとんどを占領している。
翼が真上から視線を戻し、横から覗くように私の持つものを見てさらに唖然とする。
「ビックバン定食……黒いな」
「うん。真っ黒いね。宇宙の神秘を感じるよ」
ビックバン定食は黒かった。真っ黒だった。
汁物と漬物。
それが横に申し訳程度にあって、あとは黒いご飯がドーム上に積まれていた。
星をアレンジしたらしい野菜のトッピングすらほとんど見当たらなかった。
「お子様ランチがホントに可愛らしく見えるね」
「うるせぇ、ほっとけ」
食べ始めると、私も翼も無言だった。
話すことがあんましないってこともあるけれど、一番の問題は、イチゴミルクパフェ(特大)だった。
ビックバン定食の神秘的な味を楽しみながら、ちょっとづつ減らしているものの、未だ器にすら届かない。
早く食べないとなくなるぞ、とか訳の分からないことをいいながら翼が盗み食いしていくも、全く減っているように見えない。
なんとか器と同じ高さまで減らした頃にはお子様ランチもビックバン定食も食べ切った後で、私たちはしばらく休戦するしかなかった。
とてもじゃないけどいっきになんて食いきれない量だ。
つーよりこれ、五人くらいで食べるパーティー用じゃないのだろうか?
「にしても、あのババァの話し好きにゃ参った」
背もたれに全身を預けながら、翼が溜め息を付いた。
「逃げ切れなかったの?」
「何度か試したがな、すぐ引き戻された。お前も見たろ? あんな感じだ。こっちの話なんざ聞きゃしねぇし、すぐ横道に逸れやがるし、同じこと何回繰り返してんだか。美果よりあのババァが死んだ方が世の中のためにはなるんじゃね?」
うわ、そこまで言っちまいますか。
「あれ? 美果って出雲美果だよね? 親しかったり?」
「あ? ああ、まぁな……」
私から目線を逸らし、言葉を濁す翼。何かあるのだろうか?
「そ、それより、昨日のツケの話だろ?」
話を変えてきた。正直気になるけど、話を聞かれたくないってことだよね? 大抵こういう話は、あまりしつこく聞くと、逆切れされるんだよ。変えられた話に乗っとくか。
仕方ないもんね。私は美果って娘とは関係ないわけだし、こいつと親しくなりたいわけじゃないから聞かないでおこう。
「そうそう、労働の見返りは欲しいですな」
とはいえ、すでに奢って貰った分で十分なんだけどね。
それは言わずにおこう。
「230円だ。ほれ」
無造作に投げられたお金がビックバン定食の皿に乗る。
なんですとっ!?
「時給730円分の働きですよっ! 230円!? 殴っていい? パーで」
「パーってすでに殴ってねぇだろ。俺の頼んだジンジャエールは210円くらいだろ? そいつにちょいとプラスして、今回の奢りも考慮すりゃ十分すぎる金額じゃねぇ?」
むぅ、確かに……
「ま、んな小せぇことにこだわる高梨じゃねぇだろ。それよりだ」
う、上手い躱し方を。私が良い子ちゃんであることを計算してるな翼ちゃんめ。
「明日の放課後、またここに来てくんねぇか? 悪いけどよ」
「明日? なぜに?」
「会ってもらいたい人がいんだよ。今日はちょっと別件でここにゃいねぇけどよ。俺の師匠だ。明日なら時間を空けてくれるらしいからよ」
「まぁ……暇だし、いいけどさ」
もしかしてチャンス?
そのお師匠さんに頼み込めば私、堂々と妖使いって宣言しても生きていられるようになれるかな?
正直、熱血バカのお師匠さん見てみるのもちょっと楽しそうだし。
やっぱ夕日を背にして抱き合ったりするんだろうか?
師匠ぉ~ッ! 弟子よぉ~! グァシッ! みたいな?
ヤバい、痛すぎる。
「お、なら決定だな。んじゃ、俺は帰るわな」
「って、待てぃ! それじゃ昨日の繰り返しでしょうがっ!?」
「安心しろって、金は払っといてやるよ。高梨はそのパフェの残りにがっついてやがれ」
と、カウンターにいる常塚さんに向き直った。
「っつうわけで、警察につけといてくれます常塚さん? 志倉で」
「ごめんなさいね。トラブルの元になるから、ツケ禁止なの。店長がそういうの禁止にしちゃって」
「えっ!?」
「ビックバン定食が980円、お子様ランチが780円、イチゴミルクパフェ(特大)が10980円で……」
「ちょっ、待っ、今なんか金額が桁違いなのが一つなかったっスか!?」
「占めて12740円になります」
翼の魂から出た様な声を華麗に無視して、常塚さんが営業スマイルを浮かべる。
無言のまま翼が私の元へ帰ってくる。
「ツケは奢りって言わないわよ翼」
ポンと私の肩を叩く。
あれ、なんか、いやぁ~な予感が……
「明日返すわ」
「ち、ちょっと!?」
「また明日なぁ~っ」
うあ、逃げやがった。
翼は急ぐように店を飛びだして行った。
あいつホントに警察官か?
「た・か・な・し・さん♪」
笑顔の常塚さんが私に声をかける。
……って、常塚さん?
手に持ったそのウェイトレスの制服はなんですか?
翼め。明日殴る。ひでぶっ、か、あべしって言葉が漏れるまで殴りまくるっ!
「いらっしゃいませ~。何名さまですか~。二名様入りま~す」
誓いを胸に。私は今日もタダ働きに精をだすのだった。