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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第五節 ダーキニー
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始まる、デート

 待ち合わせの時間は決めていない。

 約束した事実すらない。

 それでも私は待っていた。


 さすがに素のまま行く気にはなれなかったから、毛糸の帽子を付けて、サングラスをかけて長いコート着てマフラー巻いて……逆に怪しいねこの格好。


 手に付けた手袋を口元に持ってきてはぁ~と息を吐く。

 じんわりと暖かくなった掌を頬にあて、懐炉代わりに使っていた。

 珍しく雪が降った。

 私がこの駅前に着くほんの少し前のことだ。

 積もるほどではなかったけど、この中でのデートなんて物凄く素敵だと思う。


「まさか、バカ正直に来ているとは思わなかったぞ。斑鳩」


 何度目かの手を暖める行為の最中、私の苗字が呼ばれた。

 サングラスの上から、覗くように相手を見る。

 黒かった。

 裸眼でも全身真っ黒に見える男が立っていた。


 それは……でも、嘘だ。ありえない。副隊長のはずがない。

 それは私の待ち人だった。でも、その人が来ることはないはずだ。

 なんで……今日、この場所に来ているの?

 あの未来を覚えているのは、私だけのはずなのに。


「そこにいたか。久しぶりだな、斑鳩」


「あ……う……」


 今日は幸運みたいだし、もし偶然に姿を見られれば。

 その程度の想いでやってきた。なのに、本人に出会ってしまうなんて……


 伝えたい言葉は沢山あった。

 叫びたい想いも移したい行動も。

 でも、そのどれもが副隊長を見た時点で選択肢から除外されていた。

 声をだそうにも選択できる言葉がない。こんにちわすら喉元からはでてこない。


「どうした? 約束どおりに来たはずだが?」


「あ……や……そ……ぅ……」


 頭の中で文字にまでは出来る。それ以上が続かない。

 なにかを言おうと懸命に口は動くのに、声にすることができない。

 一体なにが起こったのだろう。

 心臓が激しく波打って、息をするのも苦しくて。


「ふむ? 深呼吸でもして少し落ち着け、話もできん」


 言われるままに深呼吸、慌ててやるものだから空気が喉でつっかえ余計に息苦しい気がする。

 何度かやっていると、ようやく普段どうりに落ち着いてきた。


「よ、よく分かりましたね。変装までしてたのに」


「そんな怪しい格好では変装とはいえんぞ? それに私は斑鳩とは言ったがお前に向けての言葉ではなかった。お前が自分から態度で示しただけだぞ?」


「……うう、結局自分で自分の居場所教えたってことですか……」


「そうなるな。さて、いろいろ聞きたいことはあるが、どうする?」


「え……えと、どうしましょう? 入鹿もいろいろ言いたい事はあるんですけど、言葉にできないというかこんがらがってるというか」


「そうだな。落ち着ける場所にでも行くか。この近くにカフェがある。黛推薦のケーキがあるぞ」


「ホントですかッ! ぜひ行きたいですッ!」


 よく分からないけど、気がつけば、二人のデートが始まっていた。

 夢にまで見た副隊長とのデートが。

 怪しいサングラスを取ってカフェに入る。

 暖房が効いているので席に着いてからマフラーからコートからいろいろなものを脱いでいく。


「重装備だな。コート二枚にセーター付きか」


「あ、はは……何時間あそこにいるか分かりませんでしたから。備えだけはきっちりしてきました」


「そうか。そのくせ下はジーパン一枚と」


「うぐ、痛いところを。そうですよ、上を着込むことばっかり考えてたら下を忘れてたんですよ。ま、まぁコートで全身覆えば分かりませんし。寒さにも強いですから」


「下半身を冷やすのはよくないぞ」


「し、知ってますよ、うう、副隊長のイジワル」


 メニューを開きながら副隊長が意地の悪い笑みを作る。


「ふふ、で、なにを頼む? 斑鳩」


「あ、そうですね、アップルティーとかあります? と、黛さんお勧めケー

キで」


 私のリクエストを聞いて、副隊長が店員さんに注文する。

 程なくして副隊長の前にブラックのコーヒー。

 私の目の前にアップルティーとイチゴショートフレア……待て、燃えてる。パチパチ音立てながら燃えてますよケーキが。


「副隊長、このケーキは一体……」


「い、いや、黛はそのまま食べていたが?」


「そのままって、熱いでしょ!? ってか死ぬ、焼け死ぬからッ!」


 火でさえもただの食料……餓鬼、なんて、なんて恐ろしい娘ッ!?

