翼の誤解
……
…………
……う……うん?
薄暗い闇の中、ゆっくりと意識が覚醒する。
目が覚めた瞬間、瞳に飛び込んできたのは打撃音だった。
俺……志倉翼は力の入らない身体に鞭打って立ち上がる。
あの女、精神体に攻撃してきやがった。
死にかけた俺が助かったのは、どうやら天狗の軟膏とかいう薬のおかげらしい。
体中に塗りたくられていて正直気持ち悪い。
顔を上げる。
そこは戦いの真っ最中だった。
抹消対象の女と、指揮官白瀧柳宮の一騎打ち。
その戦いは、見とれるぐらいに綺麗な演舞を見ているようだった。
やがて、互いに距離を取り、渾身の一撃。
勝ったのは女の方だったが、二人の強さに感動を覚えた。
だが……次の瞬間、放たれた一発の銃弾。
逃げようとした女を無慈悲に穿つ。
女の身体を貫いて命を奪う。
それは実にあっけなく。四人揃ってすら敵わなかった抹消対象を倒した。
なんで【来やり】の店員がここに居るんだ? 分けわかんねェ。
しかも撃つだけ撃って放心してやがるし。
っつか一般人が銃とか撃っていいのかよ?
女に駆け寄る指揮官。
女はソレを振り切り、心臓から血を撒き散らしながら支部長へと立ち向かう。
でも、それを指揮官が躊躇い無く打ち落とした。
倒れた女に駆け寄った指揮官は、女と幾らか話し合い、やがて……女が静かに目を閉じた。
力の抜け切った女を抱きしめ、指揮官が肩を震わせる。
指揮官の彼女かなにか……だったんだろうか?
彼女を相手にしても戸惑いもせず覚悟を決めて戦う姿。
俺の中で指揮官の姿が英雄にすら見えてきた。
この仕事に向うべき姿勢というものを見せてもらった気さえする。
親しいものを殺さなければならないなら……他人に任せるよりも、自分自身で決着を付ける。
結果は確かに横合いからの銃の一撃が決定打だったものの、彼みたいに在りたいと思うには十分な出来事だった。
俺はこの瞬間指揮官の在り方に憧れたんだ。
俺は指揮官に近寄る。
背後にまで来て、立ち止まった。
決意を込めて、声にする。
「なぁ、俺の師匠に……なってくれないか」
指揮官は答えない。
グッと女の亡骸を強く抱きしめ、肩を振るわせるだけ。
しばらく無言で待ち続けた。
「……好きに……しろ……」
注意していなければ聞こえないくらいの小さな声で、指揮官は俺に答えた。
やった。と思った俺を無視して指揮官が立ち上がる。
亡骸を抱え上げ、指揮官は無言で歩きだす。
「ど、どこへ行く白瀧?」
なんだ、支部長も起きてたのか。
頭を振りながら立ち上がる支部長。
しかし足がふらつき尻から地面に転んでいた。
無様だ。アレが俺らの支部長かよ。
「ダーキニーの死体はラボが収容する、勝手に持っていくなッ!」
立ち上がることすらできない支部長に、指揮官は一瞥だけをやって、歩きだす。
「ラボに条件だ、僧栄」
「な、なんだ?」
「私はラボに逆らうことはしないと誓う。だが、その代わり、入鹿は私が連れて行く。入鹿には二度と手出しをするな。答えは今この場の一度きり聞こう。どうする?」
「な、なにを言って……」
「まぁ、どちらでもいい。入鹿に手を出せば釣瓶火は全力を持って敵対する。言っている意味が分かるな? これは願いでも頼みでもない。警告だ、小金川僧栄」
殺意すら込めた視線を投げつけ、指揮官は再び歩きだす。
座ったまま呆然としていた常塚秋里の真横を通り過ぎる。
弾かれるように常塚秋里は指揮官に振り返る。
「あ、あの、柳ちゃ、私……」
でも、指揮官はそれに応えない。
指揮官は女を抱えたまま、俺たちの視界から去っていく。
彼の姿が見えなくなるまで、俺たちは誰も動けなかった。




