思い出と決意が齎した結果
それは、昔の出来事だった。
私は一人、立ち尽くしていた。
放心状態の私に多くの大人たちが声をかける。
入鹿ちゃん大丈夫?
怪我はない?
辛いだろうけどしっかりね。
優しそうな人だったのにねぇ。
折鹿ちゃんは残念だったわねぇ。
同情に混じった家族への嘲り。
本当に私を悲運と思って助けようとしてくれる人は居ない。
ただ私に言葉を投げかけ、自分は心配していると主張しているだけ。
家には警察官やグレネーダーの女性が出入りしていた。
「どうです? 人の力ではできないのではないかと思うのですが」
「そう……ね。おそらく父親に襲われて覚醒したのでしょう。でも、グレネーダー創設の始まりの抹消対象が被害者の少女なんて……」
「しかし、事実でしょう? 抹消しなければ世間に示しが付かない」
「いいえ。手はあるでしょう? まだ彼女が妖使いだって私たち以外が分かったわけじゃないじゃない。それに、彼女をラボ送りにするわけにもいかないわ」
一人の女性が私に近づいてくる。
「こんにちわ。これ、家の中で見つけたの。よかったら持っておくといいわ」
女性は微笑みながら私に一枚の写真と絵本を渡してくれた。
絵本を片手に、視線を下げて写真を見る。
笑顔の眩しい折鹿が映っていた。
……泣いた。
写真を抱きかかえるようにして。私は泣き崩れた。
「責任は私が持つわ。この子の祖父母に連絡、引き取ってもらって。それから、妖使いらしきものの指名手配。目撃証言はなんとかして」
「し、しかし……」
「あなた、この泣き崩れてる女の子を抹消したいの? 私たちグレネーダーは邪悪な妖使いを倒す正義の味方でなければいけないの。弱者を守る立場なのよ? それでもこのか弱い少女を消すの? あなたにその覚悟があるの?」
「い、いえ……その……」
「全てが敵に回っても、私は私の考えを押し通すわ。後悔はしたくないから。自分がやりたいことは最後までやるの。それがどんな結果になってもね。月読でしょあんた。私の性格くらい分かるでしょうに、まだ渋ってみる? ……ん? いいのね。じゃあ目撃証言はよろしく」
女性の言葉は私の心に深く刻み付けられた。
グレネーダーへの憧れも、後悔しないっていう想いも。
自分が行動して至った結末なら、どんなものでも後悔しない、前を向いて歩こうって思うようになったのも……
そして教わったんだ。慰めるように言われたんだ。
死にたくなる程辛くなったら、笑いなさいって。
笑っていれば、また歩き出せるから。
一歩づつでいい。
辛くなったらまた笑って、また一歩。
気がついたら、目の前に道があるからって……
きっと、この太陽みたいに眩しい女性の言葉が私の全てになっていたからだ。
そうじゃなければ、私はここで終わっていた。
折鹿のいなくなった世界でなんて、生きていられなかっただろうから……
その日の目覚めは早かった。
また、私に幸運がつきだしたようだ。
近しい誰かが死ぬらしい。
今日は12月24日。
前の未来なら、副隊長とデートの約束を交わしていたはずの日。
でも、その未来はもう……
周りを見る。
鈴と三嘉凪支部長はゲーム中に力尽きたようだ。
時間切れでドローという文字が画面に表示されていた。
枕元には一冊の絵本。
小さい頃に折鹿と一緒に何度も読んだ悲劇の話。人魚姫。
人の王子を助け。その人間に恋をして……逢いたいのに、種族が違うと諦めて。
結局、募った想いが大きすぎて、諦められなくて、傍にあった幸せ全てを捨ててでも、王子に会いたかったから……魔女に頼んで人になる。
ただ、一度も彼と言葉を交わさないことを条件に。
状況は違う。魔女もいない。
でも、彼女の想い。私には分かってしまう。
敵対する副隊長に恋をして、でも、会ってしまったら多くの人に不幸を齎すことを理解している。
