叛逆の結末
「第一種危険種指定抹消体……斑鳩入鹿……」
う……嘘だ。なんで副隊長まで……
「行くぞ」
一気に距離を詰めてくる副隊長。
困惑する頭でなんとか私は立ち上がる。
「發ッ!」
突き出された拳、鈍い反応でなんとか受ける。
続くミドルキック。足でガード。
副隊長がそのまま足を踏み込んで回転。慌てて下にしゃがみ込む。
私の頭上を通り抜ける副隊長のハイキック。
さらに踏み込んで水平蹴り。
しゃがんだまま腕でガード、体勢が崩れて吹き飛んだ。
私は吹き飛んだ威力をそのままにして地面を転がる。
距離をとってなんとか立ち上がった。
まだ、これはなにかの間違いだって、副隊長がこんな事するはずないって思ってしまっている。
副隊長はその間に私の目の前まで迫っていた。
掌を前にして掌底を突き出してくる。慌てて受け流す。
副隊長と体が交差したその瞬間。
「斑鳩、そのまま聞け」
副隊長が私だけに聞こえる声で呟いた。
「副隊……長?」
振り返った私の眼前に迫る副隊長の拳。咄嗟に身を屈める。
「この戦闘中に逃げろ。お前が生き残るチャンスは今しかない」
攻撃に乗って副隊長の言葉が聞こえる。
小金川を倒すことを諦めて逃げろって、そう言ってくれていた。
「で、でも……」
「悪いが見物されている以上加減はできない。私を吹き飛ばしてから撤退してくれ」
副隊長が……私を逃がしてくれる?
迷う。このまま小金川を生かしておくべきか。
でも、私の今の目標はラボ。
それなら、今、小金川を無理して倒す必要はない。
私は散々迷った挙句に、副隊長の言葉を了承した。
「死なんかぎりはどれほどの傷でも回復できる。私を倒したら振り返らず逃げろ」
「すいません……行きます副隊長」
副隊長が一度大きく跳び退った。
「次で終わらせるぞ、斑鳩」
跳躍して一気に差を詰める。
副隊長の渾身の蹴り。私も走りだす。
低く、さらに低く身体を沈ませ、蹴りをやり過ごす。
「ああああああああああッ!」
頭上を越えた副隊長の蹴りの後から、カウンターで浮き上がる左のフック。
大きく振りかぶって突き破らないほどの威力でわき腹を打ち抜いた。
吹き飛ぶ副隊長。
だけどすぐさま体勢を整え地面に着地する。
肋骨折れるくらいの衝撃なのに……全く無傷といったように立ち上がる。
けど、膝を崩してよろけた。
どことなく演技に見えなくもない。この隙に逃げろってことなんだろう。
(ありがとうございます。また、必ず会いましょう。副隊長)
私は心の中で副隊長にお礼を言って振りかえ……
パァン、となにかが一度だけ鳴った。
乾いた音に、一瞬、身体が止まる。
身体をナニカが突き抜けた。
あれ? なに……これ……
私の胸に、穴が開いてる……?
右の胸……それって……
「入鹿の……心……臓?」
信じられなかった。
周りには私が倒した三人の男が倒れていて、目の前には副隊長がいた。
ああ、志倉の奴は立ち上がってるか。
まぁそれはいいとして、後ろに居るのは……誰なの?
ゆっくり振り向く。そこにいた人物は……
エメラルドグリーンの綺麗な髪。
小刻みに震える華奢な肩。
硝煙を上げる小金川の銃を両手でしっかりと握り締め、常塚秋里が顔面蒼白で立っていた。
常塚……さん?