 お蝶夫人もビックリだわ。

 と、とにかく、このケーキは火が消えるまで放置の方向で。


「でも、副隊長、ブラックなんですか?」


「ん? ああ。それがどうした?」


「ダメですよ~ブラックコーヒーは。背中に変なぶつぶつできますし珊瑚状結晶で歩けなくなりますよ。口臭や黄ばみの元にもなるんですから」


「そ、そうなのか?」


「まぁ、酸化したものや飲みすぎの場合ってことですけど。できればミルクの方が良いですよ。なんて、あ、はは……すいません。健康知識つい出ちゃって」


「なんだ? 健康マニアなのか?」


「べ、別にそんなんじゃないですよ。ほら、入鹿の欲のせいで肉を食べ過ぎ気味になるじゃないですか、だから脂肪でぶよんぶよんにならないように野菜をしっかり取ったりしてるんです。そのせいもあって健康番組だけはよく見るようになっちゃって。自家製栽培も始めちゃったんですよ。ベランダの野菜とか見ました?」


「そういえば、ベランダの部分が土で埋め尽くされていたな。雑草だらけと思っていたのだが、そうか、自家製栽培か」


「ういっす、副隊長もどうですか? これが結構暇つぶしになったりするし、すくすく育つ野菜見てると癒されるんですよ」


「ほう、それはそれは」


 適当に頷きながらコーヒーにミルクを入れ始める副隊長。


「ふむ、これはこれでいけるな。ブラックよりは少し物足りないが」


「よかった。気に入ってもらえてなによりです」


「今度からコーヒーはミルクで飲むとしよう。……さて、そろそろ落ち着けたか?」


 コトン、とコーヒーカップを置いて、表情を引き締める。


「は、はい……どうぞ」


「まず、なぜ戻ってきた? 黛たちが危険に晒されると分かっていただろう? それだけではない、お前たちも追われることになる」


「……わかってます。何度も考えました。でも、募ってくるんです。もう会えないって思うたびに。会っちゃいけないって考えるたびに、入鹿は最悪な女ですね、皆が不幸になるって分かっていながらその選択肢を選んでしまう。自分でも、どうしようもない大バカだって分かってます」


「覚悟はできているということか」


「それも……ありますけど。副隊長、入鹿と、入鹿たちと来ませんか? 追われるのは辛いけど、きっと見つけられると思うんです。入鹿たちの在処。理想郷が。だから……」


 身を乗りだした私の頭に、ポンと手が乗せられる。


「悪いが……私は行くことはできない」


「ッ!? どうし……いえ。そう、ですよね。幼馴染の秋里さんが孤立してしまうもの」


「……知っていたのか?」


「三嘉凪支部長から聞きました」


 常塚秋里。彼女は妖反応がでてないタイプの妖使い。たぶん、そうなんだろう。

 副隊長もあの志倉翼と同じような理由で入隊したんだ。

 幼馴染を抹消対象にさせないために。


 副隊長がグレネーダーを裏切れば、秋里さんに迷惑がかかる。

 だから従順。

 三嘉凪支部長の言ったとおり、副隊長はグレネーダーを裏切れない。


「すまんな」


「いえ。覚悟はできてましたから。ただ、今日くらいは、今日だけは……一緒に居てもいいですか」


「……いいのか?」


「諦められないかもしれないけど、我慢します。会えただけで、嬉しかったですから。でも、やっぱり写真くらいは欲しいかも。プリクラ……ダメですか?」


 遠慮がちにお願いすると、思わず顔をしかめる副隊長。やっぱダメか。


「ぷ、プリ……い、いいだろう。な、何事も経験だ」


 顔を真っ赤にしながら早くも緊張している副隊長に、ちょっと可愛いと思ってしまう私だった。

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