だけど……
私はそっとベットから抜けだす。
鏡台の上に置かれた写真立てを手に取る。
相変わらず、笑顔の折鹿が映っていた。
私は……また自分で幸せを失った。
自分から幸せを手放したんだ。
あのままの世界なら、副隊長の彼女になることも可能だったかもしれない。
鈴を抹消して、心の支えと副隊長に寄り添って……それでも、やっぱり、鈴や三嘉凪支部長の犠牲の上でなんて……嫌だった。
後悔しないように動いたはずなのに……
「なんで、こんなに辛いんだろ……」
後悔はたった一つ。副隊長に会いたい。
でも、会ってしまったら、沢山の人に迷惑がかかる。
私を逃がしてくれた二人の仲間。副隊長。鈴。三嘉凪支部長。それに……副隊長の幼馴染にも。
逃げ切ってから一週間。
最後に副隊長の姿を見てからは副隊長のことばかり。
逢いたい想いが募るばかりで、心がなにかに押し潰されてしまいそう。
ただの憧れが、すでに恋心に膨れ上がっていた。
「ごめん……やっぱ諦められないよ」
後悔しないために自分で決めて動く。
その先になにがあったって、自分が決めたなら誰かを怨む必要もない。
たとえ……誰を裏切ったとしても……もう、鈴は安全だ。
三嘉凪支部長と一緒なら幸せに生きてくれると思う。
衝突したりはするだろうけど、基本的に仲のいい二人だ私が心配する必要もないだろう。
鈴と三嘉凪支部長に手紙を残し、写真立て倒す。
「ごめんね折鹿。入鹿は、お姉ちゃんはまた幸せを……捨てるよ。だから、魔法使いさん。私に、後一度の奇跡を……」
そうして窓から……外へ飛びだした。
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「おい、白瀧はどこだッ!?」
朝の定例報告をしている最中のこと。
珍しく来ていない指揮官の替わりに副指揮官である黛副指揮官が号令をかけた瞬間だった。
血相を変えた小金川支部長が部屋に飛び込んできた。
「指揮官ならまだ来ていませんが?」
「なにッ! この大変な時にどこに行ったんだあのバカはッ!?」
と、部屋から出て行こうとする。
「どうしたのですか、それほど急いで? 一応、私は副指揮官代理なので、伝言でしたら預かりますが」
「伝言で済むかッ! 直接問いたださねば意味がないッ! おい、新入りッ! お前は白瀧が行きそうな場所を知らんかッ!」
怒鳴るような口調で俺に聞いてくる。正直うぜぇ。
とはいえ、こいつのおかげで美果の安全が約束されたようなものなので、一応従っておくか。
「俺が知ってんのは【来やり】くらいだけど?」
「居酒屋? ……そうか、またあそこで酒をかっくらってやがるのかッ!」
「なぜそんな指揮官に怒りを向けているんですか支部長……」
副指揮官も呆れ気味だ。投げやりに聞いていた。
「これが怒らずにいられるかッ! 嘘報告なんぞしやがってッ!」
「嘘……報告?」
「そうだ。斑鳩だよッ! 斑鳩入鹿ッ! 今朝急に風に乗ってあいつの匂いがしだした! なにが抹消しただッ! 餓鬼が食っただッ! あいつは……っと、そういえば……黛副指揮官だったな、その餓鬼ってのは」
獲物を見つけたように口元に笑みを浮かべる。
黛副隊長の顔は真っ青になっていた。小林先輩もだ。
「少し、話を聞かせてもらおうか。いろいろとな。なぁ、黛副指揮官代理殿?」
「うぐ。え、ええ、はい。了解です。支部長」
体面だけは気丈に振舞う黛副指揮官。支部長と部屋を出て行った。
「どうなってるんっスか、小林先輩」
「君は知らなくていいよ。知っても意味のないことだから……」
なんだそりゃ?
「なぜ戻ってきた? もう、来ないって誓ったじゃないか……」
小林先輩の表情は、何時になく思いつめているようだった。