認識した瞬間脳裏に掠めたのは、もう一人居る隊員という言葉……
喉の奥から熱いなにかが押し寄せる。
「こふッ?」
溢れたモノが口から漏れる。
「斑鳩ッ!?」
副隊長が駆け寄ってくる足音が聞こえた。
そっか。今日の私がツイてたの、私が死ぬからだったんだ。
そりゃ、物凄くツイてるわけだ。
デートくらいわけないね。はは……
「斑鳩ッ! しっかりしろッ!」
抱き止めようとする副隊長。
珍しく血相を変えた副隊長の顔が目の前にあった。
私を撃った常塚さん。
ガタガタと全身を震わせていた。
持っている銃をその場に落として力なく座りこんだ。
「斑鳩ッ、待ってろ、今過去を変えるッ!」
「ダメ……ですよ。それだ……と、きっと副隊長まで抹消指定されちゃいます」
「だが……それではお前が……」
予想外のことに戸惑う副隊長に、微笑を浮かべながら彼の手を握る。
大丈夫、まだ少しだけなら、茶吉尼天の力で持ちそうだ。
「副隊長、最後のあがき、あなたが止めてくださいね」
言って、私は最後の力を振り絞り、副隊長を振りほどく。
抜けそうになる力を必死にとどめて空中を駆け出した。
「斑鳩ッ!?」
驚く副隊長を無視して私は小金川へと突撃する。
最後の一撃に全てをかける。
死ぬ前に、あいつだけは、あいつだけは絶対にっ。
鈴の、三嘉凪志部長の、後顧の憂いを断っておくッ。
「あああああああああああッ」
右手に力を溜めて、小金川の心臓目掛け、特攻。
しかし、後ろから隣を疾走してくる黒い影。
やっぱり副隊長は見逃してくれなかった。でも、それでいい。
殺されるなら、赤の他人よりも愛しい人であって欲しい。
「斑鳩ァッ」
戸惑いながら、私の願いを聞き届ける副隊長。
小金川に突き入れようとした右手を払うだけじゃダメだと、私の脇腹に渾身の蹴りを叩き込む。
今まで前に向かっていた勢いが一気に真横へと流れる。
私は蹴られた衝撃を受け止める暇もなくアスファルトに激突、あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。
動かなくなった私に、副隊長は再び駆け寄ってきた。
今回のダメージを与えたのは自分自身だ。
やや戸惑いながら、副隊長は私を助け起こした。
「斑鳩、お前、なぜこんな……」
焦った顔の副隊長が私に触れた瞬間、私の脳裏になにかが流れ込んできた。
ああ……そうか。と納得してしまう。
私の力はもっとすごかったんだ。
死を看取るモノであるがゆえに、触れ得た相手の死ぬ瞬間をも見えてしまう。
座り込んだ副隊長の目の前に、一人の少女が立っていた。
涙を流し彼の手を取る。そんな場面。
私を遺して行かないでと、必死に懇願する、そんな場面。
今……見えたのは……
「常塚さんのこと……大切にしてくださいね? 私が死ぬのは、自業自得……なんですから」
副隊長への答えは返さず、そっと懐に手をやって、持っていたものを力なく取りだす。
もう、私が死ぬことは分かってるから、命がなくなるまでに……
「これ、副隊長に……あげます、きっと、必要になりますから……暗証番号は……」
手にしたのはキャッシュカードとプリクラ。私が持っていても、もう必要ない。
ただ、副隊長にはきっと必要になるモノだ。
あの娘のために、副隊長のために、私が出来る最後のプレゼント。
死に際だってのに、なんだか妙に落ち着いてるな。
なんて自分の行動がおかしくて笑った。
「副隊長……一つだけ……いいですか」
「……ああ。なんだって……聞いてやる。デートだろうが結婚だろうが……だから、死ぬな……」
弱弱しい副隊長の声。
まるでどうしていいのか分からない子供みたいでとても可愛らしかった。
「結婚も恋人も、キスだって、望みません。入鹿を……ずっと傍に置いてくれませんか? 他の人を好きになっても、構いません。入鹿は……副隊長の傍にいられれば、それだけで……」
「ああ……約束する。約束するから……死なないでくれ……」
「それ……と、伝えてください……笑ってください。と……これから先も、どんなに辛いことがあっても……最後の自分を壊さないために……笑ったら、また歩き出せるから……歩けば……道ができるから……」
結局、私はこの人を常塚さんから奪ってしまったのだろうか?
確認することは、もう私にはできそうもない。
ただ、この人は人生の最後、少女に看取られ息を引き取る。
私が今、彼に看取られているように。
「昇進……おめでとう……ございます。隊長。それ……から……初めて会ったときから……好き……でした……」
ただ、最後にどうしても伝えたかったこと……それは多分、折鹿と同じ。
「あり……がとう……生き……て……」
最後はちゃんと声にできなかったけど、意味は伝わった。
それだけが満足で……
暖かく安らかな揺り篭で、私は静かに深い眠りに落ちていっ……――――




