夢の終わり
「んっふっふ~♪ んっふっふ~♪」
謎の鼻歌を歌いながら軽やかな足取りの私は、そのまま高速回転トリプルターンアクセルを決めてしまいそうなくらいの勢いだった。
少しやつれたような副隊長の周りをくるくると踊りながら、ようやく副隊長の左側で止まる。
「え、ええと、大丈夫ですか?」
「う、うむ。プリクラというものがあれほど神経の使うものだったとは」
「というか副隊長、入鹿と接近しただけで緊張しすぎなんですよ、肩の力抜かないから何度も撮る羽目になるんです~♪」
とはいえ、普段と反対の立場みたいでなんか新鮮だった。
「副隊長ってアレですよね、予想範囲内のことは的確に対処できるけど予想外のことにはまったくといっていいほど無防備ですね」
「全く反論できんな。手帳を見る余裕もなかったからな、本当に予想外で対処のしようがなかった」
「新しい副隊長を発見できて入鹿は幸せです」
「こっちはかなり憂鬱なのだが」
「あ、はは。副隊長、可愛いです」
それは、本当に夢のような一時だった。
まさか副隊長とデートできるなんて、ほんと、夢みたい。
プリクラついでに鈴用のプレゼントとして写真を入れれるネックレスというロケットを副隊長に選んで貰ったし、お揃いのストラップを買って携帯電話に取り付けたりした。
といっても、私のは逃亡の為逃走中に三嘉凪さんにより破砕されてしまったけど。いつかは新しいの買ってもらう予定。というか買わせる。
ふふ。カード持ってきてよかった。
「大人をからかうな、全く。……さて、これからどこか向う宛てはあるのか? そろそろ夜が迫ってきているが」
副隊長は空気を入れ替えるように前倒し気味だった肩を起こした。
「……もう少しだけ。付き合ってもらっていいですか? そ、その、最後はお決まり~とかそ、そういったものではありませんので」
顔が自分でも分かるくらいに赤く紅潮する。
このまま二人は夜の町に消えて行く。なんつって。つって♪
でも、副隊長は意味が分からなかったらしい。
「?」
「あ、あの、なんでもないです……とにかく、もうちょっとだけ、入鹿のわがまま付き合ってください」
「どこに行く気だ?」
「入鹿の家、だったとこです」
そう言って副隊長の腕を引っ張っていく。
もうすぐ、この幸せな時間が終わってしまうというのに、そう思うほどに、もっと一緒に居たいと思ってしまう。
雪が深々と降り積もる中、目的地を目指して走りだす。
手袋越しの彼の手の感触に、私は想いを募らせる。
この幸せは、きっと一時的なモノ。
いつかは醒める夢でしかない。
もしかしたら、私の妖能力による幸運でしかないのかも。
でも、それでも。続いてほしい。
もっと、ずっと、永遠に。
永久に傍に居られたのならば、
それだけで、幸せなのに。
なのに……やがて見えたその場所は、
私の家などなくなっていて、
大きなビルが立っていた。
しばし、ビルの前で立ち尽くす。
「斑鳩?」
もう、その場所は、記憶の中にしか存在できなくなっていた。
「斑鳩……泣いているのか?」
言われて気付く。目に堪っていたもの。
副隊長には見せたくなくて、振り返りざまに胸の中へと飛び込んだ。
「お、おい? 斑鳩?」
「入鹿の家。入鹿の家なのに……家だったのにっ。ここに、あったのに……折鹿と母さんと父さんと一緒に住んでた家がッ。家が……どうして……」
ずっと、あると思っていた。
残っていると思ってた。
辛いことがあったけど、それまでの暖かい思い出があったはずの場所。
「入鹿の家があったのにッ! どうしてッ!? どうしてないの!? 帰る場所なくなってるッ! 思い出の場所消えてるッ! 消えてるよ……折鹿ぁ……」
そこには思い出があった。
沢山の私だけの思い出が、詰まってたんだ。あの家に。
でも……そこにはもう、私の思い出は、欠片も存在していなかった。
家族に副隊長を紹介しようって、思ってたのに……
「斑鳩……」
副隊長は、私を突き放しはしなかった。
片手で抱きとめ、頭を撫でて、落ち着かすように優しく言った。
「ごめんなさい副隊長。入鹿の家見て欲しいなって思って付いてきてもらったけど、入鹿の家、なくなってたよ。鈴や三嘉凪支部長裏切ってまで副隊長に会いに来たのに。どうしよ? 思い出の場所まで知らない間に失ってた……」
「斑鳩……すまない」
「なに謝ってるんですか? 副隊長はなにも悪くないです」
「だが、お前が私の力を使ったのだろう。こんな未来に来なければお前は……それに妹の死の前に戻ってしまえば……」
「言っちゃダメです。三嘉凪支部長と鈴を殺してまで副隊長と幸せになる未来よりましですから。それに、折鹿は……私のせいで死んだから。やり直しても入鹿自身が罪の意識に潰されます。少なくとも、この未来なら鈴を、妹を守れますから」
「そう、か」
「あの……聞いてくれますか、入鹿の懺悔」
「……ああ、聞こう」
私は、ぽつぽつと語りだす。
自分が遭遇した悲劇と犯した過ちと懺悔の話。
たった一つの、後悔の記憶。
――入鹿の父さん、とても優しかったんです。
お母さんと仲むつまじくって、見てる方が赤面するような二人だったんです。
その日は学校でテストの返却があって、珍しく折鹿と一緒に百点取ったんです。
父さん早く帰ってくるって言ってたし、もう、上機嫌で。二人揃って家に帰りました。
折鹿と競うように台所に走って……
真っ赤でした。
床も母さんも真っ赤で、父さんの手も真っ赤で、母さんの胸には包丁が刺してあって。
父さん、放心したようにすまなかった悪かった……って。
熱心にお母さんに呟いてました。
でも、私たちに気づいて……包丁持って襲ってきたんです。
思いました。妹守らなきゃって。
でも、父さんに敵わなくて……欲しかったんです。
父さんに勝てる力。
妹を守れる力。
そしたら、妖に目覚めて父さんには勝てました。
でも、思う以上に強かったんです。
人なんて意識せずに潰せちゃうくらい。
折鹿抱きしめて、守るよって、守りたいって……
なのに、なのになんでかな?
守るはずのものまで潰しちゃうの?
入鹿いらない。こんな力は望んでなかった。
折鹿守れるだけの力でよかったのに。
折鹿……言ったの。
もう、息も絶え絶えなのに、ありがとう、生きて。って。
入鹿は、入鹿はそんな折鹿を抱きしめることもできなくて……抱きしめたらそれだけ折鹿が……――
「もういい……」
副隊長の手が、私の頭から肩へと降りてくる。
思わずドクンと高鳴る心臓、自然と言葉も嗚咽も止まった。
涙目のまま顔を上に向けると、副隊長の顔があった。
自然と、距離が縮まる。私はつい目を閉じて……
「いやぁ、まさか白瀧を篭絡するとは、恐れ入ったよ斑鳩君」
不意に、嫌味なくらい不躾な声が響いた。
ご丁寧におざなりな拍手まで付いてくる。
掛けられた声に副隊長が止まった。
恐る恐る、私と副隊長はお互いに離れる。
副隊長の後ろに、何人か人がいた。
その人たちの中心にいたのは……
「小金川……隊長?」
グレネーダーの面々が、私の前に立っていた。




